瞳の先にあるもの 第37話

 第一拠点のオアシスを制圧したアンブロー軍が留まること数日。地元民を中心に壊れた建物の修復や情報収集を行いながら、彼らは今後の動きを再検討していた。
 情報整理は、主にヘイノが使用している部屋で行われている。
 「ふう。この暑さはこの歳に堪えるわい」
 「アタシに対する嫌味かい」
 と、笑いながら話す風の魔女。とんでもない、と返す初老男性だが、同じような表情で口調も軽い。
 「それにしても大事にならなくて良かったの。様子など見に来んでも問題なかった」
 「そのような事は。危うく喧嘩になりそうでしたし」
 「はっはっは、あれは仕方があるまい。アマンダでは貴方も多少やり難かろうな」
 「私情入りそうだしねえ」
 ぶほ、と紅茶を噴き出すヘイノ。
 「ほおっ、詳しくお聞かせ願えるかね」
 「げほげほ。は、話を戻します」
 「乗ってくれても良かろうに。堅物だの」
 むせたせいなのか、それとも照れから来ているのかはともかく、赤みを消そうと将軍は手で顔をあおぐ。
 「結果的に別の情報ルートが確立できたのは僥倖でした。私ではああは出来ません。助かりますよ」
 「そうですな。タイプが違う故の話、適材適所でしょう。貴方の目に狂いはなかった」
 「痛み入ります」
 「どんな感じだったんだい?」
 と、フィリア。彼女はそのとき他の場所に行っていたのである。
 時は半日程前に遡る。
 今回の原因を探るべく調査したところ、ある情報源が偽りであったことが発覚した。戦争時においてよくある話で、いわゆる情報操作の一環だったのである。
 きっかけとなった情報を提供したのはセングールで会った店主。アマンダが出かけたとき果物のジュースを売った男で、ヤロとも面識があった。
 彼はヤロを情報を伝えると誘い出し、男からは、第一拠点と第二拠点の兵は最低限の守備隊しかおらず首都ヒエカプンキを分厚く守っている、という内容だった。傭兵を通じて軍総括者の耳に伝わる前提だったという。狙いは戦力を削ぐ、かつ、足止めであった。
 だが先発隊がやって来ると見越していた思惑は外れてしまい、将軍を中心とした重要人物の暗殺に切り替えるも、ゼンベルトの機転で失敗。民間人を人質として立てこもり、ラヴェラ王子との合流を遅らせることに専念することになる。
 敵将は、誰も内部に入れなくさせておけば誰かを侵入させることを考えるだろうと踏み、例え子供であっても許可を出さないように命令していた。そして案の定、ヤロとイスモ、アードルフが潜入を試みたところ、待ち伏せしていた兵に捕まえさせた、というのが真相だという。
 なお、一部の兵が命令を破り、旅団を招き入れてしまったこと、その集団とアンブロー軍が繋がっていたのは誤算だったと話した。
 指揮をしていた者は王都から来た将兵のひとりで、今回の派遣内容に不満を持っていたらしいが、上からの命令には逆らえず、やむなく出撃したとのことだ。
 ヘイノとアマンダが衝突しそうになったのは、敵将と店主の処遇についてである。
 服の汚れや破れはあるもののほとんど無傷の二人に対して、結論を先に述べれば前者は極刑を言い渡すが、アマンダが異を唱えたのである。
 店主の傍には免罪を泣き叫ぶ妻の姿があり、どうかご慈悲をっ、ご慈悲をぉぉっ、と喉が裂けんばかりの声を出していた。近くには小さな子供もいた。
 なお、もはや生気のない店主はこの国で中々の腕を持つ情報屋で、国王直轄の衛兵が彼に偽情報を流すように脅しを掛けていたという。もしやらなければ家族を殺す、と。
 それでも極刑を言い渡したのは、敵は容赦しないというメッセージを発信するためであった。
 しかし敵将が、極刑は自分だけで十分なはず、民間人を巻き込むのが貴国のやり方なのか、と反発。対して、いかに民間人であろうと我が軍に被害をもたらそうとしたのは事実だ、と将軍は淡々と回答した。
 アマンダはメッセージの意味を頭では理解出来ていた様子だったが、数人でやっと抑え込めている妻と、きょとんとしている子供を見るに我慢ならず、ある提案をした。
 本人らとその取り巻きを一時アンブロー軍に従軍させ、王政派を潰す手伝いをさせてはどうか、と話したのだ。
 呆気に取られたヘイノだが、無理して悪者にならなくてもいいでしょう、と笑顔で言われてしまい、彼は思わず目をそらしてしまったという。
 その間、アマンダは敵将と店主に近づいて話を聞き、双方とも王政派には反感を持っていることを確認。令嬢はアンブローが帰国した後ラヴェラ王子に付く約束を取り付け、ラガンダに連絡を取ってもらうようにゼンベルトに依頼し、数十分後に色良い返事をもらうという驚異的なスピードでまとめてしまったのである。
 その場にいた妻は感謝のあまりアマンダに対し家族総出で何度も土下座をさせ、敵将も下げた頭をずっとそのままにしていた。
 まあ、アンブローに土下座の文化がなかったため、初めは何をしているのか分からなかったのだが。
 「勿論条件付きです。もし少しでもおかしな動きを見せたら、アンブロー軍にいる間はアマンダが処断することになりました」
 「似た話を聞いたような気がするの」
 「ええ。ヤロとイスモを従者にするのなら、アードルフに監視させておいて万が一の時は彼の手で、と」
 「あっはっはっはっ」
 「笑い事ではありませんよ」
 「悪い悪い、くっくっく」
 「ああ、倅(せがれ)からも聞いたからか。一本取られたのう、ヘイノ殿」
 実に堂々としていたわい、とセイラック。彼はあくまでエスコの代わりに来ただけであり、成り行きは余程のことがない限り若い衆に任せている。
 「今頃、周囲の説得に奔走している事でしょう。これから上手く回れば良いのですが」
 「慈愛だけじゃなぁんにも出来ないからね。そこはあんたがフォローしてやっておくれ」
 「勿論です」
 「ふむふむ、お似合いではないか。どれ、陛下やアイリに通さねば」
 「セイラック様っ」
 「仲人なら喜んで引き受けようぞ」
 フィリアは腹が相当よじれたようで、何度もテーブルを叩いていた。
 同時刻。オアシスの町は日干しレンガの運搬と職人の声を中心に賑わいを見せている。この間、商いをしている者たちは水辺の近くに簡易天幕を設営し、仕事をしていた。特にこの二十年はよく起こる出来事らしく、とても手馴れた動きであったという。
 「おっ。お嬢ちゃん、アンブロー軍の人かい」
 「ええ。補給隊にいますの」
 「へええ。アレかい、イイ人の追っかけかい? 仲間内であんたたちの礼儀正しさが評判でね」
 粗暴な守備隊と大違いだよ、と恰幅の良い女性。ふくよかな肉体に屈託のない笑顔が印象的だ。
 「ま、まあ、そんなところです」
 「ははっ。連れもイイ男じゃないか。よぉく周りを見てコレっていうのがいたら捕まえて離すんじゃないよ」
 「こら、お客さんに何言ってんだ。すまんね、こいつは恋バナ好きでさ」
 「いいじゃないかい世間話ぐらい。んま、こんな可愛いお嬢ちゃんなら、周りが放っておかないだろうさ」
 「お上手ですね。ありがとうございました」
 末永く仲よくなさってください、と貴族令嬢。近くに控えている長身男性も一礼し、その場を後に。
 後ろからは、またのお越しをーっ、と元気に手を振るご夫婦の声が響いた。
 「思ったより明るいわね。強いというか」
 「ランバルコーヤは精神的に屈強な者が多いと伺っております」
 「そうね。気候が厳しいからって習ったけど、それ以外もありそうだわ」
 「おそらく続いている戦いのせいでもありましょう。オアシスは貴重な水がある場所、小競り合いは良くあるそうです」
 「まあ。どうりでたくましいのね」
 あら、と店の商品に興味を持ったアマンダは、ふら~っとそちらに歩いて行く。数秒間気がつかなかったアードルフは立ち止まり、数名の男に声を掛けられている主を発見。小さな息をつくと、小走りで近づいて行った。
 手早く追っ払うと令嬢にお礼を言われ、彼女はウィンドウショッピングを再開。従者は徐々に表情を取り戻していくアマンダを見て、微笑ましく感じた。
 出来ればこのまま、以前の生活に戻ってくれれば、とまで。
 「平和、か」
 ぽつり、と思わず口にする傭兵。以前、義弟の一人に変わったと言われたのを思い出し、記憶にある血気盛んなときを振り返った。そして、前線から退いてからは、確かにボケが付く程の穏やかな時間を過ごしたことも。
 「どうしたの、アードルフ」
 「え、あ。いえ、何も」
 「そ、そう」
 首をかしげるアマンダだが、他に行くところがなければ戻ろうと提案。従者はとくに足を運ぶところもないので了承した。
 しばらく無言のまま歩いていると、
 「そうだわ。ずっと聞こうと思ってたんだけど、アードルフは戦争が終わったらどうするの」
 「そう、ですね。このままライティア家にお仕え出来れば、と」
 「まあ。うれしいけど、やりたいことはないの?」
 「特には。アマンダ様は何かあるのですか?」
 「ええ。まずはみんなでピクニックでしょ」
 それから魔法の国へごあいさつと各国の要人方へのごあいさつ、と、令嬢は指を折りながら上げていく。
 「それに魔法師の方々の居場所をつくりたいわ。こうし混同してるけど」
 「伺うに心の底からやりたいのだと。素晴らしい事です」
 お世辞ではなく、真にそう思ったアードルフ。公私は関係ないでしょうと告げた。
 「ならば私は微力ながらお力添え出来ればと。そう願います」
 「心強いわ。あっ、なにかやりたいことがあったら遠慮なくいってね。いつもだんまりなんだもの」
 「畏まりました。ちなみに私は元から無口ですので」
 「あら、前にも聞いたような気がするわね。いつだったかしら」
 実は結構言っているのだが、まあこの辺りはお互い普段から察している様子で、ただの言葉遊びである。
 割り当てられた宿泊所に戻ると、男性三人と踊り子の女性がいた。こちらに気がついた傭兵が駆け寄ると、困った表情をし、
 「ちょどよかった。お嬢様、ちょっと説得してほしいんだけど」
 「説得?」
 小声で、
 「実はカレン姉が魔女たちに会いたいって」
 「え、どうして正体をしってるのです」
 「カンだと思う。俺たちは話してないし」
 歩きながらラガンダの話を思い出したアマンダは、少々怒り顔でヤロに詰め寄っているカレンに話し掛ける。
 「どうしたのですか」
 「あっ、アマンダ様。ねえ、あなたの近くに力の強い人いるでしょ。その人たちに会いたいの」
 「まあ。なにかあったのですか」
 「何もないわ。ただ話がしたいだけなの」
 「お話を、ですか」
 「そう。ただ世間話をしたいだけなの。ダメかしら」
 「個人的にはいいとおもうのですが。その方々はライティア家に関わる人間以外に会ってはいけないという国の決まりがあって」
 「国までいっちゃうのっ」
 「ええ。数百年前に取り交わされた約束事ですの」
 「う~ん、そこまでハードル上がっちゃうと、さすがに強行突破はできないわね」
 何をしようとしたんだ、と男性側。
 「ねえ。ヤロたちはその人たちと話してるのよね」
 「ああ」
 ふーん、と口にしながらニヤリを笑う踊り子。
 「わかったわ、ありがと。無理いってごめんなさいね」
 「お前、一体何企んでやがる」
 「失礼ね。大丈夫よ、迷惑はかけないから。またね」
 と、ウィンクしながら立ち去る彼女たち。その足取りからはステップを踏んでいるかの如くである。
 「絶対企んでるね。あの顔」
 「だな。変わってねえな、あいつも」
 「刃傷沙汰にはならないでしょうが。お気をつけ下さい」
 「もう、大げさよ。ふふ」
 と、何故かアマンダもご満悦。ヤロとイスモは顔を見合わせるが、アードルフはため息しかつけないよう。
 楽しくなりそう。そうなったら、だけど。
 貴族令嬢は心の中でそうつぶやくと、魔女たちに出来事を伝えると言って部屋に戻ったのであった。

 

 

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