瞳の先にあるもの 第36話

 「自力で脱出したってか」
 「そのようです。縄につけていた魔力反応が途切れた、と」
 「んなバカな話あるかよ。人の力じゃ切れねぇし、魔法つかわないとほどけないようにに特殊加工したヤツなのに」
 ガシガシ、と頭をかくラガンダ。周囲にはパフォーマンスを終えたギルバートがいる。
 「あちら側の魔導士が黙視しております。牢はものけの空だったと」
 「うーん。ほかには」
 「出入口付近の相当高い位置に血痕が残っていたと話しておりましたな」
 眼写(がんしゃ)を見ましたが、頭を吹き飛ばされたようで、とゼンベルト。どう考えても一般人の仕業ではないという。
 ちなみに眼写とは、繋がった対象と資格共有が出来る魔法のこと。報告時に名称がないと不便なため、彼はこう呼んでいる。
 「無事ならいいんだが。足跡は三人分あったんだろ」
 「そう受けております」
 「そっ、か。こりゃすぐに動かねぇほうがよさそーだ」
 「指示待ちがいいかなー」
 「だな。アマンダと情報屋を待つか」
 と言い終わると、火の魔導士は彼を凝視する。視線に気づいたギルバートは、にっこりと、
 「そんなに似てますー」
 「え。ああ、わりぃ。うりふたつだよ」
 「初めてお会いしたとき、目が飛びだしそうでしたもんねー」
 「本人じゃねぇのはわかってっけどな。お前は魔法師じゃないし」
 「でもこの剣には魔法がかかってて抜けない、か。ヘンな話ー」
 何で持ってるんだろー、とギルバート。記憶のことは本人から聞いているが、魔法師たちもそこの辺りは分からない。ただ間違いないのは、彼は魔法が使えない、という事実だけだ。
 「まー、そのうち思いだすかー」
 「ユハナの件はあきらめたほーが身のためだからな、マジ」
 「うーん。情報屋にも言われましたからねー。残念」
 未練はあるが、自身に気を使ってくれているのを感じているギルバートは、何かの名前、ということが判明しただけでもありがたいと思うことにしているようだ。
 「お待たせしました。このままふんして民を守るように、と」
 「おう、おかえり。それが一番だな」
 「ただいまです。あとアードルフたちが脱出したとおっしゃってましたわ。数時間後に攻める、とも」
 「わかった。あいつらと合流できりゃいいんだが」
 「そこは情報屋の腕を信じるしかありますまい。我々は準備しておきましょう」
 「だな。ヘイノのことだ、タイミングは大丈夫だろ」
 こくり、と頷くアマンダ。念の為、言葉でも伝える。
 「うし、ここから先はお前らにまかせる。オレは逃げ道確保してくるわ。ゼンベルト、お前はアマンダについてけ」
 「畏まりました」
 「え、あ、あの」
 「なぁに。この大陸は庭みたいなもんさ。心配いらねぇよ」
 じゃあな、と瞬時に姿を消すラガンダ。主命を賜った執事は、ライティア家の存続も大事なことです故、と小声で話した。
 「んー、とりあえず少し時間取れそうだねー」
 「宜しければ軽食をご用意致しましょう」
 「あ、ホント。ちょうど小腹がすいてたから助かるー」
 頭から音符を出していそうな傭兵は、まるで餌を見つけた大型犬のようである。
 動くのに差し支えない位に満たされた活力を持ったアマンダとギルバート、ゼンベルトは、民たちが集まっている場所へと移動する。そこは主演のカレンが音楽に合わせて踊っていた。
 「ほえー、綺麗だねー。近くで見れなくて残念だ」
 「聞きましたぞ。何でも昼寝をしてて寝過ごしたとか」
 「あ~っ、それ言わないでぇ」
 大げさに顔を隠すギルバート。はっはっは、とからかう老執事だが、目は鋭いままだ。
 「あんまりキョロキョロしてると怪しまれるよー」
 「あ、そうですね」
 「うんうん。視線で確認出来れば大丈夫だよー」
 「慣れれば問題ございません。それにしても見事ですなあ」
 一体どうやっているのだろうと思うアマンダ。何事も一朝一夕にはかなわないことを頭では分かっているが、焦ってしまう自分がいる。
 しかし、全て自身で出来なくてはいけない訳でもない。時と場合によるが、得意なことは得意な者に任せるのもひとつの手段である。
 刻一刻と近づく終わりの時間は、どう過ごしていてもやってくるもの。そして、大歓声が沸き起こると、会場は惜しみない拍手に包まれた。
 だが次の瞬間爆発が起こった。場所は民家が密集しているところからのよう。突然のことでパニックに陥る民たちは、四方八方に散り散りになりそうになる。
 そこに、太鼓が、ドン、と鳴り響いた。
 「みんな落ち着いてちょうだい。万が一のときを考えて逃げ道を用意してあるの。ゆっくりと前から移動して」
 後ろには心強い兵隊さんもいるから大丈夫よ、とカレン。周囲にいる兵は一斉に槍を上に掲げすぐさま下ろした。下が砂でなければ景気の良い音がなっただろう。
 「ラヴェラ王子が手配してくださったの。心配しないでね」
 おお、と、砂漠の住民は顔を輝かせた。爆発で驚いて泣き出した子供たちは、今度はきょとんとして親の手を握っている。
 音楽を奏で始めた一団は次の爆発の音を掻き消した。もうもうと立ち込める黒煙は、月の周りしか見えていない。その後も、立て続けに轟音が響き渡る。
 そんな中、半分近くの民たちが移動し周囲を囲みながら移動している兵たちの耳に、複数の足音が聞こえてきた。
 「おでましのようですな」
 と、構えるゼンベルト。アマンダに夜目が利くように魔法を掛ける。
 「こっちだ、民共を逃がすなっ」
 「嫌だねえー、君たちは守る側でしょうにー」
 と、駆け出しすれ違い様に複数人の敵を切り倒す。地に倒れた瞬間、再び、ドン、太鼓が大きくなった。
 ドコドコドコ、ドドドドン。フィーヒュロロロ。
 情緒的な音楽とは程遠い無機質な楽器の音がなり響くと、アマンダたちの後ろ側にいた兵が一斉にこちらへとやって来る。前線と化していた後衛と入れ替わると、ラヴェラ兵はそのまま混戦を維持した。
 「ふうー、ひと休み、ひと休み」
 「ひと息つく前にこれを」
 「これは、相手兵の服ですか」
 「左様でございます。これで血のりを拭いて次に備えるのです」
 「わかりました。ええっと」
 「私は既に終わらせてあります故、こちらをお使い下さい」
 「ありがとうございます」
 話を聞いていたギルバートは近くにあった遺体から、身にまとっていたものを多めに回収し始める。
 「正直驚きました。相当なお覚悟をお持ちなのですね」
 「そんな。師をはじめ、人に恵まれたおかげですわ」
 ゼンベルトは踊り子と侮った敵兵の胸やのど元を躊躇なく突いたアマンダの姿を思い出しながら話す。その素早く凛とした姿は、過去に見た女騎士と似ているという。
 「情勢を調べる為に戦に身を投じていた時の話ですが。もう二十年以上前でしょうか、素晴らしい腕の持ち主でしてね」
 「まあ。そのような方がいらしたのですね」
 「ええ。お陰で所属していた部隊は壊滅寸前まで追い込まれて、撤退を余儀なくされました」
 ドォン、と遠くで何かが破壊された音が耳を突く。
 「始まりましたね。わたしたちもいきましょう」
 「畏まりました、ご案内致します。ギルバート殿」
 「ふえ。あ、まだ選別中ー」
 「選別?」
 「布にも色々とあるからーっ」
 「んん。大丈夫なものだけで宜しいかと」
 やり過ぎです、とゼンベルト。あははは、ととぼけてみせたギルバートだが、アマンダは首をかしげたまま。
 「作戦が開始されました、早くいきますよ」
 「はあーい」
 肝が据わっているというか図々しいというか、執事は感心と呆れ半分にため息をついた。
 アードルフたちの心配を抱えながら、アマンダたちは市街地へと急行する。街中では、ターバンの色が異なった人間でごった返しており、月明かりが三色の存在を教えてくれた。白は敵で緑は味方、間にいる赤は援軍である。
 数は白が六割弱、緑は二、赤が一・五程。しかし、個々は連合軍側が上のようだ。
 建物上から状況を確認した一行は、緑の布を腕や首に巻きつけると、挟み撃ちにするために塀を飛び下り、タイミングを図る。
 「うわ、背後からアンブロー軍がっ」
 「何だと。既に回り込まれていたの」
 ドン、と塀の一部が崩れ落ちる。そこから次々に人が飛び降りては白色ターバンを攻撃していく。
 「い、今の声は。わたしたちもいきましょう」
 頷いたギルバートとゼンベルトも参戦し、アンブロー関係者からの襲撃を受ける相手。前後に挟まれ完全に混乱したようで、中には建物に隠れようとしたり、木から塀に飛び移ろうとする者が出てくる。
 「無抵抗者は縛り上げろ。抵抗する者は致し方ない」
 「死にたくなかったら武器を捨てろーっ」
 「く、くそっ」
 一部の兵は、踊り子の格好をした少女を見るなり襲い掛かって来る。しかし、本人は冷静に腕と足を切りつけ投降を促した。
 「ここで無駄死にしなくなかったら投降なさい」
 「ぐぅ、こんな小娘に」
 「んー。男ならいいのかなー」
 ジャキ、と首筋に剣を振り下ろすギルバート。顔は笑っているが、オアシスの兵士には死神に見える。
 「嘘じゃないって証明しないとダメかなー」
 「わわ、わかった。武器を捨てりゃいいんだろっ」
 「よろしい。頭が繋がっていたかったら自分たちで出頭するんだね」
 「あ、ああ」
 観念した人相の悪い男たちは、近くにいたアンブロー兵に両手を差し出した。不思議に思った兵はこちらに視線を送るが、ぎょっとして男たちに慌てて縄を掛ける。
 全員が連れて行かれたことを確認した傭兵は、ようやく剣を下ろした。
 「まったく。アマンダ様、気にしなくていいよー。小柄な女性だとああやって調子に乗るヤツいるからさー」
 「え、ええ」
 「大柄な女性でも舐めて掛かる者もおります故。小人などお気になさいませんよう」
 「ありがとうございます。それにしても」
 気を取り直したのか、アマンダは周囲を伺う。あっ、と声を出した彼女は、ある方向へと走って行く。
 その先には小さな集団がいた。
 「イスモ、ヤロ。無事だったんですね」
 「おう嬢ちゃん。何とかな。迷惑かけて悪かった」
 「いいえ、無事ならいいんです。さっきの声はイスモのでしたよね」
 「そうそう。ホラ吹いて混乱させようと思ったら、ホントに来ちゃってビックリ」
 「まあ。ところでこちらの方は」
 と、ヤロより少し高い男性のことを聞くアマンダ。一瞬固まった男性だが、失礼しましたと髪をかき上げる。見慣れた顔があらわになると、令嬢は目をぱちくりさせてしまった。
 「あ、あら。似てると思ったけど、本人だったのね」
 「あのままだと平民に見えないといじられまして」
 「商談に行くわけじゃないし、ヘンにきっちりしてると疑われちゃうって」
 「だよな」
 そうそう、とイスモ。おめえも浮いてっぞ、と、すかさずヤロのツッコミが入った。
 彼らは牢から脱出した後、武器庫から獲物を見つけて近くにいたオアシス兵を襲撃。捕まえて服を奪うと、兵らが集う場所に移動したという。そこで情報屋とアンブローに従軍している魔導士と出会い、今回の作戦を聞かされたそうだ。
 「赤い布がなかったから即行で離脱してね。ヤロの案内の元ここで待機してたってわけ」
 「そうだったのね。ん?」
 一部の単語に引っ掛かったアマンダは説明を求める。今、彼は情報屋と一緒にヘイノの元に行っており、アードルフたちは入れ違いにならないようこの場で待っているらしい。
 「アマンダ様、おそらく彼らも報告でヘイノ様に呼ばれましょう。ご一緒にいては如何ですかな」
 「そうですね。セドリック様はどうなさいますか」
 「私は一度ラガンダ様にご報告に上がります。後程合流致しましょう」
 「私も兵達の様子を見てくるから、またねー」
 「わかりました。お気をつけて」
 すっかりと冷え込んだ夜と同様、騒ぎが沈下したオアシスの町。とある傭兵の失言が飛び出したり誰かが引っ叩かれる音がしたり。はたまたお説教が始まったりするのだが、これはまた別のお話。

 

 

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