瞳の先にあるもの 第38話

 ある程度の修復が終わった第一拠点のオアシスから出発したアンブロー軍は、急ぎ第二拠点のオアシスへと足を運ぶ。本来ならそこからラヴェラ王子のいるオアシス、クリハーレンに行くはずだったのだが、予定が変更され、王都ヒエカプンキに向かうことになったのである。
 なお、ラガンダは既に王子の元へと戻っていた。

一行が第一拠点で足止めされている間、グラニータッヒ王率いる軍が湖を反時計回りに進軍し、クリハーレンに迫っていたという。あと一週間もあればぶつかるところまで来ているそうだ。

ちなみに、第一拠点から第二拠点まで、早馬でもその位は掛かってしまう。つまり、グラニータッヒ王の策は功を制したのだ。

 この国の現王は大変な戦と女好きで有名であり、本人の戦闘能力も折り紙つき。戦場で振るう力に酔いしれている者も多く、傭兵王と異名も名高い存在だ。

国際的には、戦士としては優秀だが政務には不向き、と囁かれている。おそらく本人も知っていることだろう。純粋な力こそ国の全てといっても過言ではない。これが国が二つに割れた根本的な原因でもある。

 全ての民に安心した生活を提供すべし、と提唱したのはラヴェラ王子ただ一人で、他の重鎮たちはグラニータッヒ王の力に崇拝や共感、あるいは恐れを抱いているのが現状なのだ。
 だからこそラヴェラ王子の存命はアンブロー側にとって大きな意味を持つ。平和を望む火の四大魔法師にも同様であった。
 特に問題なく第二拠点のオアシスに到着し、補給もスムーズに終わると、馬を休ませるために一泊することになった。軍関係者はすぐに出立するため全員で野営をし、住民たちは久しぶりの我が家に駆け込む。また、たまたま同じ方角へ向かうためにカレン率いる旅団は、知人を救ってくれたお礼として芸を披露していた。
 昇った太陽がまた沈みかけると、アンブロー軍は前進し始める。ラガンダから授かったアイテムにより通常より早く進むことが出来る状況でもあった。もちろん、総統括者もただ目の前の現状に対応するだけのことはしていない。当然だが、先に起こりうる可能性も加味して歩いている。
 幸い何事もなくヒエンカプンキとクリハーレンの分岐地点まで歩を進める。
 休息を兼ねた軍編成をしていると、一人の伝令兵士が将軍の下へと息を切らしながら、
 「申し上げます、北西方向より赤色の集団と所属不明の者達がこちらに向かっております」
 「どちらが多かった」
 「おそらく所属不明のほうかと。後数時間程で接触すると見られています」
 「分かった、ご苦労。君は備えて休んでくれ」
 「はっ」
 今は日除けの天幕しか設置していないせいか、伝令兵士が去った数分後に、アマンダがやって来る。
 「ヘイノ様、こちらは負傷者の手当てがいつでもできるように整っておりますわ」
 「ああ助かるよ。今、情報屋に様子を見に行って貰っていてね」
 令嬢は少し、間を置くと、
 「戻り次第、ということでよろしいでしょうか」
 「その通り。随分早く状況把握出来るようになった」
 「ありがとうございます。まだまだみなさまには至りませんが」
 「そんな事はない。私の初陣時は心構えと戦術などを叩き込んだ後だったからね。君は一度にやっているからより大変だろう」
 遅くまで部屋の明かりが付いていると聞いているよ、とヘイノ。微笑みながら無茶はしないように、と伝え、休むように続ける。
 アマンダが一礼をして戻って一時間。将軍はゼンベルトを探し話をしようとしていた。彼のいる天幕の近くにある木箱に、人の頭位の大きさをした鳥が止まっている。
 「情報屋は」
 「本人はまだ潜伏中のようです。手紙が括り付けられておりました」
 と、表情の変わらない執事。手渡された手紙の文字は少々乱れており、インクも飛び散っている箇所がある。
 「もうお読みになられましたか」
 「いえ」
 「では読み終わりましたらアマンダに渡して頂きたい。私は指示して来ますので」
 「畏まりました」
 それから数十分後、アンブロー軍は二手に分かれることになった。ヤロとギルバートは選りすぐりの屈強者を連れてヒエンカプンキへ出発し、彼ら以外はクリハーレンにゆっくりと進む。
 残留組は敵兵を向かい撃ち、かつ味方の援護のために、まずは守備隊を前線に配置した。すぐ後ろにはゼンベルト隊と弓兵隊が控えており、ラヴェラ王子の兵士を確保したらすぐに攻撃する陣形である。
 しかし、アンブローから来た兵たちの一部は、不安と同時に疑問も生まれていた。前者に関しては戦地に対する感情なので仕方がないのだが。
 というのも、いかんせん体、主にターバンの色で所属を判別するランバルコーヤ王国の文化を逆手に取ることなど、誰でも思いついてしまうからだろう。いかに法律で決められているとはいえ、平和時と戦争時では考えかたも価値観も変わってくる。ましてや足首にくくり付けられていた場合は、戦闘中ではもはや判別不可能に近い。
 まあ、己の身も危険にさらすことになるため、そんな阿呆は今まで出た試しはない。
 それでも上層部は必ず上手くいくと言うのだ。明確な理由が説明されないのならば、疑念が出るのも致し方ない。
 人が巻き起こす粉じんが誰の目からも分かる距離まで、相手国の兵士たちは近づいていた。
 先頭を走る集団の顔ぶれが見え始めると、守備隊は人一人通れるぐらいの間を空ける。すると、礼を口にしながら駆け込んでくる兵士たちの後方には不思議なことが起きていた。何と黄色い布を巻き付けている兵士たちの足元に小さな砂の渦があり、ひざ下まで飲み込まれていたのだ。
 「こ、これは一体」
 「ラヴェラ王子のご加護でしょう。動ける方々の保護と同時に投降を呼びかけますよ」
 「は、はっ」
 いつの間にかゼンベルト隊に混ざっていたアマンダは、本当の実行者のことは言わず、数人の供と守備隊の前に出る。不思議と避けて走ってくる王子の兵士たちは、安全地帯に入ると、思わず顔を覗かせていた。
 慌てふためく敵兵は、もがけばもがくほど深みにはまることを悟り、その場から動かなくなる。近寄ってくる少女に対し、憎しみを向けるしか出来なかった。
 「半分は戦闘不能になったようですね。無駄に命を散らす必要はありません、投降なさい」
 「ざけんな、小娘が。誰がてめえの言う事にみみを」
 「ならばそこでのたれ死ねばよろしいわ。こう見えてもわたくしは将のひとりですの。今までの行いを悔いながら、砂の一部になりなさい」
 そう言い放った貴族令嬢からは、可憐な姿とは裏腹に冷え切った雰囲気をかもし出していた。
 静まり返った一帯から早々に立ち去るアマンダは、全軍に残りの敵兵を撃ち取るように指示をする。これはヘイノが兵たちに事前に下していた命令で、アマンダはタイミングを見計らって号令したのだ。
 アンブロー軍にどんどん飲み込まれていく敵兵たちは、完全に思考停止状態に陥った。通りすがりながら敵視を受け続けたためだろうか。武器を持ったまま硬直した体と生気の抜けた顔から、魔法が解けていても暴れられる程の気力はない様子だ。
 「お前ら、今からラヴェラ王子につかねぇか。そうしたら命だけは助けてもらえるよう進言してやる」
 と、赤いターバンをした少年。まだ育ち盛りな腕は、剣を握るには少し頼りなさそうだ。
 「て、てめえ、そのツラは」
 「親父に似てる? それともじいちゃんかな。まあいいや、今すぐしょっぴきたいところけど、一晩ぐらい待ってやれっていわれたからさ。よかったね」
 彼女に感謝しなよ、と少年。背中から投げられたレコという言葉に反応した彼は、ヘイノさん、と返した。
 「無事で良かった。ラヴェラ王子とラガンダ様は」
 「大丈夫、今のところ作戦通りですよ」
 「そうか」
 「それよりオレたちは待機でいいんですか。全然戦えますけど」
 「心使いありがとう。この地での戦闘に慣れて欲しいのでね。休息しながら彼らを見張って貰いたい」
 「あー、なるほど。了解でっす」
 「水ならあちらの天幕で用意してある。自由に飲んで欲しい」
 と、ヘイノは左肩に手を置き肩を回す。その動作を見たレコは、グッ、と無邪気な表情で親指を立てた。
 「オレは水もらってくるから、こっち頼んだ」
 「了解」
 レコの部下らしい青年は、面倒見の良い兄のような感じの雰囲気で了承し、彼は弟を連れて走って行く。水、水~っ、と叫びながら飛び跳ねる二人を見ながら、ヘイノは素直に元気だなと思った。
 「緊張感がないな、まったく。いつもああなので気にしないで下さい」
 「いやいや、元気で何より。この場は貴方方にお任せしよう」
 「承知致しました。処遇もこちらの方法でいいと伺ってますが」
 「ああ。味方になるのなら越したことはないが。前例はある」
 「そう言えば敵将のひとりと情報屋を囲ったと。異国の地での戦果、さすがですね」
 「ふふ、私のではないがな。確かに人的被害は双方共少ないほうが良いが、御国の文化もあろう」
 兵にはきちんと説明する、とヘイノ。作戦の詳細を伝えなかったのは、実は魔法が絡んでいたため。リューデリアとサイアのことは当然内密にしており、アンブロー自体、まだ魔法師に対する偏見が強いのもある。例外なのはライティア家によく関わる者のみなのである。
 月の傾き具合が変わり砂漠の冷え込みも強まって来ると、気温はより下がり、厚着をしなければ凍えてしまう程になった。既に討伐を完了したアンブロー軍は、厚手の布で作られた特殊な天幕で簡易宿を作り、暖と食事、そして上着で過ごしている。
 だが、敗者となったグラニータッヒ王所属部隊の先発隊は、日が出ているときと同じ格好のまま。しかし、誰一人、命乞いする者はいない。
 その様子を、ラヴェラ王子所属の兵士たちが見守っている。心変わりするよう料理の香りや羽織物を見せたり話したりしたが、彼らが思っていた通り首を縦に振らなかった。グラニータッヒ王の強さに心底惚れ込んでいる兵たち相手では、敬愛する御方に仕えているという誇りのほうが勝っているのだろう。敵対しているとはいえ同じ砂漠の国で育った人間同士、ラヴェラ派も彼らの心意気はとても良く分かっていた。
 「様子はどうですか」
 ふと響いた女性の声に、ラヴェラ派の兵士がふり返る。アードルフとイスモ、ゼンベルトを伴ったアマンダの姿があった。
 「変わらずですよ。砂漠の男は頑固ですんで」
 「そう、ですか。ゼンベルト様」
 呼ばれた執事は頷き、アードルフに視線を送ると、一緒にエリグリッセ王の兵士たちに近付いた。
 「私はゼンベルトと申す。ラガンダ様の執事だ。こちらはアードルフ殿」
 と、それぞれ会釈する。国内で有名な執事が現れたせいか、相手側はざわめき始める。
 「貴君らの忠誠心は理解しているつもりだ。同じ国の人間だからの。そこで、だ」
 彼は決闘を申し入れた。今すぐでは体のハンデがあるので、万全の状態で、という条件の下でである。
 「アンブロー王国の慣わしでな。一対一で戦い、勝負を決めるそうだ」
 「へえ。あんたが相手になってくれんのかい」
 「無論。だが一人しか戦えぬのは不公平だろう。故に少し変則させることにしての」
 執事は、ここにいるグラニータッヒ王所属兵全員とゼンベルト、アードルフ組が戦うと説明した。男同士の勝負なら文句はないだろう、と締めくくる。
 「じいさん、ナメてんのか。確かにあんたは強いし、そいつもかなりの腕だろうが」
 「至って真面目な話だ。老いたとはいえ、貴様ら如き障害でも何でもないのでな」
 「んだとこのジジイッ」
 「負けるのが怖いか? ならばこちらはどちから片方でも構わんぞ。貴君らが勝ったなら自由にしてやろう」
 「ざけやがって。まあいい提案ではあるがよ」
 「表情を見る限り納得していそうだな。ならば体力を戻してもらう」
 ゼンベルトは目を閉じ、瞑想を始める。すると、兵たちの足に絡み付いていた砂の渦が消え去っていくではないか。
 「ラヴェラ王子も納得して下さったようだ。妙な真似はするでないぞ」
 「当たり前だジジイ。まとめてぶっ殺してやるから首洗って待っとけっ」
 威勢の良い若者達は、ようやく食事や水を口にし、ラヴェラ派の兵士の天幕へと歩いていった。

 

 

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