瞳の先にあるもの 第27話

 情報屋からもたらされた情報を、ヘイノは全体に共有すると、各人の判断で時間を過ごすことになった。日のあるうちなら、結界内にゾンビがやって来ることはないという。
 なお、当の将軍は、サイヤの元で腕を治療している。
 「あ~、ちょっと悪化しちゃってるわね~」
 「はは。痛みがなければ大丈夫」
 「そんなこといってると、そのうち腐っちゃうわよ~」
 さすがのヘイノも一瞬引きつってしまうが、冗談よ~、と返す魔法医。
 「腐るは大げさだけど~。こんな調子で無理したら、本当に動かしにくくなるわよ~。治療魔法あまり効かないんだから」
 「そうなのかい? エスコは助かったのだろう」
 「アルタリア様だからよ~。聞いた話の症状だと、私じゃ無理ね~」
 魔力自体は人間なら生来のものがあるといわれているが、素質を磨いているのは魔法の国の住人だけ。治療魔法がすぐに効果が現れやすく、かつ強い作用をもたらすのは、その元となるものが必要だという。
 つまり、魔法を使える者と使えない者では、治療魔法の効果に差が出るのだ。
 ちなみに、エスコに使われた聖杯も原理は同じである。本来は人ではなく自然に対して用いる聖具だが、アルタリアは再生の力を応用したらしい。
 とはいえ、威力が強すぎると、今度は細胞が活性化し過ぎてしまい、人体がもたなくなってしまうそう。それゆえに力加減が難しいという。
 「細かいことはともかく~。数日はなるべく腕を動かさないでほしいのが医者としての本音ね~」
 「ど、努力する」
 フィリア様、何て余計な事を、と、心の中で悪態をつくヘイノ。じっとしていて欲しいが為の対処だとはいえ、思わずにはいられないようだ。
 「はい、終わり~」
 「ありがとう。先程より随分楽になった」
 「それはよかったわ~」
 今度広げたらお塩たっぷり塗ってあげる~、と、後ろに悪霊でもいそうな雰囲気で微笑むサイヤ。底知れぬ恐怖を感じたヘイノは、お礼を言うと、態度に出さないよう足早にその場を後にする。
 情報屋が彼女たちを恐れるのがようやく分かった気がした将軍は、じきに暮れる空を見て、安堵してしまう。
 袖を直していると、彼にとっての救いの女神がやって来た。
 「やあアマンダ。休んでいるかい」
 「ええ十分に。あの、どうかなさったのですか」
 顔色が優れないようですが、と、彼女。腕を目をやるなり、お加減が悪いのでは、と迫られる。
 「そ、そんな事はない。ただ少々恐ろしい想いをして。ハハ」
 「え?」
 きょとんとしてしまうアマンダだが、後ろにいたアードルフは静かに目を閉じ小さく息を吐く。ヘイノの魂が一瞬抜けたことを理解したのだろう。
 「ああそうだ。君達は作戦、聞いているかい」
 「いえ、実はまだで」
 「分かった。移動しながら話そう」
 このような感じで各々が時間を過ごしているうちに太陽は姿を隠し、夜空はまるでアンブロー王国にいる人間を嘲笑うかのようになる。目に入る光が少ないのは、吉と出るのだろうか、それとも、凶なのだろうか。
 結界の境目付近には既に人だかりが出来ており、松明が灯される毎に殺気立っていく。
 「お揃いかぁーっ」
 と、アマンダには聞きなれない男の声が響く。結界側から一番手前の屋根に、松明を手にしながら笑っている。
 「よぉよぉ、ギルバート。生きてたようだな」
 「お互いにねー」
 「随分懐かしい面の野郎もいるが、残念だ。ろくに挨拶出来ずにすまねえなあ~。ひゃはははは」
 変わらない下種な笑いに顔を歪めるアードルフだが、本人も話をするつもりはない。むしろ男の足元にいる蠢くモノがなければ切りかかっていただろう。
 話が途切れたと同時に一本の高速の矢が男をめがけて飛んでいくが、獣のように素早くかわす。
 「ひゃっひゃっひゃっ、残念だったな。んじゃなっ」
 と、奥のほうへ消えていく男。同時にヘイノの足元に一人の女性が駆け寄り、跪く。
 「申し訳ございません。仕損じました」
 「いや、狙いは良かった。あの男が思った以上の身のこなしだっただけだ。エメリーン、前線の援護を頼んだぞ」
 「はっ」
 失態は働きで返す、とばかりに急いで持ち場に戻る女騎士。エスコの妹ではあるが、本人は決して甘えようとは考えていない。むしろ男中心の社会で足を踏ん張っているからこそ、大将軍も他と同じように振舞っている。本当に狙いは間違っていなかったのだ。
 後程同じ立場の人間に聞くとして、今は目の前のゾンビをどうにかしなければならない。連中の今の動きは、一般人が歩いている位のスピードであった。
 同じ速度で下がっていくよう前線に指示を出したギルバート。彼はヘイノの指揮をそのまま伝達し、ヤロを中心に実行している。
 じりじりと、焼ける大地のごとく高まっていく緊張は、アマンダにはようやく慣れてきた雰囲気でもあった。
 しばらく距離を徐々に縮めながら睨み合いが続く最中、唐突ゾンビ軍団の後方に爆発が巻き起こる。同時にヤロはその辺に転がしておいた石やら廃材やらを敵に投げつけた。周囲もすぐに習い、こちらに注意を引きつけようとする。
 だがその直後、結界が消えてしまう。
 ここぞとばかりにゾンビたちは獲物に対して走り出す。最前列の傭兵たちはさらに下がり、武器よりも瓦礫を手にしていた。
 結界のあったところから約五十メートル程後方、そこには女傭兵たちが作っておいたバリケードあり、最前線の上から形成物を見ればちゃんと形が見えるほどの距離である。
 「ギルバート、まだかよっ」
 「まだみたいー」
 「ずっとゾンビ共が続いてねえか」
 「続いてるねえー。んま、どうにかなるんじゃないのー」
 何を呑気な、とヤロ。隣にいるギルバートは、開戦から表情は変わっていない。さすがに戦いの顔をしているが、どこか薄笑いが絶えないようにも伺える。
 のんびりしている口調とは違いどこか計り知れない男、というのがヤロの第一印象でもあった。それは、イスモも感じたという。
 夜が染まる毎に不安が増していく傭兵たちは、一部が暴発寸前になっていた。
 倒せる者だけ倒していく最前列の前には、かつて仲間だった人間を踏み越えていく動く屍たちがひしめき合う。目は血走っているが、焦点が合っていない。
 「あれ。こいつらの動き、鈍くなってねえか」
 「い、言われてみれば」
 とある傭兵が異変に気づくいた直後、矢の雨が降り注ぐ。だが、最前列からは程遠い。
 結界のあった地点とちょうど中間辺りに集中した矢は、生者にとって望みの光を、柱の形となり天に突き刺した。当たった獲物は次々に光柱を生み出しては空へと消えていく。
 「今だ、全軍突撃っ」
 ヘイノとギルバートの声が重なり、傭兵たちは勢いづき、結界も再度貼られ、王国弓兵たちも今までの我慢を一気に放出される。
 全体の四分の三ほど既に結界内に入り込まれていてたが、立っているゾンビは物理攻撃で、倒れていた方は結界が消していっていた。
 一方、爆発した地点では、情報屋を中心にアマンダ、アードルフ、イスモ、ヘイノで円陣を組んでいる。周辺には既にゾンビの気配がほとんどなくなっており、小休止状態になっていた。
 「あの液体を塗っただけで普通に倒せるようになるなんてね」
 「効果は数時間だけどな。ホントはもっとちゃんとしたのほしかったんだけど。加工に時間がかかるっていわれちまって」
 と、頭をかく情報屋。作業工程を知らなかったらしく、頼んだ顔馴染みの技術者に断られたらしい。
 「リューデリアとサイヤは大丈夫でしょうか」
 「ヘーキヘーキ。フィリアがいたじゃん」
 でんっ、と腕を組みながら結界の中心に立っていた風の魔女を思い出す一行。アマンダは頼もしさでほっこりし、男性らと情報屋は少し寒気を感じる。
 「あ。でも五人一気に移動させたから、疲れてないかしら」
 「ないない。あの人、風の申し子っていわれてるぐらい、風魔法得意だから」
 情報屋いわく、武器と同じように魔法も相性があるらしく、良いものは使うときに魔力が少なくて済み、逆の場合は燃費が悪いという。
 「なれない武器だと使いづれぇだろ。そんなカンジ。細かいコトはともかく」
 「それであれだけ世界中を移動出来ていたのか。だとしても、さすがとしか言えん。さて」
 警戒心をそのままに背伸びしたヘイノは、気持ちを新たに敵の総大将の居所を特定したいという。
 「奴は狡賢い割には慎重なところがあります。どこかに身を隠しながら移動しているかと」
 「隠れながら移動? 魔法があるからか」
 「恐らく」
 「追跡できなくなってるぜ。誰かが無効化しやがった」
 「将に魔法師がいるからな。分かれて探すのが一番か」
 情報屋も風魔法の探査は出来るが、結界の外には妙な魔力が張り巡らされており、普段のように上手く使えないらしい。
 ヘイノが顔を上げると同時に、近くの茂みが動く。思わず身構える一同だが、出てきたのは赤色の首輪がついた大型犬であった。
 クゥンと鳴いた犬は、ヘイノに鼻を近づけにおいを嗅ぐと、今度はアマンダのほうへと行く。
 「そうですわ。この子なら首謀者を探せるのではありませんか」
 「そうだな。民は避難していないはず」
 「犬を使って? においの元がないのに」
 「赤の首輪は救助犬だ。災害などに遭った生存者を探す」
 報告では全て共に脱出したと聞いていたが、数え間違いをしたのか途中ではぐれてしまったのかは分からない。ただ、やせ細った体は、最近まで誰ともいなかったことを意味しているのだろう。
 アマンダは持っていた干し肉をナイフで小さくすると、大型犬に差し出した。しかし、ドーベルマンはよだれをたらしながら座っている。
 令嬢は地面に置き、よし、と言った。するとものすごい勢いで尻尾を振りながら食べはじめる。アマンダは人間用に味付けしたものなのが気になったが、あばらがあまりにもくっきり見えていたのでいたたまれなかったようだ。
 獣皮袋から水をてのひらに出し、そのまま大型犬の近くに持っていく少女。犬は遠慮なくなめると、ワン、と吠えた。
 「お願い。この近くに生きた人間がいるかを探して」
 イスモは犬にいっても、と口にしかけたが、動物はそうではなかったよう。舌で自身の鼻をぺろぺろなめると、周囲をうろうろし始める。しばらくすると鼻を上にしながらにおいを嗅ぎはじめた。その間、情報屋は身軽な傭兵に通信道具をスイッチを入れて渡す。
 大型犬の様子を見守っていると、とある方角に向かって走り出した。
 通信手段を手にした傭兵がすぐに追いかけていき、熟練のほうと情報屋は二の次に、最後は貴族たちが走っていく。男性の足にはさすがに追いつけないので、周囲を警戒しつつも将軍は令嬢をエスコートした。
 住宅街を駆け抜け最後尾が合流すると、そこはちょうど北門の近くにある大きめな民家の前で、金属同士がぶつかる音が響く。
 「まさか犬に見つかるなんて思わなかったぜ。まあいい」
 アマンダとヘイノには聞き慣れない声だが、金属が錆びたようなにおいで剣を引き抜く。
 「二人増えたか。またガキじゃねえか。ガキはイイコでねんねしてる時間だぜぇ」
 ひゃっはぁっ、と奇声を上げながらアマンダに向かって走っていく男。まるで昼間に戦っているかのごとくの動きで前にいた傭兵を軽々と抜いていく。
 「なっ」
 「コイツ、いくら何でも動けすぎ」
 令嬢は右側に飛び、迫ってきた殺気を回避する。すかさずヘイノが後ろから一閃を浴びせるが、空を切っていた。
 また、アマンダは距離を取ろうとするも、すぐに追いつかれては剣圧を体に受ける。
 よけられているのか、外されているのか。
 どちらにしても劣勢であることに変わりはない。レイピアを横に払うも、何も当たらなかった。
 まるで獣のようだわ。人間の動きじゃない。
 ざわざわ、と近くにある木が揺れるような音と共に、
 「ぎゃははははっ。無駄だ無駄無駄あっ。お前らはここでニコデムズ様に殺られる運命なんだよっ」
 「うるせぇよ、おっさん」
 高笑いを遮ったのは、情報屋の言葉。地面に何かが落ちる音がした。
 「そのていどの強化魔法なら、オレもできっけど」
 「つつ。てめぇ、逃げたんじゃ」
 「あんたバカ? 勝てる戦いをすてるヤツなんていねぇだろ」
 「馬鹿はてめぇだ。この暗闇じゃあ暗殺者でも見えねえ」
 「んじゃ試してみろよ。お得意のダマシウチでさ」
 そういうと、情報屋は地に足をつけた。