瞳の先にあるもの 第28話

 闇に紛れて動く暗殺者ですら制限される視界の中、日戦同様の動きで一行を翻弄するニコデムズ。
 「人様を足蹴にするたぁ教育なってねえな。思い知らせてやる」
 「うわ。ダッサいセリフ」
 こめかみに青筋を立てながら、ニコデムズはアマンダから情報屋へと狙いを変え突進していく。スラリ、と金属が擦れ合う音がすると、今度はぶつかり合う音に変わった。
 「な、にっ」
 「だからいったろ。そのていどの強化魔法ならできるって」
 人の話きけよな、と、はじき返した情報屋。すぐに頭を下げ前かがみになり足を切りつける。切り返して今度は首筋を狙うが、さすがに防がれてしまった。
 「てめぇ、何モンだ。魔法を使うガキなんざ聞いたことねえ」
 「当たり前じゃん、いってねぇんだから。貴族サマ相手にしかショーバイしてねぇんで、なっ」
 力を込めた右手を敵に向けた瞬間、軽い爆発が起こる。風を圧縮して発散させたもので、こけおどしに使われる魔法である。
 距離を取った情報屋は道具入れから何かを取り出し、ニコデムズに投げつける。しかし、すんなりとよけられてしまった。
 子供は口の両端を上げると、いたずらするかのようにパチンと指を鳴らす。すると投げられたモノはブーメランのように戻ってきて、ニコデムズの背中に直撃した。
 「へっ。まさか強力な臭いでもつけようってのか」
 「んなコトするかよ。意味ないし」
 犬じゃねぇんだから、と子供。忠犬はいるけど、と口に仕掛けたが、後々のことを考えやめておいた。
 だが、やはり忠犬だけあるのだろう。ある意味鼻が利く彼は、情報屋が単なる悪知恵の働く子供、という認識はない。
 アードルフは構えると、因縁の相手に向かって切りかかった。驚いたニコデムズはかわすも、敵は次から次へと剣を打ち込んでくる。
 「馬鹿な。いくらてめぇでもこんだけ暗きゃ見えねえはずだっ」
 「そうだな。何人たりとも己の背を見る事は出来ん」
 相変わらず良くしゃべる、と熟練傭兵。その言葉の意味が分かったのか、アマンダとヘイノは獲物を鞘におさめて振り回す。そして三人がかりで時間を稼いでいると、情報屋は相手の剣に狙いを定めもうひとつおみまいすると、ニコデムズは嫌々ながらも受け取ってしまった。
 さらに戦いやすくなった一行は、一度ニコデムズから離れ、アードルフを主軸に展開。時が経っているとはいえ勝手知ったるは彼だからだ。
 「クソがっ」
 「相変わらずのようだな。実力がないわけでもあるまいに」
 「黙れっ。てめぇに何が分かるってんだ」
 「卑怯な事にしか頭を回さない奴の心持ちなど分からん。だから何度も聞いただろう」

 キィン、と、剣は雄たけびを上げ続ける。

 剣をぶつけ合いながら、アードルフはかつて肩を並べていたニコデムズを思い出していた。出会った当初は気さくで面倒見が良かったが、いつの頃からか狼藉を働くようになり、自らの利益しか考えない、まるで横暴貴族がごとくの振る舞いをするようになったのだ。彼より若い傭兵たちはその時期を知らないので、暴君そのものに映ったことだろう。
 だが、アードルフも人の子である。
 「今までどれほどの仲間を売って来た。そろそろ仕舞いだ」
 「うるせぇっ。金が必要なんだ、金さえあればあのクソ貴族の鼻を明かし」
 「とっくの昔に死んじまってるぜ。十数年前によ」
 と、情報屋。その言葉に、ニコデムズの動きが止まる。
 「あんたの妻子がつれさられて半年後ぐらいに、な」
 脇腹から血を流して倒れる傭兵は、信じられない、といった表情で小さな情報提供者を睨む。とはいえ、相手はそのものが見えず、殺気だけを感じ取っていたが。
 「ウ、ウソだ。なら、オレは、なんの、ために」
 子供は、何も、言えなかった。
 そのまま音がしなくなると、アードルフは血を払い剣を収める。
 数分間の沈黙の後、情報屋はランプを手にし、ニコデムズの脈をはかる。完全に事切れたことを確認すると、ヘイノに問うた。
 「ゾンビを殲滅させる。情報屋、念の為にここを見張っていてくれ」
 「はいよ。今回はトクベツな」
 「フィリア様に叱られるぞ」
 「う、うっさいっ」
 冷や汗が止まらない情報屋を横目に、アマンダはアードルフに近づく。
 「お気になさらないで下さい。傭兵の世界では良くあることです」
 「そ、う」
 「ゾンビたちもほとんど片付け終わってたよ」
 シュタッ、と、着地するイスモ。アードルフとニコデムズが打ち合いになってから、あちらの様子を見に行っていたという。
 「ただ矢が尽きたみたいだから、早く指示してあげたほうがいいんじゃない」
 「そうか。情報助かる」
 「つうかあんた、よくここを離れられたよな」
 「兄貴がタイマンで負けるわけないでしょ」
 「んま、たしかに」
 「買いかぶり過ぎだ。アマンダ様、急いで戻りましょう」
 「え、ええ」
 覚悟していたはずなのに、と思わず拳をつくるアマンダ。戦場は命のやり取り以外にも、恨み、憎しみ、妬み、悲しみ、嘆き、苦しみなどの悲惨さが充満する地。机上や頭と実体験ではまるで違うことも、初陣のときに体験したはず。
 「誰しも、戦争の恐怖をすぐに克服出来る人間はおりません。全て抱え込む必要などございませんので」
 ゆっくり行きましょう、とアードルフ。ここで諦めて戻ってくれれば、という一縷(いちる)の望みもなくはない。だが、ここまで来た以上、令嬢の性格を考えれば、答えはひとつだった。
 「一気に片をつける。イスモとアードルフは先に行き、前線に合流して場を治めて欲しい。指示は既に出してある。アマンダは私と一緒に動こう」
 「畏まりました」
 「兄貴送ったら戻ってこようか」
 「いや。どの方角に行けば良いのかだけで十分だ」
 「了解。ええっと」
 イスモは近くにある木へとジャンプして周囲を見渡すと、たいまつが灯された方角を確認し、伝える。
 「分かった。念の為周囲を警戒しながら行ってくれ」
 頷いた傭兵は年長の者と共に姿を消す。
 「ここから兵舎に行くには迂回が必要だ。はぐれないように」
 「は、はい。行きましょう」
 震える体を抑え、歩き出そうとするアマンダの顔に、大きな手が包み込む。
 「巻き、込んでしまってすまない」
 「いいえ。ヘイノ様のせいではありませんわ。戦いがなくなれば、きっと」
 みんなが笑って暮らせる、と口にしかけるが、噤んだ。単なる願望だと気づいたからだ。
 アマンダは目を閉じると改めて父と母、兄の偉大さを脳裏に焼き付けて、開けた。
 「これは、わたくしがやらねばならぬ事なのです」
 小さな背中を見た将軍は、かつての自分を見ているかのような気分になる。
 だがすぐに追い越すと、なるべく広く拓けている木々の間を通り抜け、道へとたどり着く。ゾンビが積み重なって出来ている低い塀沿いへと静かに小走りする二人は、建物から離れずに結界内へと入っていく。
 最前列に合流すると、交代して休憩しているヤロを見つけた。
 「おう、無事だったか」
 「ああ。君も無事なようだな。状況はどうだ」
 「ケッカイってヤツのおかげでやりやすくなったぜ。鈍くてよ」
 弱点は変わらないが、昼間並みの動きに加え、若干力も落ちているらしい。その為、防御面でも疲労がたまりにくく、負傷者も少ないという。
 「怪我人が少ないのは良かった」
 ヘイノは少し高いところに上り、前線の様子を伺う。
 「体力的に畳み掛けられそうか」
 「任しときな。おい、おめえらぁ」
 一気に行くぜぇっ、とヤロは号令を出した。傭兵たちの士気が上昇しそのまま突撃していき、弓兵たちも屋根から飛び降り帯剣で対応してゾンビたちを押し戻していく。
 太陽の光が差し込むと同時に最後の一体が倒れ、遠くにいる小鳥が意気揚々と鳴いていた。
 「オレらの勝ちだあっ」
 「おっしゃあっ」
 「ふう。どうなる事かと」
 歓声の中、様々な心情が漏れて来る。ある者は喜びをあらわにし、ある者は座り込み、ある者は見回りをはじめたりしている。
 「アマンダ、無事だったのね」
 小走りで近づいてきたエメリーン。服が土や血であちこち汚れている。
 「エメリーン。わたし」
 幼馴染みは安心した表情のまま首を振る。
 「とりあえず場所を移そう。ここで話していいことでもないから」
 「え、ええ。あ、その前に、お水もってこないと」
 「持ってきたわよ~」
 と、サイヤ。彼女を先頭に、リューデリアとフィリアもいる。
 「皆、お疲れちゃん。良くやってくれたね。水はたくさんあるから、顔や武器を拭いちまいな」
 ここにいるアマンダとヘイノ将軍の配慮だよ、と風の魔女。傭兵たちは貴重な水を潤沢に使えるのかと初めは疑っていたが、サイヤとリューデリアが氷と炎を同時に出し、下に置いてあった桶にどんどん溜まっていくのを見ると、我先にと駆け寄ってきた。
 「ほらほら、がっつくんじゃないよ。全員分あるからちゃんと並びな」
 「フィリア様、部下たちにも手伝わせます」
 「頼んだ」
 エメリーンは一礼をすると、アマンダにまたねと伝えて走っていく。
 その後姿を目にし、アマンダは下を向いてしまった。
 みんなやるべきことを見つけて動いてるのね。わたしは、何をすればいいのかしら。
 戦闘力、統率力、物の考えかたなど、どれを取っても取るに足りない。こんなことで本当にお兄様の仇をうてるの。
 「アマンダァ、手伝っとくれ」
 と、フィリア。入れ物に水を汲みながらも規律を乱して先んじようとする者には容赦なくパンチをかましていた。
 あちらこちらで乱闘騒ぎに発展しそうになると、アードルフやギルバートらがけん制に入ったり、王国兵が取り抑えたり。だが、人々の表情は生き生きとしており、しまいにはお祭り騒ぎになっていく。
 ひと通り水が行き渡ると、
 「おーい。炊き出し得意なヤツいるかーい」
 「姉貴、集めてくるぜ。ここでいいかい」
 「そうだね。酒はないけど食い物はあるからさ」
 「おおっ、ありがてえ。ついてくぜ」
 「アタシじゃなくて将軍クラスの連中に言いな」
 指示に従ってるだけだからね、とフィリア。アマンダに顔を向けると、ウィンクする。
 様子を見た男性は、目を真ん丸くすると、
 「へえ、こんな小っこい娘が。懐広いんだな。コラレダの奴らとは大違いだぜ」
 「え。あ、あの」
 「ああそうだ。あんたらも復興手伝ってくれよ。出来うる限りの対応もするってさ」
 「そうかい。伝えとくぜ」
 にかっ、と一本欠けている歯並びを見せた男性は、まるで大きな子供のよう。相当な上機嫌で束ねている者を探しに行った。
 ふう、と息をついたフィリアは、きょとんとしているアマンダに、
 「初めから出来る奴なんていないさ。皆、見守ってもらいながら成長する」
 その点は人間も動物も変わらないんだよ、と続く。
 「焦るんじゃない。仇云々はともかく、あんた自身を見極めな。何がしたいか、何をすべきかを、ね」
 頭を撫でながら話したフィリアは、負けるんじゃないよ、と締めくくると、その場を後にする。
 アマンダは、幼い頃にもうひとりの魔女、エレノオーラにも似たようなことを習い、とても難しくて結局答えが出なかったのを思い出す。その時は確か、
 「今は分からなくても、大人になって自分で考えればいいのよっていわれたわね」
 つい口に出してしまったが、今がそのときなのかもしれない。
 様々な動きをする人間たちを見たあと、何となく空に視線を上げる令嬢。太陽はすっかり目を覚ましており、雲はゆったりと流れている。
 あの雲、どういう気持ちでただよっているのかしら。
 ぼんやりとした頭と体は、一瞬吹いた風によって叩き起こされる。はっと意識を取り戻したアマンダは、出来ることがないかを探しに歩き出す。
 その先に何らかの道があると信じ、今は感じるがままに動いたのであった。

 

 

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