瞳の先にあるもの 第26話

 話し終えたヘイノは、一度部屋にこもり不備がないかを確認するために食堂を退出した。というより、もっと具体的なものを提示したい、とのことだった。
 指示を受けた一同は、まず長期戦に備えるべく、既に行われていた物資をさらに集めること、民家を使っての安全確保に走る。エメリーンとギルバートを中心に小隊編成を考え、イスモとオルター、ガヴィを通して全体に広げていく。
 なお、ヤロは最前線に身を置ことになっている。
 一方、アマンダはアードルフと共にリューデリアとサイヤの様子を見に行くと前に、女性傭兵の一団の元へ赴いた。彼女たちは令嬢に対して冷ややかな視線を送る。
 「何の用だ。お嬢ちゃん」
 「止めないか。無礼だぞ」
 「はん、知るかいそんな事。そんな枝みたいな腕で何が出来るってんだよ」
 アードルフほどの男が護衛しないとダメなんだろ、どうせさ、と、とある女性傭兵。周りからも嘲笑う声が、アマンダの耳を貫いた。
 思わず一歩踏み出したアードルフを制すると、笑顔を作り、
 「わたしはアマンダです。あなたのお名前は」
 「テ、テルヒッキ、だけど」
 「テルヒッキ、ですね。思うところもあるでしょう。でも、今は身分問わず協力して生き残ることが第一です。よろしくお願いしますね」
 一段を強い笑みをしたアマンダ。想像していなかったのだろうか、テルヒッキは面食らってしまっている。
 「ギルバートからの指示をお伝えします」
 幾分か聞く耳を持ったらしい女性傭兵たちは、ゆっくりと近づいてくる。
 内容は、生命線である魔女の結界を守るための陣形形成と周囲にある民家を使用可能な物資の調達を依頼する、というものだった。
 「女性同士のほうが安心するだろう、と」
 聞き終え少々眉を吊り上げた面々だが、
 「とりあえずわかった。嘘じゃなさそうだし」
 「嘘なんてつきませんわ。よろしくお願いしますね。そうだ、魔女がいる場所をご存知ですか」
 「あたいは知らないね。誰か知ってっか」
 「もうちょい奥にある公園にいるって聞いたよ」
 「ありがとうございます。それではまた」
 ぺこ、と頭を下げたアマンダは、特に急ぐこともなく目的地に向かった。
 「申し訳ございません。彼女達に悪気はなく」
 「いいのよ、あなたが気にしなくて。貴族を嫌ってるだけなのだし」
 本音は少し寂しいが、ヤロやイスモの態度から見るに想像がつくことでもある。指示元を若干誤魔化したのも、そのためだ。情勢ばかりは個人の力ではどうしようもない。
 女性傭兵の通り、リューデリアとサイヤはシートと様々な道具を出して広場中央に座っている。魔女の周囲は少々騒がしく、彼女たちがバリケードを作っていた。
 「お帰りなさい~」
 「ただいまです。なにか必要なものはありますか」
 「私たちは大丈夫よ~。それより、全員分の食事って大丈夫なの~」
 「今集めているところですわ」
 「は~い。なら結界については任せてちょうだ~い」
 「外に出られれば野草集めも出来ようがな」
 「野草、ですか。ヘイノ様にお伝えしておきますね」
 「そうしてくれ。まあ、今はゾンビを閉じこめておくほうが良さそうだが」
 その辺の戦略は任せる、とリューデリア。正直、二人は軍や傭兵が動かなくてもどうとでもなるし、国の未来など関与しない。だが、人としての情もあり、守る対象である本人が現状を放っておくことが出来ないだろう。
 もちろん、魔法の国で生まれ育った以上制約は存在するが、あくまで、魔法が関与すること、に限定される。
 要は捉えかた、考えかた、言いようである。
 「ところで、情報屋は見ておらぬか」
 「いえ。おふたりのところにもきてないんですね」
 「ああ。連絡しているのだが出なくてな」
 「なにか、あったんでしょうか」
 「心配するような事は起こっておらぬよ。命に関わることならすぐに分かる」
 「そう、ですか。無事ならいいんです」
 ほっとしているアマンダを横目に、サイヤは手を動かしながらニコニコしていた。
 必要なものや気がついたことは気軽に言って欲しい旨を伝えると、アマンダたちはその場を後にする。
 令嬢はあてもなく歩きながら、他にやるべきことはないかと考える。
 「アードルフ。このようなとき戦場ではどう動いてたの」
 「現状、今のままで宜しいかと存じます。予期せぬ篭城になりましたので、物資を集めるのが先決になる故」
 「そう。物資には食料と武器がはいってるのよね。なら、次はゾンビの攻略かしら」
 「仰る通りです」
 それも今ヘイノ様がお考えだし、とアマンダ。先日会ったフィリアにも少しずつやっていけと言われているが、やはり何かしら焦ってしまうようだ。本人も頭では分かっているらしいが、体が勝手に動くのだろう。
 十代であれば誰しもが通るであろう道に、アードルフも理解出来なくはない様子である。
 「お兄様だったら、どう動くのかしら」
 「アマンダ様はコスティ様ではありません。貴女様がお思いになったように動けば宜しいのでは」
 魔法の国ではシュハリという考えもあるようですが、とアードルフ。師の教えを忠実に学んで身につけ、その後は他の考えや行動などを取り入れ、最後に独自に動くことだという。
 「あっ。それエレノオーラに教えてもらったわ。どっちがいいのかしら」
 「時と場合によるかと。絶対的な方法はないと思います」
 「うう」
 思わずうなってしまうアマンダ。着実に成長している主君に対し、アードルフは微笑ましく感じてしまう。目元が特に似ているせいなのか、懐かしさも蘇っていた。
 コスティ様がこの場におられたら、さぞお怒りになるだろうなと思いながらも、現状打破のために、彼自身何もしないでいるつもりは当然ない。
 「見張り塔から外の様子を伺いましょう。ニコデムズが援軍を要請している可能性もありますので」
 「わかったわ。それにしても、どうしてそうすぐに考えが浮かぶの」
 「年季ですよ」
 んまぁ、とふくれっつらになるアマンダ。こればかりは仕方がないのだが、素直に嫉妬してしまう令嬢を目に入れると、さすがのアードルフも表情が緩んでしまった。
 見張り塔の最上階にやって来たふたりは、遠くに目を凝らしていた王国兵と傭兵に話を聞く。今のところ特に変わった様子はないそうだ。
 そう、あくまで戦いにおいては、である。
 「ええっと。ライティア領は、こっちかしら」
 「そちらはランバルコーヤです。コラレダはあちらで」
 「あらやだ。なら反対側のあっちね」
 と、指差すアマンダ。
 「そういえばよく迷子になられていましたね」
 「こんなに広ければだれでも迷うわよ」
 ぷいっ、と従者に抗議する令嬢。やり取りを見ていた王国兵はぽかんとしてしまい、傭兵は噴き出してしまう。
 「見張り塔の高さが違っても、どこから見ても空は変わらないのね」
 「そうですね。私にもそのように見えます」
 「やっぱり立場が違っても見える景色は同じね。心情はちがうっていうけど」
 「朝焼けと夕焼けは方角が違うだけで見た目は似ている、と誰かが話していた気がします」
 「たしか、に。寝すごしたときに朝と夕方を間違えたことがあったわ。あなた方はどちらがお好きですか?」
 へ、と間の抜けた返事をしてしまう、王国兵と傭兵。
 「朝焼けと夕焼け、どちらもきれいだと思いますけど」
 話を振る理由が分からず、ふたりは目を合わせる。
 「私は朝焼けのほうが好きです。特に晴れ渡って日は気持ちが良いので」
 「オレはどっちかってえと、夕焼けかな。戦いが終わったって感じる」
 「ああ確かに。朝番時にはホッとする」
 「へええ。王国兵って硬そうに見えたけど、そうでもないんだなあ」
 「さ、さぼっている訳ではないぞっ」
 「いやいや、そうじゃねえって。ひと仕事終わるってときにゃ安心すんじゃねえか。一杯がこれまた上手いしな」
 「ほお。結構いける口なのか」
 どうやらお互い中々飲むらしく、アマンダにはまだ早い話で盛り上がる。周囲をもう一度見渡すと、彼女たちは静かに立ち去る。
 兵舎に向かいながら、
 「やっぱり溝があるのね。あのお二人はもう大丈夫そうだけど」
 「その微妙な空気を読んでのあの会話、お見事でした」
 「あなたが合わせてくれたおかげよ。助かったわ」
 「もったいなきお言葉です」
 ギイィ、とドアを開けてもらったアマンダの目に、軽食を口にしているフィリアが映る。令嬢に気がついた風の魔女は、片手を上げて挨拶をした。
 口の中身がなくなると、ヘイノの行方を尋ねる。
 「わたしたちは今戻ったばかりなので」
 「そうかい。どこほっつき歩いてんだか」
 「フィリア、大丈夫なのですか」
 「ん? ああ、今回は魔法が関わってるからね。ゾンビ位なら魔法使わなくても対処出来るけど、時間がさ」
 「時間?」
 「そ。物資ないのに篭城なんざたまったモンじゃないだろ。だから短期決戦に持ち込もうってね」
 「どうにかできるのですか」
 「建物の損害考えなきゃ今すぐにでも出来るよ。そこがねぇ」
 いかにも面倒くさそうに両腕を広げた女剣士。それこそたまったものではない、とアマンダとアードルフによぎる。
 「まどろっこしいのは嫌いだが、しゃあない。民を路頭に迷わせるワケにはいかないからね」
 ほっと息をついたアマンダ。フィリアはたまに子供のような笑顔でとんでもないことを言うときがある。しかも実力と行動力も持っているため、冗談なのかが聞き分けづらいところがあるのだ。
 「そうだわ。情報屋さんに連絡できますか」
 「出来るけど、何伝えればいいんだい」
 「あ、いえ。時間との勝負なのは間違いないので、手伝ってもらえたら、って」
 「ああ、その必要はないよ」
 既にこき使ってるから、と、けらけら笑う魔女。
 腕利きの情報屋という立場なら高額になるのだが、魔法の使い手という身内には関係ないのかもしれない。そういった家族ぐるみの付き合いが出来ているのなら、あの子供にはまだ希望があるだろう。
 アードルフは何故か、情報屋が普通の子供に戻れることを願わずにはいられなかった。
 「あの子には食料調達と今回のゾンビ対策を任せてある。アタシは支援だけ」
 「食料って、野草ですか」
 「いんや。大口を作ってもらってるのさ。満足とまでは厳しいがね」
 「避難している方々の分も?」
 「もちろんさ」
 「そうですか。よかった」
 洞窟にいた貴族に動揺があまり見られなかったのはその為か、と傭兵。意気消沈はともかく、目に絶望感を感じられなかったのを思い出す。
 『あ、いたいたっ』
 シュン、と姿を現す情報屋。机に置いてある空の皿を見るなり、飯くってる場合、と呆れている。
 「腹が減っては戦は出来ぬってね。ヘイノとは話したのかい」
 「うん。さっきまで一緒にいたよ。頼まれてたこと話して、リューデリアたちのところに連れてった」
 「ああ、成程ね。お疲れさん」
 フィリアは魔法で小皿とリンゴを出す。果物を浮かせると、右手を横に払った。すると種部分を切り取られたリンゴが八等分になる。
 「手を洗ってから食べな」
 「へいへい」
 「返事は一回っ。ところでアマンダ、今の見えたかい」
 「え、ええっと。縦横一回ずつ手が動いていたような」
 「上出来上出来」
 剣士は令嬢の頭を撫でると、部屋から退出。褒められた理由は謎だが、アマンダは嬉しい気持ちをそのままにしておく。
 一方アードルフは、眉間にしわを寄せ、彼女が敵でなかったことに、心底安心した。
 「あれ。フィリアは」
 「さっき部屋をでましたよ」
 「あ、そう。まあいっか」
 彼女が座っていた椅子にのるを、腰につけている道具箱からフォークを取り出しリンゴをかじる。
 「あんたたちも休めるうちに休んだほうがいいぜ。ゾンビが本格的に動くのは夜だからな」
 「よ、夜、なのですか」
 「そ。あいつらは太陽の光が苦手なんだ。本のとおりならすげえメンドくさくなる」
 詳しくはあとではなしてやるよ、と情報屋。
 「アマンダ様。情報屋の言う通りにしましょう。体力を温存しておかねば」
 「わかったわ。リューデリアたちのところに行きますが、ご一緒にどうかしら」
 「オレはいい。仕事あるから。先いってな」
 「そう。ではまた後で会いましょう」
 にこり、と微笑み前へ進む令嬢と従者。
 情報屋は、リンゴをかじりながらも、目だけ、後を追ったのだった。