瞳の先にあるもの 第25話

 人型をした何かが現れ人々が襲われるという、前代未聞の事件が発生したノアゼニア。王都を敵の手から取り返した矢先でのことだった。
 人の形はしているが、肌は青く浮き出る血管は紫色。遺体独特の腐敗臭がし、腕や足が千切れていても動いている。しかも、ところどころから骨も見えている始末だ。
 「くそっ、力任せの剣じゃあかち割りづれえ」
 「リューデリア、ほかの弱点はありませんかっ」
 「火に弱い、が臭いが酷いし灰が風で舞ってしまう」
 「大量に吸いこんだら大変よ~」
 「どうやら武器で対処するしかないようです。槍か弓が最適かと」
 「あるいは一気に叩き潰すか、かねー」
 ギルバートは近くにあった人の頭位の瓦礫を持ち上げ、敵の頭部に投げつける。しかし、やや欠けた程度で大した傷は与えられないようだった。
 「んー、効果なし。って、こっち来ちゃった」
 「何してんの、あんたはっ」
 たまたま近くにいたイスモと一緒に皆と反対方向へ逃げる。彼は弱点に狙いを定めてナイフを放るが、当然骨にはじき返されてしまう。
 「君、足に自信ありそーだね」
 「はっ?」
 ギルバートは笑顔であっちあっちと指を刺す。その方向には、見張り塔があった。
 「私はこっちに。とりあえず数を減らそう。きっと援護してくれる」
 「はあ。どこにそんな保障があるのかわかんないけど」
 「大丈夫だって。女性達をあんな危険な場所に騎士が置いておけるわけがないから」
 「あー、成程、ねっ」
 大きく跳躍したイスモは、一気に反対側へと飛び、謎の生命体の注意を引く。その辺にあった石や木などを投げてより認識させると、屋根にジャンプし伝いに走っていく。
 ギルバートは、おサルさんもびっくりだ、と思いながらイスモと逆のほうへ。
 一方、多少数が減ったアマンダたちは、少しずつ城壁側へと下がっていく。オルターが近くにいた傭兵仲間に槍と弓などを持ってくるように頼むと、探しに散って行った。
 「嬢ちゃん、どこまで下がる気だ」
 「もう少しです。ひらけたところにでられれば城壁から弓で狙えるはず」
 「おうよ」
 一行は直接攻撃が得意な者を最前線とし、間から魔法を放つ態勢を保ちつつ特定の場所へと足を進める。途中から長物を見つけてきた傭兵たちが加わり、前は厚くなっていった分、交代しながら体力の回復もはかった。
 ようやく目的地らしい大通りに出ると、一団が半分まで下がったところ、
 「矢が当たらぬ様、左右に散ってくれ」
 聞き慣れた女性の声が響いた直後、援護射撃が降り注ぐ。現場にいた者たちは反射的に言うとおりに動いたため、被弾することはなかった。
 最後の一体が倒れると、
 「いよっしゃあ、勝ったぜっ」
 「ふう。ようやく終わったか」
 様々な歓声がわき起こる中、アマンダは周囲を警戒しながら死体の中を歩いていく。アードルフが後ろから付いて来たが、特に気にすることはない。
 「上手くいったみたいだねー」
 「貸しにしとくから」
 離脱した二人が話しているのを見かけた令嬢は、思わず笑顔になり、駆けていく。
 「よかった、無事だったんですねっ」
 「うんうん。全滅させてくれたんだね、ありがとー」
 「あ、そうだ。奴ら、城の中にも出てきてたみたい」
 「完全に過去形なのか」
 「うん。将軍殿が対処したらしいよ。どうやったかまでは知らないけど」
 王国軍弓兵が教えてくれてさ、とイスモ。ギルバートが一行と離れていたことに気がついたヘイノは、援護と同時に頼んでいたという。
 「とりあえず一件落着、かなー」
 「ええ。そう、ですね」
 「何か懸念がおありですか」
 「そうじゃないの。どうしてか胸騒ぎがして」
 目を合わせる男衆。だが、本人も説明できる訳でもなく、勘違いだと思いたいとアマンダは返す。
 「ヘイノ様と合流します。これからのことをうかがわないと。イスモとギルバートはみなさんのところへ戻ってください」
 「了解。片付けもしとくよ」
 「お願いします」
 「行ってらっしゃ~い」
 アマンダは城へと足を急がせ、早く安心した夜明けを求めた。
 城の前では五、六人程の兵が出たり入ったりしており、何かが担架で運ばれている。令嬢は邪魔にならないよう端を歩き、挨拶をしながら中へと赴く。
 アンブロー城入口の通路は珍しい吹き抜け型になっていて、大理石で出来た建物が印象的である。天井には美しい模様が描かれており、平時なら美しさのあまり立ち止まってしまう程だ。結界に守られているので矢が飛んで来ることもなく、暖かな風が吹くととても心地よい。まさに風に愛された国ならではの外観である。
 大広間に出ると、中は似つかわしくない臭いが立ち込めていた。よく見ると床の一部が変色していたり、異物が付着している。
 「アマンダ、無事だったか」
 「ヘイノ様も」
 周囲を伺うアマンダは何故か緊張感が抜けなかった。だが、控えているアードルフも眉をひそめており、周囲を警戒している。
 「気づいたか。どうやら奴らは城の中から出てきているようでね。部下達が出所を探している」
 「あれは一体、なんなのですか」
 「分からん。少なくとも動物の類じゃないのは確かだ。アードルフ、コラレダにはいたか」
 「いえ。初めて見ました」
 「そうか」
 ふう、とため息をつくヘイノ。倒せるからまだ良いものの、得体の知れない化け物が祖国を我が物顔で徘徊しているなど、屈辱以外何者でもない。
 「あ、もしかしたらリューデリアたちならしってるかもしれません。すみません、慌ててこちらにきてしまいまして」
 「おや、根拠はあるのかい」
 「よう兵の方から話を聞いてからすっ飛んでいきました。弱点もしっていましたし」
 「ふむ」
 「おお、ここにいたか」
 まるで見計らったタイミングで駆けてくるリューデリア。ちなみにサイヤは念の為に城下に残ったという。
 「ごめんなさい、リューデリア。一緒に行動すればよかったですね」
 「構わぬよ。それよりもこちらから魔力を感じてな」
 「魔力? この城には結界が張ってあるが」
 「いやその魔力ではない」
 魔女が言うには、襲ってきたのはゾンビという化け物で、人間の死体を邪法と呼ばれる方法で操ったものだという。既に死んでいるため痛みはなく、心臓を貫いても効果がないのはそのせいであるとか。
 はるか昔にも実際軍事力として使われたことがあるそうで、今となっては本の中でしか存在しない。魔法の国に伝わっているのも、ほぼほぼ歴史でしかないという。
 「技術伝承はあるが、あくまで文化を廃れさせない程度にしか残っておらぬ。ここまで大規模なものではない」
 「悪用されたのですか」
 「分からぬ。ただ、かの一族は伝統を重んじておる。外部に漏らすことはないはずだ」
 しきたりを守る、ということは国からでないということ。出たとしてもライティア領にある港町ミルディアのみだ。当然、力を使うことなどない。当一族も争いに使われることを恐れているため、同じ種族にも警戒心が強い程らしい。
 「開発された、のかもしれないな。しかし、どこから人間の死体が出てくる。墓地は少し遠くにあるが」
 「ま、まさか」
 アマンダは今までのことを振り返って気づく。情報屋によれば、コラレダ傭兵の戦力は半分に分割されていた、と。
 「まさか、つく、ら、れた」
 思わず出た令嬢の声に、はっとする面々。
 「リューデリア殿、魔力の場所はわかるか、方角はっ」
 「複数ある。この近くでは」
 指したのは大広間の奥。この先には王座がある。
 ヘイノは頭を切り替え、指定された場所へと走り出した。他のメンバーも彼に続くが、あまりに臭いが酷くなっているため、顔を歪めてしまう。
 「くっ。もしかして結界で隠されていたのか」
 「隠蔽ではなく、運ばれているのだ。姿は隠せても臭いまでは消せぬ」
 「出口という事か。なら入口はどこに」
 「情報屋がいれば頼んだのだが、な」
 彼女いわく、魔力の流れがおかしいところはすぐ感知可能だが、細かい内容までは把握出来ないという。
 リューデリアは布で口周りを覆うように将軍に伝えると、左手に小さな炎を出した。
 普段は閉じている荘厳な扉をくぐると、あたり一面はゾンビに埋め尽くされていた。まとう服は、特にアードルフには昔から見慣れているものであった。
 「なんて、ひどいことを」
 剣を構えながらも涙目になるアマンダの横を、容赦のない炎の筋が何本か通りすぎる。
 「ヘイノ。気をつけはするが、建物までは守りきれぬかもしれん」
 「なるべく抑えてくれれば十分だ」
 まだしっかりとついている肉に着弾した炎は、爆発音と共にゾンビ数体を巻き込む。さらに腕をなぎ払いうと、広範囲に炎弾が炸裂。周りが倒されていることに気を止めない彼らは、ぞろ、ぞろ、と動き出す。敵の目には、もはや獲物しか映っていないようだった。
 「奴らを閉じ込める。アードルフ、左側の扉を頼む」
 「はっ」
 魔法攻撃で距離を稼ぎ、リューデリアが退出したのを見計らって急いで閉じられる扉。開け放った犯人探しする余裕はなく、中にいた王国兵と共に傭兵団と合流することになった。
 「城内が思ったより荒らされてなかった理由がこれか。タトゥめ」
 「おそらく町にも出て来ているだろう。サイヤがいれば守りは大丈夫だが」
 「生きていれば良い。死んでしまっては何もならんからな」
 「うむ」
 ヘイノは走りながら襟を掴み何かをつぶやく。その様子を見ながら、アマンダは何か出来ることはないかと必死に頭を回す。
 入口にいた王国兵たちとも足を合わせ城下へと脱出した一行は、向かって左側が、一部が王座で見た光景を再び見ることになる。
 「兄貴、お嬢様、こっちっ」
 頭上からイスモの声がすると同時に矢が降り注いだ。一行とゾンビたちの間を縫うと、すかさずリューデリアの炎が敵を襲う。
 「ヘイノ様、援護致します。お下がり下さい」
 と、屋根の上から弓を構えるエメリーンと部下たち。いくつか敵の頭蓋を突き破り足場を狭めさせていた。
 「状況は」
 「サイヤが侵入を防いで、身軽な野郎共中心に物資を集めてる」
 「そうか。アマンダ様、急ぎましょう」
 「ええ」
 「イスモ。他の弓兵達も合流出来ているか」
 「少しずつ集まってる」
 「よし。エメリーン、足止めだけで良い」
 「はっ」
 数の上では有利でも敵は得体の知れない化け物で、普通の戦いとは異なる。その為、まずは戦力の確保と状況把握を先決にしたヘイノ。アマンダの様子を見ながらも先を急ぐ。
 城壁が直角に曲がっているところに一行がたどり着くと、淡い水色が覆ってた。これは水属性の結界であり、魔法に縁遠い者からは奇怪に感じただろう。しかし、この奇妙な膜は、今は自分らの命を守ってくれることに直感で気づいているようだ。
 魔女が結界の前で止まるように口にすると、彼女は皆の前に出て右手に魔力を集め始める。すると一部の結界がなくなり、中にある瓦礫の輪郭がくっきりとした。
 その場にいた人間全員が入ると、元通りの形になる。
 「すまぬが先に行く。これだけ大規模だと維持が大変なのでな」
 「場所わかる」
 「いや。だが魔力を辿れば着くだろう」
 私よりも現状打破を頼む、とリューデリア。了解、と返したイスモは、背中を見届けると、
 「お嬢様と将軍殿が帰ってきたら、ギルバートが話したいってさ」
 「ちょうど良かった。すぐに行こう」
 イスモはリクエストに答えて案内をし、ひとつの大きめな館の中に入る。王国兵たちが使っている宿舎であった。
 「思ったより気のいいれん、人たちで助かったよ。話の通じる貴族もいるんだね」
 「非常事態だからな。何か言われたら私がフォローしよう」
 「この上ない後ろ盾」
 「ふふ。君達は想像以上に逞しいな。こちらこそ助かる」
 「伊達に泥すすって生きてないからね」
 大げさに腕を広げながら話す、妙に色気がある傭兵。軽口を叩ける余裕があるのは良い兆候か、とヘイノは思った。
 食堂にやって来ると、ギルバートを中心に人が集まっていた。
 「やあ、無事で何よりー。ちょっと漁ってるよー」
 「民家はやめて欲しかったのだが、な」
 無力のため息をつく将軍だが、ここは気持ちを変える。
 ギルバートから現状を聞いた総大将は、部下に地図を持って来させると、広げながら以後のことを話した。