ドラゴンクエスト8 竜の軌跡 第22話

 エイトを宿屋で休ませたヤンガスたちは、ミーティア姫をとり戻すべくゲルダの元に旅立つ。
 一度とおった道を足早にかけぬけると、ヤンガスはビーナスの涙を手に手下につめよる。
 大男は驚き、
 「お前、本当にビーナスの涙を見つけてきたのか」
 「ああ。これがそうだ。通らせてもらうぜ」
 「グム~。てっきり諦めて逃げ帰ったと思ってたのに。お前、大した奴だったんだな」
 負け惜しみともとれなくない言葉だが、認めたのは事実のよう。男は道を開け、素直にとおした。
 ヤンガスを先頭に入室した一行は、彼ひとりで部屋の主に近づくと、相手が所望していた宝石を見せる。
 「ほれっ、ビーナスの涙だ。確かに持って来たぜ」
 目を見開いた女盗賊は商売敵からうけとり、思わずたちあがる。
 「この美しさ。どうやら本物のビーナスの涙みたいだね。さすがはヤンガスってところか」
 憧れだった女性にいわれた言葉は、彼の左手拳を胸の高さまでにかかげさせ、
 「さあ。約束通り、あの馬と馬車を返してもらうぜ」
 と、自信満々にいった。
 しかし、なぜか間があくと、あたしがした約束は、確かビーナスの涙をもってきたら馬を返すのを考えるってことだったね、と話す。
 「じゃあ今、考えた。やっぱりあの馬は返せないね。この石コロはあんたたちに返すよ」
 うまく運んだはずの船が転覆してしまい、一同は気をそがれてしまう。
 「なっ、約束が違うぞ。女盗賊ゲルダともあろう者が、そんなガキみたいな理屈言うなよっ」
 約束、という単語にひっかかったゲルダは、
 「そう言えばあんた、以前あたしにこの宝石をくれるって約束してなかったかい」
 「うっ。な、何を今更、そんな大昔の話を」
 相当根にもっているのか、ゲルダは右腕をはらい、
 「自分だって約束破っといてよく言うよ。とにかく、あたしはあの馬を手放す気はないからねっ」
 ヤンガスは言い返すこともできず、視線を床に落とす。だが、ゼシカたちにはどうすることもできなかった。
 やがて、ポツリ、と、
 「お前の言う通り、あの時の約束を破ったのは悪かった。お前がオレに、腹を立てるのも無理はねえ」
 顔をあげ、両手をひろげた彼の頭には、後ろにいる仲間たちと外にいるトロデ。そして、誰よりも、ある人物がいる。
 「今回のことはオレひとりの問題じゃねえんだ。仲間の為にも引くわけにはいかねえっ」
 ヤンガスは勢いよく手とひざを床につけると、
 「この通りだ。オレはどうなってもいいから。頼むからあの馬を返してくれっ」
 「なっ」
 頼むっ、と土下座をする元山賊。以前では考えられない言動に、今度はゲルダが言葉を失う。
 何が彼を変えたのか、彼女にはわからない。姿こそはイノブタマンのままなのにもかかわらず。
 手にした宝石の先には、女盗賊がよく知らない顔ぶれ。細かくは覚えていないが、ひとりたらない気がした。
 何を思ったのか、彼女は頭をふり、ヤンガスの顔に手をあてる。
 「わかったから、もうやめな。大の男が簡単にアタマなんか下げるもんじゃないよ」
 彼の目線が美人盗賊をとらえると、ゲルダはたちあがる。
 「あんたを困らせてやろうと思ってたけどバカバカしくなってきたよ。あの馬のことは好きにすればいいさ」
 「それじゃあ」
 ゲルダは宝石を見ると、その代わり、やっぱりもらっておく、と口にする。
 「それが約束だったからね」
 「ああ、もちろんだ。ありがとう、ゲルダ。それと、本当にすまなかった」
 ゲルダはうっとうしそうに手をはらい、
 「これでもう用は済んだろ? どこへなりと行っちまいなっ」
 「わかったよ」
 仲間の元に戻ったヤンガスは、親指をたて笑う。つられたゼシカとククールは、ともに女盗賊の家をあとにした。
 そして、エイトのためにミーティア姫を迎えにいこうとすると、驚きの光景を目にする。
 「実は、ゲルダ様から前もって馬を返す準備をしとけって言われたのさ」
 何だかんだ言ってゲルダ様、あんたらがビーナスの涙を持ってくるって信じてたみたいだな、と、入口を守る大男は話す。
 「姫や。怖い想いをさせてすまんかったのう。これからはいつでも、わしが一緒にいてやるからな」
 もうお前を残して酒場に飲みに行ったりはしないと約束するぞ、と父親。
 「おっさん、いつの間にっ」
 トロデ王だけにするリアクションをしたヤンガスだが、王は気にすることなく御者台に乗りこむ。
 その間、ミーティア姫は落ち着かないようで、その場で首と足をよく動かしていた。ゲルダの家を後にしようにも、肝心の馬車が動かないのだ。
 「おお、姫よ。どうしたんじゃ」
 ヒヒン、ブルルルル、と何かを訴え続ける馬姫。悲しそうな瞳は、いつも目にしている姿を欲しているようだった。
 「そっか。姫様、エイトならパルミドの宿屋にいるよ。ちょいと足をひねっちまって、ここに来てないだけなんだ」
 ヒン、ブルル、と先ほどより大人しくなるミーティア姫。ひとつのいななきを発すると、納得したらしく、ようやく歩きだした。
 ヤンガスを先頭に、一行は手下の男に手をふられながら見送られたあと、いったんリーダーがいる町へとむかう。それとは別に、道中、ククールのニヤつきがとまらない。
 「何笑ってんのよ」
 「いや~。エイトの奴おいしいなあ、と思ってさ」
 「はあっ。何ワケのわからないこと言ってんのよ」
 「そういや、そろそろ留守にしてた情報屋のダンナが帰ってきてもいいころだ」
 兄貴と合流するにしても、ドルマゲスの野郎の行く先を知らなきゃ話になんねえ、とヤンガス。本来なら二度と近づきたくないとトロデ王は話したが、エイトがおり、かつ情報も必要なのもたしかだった。
 聖堂騎士のルーラでパルミドに戻ったパーティーは、すぐに町の奥へと足をむける。なお、トロデ王とミーティア姫は、以前どおり町の外で待つようになった。王が誘拐事件以降、娘とはなれるのが不安だったからだ。
 エイトの傷をいやすために、一度道具屋により、薬草を大漁に、くだものも買いつける。錬金釜にもいれておき、今後のためでもあった。
 宿屋の扉をひらき、とった部屋の前にきたゼシカは、うっかりノブをひねる。
 「あら。ちょっとヤンガス、鍵閉めなかったの」
 「そんなわけねえだろ。ちゃんと閉めたぜ」
 鍵を探しながら答えるヤンガス。懐からとりだした鍵は、キラッと光っていた。
 「おかしいわね。何も盗られてな」
 中にはいった途端、絶句する令嬢。
 「あ、あれ、ゼシカ」
 部屋にはパンツ一丁のエイトの姿が。片足をボトムスの中につっこんだ姿勢で固まってしまい、お互い静止してしまう。
 「着替えてるなら言いなさいよっ」
 バタンッ、と乱暴にしめられる扉。いや、それは無理だろ、という、冷静なつっこみが、外から聞こえてきた。
 すぐさまドアが勢いよく動くと、弟分が息をきらして入室する。
 「あ、兄貴。起きて大丈夫なんでがすかっ」
 「うん、平気。ククールが治してくれたんでしょ」
 「いや、オレは」
 あとから髪をなびかせてきた赤い青年は、元山賊と顔をあわせる。何と説明すればよいのかわからなかったのだ。
 眉をひそめたエイトだが、服を着替え、でかける準備をはじめる。
 「おいおい。そんな体でどこ行こうってんだ」
 「ゲルダさんの家だよ。早く姫を取り戻さないと」
 「兄貴、安心してくだせえ。アッシたちが迎えに行きやして、もうゲルダの奴から取り戻したんでさあ」
 「そうなの。姫は、姫は大丈夫だった」
 「へい、ケガひとつありやせん。あいつは気に入ったモノは大切にするんですよ」
 「へえ、成程」
 「何がだい」
 「いや。こっちの話」
 はあ、とため息をつく色男。彼は、女盗賊がつらくあたるのは、脈があるという見立てをたてている。しかし本人は助言する気はなく、勝手にやってほしいと感じていた。
 それよりも、エイトとミーティア姫のほうが、彼にとっては格好の獲物である。
 「そうか。ご無事だったか。ありがとう」
 「もう入っていい」
 「あ、ごめん。大丈夫だよ」
 そろそろと輪に加わったゼシカ。若干赤くなっているのは、耐性がないからだろうか。
 「今日はもう休もうぜ。すげえ疲れたし」
 「はは、そうだね。姫と陛下にお伝えしてくるよ」
 「アッシもお供しやす」
 エイトは足元が少しおぼつかなかったが、きわめて平静にたもった。これ以上、仲間に心配をかけさせないためだ。
 2階の窓からふたりを見送ったククールは、ベッドにごろん、と横になる。
 ゼシカも疲労からくるだるさに負けて寝具に腰をかけると、エイトの心配する。
 「大丈夫なのかしら」
 「じゃないだろうな。フラフラしてたし」
 あまり気にかけるのも悪いだろ、とククール。ヤンガスはいつもくっついているからともかく、伝言するだけなのに一緒に行くのも妙な話だ。
 それに、エイトが気を使っているのもわかる。顔色が悪かったし、少なくなった血は戻せないことは、あの場面にいた人間ならわかるだろう。
 ミーティア姫が心配しても、きっとトロデ王とヤンガスがフォローをいれるだろうから、そのあたりの心配はしていない。
 やはり、一番は彼の体なのだ。
 「それにしてもすごいわね。あんな高度な呪文を成功させるなんて。見直しちゃったわ」
 「それなんだが」
 ククールは足を勢いよくふり、体を起こす。頭にクエスチョンマークが浮かぶゼシカにむかって、神妙な表情をしたククールは、誰にも話さないで欲しいと、最初に伝えた。
 「オレのザオラルは完璧じゃなかったんだ。本来なら、その場で体力の半分は回復する」
 「え、それはどういう」
 「未熟だから生き返らせるだけしか出来なかったってことさ」
 言葉を慎重に選び、本来は失敗していた、ということはバレないようにする彼。話がややこしくなり、面倒なことになるのは目に見えているためだ。
 もちろん、謎の女性の助けなどは一切口にしない。
 そうではなく、呪文から受けた当人の不思議な能力について伝えたかったのだ。
 「そういえば、意識は戻ってなかったわね」
 「そ。なのに馬車を取り戻して戻ってきたら、あいつ着替えてたんだぜ。おかしいだろ」
 その辺何か聞いてないのか、とうかがうククール。彼女は顔を横にうごかすと、そうか、という返事を返す。
 「エイトの奴、やっぱりタダ者じゃないな。城の兵士だったってトロデ王から聞いたが」
 「別にいいじゃない。エイトはエイトよ」
 思わず目を見開くククール。片手で大の男を投げたり、魔法使いにも勝る力を見てもそんなことが言えるのか、と不思議に思った。
 だが、あのお人好しな性格は、それすらも緩和してしまうらしい。現に、本来なら疑うべく事象も、正直なところ、ククールの中でも薄れてしまっているのが本音だ。
 「気にならないって言ったらウソになるわ。でも、何て言うのかな」
 腕を天井にむけて伸ばすゼシカ。豊満な胸が強調され、ククールの視線がそちらにいってしまう。
 「エイトって自分のことを話さないじゃない。それに、いつも自分のことは後回しだし」
 見てて危なっかしいって言うか、とゼシカ。ぼんやりしている相手に対し、
 「ちょっと、聞いてるの」
 「え、あ。そうだな、危なっかしいな」
 背中にちょっと冷や汗をかくククール。何となく耳にはいってきた単語で何とかごまかした。
 「いくら兵士だからって、ああまで命を投げなくてもいいと思うのよね」
 「それ、絶対に姫様の前では言うなよ」
 「わかってるわよ。口にもしたくないもの」
 細かいことはともかく、エイトは王と姫から絶大な信頼を置かれているのは、はたから見てもわかる。王族独特の言動はあっても、今わの際での行動が何より証拠だろう。
 しかも、あってからそう時間はたっていないだろうヤンガスにすら敬意を払われているほどだ。ガラが悪く強面の顔をした、いかにもな山賊男が、である。
 また、ゼシカ本人も、エイトの人柄には安心感を覚えている。一見頼りなさそうな柔らかい雰囲気と外見だが、戦いになれば、温厚な性格とは裏腹にとても頼りになる。
 「エイトって、きっと優しすぎるのね。もう少し自分のことを大切にすればいいのに」
 確かに、とククールは感じた。いくら兵士をいえど、あそこまで尽くす必要はないのでは、と。
 おそらく、過去に何かがあって絶対的な忠誠をちかっているのだろう。身近でいえば、ヤンガスがエイトに抱いている想いのように。
 ククールはマイエラで育った境遇とくらべてしまい、何となくうらやましいという思考が生まれてしまったが。
 どうにしても、一緒にいるのはドルマゲスを倒すまで。そこから先は晴れて自由の身だ。
 ゼシカの言うとおり、あまり細かいことは気にしなくてもいいか、とククールは考える。少なくとも、自分に害はないのだから。
 「ま。わからないものを考えてもしょうがないよな。さて、オレはひと眠りさせてもらう」
 「わかったわ、お休み」
 「あれ、一緒に寝てくれるんじゃないのか」
 「そんなワケないでしょっ」
 いい加減にしないと燃やすわよ、とメラをとなえそうにする。冗談冗談、と笑って流し、ククールはシーツをかぶる。
 そうさ。所詮、短い付き合いなんだ。ゼシカのことならともかく、野郎のことなんてどうでもいい。
 そう、どうでもいいんだ。
 半分意識が落ちかけたところに、ある青年の笑顔と言葉が浮かぶ。
 ククール、ありがとう。君のおかげだ。
 どうして耳に残っているのか。
 ククールはその理由を知りたかっただけなのかもしれない。

 

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