鳥のかわいらしい鳴き声で目を覚ましたエイト。仲間たちはすでに起きており、支度をはじめていた。
「おはようございやす、兄貴。お体はどうでげすか」
「うん。昨日よりよくなってる」
トロデ王とミーティア姫に報告しにいったあと、エイトは倒れるようにして眠りこんでしまい、そのまま朝を迎えたのである。
「お顔の色があまりよくないでがすね」
こういうときゃ肉をガッツリいくでげすよっ、とヤンガス。どうやら宿屋の主人に頼んで、肉中心の朝食を用意してもらったようだ。
「ちょっとちょっと。いくら何でも寝起きで病み上がりなのよ」
「全部たあ言わねえって。兄貴、食えるだけ食えりゃ大丈夫でげすよ」
「まあまあ、ゼシカ。ありがとうヤンガス、顔洗ったら頂くね」
「へいっ」
つい半日前に永遠に失われたかと思われた相手。ヤンガスにとっては、とって代わることのできない存在なのだろう。エイト本人は知らないと思われるが、大の男が親の死に目に遭ったかのように号泣していたのだから。
もちろんゼシカやククールも、彼の生還は心から喜ぶべきもの。トロデ王もしかりで、表にはださないが、内心、安堵しているに違いない。
もっとも、家臣が報告にきた昨日では、いつもと同じ態度であったが。
「そう言えば、情報屋ってもう帰ってきたのかな」
「もう帰ってきてると思いやす」
「思えばそのために、はるばるパルミドまで来たんだったわね」
ミーティア姫誘拐事件が起こってふりまわされているうちに、すっかり目的を忘れてしまった、とゼシカ。ククールも同様だったらしく、隣でうなづいている。
「これで情報屋さんに会えなきゃ、私たちあまりにもマヌケよ」
「そもそも帰ってたとしても、だ。本当にそいつ、ドルマゲスの行方に関する情報を持ってるのか」
「それは信用していいでがす。あの人、情報屋としてのウデは超一流なんでげすよ」
「どうだかな? まあ、あまり期待しないで、食事が終わったら情報屋の家に行くとするか」
聖堂騎士団のいい分ももっともだと思ったエイト。だが、今は何でもよいからすがりたくもある。道中何が起こるかわからない以上、一刻も早く解決しなければならない。
彼の右手に力がはいる。顔をしかめていたリーダーにむかって、ゼシカは声をかける。
「この際だから言っておくわ」
「ん、何」
表情をこわばらせる令嬢。カチャ、とフォークを静かに置くと、
「もう二度と、あんなまねしないで。死んだら何もならないのよ」
キッ、とした瞳からは、うっすらと涙が見えるように感じたエイト。気まずそうにすると、再度、彼女の目をとらえる。
「あんなまね、ってどういうこと。僕、途中から記憶がなくて」
「は? お前、それマジで言ってんのか」
あの化け物をひとりで倒したんだぞ、とククール。むかい側でヤンガスが、うんうん、と頭を縦に動かす。
タチの悪い冗談じゃないな、と判断したエイトは、実は、ときりだし、
「胸を貫かれたのは覚えてる。でも、そこから先は覚えてないんだ」
「そ、そうだったの。ごめんなさい、今のは忘れて」
「う、うん」
覚えがないのは確かだが、仲間がわざわざ忠告をしてくれているのだ。おそらく、言わせてしまう何かをしてしまったのは、間違いないだろう。
そう思ったエイトは、気をつけるよ、とだけ伝えた。
ヤンガスの案内の元、複雑な道をとおり、情報屋の家へと再訪問する一行。地元人を先頭にノックした彼らは、中から声がしたことに軽い足どりで前にでる。
扉をあけると、中には学者風の男性が書斎に座っている。メガネとちょびひげをつけ、サイドの髪は、耳の辺りでカールしていた。
「お久しぶりでがす、ダンナ。やっと帰ってきたんでがすね」
「おや、ヤンガス君じゃないですか。留守の間に来てたんですか」
それは悪いことをしました、と情報屋の男性。さらに、わざわざもう一度訪ねてきたという意味も察していた。
「さすがダンナは話が早えや。実は今、ドルマゲスっていう道化師の格好をした男を追ってるんだ」
ところがこいつ、逃げ足だけは速くて見失っちまってね、と続ける。
「何とかならねえもんですかね」
「ヤンガス、その説明じゃあちょっと」
エイトが補足を加えようとすると、情報屋のメガネが動く。
「道化師姿の男の話なら聞いてますよ。何でも、マイエラ修道院の院長を殺害した犯人とか」
ヤンガス以外の目が大きく開かれる。
「私が得た情報では、そのドルマゲスは、何と海の上を歩いて渡りにしの大陸の方へ向かったそうですよ」
「西の大陸ぅ? もちっと詳しくわかんねえんですかい」
「残念ながら、そこまでは」
力及ばず申し訳ありません、と情報屋。多種多様な相手をしているせいなのか、落ち着いた情報屋はていねいな対応をする。
「まあ、ダンナにわかんねえんなら、これ以上知りようはねえでがすね」
ガッツポーズをしながらエイトたちのほうにむくと、とにかく西の大陸へと向かうでがすっ、といった。
「ちょっとお待ちなさい。行動が早いのは結構ですが、どうやって西の大陸へ渡る気ですか」
「へっ」
「このところ海の魔物が凶暴化しているため、この大陸やトロデーン国の大陸からは、西の大陸への定期船は出ていませんよ」
トロデーンに関しては元兵士がいるため、仲間たちには話していないが事情はわかっている。しかし、ポルトリンクからもでていないとなると、彼のいうとおり、渡航する手段がないのだ。
「自分の船でも持っていれば話は別ですが。キミ、船なんて持ってないでしょう。どうやって西の大陸へ渡るのですか」
「そ、それは。そんな事、これっぽっちも考えてなかったでがす」
と、話し手にむき直る元山賊。やれやれ、といった空気が、一部をのぞき流れた。
「困った人だ。そんなキミの為に、ひとつ耳寄りな情報を教えてあげましょう」
情報屋の口からは、想像もつかない内容が飛びだしてきた。港町から崖づたいに西に進むと、広がる荒野に打ち捨てられた古い船があるという。噂では古代の魔法船らしい。
「どうして水もない場所に船があるのかは、わかりませんが。もし船を復活させることが出来たら、世界中の海を自由に渡ることが出来るのでしょうね」
「でも、ポルトリンクの西は崖崩れで封鎖中よ」
「少し前まではそうでしたが、つい最近、ようやく開通したそうです」
「わかりました。ありがとうございます、行ってみます」
「お気をつけて。そうそう、ヤンガス君。後で闇商人の店に顔を出してあげてください。話をしたがっていましたよ」
「わかりやした。後で行ってみるでがす」
情報屋に何かをわたしたヤンガスがエイトのそばをすぎると、彼は会釈をする。リーダーを最後尾に部屋をでた一行は、トロデ王と合流する最中、
「荒野の魔法船、だとよ。そんな怪しげな情報に乗せられて大丈夫なのか」
オレにはあの情報屋が苦し紛れに適当なことを言ったとしか思えないんだよな、とククール。常識的に考えると、そのように思うのは仕方がないだろう。
「あのダンナの情報はいつも正しいんでげす。アッシの首をかけてもいいでがすよ」
パルミド情報屋のダンナは、アッシの昔馴染みなんでげす、と地元人。以前からよくかよっていたのだろうヤンガスの信頼度は、最高値にあるようだ。
「王に伺ってみよう。どうにしても、それしか情報がないから行ってみるしかないね」
「結局この大陸にはもうドルマゲスはいないのね。あいつ、ちょっとはじっとしてなさいよっ」
「まったく。まさか他の大陸に移ってるなんて思わなかったよ」
「ゴメン、エイトに怒ってもしょうがないよね」
「気持ちはわかるよ。じっとしていてもらえれば探さなくてすむから」
本当に何が目的なのだろうか。3人もの命を奪っておきながら、まだ悪事を働こうというのだろうか。
しかし、今はそれどころではない。カタキ討ちもあるが、何よりも主君にかけられた呪いのほうが、エイトにとっては優先順位が高いのだ。
「姫も戻られたし、必要な買い物を済ませたら出発しよう」
「あっ、そうか」
「な、何よ。イキナリ」
「今回の事件はアレだ。囚われの姫を救い出すという、あの定番の冒険だったわけか」
いやあ、姫の姿がアレだったからさっぱり気づかなかったぜ、とククール。突然何をいいだすのかと思ったら、ほかの3人にはさっぱり意味がわからなかった。
道の途中で闇商人の店によると、迷惑をかけたお詫びに、と儲け話を持ちかけてきた。中身はまっとうなもので、お客からの注文品を錬金釜でつくって納品してほしい、とのことだった。もちろん、受けるも断るもエイトたちの判断で構わないようだ。
「最初は特やくそうを頼む。出来たら持って来てくれ。高値で買うぜ」
「おうよ。また顔出すぜ」
人それぞれの意見はあるが、まっとうな取引であるのなら問題ない。しかし、ヤンガスのいうとおり、依頼品の作りかたと材料がわからなければ作れないので、なかなかの問題でもある。
エイトはふと思い出したが、本にも錬金のヒントが隠されていることもあるという。読めるものは読み、これはこれで集めておいたほうがよさそうだな、と思った。
食材などを買い町の外にでると、
「いよいよこの町ともお別れでがす。さらば、我が愛しき故郷っ。また来る日まででげす」
「なぁにが愛しき、じゃ。このバカチンが」
姫がどんな目に遭ったと思っておるのじゃっ、と入口にいたトロデ王。確かに散々な結果だったがよぅ、と尻つぼみに口にする。一方のミーティア姫は、エイトを見つけると、鼻をこすりつけてきた。
「姫、私は大丈夫です。ご心配おかけしました」
そのやり取りを、ニヤニヤと見守るククール。もちろん、その意味は、一部を除いてわかっていない。
エイトがトロデ王に報告すると、あごに手をやる。
「生まれも育ちもトロデーンのこのわしじゃが、荒野の船など見たことも聞いたこともないぞ」
「そうですか」
「ふぅむ、本当に情報屋とやらは信用して良いのじゃろうな」
「パルミド情報屋のダンナは、顔はマズイが情報は確かだ」
荒野がある大陸の西側でげすよ、とヤンガス。
「陛下。今はその情報屋を信じて動くしかないかと」
「そうじゃな。ドルマゲスの奴を追うにな何としても船が必要。ここは行ってみるしかないぞ」
「はっ。みんな、ポルトリンクに行くからつかまって」
いちるの望みをかけ、エイトたちの行く先が決まる。
中継地点へと戻ってきた一行は、初期メンバーに関しては、渡る前のことを思い出していた。
「そういえば、ドルマゲスは南の大陸にも歩いて渡ったって言ってたね」
「そうでがすな。南に渡って様々なことが起こって」
感慨深いでげすよ、とヤンガス。そうじゃないんだけど、と頭にうかんだエイトだが、苦笑いでかえした。
「海ひとつ隔てたからって木も草も変わんねえもんだなあ。ま、当たり前なんだけどさ」
ふうん、と見渡す聖堂騎士団。一方のゼシカは、街中では終始だんまりだった。
令嬢が崖崩れがおきていた場所に案内すると、何事もなかったかのように、きれいな草に出迎えられる。エイトとヤンガスがきたときには通行止めだったらしいが、彼らはこちら側に回っていないので、ゼシカにいわれるまで知らなかった。
地図を見ても横道がないなため迷うことはなく、やがて人がふみならした道が見えてくる。
道沿いに進むと、小高い場所に一軒の小さな小屋があった。休憩所となっているこの場所は、荒野を越えるにもってこいであり、トロデーンにむかう際の中間地点でもある。
当然トロデーンに住まう人間はこの荒野を知っているので、旅立った直後は危険の少ない東側にある橋を渡ってきたのである。
「パルミドの情報屋の話だと、この大陸の西のほうに何だかすごいものがあるんだよね。この辺で聞いてみようよ」
「そうだね」
そう広くはない土地の山小屋の下には、商人がおり、ある地点を見つめている。何を見ているのかエイトが尋ねると、
「向こうの荒野にに変な形の岩山が見えるだろう」
同じ方向を見たリーダーだが、よくわからなかった。
「ほら、よーく見てご覧。あのどでかい船みたいな形の岩山だよ」
ある単語にひっかかったエイトは、もう一度商人がいった場所を見て、地図を広げる。
「この辺りだろうな。それにしてもこんな荒野の真ん中に船があるはずないが。どうも気になるなあ」
「そうですね、何であるんでしょう」
「陸の上を走る船だったりしてね。はっはっはっ」
適当に話をあわせて離れると、ゼシカには商人が言っていた岩が見えたらしく、行ってみたいと言いだす。どうやら、気になっているようだ。
「ふうむ。怪しいのう。その見えたという、船っぽいもの」
実に怪しいのう、と繰り返すトロデ王。仲間のひとりはどこかに姿を消しており、ひとりはかったるそうに荒野を見ている。
「うむ、エイト。これは王の命令じゃ、その岩山までわしを連れて行けっ」
「かしこまりました」
「よし。ちなみにただの岩だった場合、そなたはおしりペンペンの刑じゃぞ」
「そ、それはどうかご勘弁を」
悪いことをしたならいざしらず、完全にとばっちりで、しかもこの歳でそんなことはされたくはないと思ったエイト。隣で吹きだしたゼシカは、ちょっとかわいいかも、とすら言っている始末。
「と、とにかく、その場所まで行ってみましょう。ヤンガス、出発するよ。どこにいるの」
近くの井戸から声がしたので全員でのぞいてみる。すると、大きな王冠を手にした彼と近くでぴょんぴょこはねる8匹のスライムが、人情深い元山賊と仲よくしているところを発見したのであった。
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