東京異界録 第3章 第17録

 ドジな女忍者以降、雪祥(ゆきひろ)たちに、それ以降目立った襲撃はなかった。校内構造がよくわからない、というのもあり、ゆっくり進んでいるのもあるかもしれないが。
 とはいえ、涼太の手には地図がある。しかし、迷ったときにしか見ず、どちらかというと、戦い以外では散歩気分で回っているのもあるのかもしれない。
 そんな中、一番後ろにいた伽糸粋(カシス)は、突然足を止める。二、三歩先に進んだ少年たちは、彼女の異変に気づき、振り返った。
 「どしたの、カシスちゃん」
 「加濡洲(カヌス)が、負傷したみたい」
 「な、何だって」
 顔を見合わせる人間組。眉間にしわを寄せた妖怪は、加阿羅(カーラ)やクサナギから霊子により送られてきた情報を受け取ったのだ。妖怪同士で使われる、連絡手段のひとつである。
 「楓と一緒にいたときにぶつかって、撤退そうよ」
 「ね、ねーちゃんはっ」
 「大丈夫。加阿羅(カーラ)たちと合流してるから」
 ほっ、と息を吐き出す弟。一方、状況が状況だったとはいえ、要(かなめ)候補に怪我を負わせられる相手、か、と涼太は考える。
 「どんな奴なんだ」
 「女妖怪で、死神の鎌のような武器を使うみたい。あとは蝿の怨霊も使うそうよ」
 「わかった、覚えておく」
 「ねえねえ。カヌちゃん、大丈夫なの」
 「ええ。今さっき腕を復元できたって。後はジジから力をもらうっていってたわ」
 「復元って。トカゲのしっぽじゃないんだから」
 似たようなものかもね、と笑いながら口にする伽糸粋(カシス)。笑いごとじゃないでしょ、と頭をかきながら話す雪祥(ゆきひろ)だが、その辺りはやはり人間と感覚が違うのであろう。
 「本気で戦えば勝てたかもしれないらしいわ」
 妹が言うには、トカゲのしっぽそのものを行ったという。楓の身の安全を考え離脱する際、腕を囮にして体を分身させ術を使ったそうだ。
 「あなたたちの安全が第一だもの。気に悩む必要はないわよ」
 「っていわれてもねえ」
 「気持ちはわかるが、今は他のことに集中したほうがいい」
 と、涼太。彼の表情筋はこわばっており、ますます無愛想になっていた。
 カンで反応した雪祥(ゆきひろ)は彼の隣に並び構える。対して伽糸粋(カシス)は、目だけを動かしていた。
 数秒間の沈黙の後、突然炎が彼らの周囲を包む。前面に立っていた男たち側から、火に飲み込まれる何かの音が聞こえる。しかも複数回、ボビュ、ボビュ、と消え去っている。
 不思議と息苦しくない空間で、伽糸粋(カシス)は表に出ようと提案した。
 「こんな狭い場所じゃあ、あたしの力が生かせないわ。校庭にいきましょ」
 「それはいいが、どうやって行くつもりだ」
 「あたしたちの分身を創るから、そのスキに移動するの」
 ここは一階であり、窓から外にでても高さは問題ないため、近くの教室から表に出られるだろう。
 「殺気がすごいわ。さっきの女の人と違って完全に息の目をとめにきてるっぽい」
 「げっ。そーゆーコトか」
 納得せざるを得ず、彼らは早速行動に移る。伽糸粋(カシス)が術を練って出来上がったところで炎の中から進行方向に向かって飛び出させる。その間、本物たちは後ろ側から前の教室に入り校舎を脱出。
 涼太が最後に合流すると、妖怪は炎を後方へと投げ、校庭の真ん中へ移動する。人間たちも続くと、彼らが通ってきた場所から、ひとりの妖怪が、ゆっくりと歩いてきた。見た目は子供のだが、雰囲気はそうではない。
 まるで数え切れないほどの血の海を作ってきたかのような、恐ろしく血走った目をしているのだ。
 「へえ、ラッキー。キミ、伽糸粋(カシス)だよね」
 「そうよ。何か用かしら」
 うへ、うへへへへ、と異常な笑いをしながら、子供は手を上げて黒雲を呼び寄せる。
 否、雲ではなく、黒い蜂の大群である。
 「カナメの中でも一番弱い奴っ。キミの力を吸収させてもらうよっ」
 「うげっ、どーすんの。あの虫っ」
 「雪祥(ゆきひろ)、お前対複数戦の技とかないのか」
 「あるっちゃあるけど、あんな数には無理だって」
 「参ったな。狙いは伽糸粋(カシス)なんだろ」
 一歩前に出た彼女は、ニコニコ顔の子供と相対する。その姿は、雪祥(ゆきひろ)たちが知っている伽糸粋(カシス)ではないように見えた。
 「ナメられるのは慣れてるからいいんだけど、冥土の土産に教えてあげるわ」
 どんどん迫り来る大群は、子供の後ろに控えるように飛び、羽の音を響かせながら不気味にうごめいている。
 「あたし、人間には優しいつもりだけど」
 人差し指で向こう側を指すように斜め左に出すと、勢いよく右側へと腕を動かす。
 すると彼女が引いた線の形と同じように、子供の後ろで連続爆発が起こった。ひとつひとつは小さめだが、蜂を一網打尽にするには十分すぎる威力だ。
 パラパラと落ちる死骸に意識を奪われる人間たちと子供だが、放った本人は淡々と、
 「同族の敵には容赦したことないのよね」
 と、口にした。
 「ちぃっ、よくもっ」
 逆上したらしい子供は、今度はただ呼び出すだけではなく、何体かの人形に見た目を形成。人数上は三対三になってしまう。
 「キミは個人戦が苦手なんだろ。しかも人間がいるんじゃあ力なんてだせないよね」
 「はあ。よくしゃべる坊やね」
 「そういうことか。伽糸粋(カシス)、援護してくれ」
 涼太は何かを察したらしく彼女に援護を頼む。依頼されは本人はニコッと笑い、雪祥(ゆきひろ)も表情を緩ませながら脇差を構えた。

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