立場上、校内で一番偉い立場の者が使う部屋に、一人の少年が現れる。ジャージ姿でけだるそうに歩いている彼は、遠慮なしに来賓用のソファーに座った。
「これは坊ちゃま、お久しぶりでございます」
「オレに対してその態度はしなくていいんじゃねぇの」
「はっはっは、そうかもしれませんが。個人的には、ね」
用意されていた来客用のカップにコーヒーを注ぐ初老の男性。ひょろっとした体形からは、今までのような戦闘員には見られない雰囲気である。
どうも、と口で伝えながら少年は、ゆっくりと飲むと、
「情報は集まってんのか」
「はい。彼らのおかげで、少しずつ解析できております」
「そりゃよかったぜ。あんたは諜報のプロだし、信頼してる。期待してるからな」
「ありがたいお言葉、痛み入りまする」
向かい側に座った男性が頭を下げる。本来なら年齢では逆のはずなのだが、本人たちには普通のようだ。
とはいえ、ガラの悪そうな少年はほおをかいているが。
「しかし坊ちゃま。坊ちゃまが校内を歩かれるのは危険かと」
「ま、勘のイイ奴が何人かいるからな。指定の時間になるまでにこの近くまで移動してたんだよ」
「成程。それでは誰ともぶつかっていないわけですな」
少年のまゆが、ピクリ、と動く。ひざに両腕をついて手にあごをのせると、
「引っかかる言いかただな。何かあったのか」
コンコン、とノックオンが響く。校長は、失礼、と言いながら席を立ち、客人を迎えた。まるで来るのを知っていたかのような動きであった。
扉の先には、背が高くスラリと伸びた手足に、表情は穏やかだが油断のならない笑みをしている青年がいた。おそらく、二十代前半だろうか。
モデルでもやっていそうな青年は、やあ、と親しい友人にするように挨拶をする。口元をへの字の逆側に変えた少年は、フン、と笑った。
「あんたか。まさかあんたも関わってるなんてなあ」
「いやいや、実は割り込んだだけなのだよ」
「割り込んだ? そりゃ一体どういうこったよ」
紅茶を出された青年は、出し主にお礼を言い、渇いた口を潤す。
「全てあの子達に任せてはいるのだがね。ツメが甘かったから刺激を与えたのだよ」
プッと笑う少年。出入り口に一番近い席に座った初老の男性は、やれやれ、といった表情だった。
「成程、それでこんなに引っ掻き回されているということですか。いやはや、おっしゃって頂いて助かりましたわい」
「すまないね。本来なら伝えておいたほうが良かったのだが、気づかれてしまうかもしれないからね」
だから伺ったのだよ、と青年。まったく悪びれた様子がない彼は、軽い冗談でも口にしているかのよう。
といっても、既知の仲らしい彼らは、そういう性格だということを理解しているようだ。
「ま、いいんじゃねぇの。単純で終わるより楽しめるだろうよ」
「ふふ、ご名答。それに、君らや彼らが力をつけられるチャンスでもあるだろう」
「オレらはついでじゃねぇか」
「おやおや、耳が痛い。そう言わずに、皆に伝えてあげたまえ」
「それでは、事の詳細をお教え頂けますかな」
もちろん、と、青年。
内容は、現状に関することと加わった要素。結果内にいる勢力は三つで、藜御(あかざみ)楓を中心とする勢力、少年のもの、そして、青年がちょっかいを出したそれだという。
「怨鬼(おんき)や怨霊だけ入れても仕方がないからね。奴らの勢力を一部、拝借したのだよ」
「借りパクだろ、どうせ」
「まさか。存在して帰れるならそうするつもりだよ」
ははは、と笑う青年。聞いている二人の背筋が、氷の刃でなぞられたように感じた。要するに楓たちの力にするための生贄にしようとしているらしい。
思わずあごの下を甲で拭いた少年は、
「恐ろしい人だぜ。敵じゃなくて安心する」
「おやおや、私は誰の敵でもないよ。強いて言うなら可愛いあの子のだけの味方さ」
と、ウィンクしながら口にする青年。不思議と気障な言動が板についている。
「積もる話はたくさんしたいのだが。君の仕事を邪魔するわけにもいくまい」
「いえいえ、私の仕事など。若い衆のほうが大変ですから」
「ふふ、ご謙遜を。まとめるにも骨が折れるだろうに」
ご馳走様、と言いながら立ち上がる青年。在校生に対し、一番見晴らしの良い場所はどこかを伺う。
「屋上だな。今からオレも行こうと思ってよ」
「なら是非一緒に。お茶菓子も用意しよう」
「何が悲しくて野郎と茶ぁしなきゃならねぇんだか」
「まあまあ、そんなつれないこと言わず。お互い傍観者のほうがいいだろう」
確かにな、と少年。
「ならこちらをお持ちください。妻特製のクッキーでございます」
「おや、すまないね。今度ご夫人の好きなハーブティーをお届けしよう」
「ありがとうございます。妻も喜びます」
校長は腰を九十度に曲げて退室者たちを見送る。念の為に周囲を見渡した後、青年は術をとなえた。
すぐさま発動すると、あっという間に遠くが見える場所へと降り立つ。
「さてっと」
誰も来ないように結界を張った青年は、ところどころを映像化できるようにセッティングをする。
少年はというと、
「紅葉、雪見(ゆきみ)、赤土(あかつち)。お前らがどう出るか、手並みを拝見させてもらうぜ」
と、空に向かってつぶやいた。
第15録 長編小説TOPへ 第17録へ
Podcastチャンネルへ(動画版)
限定エピソードとイラストを見る
(電子書籍限定になります)
東京異界録公式ページへ(公式サイトに移動します・別窓表示)
スポンサーリンク
<メルマガ>
・人を動かす文章術(現在停止中)
文章について、日頃考えていることを発信しています
・最新作速達便
新作品をいち早くお届けします。
<Facebookページ>
個人ページ お気軽に申請してください♪
<Podcast>
ライトノベル作家・望月 葵が伝える、人をひきつけ動かす文章の力
東京異界録(ライトノベル系物語)
<電子書籍>
各作品についてはこちら