東京異界録 第2章 第13録

 肩を抑えながらうずくまるアタシ。耳をふさぎたくなるような鈍い音がしたと思ったら、知らない男が立っていた。
 その手には血にぬれた剣が握られており、女のとは違うものだ。
 「大丈夫ですか、プリム」
 「クウちゃんってば、スッテキ。王子様みたいっ」
 恋人同士か、こいつら。くそ、それにしても、いつの間に来てやがったんだ。
 腕に熱いものが流れると、その水滴が敵のほうへと飛んでいく。何が起こったのかはわからないが、如月が駆け寄ったのはわかった。
 「馬鹿が。仕留めたかどうかも確認しないで背中を見せるな」
 「わ、悪ぃ。ドジった」
 そうだ、これは喧嘩とはワケがちがう。今までは相手が倒れて数秒間動かなかったら勝負が決まってたからな。
 「走れるか」
 「な、なんとか」
 「ならここは引き受ける。雪祥のところへ行け」
 ふと弟のほうをうかがうと、人間の姿をしたカシスちゃんがいた。戦いではいつも和服姿なのだが。
 いや、この際どうでもよい。とりあえず、あっちと合流すればよいんだな。
 「おっと、逃がしませんよ」
 「行かせるか」
 男同士がぶつかり合った瞬間、アタシは気力で肉親の元へ行こうとする。
 「お待ちなさいな」
 やっぱり行かせてくれねえようだな。
 「あんたの相手はあたしよ」
 と、セーラー服で薙刀を持つカシス、いや、燈(あかり)ちゃん。舌打ちした女は、仕方なしに切りかかってきた彼女を相手にする。
 ユキの傍には妹に代わって、先ほどと姿が違うカーラ君が。学校で見るときの制服と年齢になっているのである。
 「油断したね」
 「わ、悪ぃ」
 「反省は後でいい。とにかく傷の手当を」
 肩で息をしているユキの顔を覗きこむと、気づいたのか、ウィンクしてみせる。心配するなって言っているのだろう。
 「傷はもう塞いだ。あとは生命力が戻れば大丈夫」
 「そっか、ありがとな」
 カーラ君はアタシの肩に右手を軽くそえる。傷には触れていないのに、なぜかズキンと痛んだ。
 その後、緑色の淡い光があふれ出し、箇所がだんだん軽くなっていく。
 「これからどうする気」
 「え、ど、どうって」
 「このまま奴らを逃すわけにはいかないのだけど」
 ハタ、と、彼が何を言いたいのかがわかった。ユキが助かったのなら、アタシには戦う理由がなくなっちまったのだ。
 思わず下を向いちまうと、
 「君が狙われていることは伝えたはずだ。今までは事なき終えたけど」
 「カ、カラちゃん」
 君は黙っているんだ、と、話をさえぎる長男。厳しいところは本当に厳しい彼らしいな。
 ザザザ、と何かが近づく音。視線を配ると、如月がこちらに、立ちながら吹き飛ばされたようだ。
 十二月(じゅうにげつ)と妖怪兄妹の長女との会話を横で聞きながら、どうすればよいのかわからないでいるアタシ。
 いや、厳密に言えばわかっちゃいるんだ。でも、情けねえことに、勇気が出ないんだ。
 行き場のない感情は、いつの間にか拳を形成していた。
 「君の最大の武器はその優しさだ。だが、最大の弱点でもある」
 そこをどうにかして乗り越えない限り、今回のようなことが続くよ、と彼。さらに、戦う理由はいくらでもある、と告げた。
 そして、アタシと物の怪との因縁は回避できないものだとも。いうなれば、アタシの周りにいる人間は、否応なしに巻きこまれちまうってことだ。
 「君は、何がどうなって欲しい」
 「た、戦いのない、平凡な、にち、じょう」
 「じゃあ、戦いが無くなればいいんだね。どうやって無くす気」
 「げ、元凶を倒す」
 「そう、今はそれでいい。妖怪を倒したところで殺人にはならないし、警察に捕まりもしない」
 これ以上、怪我をする人もいなくなる、と言った。
 アタシの頭の上に、大きな豆電球が浮かぶ。そうか、闇雲に避けてても意味がない。彼の言葉は、アタシが本当に望んでいたことを導き出してくれたのだ。
 思わず笑ってしまう私に、ユキは心配そうに声をかける。
 「大丈夫よ。ユキ、この戦いが終わったら雪国だいふく買ったげる」
 雪つながりのせいなのかは謎だが、弟は昔からこのアイスクリームが大好きで、よく食べている。通称もこれをマネしたぐらいだしね。
 それはさておき。私は今まで、戦いには消極的だった。怪我したら痛いし、相手もつらいだろうから。
 それでも喧嘩をしていたのは、戦闘というものに自身を慣らすためだったの。如月君のも含めてね。
 妖怪たちからはよく、私が狙われている、と聞いていた。だから身を守るために力が必要だとも。
 力があればやられる可能性は低くなるのはわかっていたし、力になれるとも思っていた。でも、どうしてもやる気が起きず、言われてからようやく重い腰を上げるのが常だったのよ。
 どうしてそうなのか、今、理由がわかった。私は、私を含めて誰かが傷つくのが嫌だったのだ。
 そうならないためにはどうすればいいのか。それをカーラ君が教えてくれたのである。
 私は、小手を握り締め、燈ちゃんの隣に並ぶ。
 「楓」
 「大丈夫、あいつらを何とかしなきゃ」
 「どうやる気だ」
 「まず、プリムとかいう女の行動を封じこめようと思う。私たちの動きを封じられるし」
 「そうだな。男のほうは攻撃が得意みたいだから」
 「あたしは術で援護するわ。直接攻撃はお願いね」
 うなずく人間組。元々彼女たちは支援に回るって言ってたものね。
 作戦が決まったところで、私たちは再び向きあうことになった。

 

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