女はこちらにゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。まるで何かを踏みしめるように。
「あなたが藜御楓(あかざみかえで)さんかしら」
至近距離までやってきた相手は、如月君にそう聞いた。だが、本人は何も言わず、にらみつけている。
「聞こえなかったのかしら」
「だとしたら、どうするつもりだ」
「あらあら」
なぜかクスクスと笑う美女は、右手を動かし何かを呼び出す。初めは影っぽかったものが徐々に形をおび、剣へと実体化していく。
「主人(マスター)のために死んでもらうだけよ」
じょ、冗談じゃないっ。
私は何とか動こうとするが、勘違いされた同級生はまったく微動だにしない。
剣が振り下ろされた瞬間、長い刃物がスローモーションに映る。
しかし、何かの音とともに元のスピードに戻った。ユキが殺人未遂者に体当たりしたのだ。
「大丈夫」
「あんた、動けるの」
「うん。二人が座っちゃったからオレも何となく座っただけだし」
よくわからないが、弟には効果がないようだ。レイリョクがないのと関係しているのだろうか。
怒り気味でため息をつくと、
「まったく、シャレにならないよ」
「だから本気を出せって言っただろうが」
「んまっ。助けてあげたのに」
冗談と本気が半分半分のような返事をする彼。だが、さすがのユキもそこまで馬鹿じゃない。
「あらあら、あなたには効かないのね」
「そーみたいだよ。早くお帰りになったら」
「そういうわけにもいかないのよねえ」
主人(マスター)のために、と口にすると、ユキに対して攻撃をし始める。私と交えたときよりもスピードが上がっており、すばしっこい弟でも何とかよけられるぐらいだ。
「動けるか」
「ううん、まだ」
「動けるようになったらひとまず逃げろ。お前たちじゃ危険だ」
「な、何言ってんのよ。置いていけるわけないじゃない」
「今のお前たちじゃ太刀打ちできない。このままじゃマジで」
うわあっ、と聞きなれた声の悲鳴。思わず振り向くと、倒れて血を流している肉親の姿が。顔を何とか上げるものの、苦痛で顔が変わってしまっている。しかも、右わき腹を押さえているようだ。
「邪魔をするなら死になさい」
「ユキッ」
私の中で何かが切れる。
あんのクソ女、いい加減にしやがれっ。
アタシの手に電気が走り気がつけば手のひらが向けられていた。相手の全身をしびれさせ吹き飛ばすと、急いで弟の元へ。
「ユキ、ユキ、しっかりしなっ」
「だ、大丈夫。危なかったけど」
「血が広がってんじゃねえか。早く病院に行かねえと」
「ね、ねーちゃん、早く逃げなよ。こ、この人、マジ、だよ」
「アホか。だったらなおのこと行けるかっつうんだ」
よくも人の弟を。しかも喧嘩レベルじゃない怪我を負わせやがって。絶対に許さねえからな。
「どういう理由かは知らねえが。覚悟しなっ」
アタシは右腕に力をいれて相手に攻撃をしかける。なぜかいつもより長くなっている爪は、相手を捕らえやすくなっていた。
「くっ、何よ。いきなり力が上がるなんて」
先ほどの余裕はどこにいったのか、女は焦り始めたよう。一度後ろに飛んで距離をあけると、口を動かし始めた。
何かジュツを唱える気だな。させるかっ。
アタシは手に雷で小さな刃を呼び出し投げつける。見事に右手の甲に刺さると、そこからレイリョクが出ていくのがわかった。
だが、ジュツを封じたところで問題が解決されるわけじゃねえ。早くユキを病院に連れていかねえと。
そのためには、相手をぶちのめすしかねえだろう。どうするか。要は引き上げてもらえばいいんだ。
アタシはもう一度右足に力を入れ女に向かっていく。爪を上から振り下ろし、かろうじてかわした敵の服を引き裂く。もちろん、体にはダメージを与えられなかったが。
「失礼な人ね。女の服を破くなんて」
「知るか。こっちは早く病院に行かねえといけねんだっ」
「まっ。何て野蛮なのかしら」
人を殺そうとした分際で何言ってんだよ。
口よりも行動で答えたアタシは、しでかしたことをわからせるべく攻撃する。
「本当に何なのよ」
何か言っているがお構いなし。アタシは距離を開けたがる相手に同意し、一度止まることに。
当然、考えあってのことだ。
理由はわからない。でも、今まで教えてもらったものが繋がったような気がしてな。
つまり、こういうことだ。
夜空に手をかかげると、アタシの手のひらに稲妻が集まってくる。天地をつなぐ細い光は徐々に太くなっていき、しまいには一本の柱となる。
「くらえっ」
勢いよく振りおろされた右腕から離れた青白い光の束は、女の体を直撃。悲鳴も聞こえず、そのまま倒れこんだ。
アタシはそのまま、後ろにいるユキの元へ行こうとする。如月も動けるようで弟の元にやってきていたしな。
「藜御(あかざみ)っ」
珍しく声を荒げた同級生。だが、気づくのが遅かった。アタシの左肩は、剣に貫かれたのだ。
一瞬気が遠くなったが、あまりの痛みに現実に戻ってくる。まるで肩に心臓ができたかように脈を打ち、人間の命があふれ出しちまった。
「馬鹿な人。お返しよ」
いつの間にか敵が二人になっていた。
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