瞳の先にあるもの 第32話

 ラガンダの計らいで、ランバルコーヤ流のもてなしは一般兵にも施された。その中にはラヴェラ派の兵士も混ざっており、数週間を通してよく肩を並べる関係になったようだ。
 とはいえ、ランバルコーヤ兵は決して多くない。人数では全体の一割にも満たない程だ。
 夜が明けてまた日が沈むこと三日後。その日人々が活動しやすい時間帯になると、いよいよ馬に魔道具を仕込むことになった。アマンダたちの作業が終わり、生み出された原動力をラガンダが加工して誰でも触れるようになったからだ。
 設置方法も難しくなく、ただ馬の鞍に取り付けるだけ。必要なのは手先の器用さぐらいだが、そこまで小さくもない。子供のてのひらいっぱいにのる大きさで、厚さは小指にも満たない位の薄さである。
 「ヤロー、これつけてー」
 「自分でやれや」
 「それがさー。ネジがいうこと利かなくって」
 あはは、とギルバート。馬の足元には、何本か長さが変わったネジがある。
 「嬢ちゃんもそうだが、おめえも随分不器用だな」
 「んー、アマンダ様もつけてもらったの」
 「兄貴がな。片方も曲がって入ってたぜ」
 「あららら」
 つけられるだけすごいなー、と、のほほん傭兵。中で折れなかっただけ良かったけどー、と続く。
 「よこしな。つけてやっから」
 「ありがとー、助かるぅ」
 世話が焼けんな、と思ったヤロだが、不思議と苛立ちはしない。オルターも同じ風にいつも感じていたそうだ。
 んまあ、野外でのん気に昼寝する奴だからしゃあねえか。と。
 いかに日陰だったとはいえ、この国の人間でもかんかん照りの中で眠りはしない。そういうことも平気でやってしまい、かつ、寝過ごして約束をすっぽかす有様だ。とんでもなくマイペースな性格のようである。
 全ての馬に装着されたことを確認すると、リューデリアは空に向かい魔力を放つ。太陽の中に吸いこまれるようにして消えた力は、人の目には映らない細かい雨となって降り注ぐ。
 栄養を取り込んだ魔道具は、ほのかな光を発する。直後、馬が少し足踏みをした。数分後には大人しくなり、機嫌が良くなったようにも見える。
 馬が動かなかったら言うようにと全体に伝わると、いよいよラヴェラのいるオアシスへと向かう。号令はとくになかったが、先頭が動き出したのだ。
 「想像以上に早いですな。これなら次の拠点まで一週間で到着するかもしれません」
 「それはありがたい。オアシス到着も早まりますね」
 「ええ。受け入れ準備はラガンダ様にお任せすれば問題ありませぬ」
 「問題は各拠点に潜んでいる伏兵、か」
 「もし戦いとなった場合、我が隊が先陣をきりましょう。そこまで大軍を送っては来ない筈」
 「お頼み致します。兵力は上手く分散させられていると思いますが」
 と、ヘイノ。アンブローの首都、ノアゼニアに人と兵力が戻った以上、こちらも攻略する必要もある。放っておけばどんどん力をつける可能性があるからだ。
 というのも、フィリアやアマンダの母アイリが中心となって様々な手を使い物資を手に入れているのである。アンブロー王国がここまで粘れるのも、今や世界がかの国に味方になりたがっているのであろう。表立って出来ないのは、それだけ圧力が強いからに過ぎない。
 実はラヴェラ王子も密かに出来うる限りの武具を提供をしてくれている。このことを、王政派が知らない訳がない。
 かといって四大魔法師うち、火の魔法師の寵愛を受けている第二王子を始末すれば彼を完全に敵に回すことになり、ひいては同じ立場の魔法師も同様になる可能性が高い。ましてや政治に関与させなかったのが仇となり、決定打を与えられずにいたところ、アンブロー王国の軍が来たのである。さぞかし王政派のはらわたは煮えくり返っているだろう。
 「あまり時間がないのはどちらも同じ。ですが、慎重に参りましょう」
 ヘイノはゼンベルトの言葉に、深く頷いた。
 セングールから北北東へ進軍していくと、乾燥が進み、砂がよくまとわりつくようになって来た。風の香りも変わり、水がより恋しくなってもいる。
 ラヴェラのいるオアシス、クリハーレンの間に、ふたつの拠点があり、どちらも川沿いにある。さかのぼっていくと大きな湖があり、第二王子のとちょうど反対側に第一王子の宮殿があるという。ここが首都である。
 「今日はここで野営致しましょう。初日から長距離は危険です」
 「承知しました。全軍に通達を」
 順調に進んでいくアンブロー軍は、良い意味で緊張感がなかった。
 そして六日が過ぎた夜、第一の拠点であるオアシスにたどり着く。町の明かりはまだ元気に灯っており、にぎやかな声も聞こえてくる。どうやら仕事を終えた人々が楽しんでいるらしい。
 ゼンベルトが現地の人間に確認を取りに行ってから二十分程経過すると、三人伴って戻って来た。他国の軍の野営地について食い違いが合ったらしい。
 「地元の者達は川の向こう側と聞いていたらしく、そちらに準備してしまったようです」
 「おや。まあ、間違えは誰にもありますから。どの様に移動をすれば宜しいか」
 「申し訳ございません。実は橋も壊れてしまっていて」
 眉をひそめるヘイノ。馬から降りて、
 「ではこちらに物資を移動しましょう。人手もお貸しします」
 「ご協力痛み入りま」
 「はあ。新米さんかな」
 と、謎の言葉を発するイスモ。注目を集めたと同時に、ぎゃあっ、と悲鳴が上がる。先頭にいた男がヘイノに切り伏せられたのだ。
 相手側にいたゼンベルトは傍にいた者の足を引っ掛け、もう一人は発声者の投げナイフで肩を貫かれる。騒ぎになって駆け寄ってきた兵士はすぐさま縛り、さるぐつわを掛けた。
 「申し訳ございません。連れ出せたのがこ奴等のみで」
 「とんでもない。ご無事で何よりです。さて」
 ヘイノは指示を出し、とりあえず野営準備と尋問をすることになった。
 連行されていく二人を見ながら、アマンダは、
 「イスモ。なぜわかったのですか」
 「雰囲気、だね。演技ヘタクソだし前置きは長いし、殺気も抑えられてないから三流ってトコ」
 そのうち嗅ぎ分けられるようになるかもね、と彼。ゼンベルトが気づき、引きずり出したのもあると話す。
 「お怪我はございませんか」
 「ええ」
 「ようございました。アマンダ様、魔女達のお力をお借りししたいのですが」
 「まあ、どうなさったのです」
 ゼンベルトは反対側にある物資を移動させたいと話す。
 「なるほど。お二人がよければ」
 同乗していた魔女たちは、快く引き受けた。
 グリッセン家は、実は過去にラガンダの傍に仕えていた魔法師の末裔なのである。忠誠は現在進行形で誓っており、三代ともランバルコーヤ再興のために動いているという。当然本人も魔法が使えるが、人前では使用しないようにし、あくまで一般人として振舞っている。
 このことはアマンダ周辺には通達されており、地元人を含めた他の兵たちは知られていない。理由は文化からだ。
 人気のないところまで移動したアマンダたちは、周りに誰もいないことを確認すると、ゼンベルトが砂に魔法陣を発動させる。リューデリアが中央に歩いていくと、姿を消してしまい、彼も同様になる。
 「誰かきたら教えてね~」
 「わかりました」
 次から次へと出てくる物資に驚く傭兵三人組。持ち運びしやすいように整理整頓された物資は、ようやく安心したらしい。
 ふたりが戻ってくると、魔法陣は消えてしまった。
 「全く。流砂に埋めおって」
 「相手方にも相当な手練がいるようですね」
 「ですなあ、深く沈まってましたから。ふむ」
 少し考え込むゼンベルト。しかしすぐに、
 「今は物資を運びましょう。ささ、ご婦人方はこちらにご案内致します」
 後は頼みましたぞ、と老執事。ランタンを作り、アードルフに渡す。
 「私の手の者が運んだとお伝え下され」
 「承りました」
 「私相手にそう畏まらんでも。一般の魔法師ですからね」
 「分かった」
 「ほっほっほ。ラガンダ様が安心される訳ですな。では」
 「アードルフ、頼みます」
 「はっ」
 女性陣はゼンベルトと共に寝床の確保をしに行った。
 翌日。暗殺者から聞き出した情報を整理すると、既に第一拠点は敵の手に落ちているという。一週間程前にエリグリッセ王子が赴き直接監理を行うと公表したそうだ。
 夕刻時、中核を担う者たちは、
 「オレが聞いた話と違えな」
 「気にしなくて良いさ。状況は変わるものだ。調査は情報屋に頼んである」
 請負人も少し驚いていたらしく、既に出発している。
 「距離的に第二拠点なら分かりますが。こちらもそんな情報は得ておりませぬ」
 おそらく愚息は疑われたのでしょうな、とゼンベルト。適当な言い訳をし、王政派に潜伏していると話す。もちろん、主には許可済みである。ちなみに彼と孫は反王政派だ。
 「洗脳かもしれませんね。以前ありましたので」
 「初めてお伺いしたときは思わず聞き直してしまいましたからな。厄介な」
 「元々魔法師の方々を戦力に組み込む事は考えておりませんよ。歴史を繰り返すわけにはいきません」
 「ありがたいご配慮ですが。敵はそう考えておりますまい。どうなさるおつもりで」
 「どうにかして頭を叩けば、と」
 「ほう。効率的ですな」
 「こちらの戦力を考えると最善でしょう。後は対策ですが」
 エコースでも行われたが故、相手も何かしらの手は打ってくるはず。タイミングを誤れば返り討ちになる、とヘイノ。ランバルコーヤの王政派が崩壊すれば形勢がかなり変わるため、迅速かつ正確さも求められる、と。
 全体により強い緊張感が走った。
 だが、これ以上は敵方の情報がないと組み上げるのは難しい、と将軍。
 「初めに伝えた通り、周囲の警戒を怠らず、何かあったらすぐに知らせて欲しい」
 「旦那。オレならあっちに入れると思うぜ」
 「今は止めておいたほうがいいんじゃないかなー」
 「何でだよ。情報必要なんだろ」
 「うーん、なんとなく」
 ヤな予感がしてさー、とギルバート。呆れるヤロに対し、
 「今は動かないほうがいいんじゃない。お前も傭兵だから、色々と疑われるよ」
 「どういうこった」
 「内通、とかさ。その他大勢はそう見るかもね」
 「っ」
 「落ち着けヤロ。お前を疑っている訳じゃない。イスモのはあくまで考えられる可能性と周囲の目だ」
 と、フォローするアードルフ。すかさず、その通りだ、とヘイノは返した。
 「ヤロ、君の気遣いに感謝する。つけ込まれる可能性もなくはない、今はじっとしていて欲しい」
 「お、おう」
 バツの悪そうな顔をして頭をかく彼。将軍は笑顔で、
 「頼もしい仲間がいてくれて嬉しいよ。これからも宜しく頼む。では解散だ」
 会議が終了して天幕から出ると、
 「はあ。自由に動けねえのもしんどいな」
 「仕方ないでしょ。色々と関わってくるんだから」
 「色々って何だ」
 「この単細胞は。ま、これじゃ腹黒いことは考えられないか」
 「単純っていいねー、わかりやすいー」
 「んだと、てめえらっ」
 「まあまあ。ヤロは気質がまっすぐですから、裏切りとは無縁でしょう。ね」
 とアマンダ。相方の怒りが収まりそうになると、
 「ひねくれててすみませんねぇ」
 「あら。イスモは頭がよくまわって気づかい上手ではありませんか」
 「おおーっ。アマンダ様、よく見てるー」
 「そんなことは。でも、ギルバートがいるとその場がなごみます」
 「わーい、褒められた~」
 「こいつバカだよね、やっぱり」
 「だな」
 「ええーっ、ひどいよぉ」
 思わず笑みがこぼれるアードルフ。若手たちはちゃんと仲良くなっているようだ。
 「アードルフ、まとめ役お願いね。あなたなら安心できるわ」
 「お任せ下さい」
 世話する人数が増えたが、どうやらとくに気にしていない様子。
 一番後ろにいた魔女たちは、まるで母親のように見守っていた。

 

 

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