瞳の先にあるもの 第31話

 「にしても奇遇だな。今はランバルコーヤで巡業中か」
 「じゃないわよ。お偉いさんに呼ばれたんですって」
 「呼ばれることは珍しくないけど。急に?」
 「みたい。んま、よくある話よ」
 お偉いさんの中に踊りが好きな方がいるから、とカレン。質問したイスモは、何で今なんだ、と思った。
 ぴたっ、と歩みを止めると、目の前には大きなテントが見える。横だけでも小さな家が四個程入りそうだ。
 「ここからは気をつけてね。風の噂であなたたちがアンブローに行ったっていうのは知ってるわ」
 振り返った彼女は、神妙な顔をしながら、
 「今はあたしのお客さん。いいわね」
 と言い、アマンダに顔を近づける。
 「アマンダ・ライティア様。こういう場所は興行だけじゃなくて、情報交換や交渉場所にも使われるの。酒場と同じように」
 目を見開いた令嬢は、静かに剣の柄を握る。
 「ふふ、警戒しないで。あたしのお客さんっていったでしょ」
 スイ、と離れたカレンは、軽くステップを踏みながら、
 「ようこそルーマット・トゥタンシ一座へ。最高の時間をお過ごし下さいませ」
 洗礼された動きに、アマンダは魅入ってしまう。
 「カレン姉は大丈夫。味方だよ」
 と、耳元で彼女の話すイスモ。詳しいことはまた後で、と切り上げ、踊り子に着いて行く。
 「あいつは見た目と違ってまっすぐだ。心配ねえよ」
 と、ヤロ。貴族とは異なり性別を判断する部位のみの服では、軽薄に見られてしまうことが多いのだろう。
 アマンダは頷き、後を追った。
 中に入ると、天井にはランタンがたくさん吊り下げられており、酒と香水の香りで充満している。既に出来上がっている客もおり、賑わいを見せていた。
 カレンは絡んでくる客をかわしながら奥へと進んでいく。設置されたカウンターをも過ぎると、関係者のみが入れる場所へと三人を招き入れた。
 「お母さん、ただいま」
 「おかえり、カレン。思ったより早かったじゃないか」
 「ふふ、でしょ。実は、ね」
 と、体をどかすと、義理母と呼ばれた女性が笑みを濃くする。とても娘がいる年齢には見えない。
 「久しぶりじゃないかい。お前達もいい男になったねぇ」
 「お袋も元気だった様だな。何年ぶりだ」
 「さてねぇ。五年ぶりぐらいかい。ヤロは相変わらず無骨だね。お前らしいよ」
 「褒めてんのかけなしてんのか」
 「はっはっはっ。もうちょいしなやかでもいいってことさ。アードルフみたいにね」
 「兄貴のようにはなれねえなあ」
 「精進しな。イスモ、噂は聞いてるよ。暗殺者なんか辞めて戻ってくる気はないかい。歓迎するよ」
 「その話は断ったでしょ。合わないんだってば」
 「はっはっはっ。お前も変わらずだ、その娘の傍の方が肌に合うのかい」
 と、話しながら視線を鋭くさせる女性。気が強く怜悧で研ぎ澄まされた独特の美しさに、パイプが良く似合っている。
 「垢抜けた子だ。気に入ったよ」
 ふう、と顔を横にしてパイプを吹くと、
 「カレン、奥に案内して差し上げな」
 「ふふ、ありがとう。お母さん」
 さ、行きましょ、とカレン。一礼をしたアマンダは、彼女についていく。
 「人は見かけによらないって言うが。あの娘は典型かもねぇ」
 母と呼ばれている女性は、思わず動いた口に手を添えた。
 周囲の視線が注がれる中、
 「あれで五十路近いんだぜ」
 「えっ」
 「若い頃は客を独占してたって伝説があるよ」
 「お母さんは今も若いわよ。失礼ね」
 「実年齢の話ね。今でも十分現役でしょ。あの人なら」
 「本気出したら、きっとね。今は後世育てに夢中よ。それにしても、お母さん怖くなかった?」
 と、アマンダを見るカレン。
 「いいえ。値踏みされるのは慣れています」
 「あら、肝が据わってるのね。大人でも怯んじゃうのに」
 動じなかった子は初めて見たわ、と踊り子。
 「ところで、どちらにむかってるのでしょう」
 「特等席よ。お母さんたちが気に入った人しか入れない場所なの」
 「そうなのですね」
 「ええ。今日は賑やかだわ」
 「もしかして、アードルフも来ているのではありませんか」
 足を絡めそうになるカレン。
 ゆっくり振り向くと、
 「どうしてわかったの」
 「何人もいなければ賑やかになりませんもの。ここにきていつ会ったかはわかりませんが」
 「そ、そう」
 数回瞬きをするカレンに、目を合わせる傭兵たち。以前から見知っていることは頭にあったのだが。
 「アードルフ兄さんにもお世話になったの。姉さんたちを護衛してくれたり送り迎えしてくれたり。数日前にあたしが声を掛けたのよ。懐かしくて」
 「まあ。面倒見がいいのは昔からなんですね」
 「ええ。嬉しかったわ、死んじゃったって聞いてたから」
 続きの天幕に入ると、話題の人物とアンブロー将軍に四大魔法師のひとり、火の魔法師が明るい雰囲気で話していた。こちらに気がついたラガンダが、手を振って招く。
 「アマンダもママに気に入られたんだな。んま当然か」
 「ふふ。もう来ていらしたのね」
 「ゴタゴタだからな。息抜きしないとつまっちまう」
 「まあ。ぜひ楽しんでいって下さいな」
 「もちろん。アマンダ、ここは男女ともに楽しめるトコだから安心しなよ」
 「ええ。あら、性別によって違うのですか」
 令嬢から発せられる、きらびやかな純粋さに目がくらむラガンダ。顔を両手で隠しながら、
 「ごめんなさい、ボクが悪かったです。ケガレてました」
 「アマンダ様、お気になさらず。ところで、ギルバートを見かけませんでしたか」
 「みてないわ。昼からいないようなの」
 大丈夫かしら、と席に着いたアマンダ。アードルフの横では、しょげたラガンダをヘイノがなぐさめている。
 「うふふ。時間も時間だからはじめますわね」
 やり取りを眺めていたかったカレンは、パン、パンと手をならす。すると果物や飲み物が運ばれ、テーブルの上が色鮮やかになった。
 踊り子はひと通りのセッティングを確認し、客人から少し離れた床に円が描かれている場所に移動する。
 すると天井にあるランタンの一部の光が消え、換わりに彼女の立つ近くにある松明が人手で灯された。
 おぼろげに映る笑みは、ゆっくりと下りていく。
 一瞬の沈黙の後、ドン、と打楽器が打ちならされる。すると他の楽器たちも目を覚まし始め、踊り子の手足が宙を舞う。
 一方方向にのみ照らす加工をしたランタンがカレンの姿をより鮮明にさせると、目には見えない光で踊り子の魅力が倍増。持っている美しさとは違う何かも、一緒に踊っているように、観客は感じた。
 「今日は一段と冴えてるじゃん」
 火の魔法師以外の言葉はなかった。
 名残惜しそうに曲が終わり、踊り子はしゃがみ込んだまましばらく動かない。
 ゆっくりと立ち上がると、ご静観ありがとうございました、と言い、すぐさま拍手が鳴り響いた。
 「すごいキレイでした。素敵です」
 「うふふ、ありがとう。そういってくれるのは何よりの励ましだわ」
 「驚いた。あの時の子がここまで成長するとは」
 「まあ兄さんったら。もう十年以上たってるんだから」
 「いやぁ~、いつ見てもイイねっ。ほら一杯」
 「嬉しいわ。ご馳走様」
 と、ラガンダから出された杯を受け取りゆっくりと飲むカレン。彼女がまた手を叩くと次の曲が始まり、この国での歓迎の際に演奏されるものだという。
 「ルーマット・トゥタンシ一座は音楽も逸品だ。オレの一番のお気に入りでな」
 「いつもご贔屓にしてくれるものね。ラガンダ様からご依頼があると、お母さんが上機嫌なのよ」
 「あっはっはっ。払うモノはちゃんと払うからな」
 全てのランタンが光を帯びると、より一層楽器の音が大きくなる。
 「おや。払わぬ者もいるのですかね」
 「らしいぜ。聞いた話なんだが。商売をなんだと思ってやがるのか」
 「困った外道もいるもので」
 「だよな~。カレン、その腐れ外道って誰だったっけか」
 悪意満面に笑う子供の魔導士。ヘイノが隣にいるとはいえ、控えめに話しているのによく聞こえるようだ。
 「あのエリグリッセ王子がやとってる兵士よ。あの辺りは昔から野蛮人が多いけど、ひどい状況になったわ」
 「あー。本人も横暴だが」
 「ええ。怖くてもう買い物もできないの」
 「だとよ、ヘイノ。解決したいからお前んトコの兵、貸してくんない」
 「勿論。騎士として彼女の言葉を無視する訳にもいきますまい」
 ぱっ、と花を咲かせたカレンは、将軍のそばまでやって来て飲み物を注ぎ、次にラガンダの分を傾ける。他の人間に対しても同じ笑顔と動作で繰り返し、最後にはアマンダの隣に座った。
 「ぶっちゃけこの国は荒くれ者が多い。それでも秩序は保たれてた」
 ラガンダは真面目な顔で飲み物に視線と声のトーンを落とす。
 二十数年前に四大魔法師のうち、土を司るハーウェルが何者かに殺された、と世間ではなっている。実際は姿が消えただけだが。
 情報屋より幼いだろう姿の四大魔法師は、自分らは死ぬことはなく、力を奪われて人間の姿を保てなくなっただけだと話した。一部の人間だけが知っている事実である。
 「んなコト本来なら話しちゃいけねぇのはわかるよな。でも、他のふたりに承諾もらった上で話した」
 「心は味方、と」
 「そういうこった。オレたちは表だって動けねぇ。そこにずっとつけこまれちまってた」
 「過去にアルタリア様が重体になったと伺いましたが」
 「あいつの場合は力の使いすぎだ。人々を守ろうと一人前線で十年間戦ってたからな」
 「あの兄ちゃんがっ」
 「見えねぇだろ? あいつは魔法師の中で二番目に力が強い。その気になればフィリアと一緒にコラレダ軍を壊滅できると思うぜ」
 コラレダがランバルコーヤと共にフィランダリアを侵攻したとき、アンブローとフィランダリア連合軍全兵は力を合わせてコラレダの首都を数年で陥落させたが、突如城がタトゥ王と取り巻きたちを抱えて空に移動したという。そのせいで元凶を潰すことが出来ず、いたずらに時間だけが過ぎていった。
 再び地上に降りてきたとき、相手は魔法の力を軍事に取り入れていた。新しい力に戸惑った連合軍は撃退され、さすがのアルタリアも魔法と物理、そして長年に渡る疲労と手数に来られて危ういところだったそうだ。
 当時フィリアはアンブローを守っており、彼に対して魔法で支援をしていたが、ラガンダの言う通り、直接手を下せなかったのである。
 「オレは支援型だから戦いは苦手なんだが。それでも師団ひとつぐらい潰せる力はあるぞ、いっとくけど」
 と、頬を膨らませながら言う。一般人は十分脅威だと感じる。
 「話それたけど、現王とエリグリッセはタトゥと似たような思考の持ち主でよぉ。フィリアと相談してきてもらったのさ」
 ラヴェラ派もいるが、実質ラガンダの力で残っているようなもの。政治にはまったく関与出来ず、もはや欲望の巣窟と化しているという。
 「情報屋の話だと、コラレダよりはひどくないらしい。あっちはもう、まともな人間は生活できねぇらしいからな」
 「そうね。権力者に媚びないと生きていけないと思うわ」
 と、カレン。一座はコラレダで営業するのをやめ、主にフィランダリアへ拠点を移した程だという。
 「こっちにはラヴェラがいる。むこうは後継者がいないからどうしよーもないけど」
 今日これればよかったんだが、と魔導士。少し体調を崩してしまったらしい。
 「さて、しんきくせぇ話は終わりっ。今日は楽しんでくれよ。もちろんオゴリだ」
 「おっ、気前いいな。んじゃ遠慮なく」
 「おうよ。英気をたっぷりやしなってくれ」
 「女の子つける?」
 「今回はパス。フィリアにぶっ殺される」
 「あらま」
 女遊びを非難される仲ではないが、今日は大人の遊びを知らない無垢な存在がいるため、控えたようだ。
 ちらっとアマンダを見たラガンダを、カレンは理解する。立ち上がって食事系のメニューを人数分持ってくると、再びアマンダの隣に座る。
 「これオススメよ。美容にもいいの」
 「まあ。ではそれで」
 女性同士の話は、とても盛り上がっているよう。
 対して男性は、食事中心と一部は酒を伴い、新たに披露された健全な踊りも楽しんだ。