瞳の先にあるもの 第24話

 アマンダたちが弓兵軍と合流するために離脱した後、
 「おやー、君は行かないのかい」
 「魔法使えるやつがいたほーが便利だろ」
 「あー、助かるよー」
 と、まるで知っているかのような口ぶりで話すギルバート。情報屋は思わず顔と帯剣と背中から見える柄に視線を送る。
 「あんた、何モン」
 「んー? 傭兵だけど」
 「ンなの見りゃわかる。じゃあその背中にあるでかい剣はなに」
 「さあー。私は記憶喪失でねえ。気がついたら持ってたんだよ。そうだ」
 ポン、と右手拳を左掌の上にのせると、
 「君、情報屋なんだってねー。いくらかな」
 「オレは貴族サマ御用達だからたけぇぞ」
 「あららら」
 「んま、一回だけならサービスしてやってもいいぜ」
 本来ならそんな事はしないが、どうも気になるらしい子供。アマンダのときと同じである。
 「ありがたいー。ユハナって言葉知ってるかい」
 「は?」
 「いやね。何でか知らないけど、その単語が頭から離れなくてねー」
 偽名に使おうかと思ったぐらい浮かぶんだよねー、とギルバート。いわく、誰に聞いても知らないとしか言われなかったらしい。
 「その名前、口にしねぇほうがいいぞ」
 「名前?」
 「そ。そのほーがあんたのタメ」
 「あらー。お気遣いありがとう」
 今度奢るー、とギルバート。機会があったらな、と情報屋は返した。
 「それにしても、幼いのにしっかりしてるねー」
 「誰がガキだっ」
 「もっと大きくならないとー。せめてロングソード装備できるようにねー」
 反射的に距離を取る情報屋。
 「そんなに驚かなくても、身体つきを見れば大体の察しがつくよ」
 「剣をもってるとはかぎらねぇだろ」
 「おや、君は剣も使えるのかい? すごいじゃないかー」
 と、頭を撫でるギルバート。思いっきり嫌そうに振り払う情報屋は、とんだ食わせモノだこいつ、と思った。
 それに、いつの間にそばにきてたんだ。気がつかなかったぞ。
 にこにこと微笑む男に対し、子供は警戒心しか抱けなかった。
 反対にギルバートは、感心しつつも様子を伺っている。理由があるにせよ、年端も行かぬ子が何故このような危険を冒すのか疑問に思っていたからだ。
 それだけ憎しみが強いのか。相当辛い想いをしたのかも知れない。
 先程までいたアマンダには、まだ周囲に大人がいる。それでも好ましいとは感じなかったが、目の前の子供よりはまだましな環境だろう。
 「早く終わらせないとね。こんな事は」
 「こんな事?」
 「戦争のことさ。碌でもないじゃないか」
 「……そーだな」
 情報屋の口元は、すぼまったままだ。
 このような会話をしながらも、ギルバートたちはゆっくりとノアゼニアへと近づいていく。日の傾き具合から別行動して数時間がたっただろう。
 「ギル。中は相変わらずのようだぜ」
 「そう。んまー、勝利のお酒は美味しいからねー」
 「飲みつつも警戒してるってカンジだから、油断はしねえほうが良さそうだ」
 仲間からの情報だと、周囲の見張りは死角がほぼなく、首謀者はどこかでふんぞり返っているよう。ギルバートは双眼鏡を借り、自らの目でも確認する。
 「うーん。やっぱり開けてもらったほうがよさそー」
 「城壁のぼりゃよくねえか」
 「相手に弓兵がいないならね。あ、魔法でも遠くから攻撃できるんだっけ」
 「できるぜ。現在進行形で送られてきてたら、さすがにはあくできねーよ」
 「それはしょうがない。うーん、ニコニコデムスには嫌われてるから、素直に入れなさそうなんだよねー」
 「ニコデムスな」
 周囲が噴出す中、ギルバートは笑ってごまかしながら、周囲を双眼鏡で眺める。
 「あー、ちょっと作戦変更するよー。動き方かくにーん」
 「大丈夫なのかよ」
 「念の為、ねー」
 顔を見合わせた傭兵たちだが、素直に従う。
 三十分程過ぎると、空に照明弾が輝いた。
 「門へ急げっ」
 ギルの側近的存在であるオルターは剣を抜きながら叫び、傭兵たちは雄たけびを上げながらノアゼニアへと急行。
 先行していたアマンダたちにより開放された大きな門はギルバートたちを迎える。
 「小僧、お前も戦えよっ」
 「ケーヤクシテマセーン」
 「クソ生意気なガキだな」
 「まあまー、仲良く仲良く」
 「呑気なこと言ってる場合かよっ」
 「つーか、むやみに使っちゃいけねーんだって。これはマジ」
 と情報屋。器用に敵の攻撃をかわしたり目くらましの道具を使ったり等、アマンダたちと共闘したときとは動き方がまるで違う。今のところ、魔法は体に風の魔法をまとわせてスピードを上昇させるという使いかたしかしていない。
 「面倒くせえ決まりだな。ならしょうがねえ」
 キマジメな奴でよかった、と、子供は思う。しかし、ギルバートの視線がいささか冷たいことには気づいていなかった。
 「全員入られたか」
 「大丈夫みたいー」
 「なら私はここで」
 「あー、閉めてほしいんだけどー」
 「いえ、その様な命令は受けていませんので」
 「閉めるんだ。じゃないと逃げて脱出する奴が出る。早く」
 「は、はっ」
 思わず返事をした監守は、慌てて鍵を作動させる。単調な音と共に閉ざされた入口は、遮光され、たいまつだけが頼りになった。
 「ここから一番近い門は」
 「で、出てまっすぐ行った所です」
 「分かった。オルター、彼を連れてそこへ。開いていたら全部閉めてきてくれ」
 「わかった。お前は」
 「騒ぎを鎮めたらニコデコを探す。他は手筈通りに動け」
 「了解っ」
 「んじゃ、オレはここまでだ」
 言葉を受けたギルバートは、同時に何かを投げつけられる。
 「それがあれば魔女たちとはなすことができるぜ。オレは用があるからまたな~」
 フッ、と言いたいことだけ口にして消える情報屋。一瞬ぽかんとしてしまった傭兵だが、ピンでマントに留めると城下へと走っていく。彼にとってニコデムズを倒すほうが先決だからだ。
 破壊された城下町通りには傭兵が同士が取っ組み合いを行い、一部は縛られ始めている。
 ギルバートはニコデムズ派の男を見つけると問答無用に切りつけた。何とか反応した男だがかなり動揺しているせいか、力がこもっていない。
 得物を簡単にはじき返した仕掛け人は、顔面に回し蹴りを放つと、同じ立場の連中に対して同じような動作で行動不能にさせていく。
 後片付けは周囲にいた傭兵仲間がやっていた。
 「そろそろか。全員建物の陰に隠れろっ」
 喧騒から半分ぐらい縛り上げただろうと判断したギルバートは、仲間に散るように指示。縛り上げた連中は置き去りにし、自身は町の真ん中辺りに佇む。
 上空から見ると傭兵たちが円状に走り出した直後、城壁から矢の嵐が降ってきた。だが事前に知っていたのか、逃げる側は大した騒ぎになっていない。
 さすがに無傷と訳にはいかなかったようだが、心構えのおかげで被害はかなり少ないよう。
 唯一残ったギルバートの周りには、使い物にならなくなった矢が散乱していた。
 「味方もお構いなしか。酷い事を」
 相手のが尽きた頃、今度は城下側から矢が城壁に向かって飛んでいく。正確に言えば城の下側から向かい側三方向の城壁に向かって、である。こちらはより的確性に優れており、数こそ少ないが確実に敵を減らしていく。
 城壁に対する策がなくなった直後、今度はアンブローのよろいをまとった兵士たちが城壁に姿を現す。見張り塔から雪崩のように敵を飲み込み、次々へと捕らえられて行く。
 中には、昨晩夜を共にした格好の者たちも混ざっていた。
 「ギル、城下に野郎の姿は見当たらないぜ」
 「お疲れー。やっぱり城の宝庫物かねえ」
 彼はマントにつけたアイテムを触ると、喧騒が流れ出した。
 『そなた今どこにいるのだ』
 「あー、こちらギルバート。情報屋からこれ預かったんだけどー」
 『そうか、失礼した』
 「いーえー。そっちにニコデコいないかい」
 『ニコデコ? 首謀者の事ならまだ見つかっておらぬが』
 「ありゃ。城下にはいなかったみたいでさー」
 『提供感謝する。伝えておこう。何か分かったら連絡する故、そのままにしておいて欲しい』
 「はいよー」
 と、返事をすると、道具からは何も聞こえなくなる。
 「どこに行きやがったんだ、あの野郎」
 「にしても楽勝だったな。思ったより連携も取れてたし」
 楽勝、という言葉に引っかかったギルバート。正規軍が加わったと分かって半ば諦めたのかと思ったが、もしかしたらとんでもない思い違いをしているのでは。
 だが、あの男がそこまで知恵が回るとは思えない。私の裏切りは予測出来るだろうが。
 「何だ、この違和感は」
 「ギル? あ、おいっ」
 いても立ってもいられなくなったギルバートは、城へと走っていき、近くにいた兵士に声をかける。
 「何だいきなり」
 「急いで北側を見て頂きたく」
 「北側を? 何故だ」
 「援軍が来ていないかを確認したいのです。傭兵が勝手に入るわけにもいきませんでしょう」
 「何を馬鹿なことを。首謀者が捕まればそれで終わりだろう」
 『ヘイノ・フウリラだ。急いで見て来い』
 「ヘ、ヘイノ様っ」
 『目の前に黒い甲冑をつけた男性がいるだろう。彼を通して話している、通信道具だ』
 「か、かしこまりました」
 と、ギルバートに敬礼をすると急いで該当する見張り塔へと走っていく。
 「助かったよー。ニコデコはいたかい」
 『首謀者のことか? まだ見つかっていない。くまなく探しているが』
 「玉座や宝庫物にもいないのなら、どこに」
 『酒蔵も探したが影も形もない。地下牢にもだ。既に逃げていたのかもしれない』
 「奴は直情的だし、周囲にも頭の切れるのもいない。誰かが入れ知恵したのかも」
 『実はその話がこちらでも出て来ていた。情報屋は戻っているかね』
 「まだだねえー」
 『そうか。一度集まって整理しよう。城門前に行ってて欲しい』
 「ほいほーい」
 ギルバートは先程までいた場所に戻り、近くにいた仲間に捕虜から聞き出すこととオルターとガヴィに城門前まで来るように伝えて欲しいと伝言。自身はすぐに宮殿を見ながら目的地へと行き、ヘイノ以外の全員と合流することが出来た。彼は部下たちと共にニコデムズを捜索しているという。
 お互いの無事を喜び合った後、
 「見張りの塔にはエメリーンにも行ってもらっています」
 「そう。彼女は確か弓兵小隊長だったっけー」
 「ええ」
 「んー、なら大丈夫かなー。そっちはどうだった?」
 「弓兵隊と難なく合流できました。その後も魔法攻撃はうけましたが、魔女がいるとわかるとすぐに退散していきました」
 「うんうん」
 「避難通路を使って進入しましたが、手ごたえはなく」
 「拍子抜けしたぜ。腕のいい奴がいなくってよ」
 「そっちもなんだ。やっぱりおかしい」
 「ヘイノ様も同じことをおっしゃってましたわ。いくらなんでも簡単に落とせすぎだと」
 「魔法類は使われておらぬ。姿を隠してることもなかろう」
 全員が考え込んでいると、城下方面から悲鳴が響き渡る。視線がそちらを向くと、ガヴィが息を切らして駆け寄ってきた。
 「ギル大変だ、街中に化け物がっ」
 「へ。どういう事」
 「わかんねえ、いきなり襲ってきたんだよ」
 リューデリアとサイアは、顔を見合わせると走り出した。
 「あ、おい。危ねえって」
 「わたしたちも行きましょう」
 二人を追った一行は、魔法で変貌した人間を吹き飛ばしている。その人数は数十体はいそうだ。
 「うわ。この臭い、死骸特有のだ。あいつらから漂ってる」
 「お前、五感鋭いからな。オレはそこまで辛かねえけど」
 「暗殺や諜報やってれば必然とね。変な病気が移らないよう鼻と口塞いだほうがいいよ」
 一行は持っていたハンカチで覆うと、リューデリアたちに加勢しようとした。
 「倒すなら頭ふっ飛ばしてね~。じゃないと消えないから~」
 「心臓は意味がない。奴等には触れぬようにな」
 「う、腕と足がちぎれても、動いて、いますね」
 「ひゃー、おっかないねえー」
 新たに出現した敵を排除すべく、アマンダたちは対峙する。

 

 

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