瞳の先にあるもの 第23話

 国王の護衛と負傷者介護のため、近衛兵は引き続き離宮の森に待機することになった。ヘイノはアマンダたちと合流し森沿いへと馬を進め、街道へと急ぐ。
 「あの姉ちゃん、てっきり来ると思ったんだがよ」
 「彼女を初め、魔法師たちは本来戦には関わらない主義だと聞いている。身内やライティア家に何かがない限りは、ね」
 「でも権力者は欲しがるだろうね、すごい力だし」
 「力は我欲の為に使うものじゃない。あの男は愚かなんだ」
 「ヘイノ様、前方に集団が見えます。武装しているようです」
 とエメリーン。彼女は兄のエスコ同様弓を使うためか、常人に比べて視力が良い。
 「旦那、あんたその手で大丈夫なのかよ」
 「申し訳ないが今日は使い物にならないだろう。手加減したらしいが」
 どうやら包帯の上からビリビリと小さな稲妻が走っているようだ。痛み止めは塗ってあるとはいえ、あまり柄を握れないらしい。
 「あ~。まっ、気にすんなよ。俺と兄貴で先陣行ってくらあ」
 「頼む。エメリーンは彼らの後ろから援護、イスモは彼女の護衛を。他は後方か上空で待機。アマンダ、君はまず馬上での戦い方を覚えよう。何、すぐ出来るようになるさ」
 「は、はいっ」
 「私たちは上空にいるわね~」
 と、イスモの馬からサイヤ。同意したリューデリアもタイミングを見計らってアードルフの馬から宙へと舞う。
 ちなみに、情報屋は今回ずっと飛んでいた。
 準備が整ったことを確認したアードルフは、ヤロに視線で合図するとスピードを上げる。少し遅れてエメリーンとイスモ、速さはそのままで後を追うアマンダとヘイノ。後者は馬にくくりつけていたロングソードを引き抜き、アマンダも馬側からのレイピアを抜剣。前方から聞こえる戦いの雄たけびは、まだ戦場に慣れていない者を落馬から守るようでもあった。
 「来たぞ。スピードで切る感じだ」
 「はい」
 「攻撃は上手く受け流す。私の傍から離れないように」
 頷くアマンダ。目には少しにじんで見える敵方の傭兵が馬で迫っていた。
 「奥にいたぞ、やっちまえっ」
 ヘイノは馬一頭分ぐらいの空間をアマンダの間にあけるとそのまますれ違い様に相手の武器をはね落とす。一方のアマンダは両手で柄を握り向こう側の剣先を柄近くで受け取りそのままの姿勢を維持して駆け抜ける。
 得物を失った敵たちは予備のものを手にしようとするも、既にヘイノの刃が目の前に迫っていた。
 一人が馬と世界から落ちたとき、アマンダもようやく回転を利かせ、将軍と切り結んでいる相手を背中から突くことに成功。腹部を一刺しされた傭兵は呻き声を上げると、ヘイノが柄頭で額を強打しそのまま落馬した。
 一方体勢を崩しかけた令嬢は、思わず馬の手綱を引いてしまう。落馬せずに済んだ彼女は、すかさず馬の首をなでてあやす。
 「大丈夫か」
 「はい」
 「無事ならいい。良くやってくれた」
 長めのタイプを持ってきたとはいえ、レイピアは通常地上戦が多い。アマンダは全身をバネにするため前かがみになることが多く、馬上では特に姿勢に気をつけるようにアードルフから言われたという。そのことをヘイノも知っており、気が気でないのは確かだ。
 もっとも、ヘイノ個人ではそれ以上の想い入れがあるせいか、まずは攻撃を受けないことを前提にしてもらっているが。
 「何よりも生き残ることを最優先に」
 「はい、わたしも早くヘイノ様のように戦えるようになります」
 「ふふ。初めてでここまで出来れば上出来だっと。次か」
 空気読めよと思ったヘイノだが、馬を進行方向に向ける。手負いとはいえこのレベルなら問題ないと判断した将軍は、頭を潰す作戦に切り替えた。
 「一気に駆け抜ける。行くぞっ」
 「はいっ」
 走り出した馬たちは正面から来る五、六頭の同類を無視して仲間たちとの合流をはかる。とっさに左右に分かれて回避したため、相手は反応出来なかったのである。
 前方には弓を構えたエメリーンとその周辺で槍を振るっているイスモが、だが最初に動いたはずのアードルフとヤロもほぼ合流しているような状態、が将軍の予想だった。
 だが実際には敵味方問わず集まっており、歓声がわき起こっていたのである。
 馬の嘶きに気づいた一人の傭兵が、二人の姿を見るなり小さな悲鳴を上げる。その中から、エメリーンがこぞって振り返った面々をかき分けて来た。
 「ご無事でしたか」
 「ああ。しかしこれはどういう事だ。アードルフと誰かが戦っているようだが」
 「あちらでご説明致します。周囲の傭兵達は、今のところ敵意はございません」
 ふむ、と一応の納得をしたヘイノは、すぐに降りてアマンダに手を差し出す。彼女の足が地に着いたことを確認すると、馬を連れて最前列へと歩き出した。
 不思議なことに、敵だと思っていた人々は、すぐに道を開けてくれる。
 「結論を申しますと、黒色の甲冑をつけている青年が、アードルフに決闘を申し込んだのです」
 「決闘を?」
 「はい。無用な流血は好まない、一番強い者と戦わせろ、と」
 「オレらが切り込んだらよ、あの兄ちゃんに塞き止められてそう言われたんだ。んで、兄貴が対応したってわけだ」
 アマンダにはアードルフが楽しそうにしているようにも見える。青年も同じで、まるで犬がじゃれているかのようだった。
 しばらく剣の歌が響き渡っていたが、アードルフが後ろに飛んで距離を取る。
 「ギル、おいでなすったぜ」
 ギルと呼ばれた青年はきょとんとした顔で観衆を見る。確かに初見がいたためか、肩をすくめた。
 「残念。また頼むよー」
 「こちらこそ。是非お相手願いたい」
 互いが剣をしまうと、ギルは両手を顔の近くにもって行きながらアマンダたちに近づいていく。
 「んー。男性のほうが大将かな」
 「ああ。貴殿は」
 「あー。私はギルバート、とりあえずね」
 「とりあえず?」
 「いやあ、記憶がなくってねえ。それはともかく、こちらに敵意はない。君達もそうなら一緒に暖をとらないかい」
 食事しながら話そうじゃないかー。ね、と青年。間延びはクセらしく、ヘイノはある人物を思い浮かべてしまう。
 「将軍殿。俺とヤロが見知った奴もいるし、いいんじゃない。こいつは知らないけど」
 「あー、つい最近だからねー、入ったの。ヤロって名前は聞いたことあるなあー」
 「それも含めて話そうや。いやぁ、今日は楽しい飯になりそうだぜ」
 と、傭兵のひとり。
 「女性がいると華やぐよねえー。あ、妙なことしたら張り倒していいからねー」
 「は、はあ」
 目をぱちくりさせながら返答するアマンダ。
 様子を見ていた魔女たちは、戦いが終わったのを確認すると、地上へと降りて来る。いきなり空から人が現れたことに驚く傭兵たちだが、ギルバートは終始ににこやかなまま。
 「仲間かなー。話は聞いてたかい」
 「うむ」
 「うんうん。それじゃテキトーに分かれて支度しようかー」
 と、こちら側の返事を待たず、男は去って行ってしまった。
 「調子が狂うが悪い人間ではなさそうだ。我々も野営の準備をしよう」
 「お腹すいたわ~。あ、情報屋は出かけちゃったから抜いとくわね~」
 と、見られないよう結界を張ると人数分の食器を魔法で出すサイヤ。ヤロとイスモは傭兵たちと共に過ごすことにし、それ以外のメンバーはギルバートと数人のお供と一緒に火を囲むことになった。
 ちなみにギルバートたちのグループは、話が終わるまで他の傭兵たちは近づかない約束をしている。破ったらぶちのめすそうだ。
 「成程。一理ある」
 「利害は一致してると思うんだよねー。後はそちらさんの気持ちかなあー」
 理由はともかく攻め込んだのは事実だからねー、とギルバート。彼はヘイノに対し、ある提案をしたのである。
 「解決したらどうするつもりだ」
 「んー? どうするの」
 「俺に聞くなよっ。お前がヘッドだろうが」
 「えー。私はグルメツアーにでも出かけようかと思っててー」
 「アホか。お前はもうコラレダ傭兵軍の頭の一人なんだっつーの」
 「あれ、いつの間に。知らなかったー」
 「自覚しろっ」
 両サイドから同時ツッコミされるギルバート。どうやら彼は、システムを分かっていないらしい。
 「渡り歩いた数か強者を打ち倒した実績があるならなれたと思うが」
 「その通り。こいつは一度ベルムって奴をぶっ飛ばしたからな。それで一発だ」
 「ほお、あの巨漢をか。大したものだ」
 「へえ。アンタ知ってるのかい」
 「傭兵だったからな。随分昔の話だが」
 「過去形にしちゃすげえ剣だったけどよ」
 「長くなるからその話はまた今度にしよう。アマンダ様、何か聞きたいことがおありなのでは」
 「え、ええ。ギルバートは旅がしたいのですか」
 「んー? ま、そんなトコかなあ」
 「そうなのですね。あなた方は?」
 「うーん。俺らは生活の糧が欲しいよな」
 「だな」
 アマンダはそれぞれの考えを聞いていく。大義名分はどうでもよく、明日の生きる術のほうが大切だということを知った。ヤロとイスモのときと同じである。
 「ヘイノ様。今すぐに結論を急がなくてもよろしいのでは」
 「確かに。ひと区切りついてから身の振り方を考えるのも良いだろう」
 「うんうん。今はスピード重視がいいと思うよー」
 「決まりだな。んじゃ連中にって。どわっ」
 「あんた、あのアードルフ・シスカなんだってっ」
 「姉ちゃん達、俺らと一緒に食おうぜ。野郎ばかりでむさ苦しくってよ」
 「はいはい、そっちに移動するよー」
 いつの間にか移動していたギルバートは、ちゃっかりと皿を持ちながら立ち食いをしている。
 「だああっ、どけえぇぇぇっ」
 一方潰されたお供ふたりは、仲間にとび蹴りをかます始末だ。
 「げ、元気だな」
 「いいことではありませんか。見てて楽しいです」
 「あなた、すんなり受け入れる辺り大物よね」
 ヘイノとエメリーンは彼らのノリについていけないよう。リューデリアは肩に回された腕をつねり、サイヤは火を消している。
 一番寄って来たアードルフは、既に向こう側の円に混ざっていた。
 「わたしたちも行きましょう。仲よくなるいい機会です」
 「そうしてー。今日は騒ごう」
 お酒ナシでね、とウィンクするギルバート。騒がしく、でも心躍りながら、夜が更けていく。
 翌朝、一部の興奮が収まらない中、一行は首都ノアゼニアに向けて出発。数日の間に道中いたギルバート派の傭兵たちと合流し、人数はさらに増えていく。
 途中で寄った宿場はかろうじて略奪を受けておらず、ヘイノの正体を知ると、援助を申し出てくれた。リーダーの影響もあったという。
 「貴方とあれは、そりが合わないだろうな」
 「あー、分かってくれる。腹が立つんだよねー、さすがに」
 「私もだ。あれとは一緒の隊になるのを避けたしな」
 「親父の仇でもあるしな。今度こそぶっ殺してやる」
 パシッ、と右手拳を左手で受けるヤロ。ぎょっとしたアマンダに対し、イスモは、
 「俺たち三人を拾ってくれた人でね。父親みたいな存在」
 「まあ」
 「詳しくは機会があったら話すよ」
 「ええ。ぜひ聞きたいわ」
 「そ、そう」
 即答されるとは思わなかったのか、彼はフイとそっぽを向いてしまった。
 「この辺りからゆっくり行く」
 「本当に弓兵来るのー」
 「少ないがな。出発はしているはずだ」
 「なんだ、もうここまできてたのかよ」
 はえーな、と、空から子供の声。ざわめく一帯を無視し、ヘイノの前に姿を現す。
 「おもったよりソーダイじゃん」
 「情報屋、頼んだことはやってくれたか」
 「もちさ。ただ、魔導士が弓兵のほうにいったぜ」
 「何だと」
 「いっとくけどオレなにもしてないかんね」
 情報屋いわく、昨日の時点で既に魔導士がおり、状況把握と結界の準備をしていたという。
 「やはり予測されていたか。魔導士は厄介だな。サイヤ殿、どれ位持たせるられる」
 「余程の攻撃じゃない限り、数日は持つわよ~」
 「そうか。なら合流を早めたほうがよさそうだな」
 「サイヤ、何か唱えたのか」
 「い~え~。道具を貸しただけよ~」
 「そうか。なら良い」
 「そ~なのよね~。ウフフ」
 魔女たちの話を聞いて、ヘイノも口を緩ませる。馬を北東の方角へ向けながら、
 「ギルバート殿、そちらはお任せした。我々は弓兵達と合流する」
 「ほいほーい。手筈通りに動くよー」
 「頼んだ。行くぞっ」
 いつものメンバーは、ヘイノの後を追った。