寒さ対策のために、色々と準備中の俺。といっても、持ってきてもらった厚手の服を着こむだけだけど。何分スキーなどのウィンタースポーツをやったことはないし、雪国のように寒い地方に行ったこともないから、着ては外にでて調節して、の繰り返しだ。
「こんな感じかしらねぇ」
いったいどこからでてきた服なのか。
前にある全身を映す鏡には、真っ白くてデブっちょ、そして赤いマントと帽子をつけた若いサンタがいた。
激寒の中、コタツに這入りたい気持ちを振りほどきながら外にでると、ピクルと巨大雪ダルマが待っていた。
「み、見た目が全然違うっちね」
「しょうがないだろ、寒いんだから」
スキー用と思われるゴーグルをいじりながら返す。特殊加工されているのか、温度差でも曇らなかった。
ド近眼だからメガネが手放せないんだよな、ふう。
「ピクル、無理はしないようにっちよ。サクヤもっち」
「うん、じいちゃん。行ってきますっち」
気力がない俺は、会釈をした。
暖かな環境を背にして歩き始める。素朴な疑問を聞くと、
「あの大きいスノーマンは、長老スノーマンだっちよ。仲間内では、じいちゃん、って呼んでるっち」
あのしゃがれ声ダルマ、けっこう偉かったんだな。
「で、これからどこに向かうんだ」
「この大陸の真ん中だっち」
浮いている地図を覗きこむと、この大陸が描かれているようで、赤丸があった。ピクルがいうとおり、ちょうど中央付近になる。
「ここには洞窟があるんちが、ここの周辺だけものすごく吹雪いてるんだっち」
「何で」
「わからないっち。ボク、中にはいったんちけど、何にもなかったんだっち」
ビヨンビヨンと、跳ねながら話すピクル。スノーマンってすげえ器用だな。歩いてるんだろうけど。
「吹雪いてるってコトは今より寒くなるってことかぁ」
「大丈夫だっちよ。秘密のアイテムがあるっち、心配ないっち」
ホントかよ。
そう思うのはきっと、俺だけじゃないだろう。
気温が下がるのは低気圧の仕業だっけか。学生時代でも覚えてなかったから、実際はわからない。
ただわかることは、目的地へ進むごとに粉雪が踊っている、ということだ。
「大丈夫っちか」
「ああ、悪いな」
「気にしないでっち。ゆっくり行こうっちよ」
何度もこけている俺だが、立ちあがるまでずっと待ってくれているピクル。そればかりか、雪があまり積もっていないところを選んで歩いてくれているのだ。
そのぶん蛇行しているので、時間はかかる。しかし、雪に慣れていないのだから致しかたがないと考えているようだ。
スノーマンが踏みならして固めてくれた道を歩くこと、どれぐらいたったのだろう。重い雲がかかっているので、時間がまるでわからない。明るいのは間違いないのだが。
雪の足音しかしなくなっっていく俺たち。徐々に白い粉が見えてきた。
洞窟に近づいている証拠なのだろうか。
だんだんと、体勢が前かがみになっていく。ときに聞こえるピクルの声にも、首の縦ふりから手をあげるに変わっていく。
やがて風が強くなっていき、台風の中にいるんじゃないのかと感じるようになる。
「もうちょっとだっち。がんばるっちよ」
俺は何とか、右手で応えた。
視界が悪いので大きさは不明だが、何かの入口らしき穴が見える。近くで雪ダルマが飛び跳ねていたので、おそらくついたのだろう。
足をズボズボ勢いよく抜いていき、駆けこんでいく。風の抵抗がなくなると、どっと疲れがでて正座をしてしまった。
「お疲れさまっち。はい、秘密のアイテムっちよ」
温まるらしいっち~、と元気な口調で話すピクル。さすが雪ダルマだ。
「これ、焼きイモじゃないか。どこにしまってたんだよ」
「ここっちよ」
俺の肩にかけてあるバッグがいつの間にか開いていた。見たところ、保温機みたいのはない。
マジでどうなってんだ。
突っこむより先に本能が身体を温めるように指示をだしていたよう。ゴーグルをはずし、顔と頭を覆っているネックウォーマーの強力版をとってかじりついていた。
「あちっ」
「誰もとらないっちよ。もう少し奥のほうが暖かいっち」
口から幸せを感じながら、助言にしたがう。
ありがたいことに、食べ終わるのを待っていてくれたピクル。水分補給をしたあと服装を元に戻した。
「サクヤ、ボクの上にあるたいまつを持てるっちか」
「持てるけど。何で」
「奥は真っ暗だっち。ニンゲンは光がないと見えないって聞いたっちから、火をつけるっち」
ビョンビョン、とピクル。むかって右斜め上にある棒らしきものをつかみ、ピクルの前に見せる。どうやら、壁とこすると火が発生する仕組みになっているとか。
「あー、マッチみたいなもんかな」
ジョリッ、とこすってみるが失敗。今度は勢いよくやってみるが、花火がでただけだった。
「つかないっちね」
「うーん、特定の場所じゃないとダメなのかも」
花火がでた場所を何度もこするが、意味がなかった。何かないか探してみると、反対側の壁に何やら光る壁を発見。観察すると、黒い筋があった。
もしかして。
筋を斬るようにしてみると大当たり。先端の布に火が宿り、たいまつができあがった。
「すごいっち、よくわかったっちねっ」
「あー、いや。何となくそうかな~って思っただけだから」
すごいっち、すごいっち、と動作と同じように弾む声に、少し照れる。早く帰りたいからこそできたことなんだろう。
視界がひらけたところで奥に進む俺たち。ゲームのような長い洞窟ではなく、すぐに行きどまりになってしまった。
「ここで終わりかぁ。何もないな」
「そうなんだっち」
「あれ、ピクルは暗くても見えるわけ」
「見えるっちよ」
ピクルは、いつの間にか俺とはなれ反対方向にたっていた。そこは、俺の目だとたいまつをそちらにむけてようやく白いシルエットがわかるぐらいだ。
いろいろとツッコミどころ満載だが、ここは異世界。そう思わなきゃやってられないだろう。
ため息をつくと、耳が何かをキャッチする。
小さな音を頼りに近づいていくと、ゴーグルを岩にぶつけてしまった。
顔をおさえながら、やわらかい素材と床が打ちつけあう音がやってくる。
「だ、大丈夫っちか」
「平気っす、いてて」
あやうくたいまつを落としそうになるも、どうにかこらえ、光をかざしてみる。視界にはいるままだが、音はこの奥からでているようだった。
壁に器官をあてて集めてみると、間違いない。
「ピクル、この奥は空洞になってるのか」
「なってるっちよ。どうしたんだっちか」
「奥からすすり泣く声が聞こえるんだ。誰かいるんじゃない」
「そうっちか」
少し疑われているようだが、ピクルはカバンから何かを探し、あったっち、と告げる。
顔のそばに浮かんでいるのは、赤い棒状のものが三本、ひもでまとめてあるもの。先に同じ数のチョロッとしたものがあるような、ないような。
「サクヤ、ここに火をつけて投げるっち」
「危ねえじゃねぇかよっ」
「大丈夫だっち。家が吹っ飛ぶほどの力はないっちよ」
火薬ぬいたっちから、とビョンビョンうれしそうに跳ねるスノーマン。どうやら細かく低く飛ぶのは、うれしさや楽しさなど、明るい感情のときらしい。
い、いや、それよりも、どうやって火薬とったんだよ。その火種はどこいったわけ。
ああ、異世界。異世界なんだよ、ここは。
話が進まないので、巨大な花火に火をつけるのと同様に扱うことにした。
ピクルにどこまで逃げればいいのかたってもらい、まっすぐ壁にむかって歩く俺。たいまつの火を物騒なコレにつけ、小さな花火を生んだ瞬間壁に投げつける。
超ダッシュでピクルの元にいき、振り返ってから数秒後ほど。
防寒具で覆われている耳をさらに手でかぶせた瞬間に工事現場よりも爆音が空気をゆらす。
ほこりが下に落ちたことを確認し、俺は恐る恐る歩いていく。
「どうしたんだっち。早く早くっちっ」
いやいや、何でお前しれっとしてんだよ。
かけ足ならず、かけ跳びで先に進んでいるピクル。かわいらしい外見とは裏腹にワイルドのようだ。
問題地点を通過し、さらに大きな洞窟内を歩いていく。あの壁は昔、スノーマンたちが遊んでいて崩れ落ちてしまったものを大人のスノーマンたちが氷づけにし、さらに年月がたって固まったものらしい。
「大人ってことは、もっとでかいスノーマンがいるってこと」
「そうだっちよ。ボクは子供と大人の境目みたいだっち」
「へえぇ。ピクルは今何歳」
ナンサイ、とクエスチョンマークが頭にうかんでいる様子のピクル。
「んーと、生まれてから何年たってるかってこと」
「う~ん、わからないっちよ」
「季節がどれだけめぐってるかもわからない」
覚えてないっちねぇ、とピクル。時間という感覚がないのか、それとも、年月がたちすぎていてわからないのか。どっちなんだろう。
そういう風に考えていると、泣き声が大きくなっていっているのに気づく。小さな子供のようだ。
ピクルの耳にも届いたらしく、首を回して周囲をうかがう。俺はピクルよりも前に歩き、先を見すえた。
「サクヤ、あっちが青白く光ってるっち」
ピクルのそばにいき、視線をおってみる。たしかに、お化け屋敷にでてくる類のモノがあった。
注意しながら近づいていくと、炎が動物の形になり、俺たちを威嚇する。
どこからか、
『デテイケ。人間、デテイケッ』
地の底からはいずるような低い声。頭の中に響いてくる。
「君、どうしてサクヤがニンゲンだってわかったっちか」
一歩引いてしまった俺とは別に、いつもどおりにしているピクル。怖いと思わなかったのだろうか。
しかし、いっていることは的を射ている。この世界には人間がいないはずだ。
『我々ハ、コノ世界ノ者デハナイ。ココハ人間ドモニ酷イ目ニ遭ワサレタ者タチノ楽園』
俺と同じように、連れてこられたのだろうか。それとも。
「ピクル、俺ここにいるからさ。中を見てきてくれないか」
「どうしてっちか。一緒に行こうっち」
「俺は入れないよ。ほら、あの犬は敵意むきだしだし」
口をヘの字にし青い炎の犬に跳ねていくピクル。
「ねえねえ、どうして人間を嫌ってるんだっち」
犬は黙っている。
「サクヤはいい子だっちよ。君たちのことをいじめたりしないっち」
いい子って。お前より年上なんだけど。
『雪ノ精霊ヨ。人間ガ我々ニシタ仕打チヲ見ルトイイ』
そういって犬は、フヨフヨと、身体をそのままの状態で横にずれる。ピクルは振りかえるが、俺は首を縦にふって合図を送った。
ゆっくりと跳ねていくスノーマン。しばらくすると、すすり泣きの声が聞こえなくなった。
あの犬が幽霊だとしたら、どうして成仏しないでこの世界に迷いこんだのだろうか。しかも、人間嫌いときている。
泣く、という行為は、うれしいときでもするが、どう考えてもそうじゃない。なら、おそらく、そうなのだ。
みんな、自分の身を守るのに必死なんだ。
何分ぐらいたったのだろう。
ピクルが駆けとびでこちらにやってくる。
「サクヤーッ」
「うわ、どうしたんだよ、その顔っ」
まん丸い形をした頭部が、ほおの部分だけ落ちてしまっているではないか。よく見ると、赤い目の近くから、雪がボロボロと床に散らばってしまっている。
「人間は英雄じゃなかったっちか。どうしてあんな酷いことするんだっちか」
「お、落ち着けって。何があったんだよ」
「傷ついてるんだっち、人形も動物も。かわいそうだっち」
またすすり泣く声が聞こえる。何となく状況がわかったところで、どうすればよいのだろうか。
『雪の精霊よ、わかったでしょう。コレが人間なのよ』
「そういわれても。何のことだかかわかんないんだけど」
犬の中から現れた猫、と思われるひと回り大きい動物がでてきた。前者は全体的に小型で後者は手足がすらりと長い。
『あなたはそうかもしれないわね。でも、他はどうなの。勝手な理由で傷つけたり捨てたりしているのは何なの』
犬に歩み寄りながら話す猫。犬は猫に甘えてすりよっている。
俺は何もいえなかった。自分の近所にはそんな人はいないが、ニュースやネットでは、とくにペットの暗い話題がでてきているからだ。
「ねえねえ。サクヤにもお話しさせてあげてほしいっち」
『いいわよ。あなたが一緒なら』
行こうっち、とピクルに促される。下をむいたまま、ついていった。
すすり声が大きくなっていき、全身に氷の針が突き刺さる感覚になる。
大きな円状の空洞には、形にそって様々な大きさと種類の、傷ついた犬と猫、そしてボロボロの姿をした人形やぬいぐるみがあった。
人形たちは顔や身体が欠けたり破れたりしており、服などもそうだった。
体の一部を焼かれたり毛を刈られたりした動物たちは俺をにらみつけ、人形たちは彼らの後ろに隠れる。
なんて、声をかければいいんだ。
握りこぶしをつくり、行き場のない感情を手から放出する。何の意味がないことはわかっていても、震えをとめられなかった。
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