スマホの復しゅうでも受けたのだろうか。機械に労働基準法はないと思うんだけど。
たしか家でアプリを立ちあげてゲームしていたのは間違いない。
ところがどっこい。何がどうなっているのか辺り一面、雪景色なのである。
今まで経験したことがない白銀の世界に、俺の神経が寒さのあまり悲鳴をあげる。うおお、北海道に住んでる人は大変だろうな。慣れなのかもしれないけど。
って、んなコトはどうでもよい。とにかく暖かい場所を見つけて布団にくるまらなければ。
見渡すも、澄んだ空と真っ白な雪、クリスマスを連想させる木の色しかない。眼鏡をかけているので、外さないと白色しかなくなるけど。
しかもスマホを落としたらしく、手元には何もない。ググろうにも先生に聞けないし、調べられない。
「この小さな鏡は君のっち」
小学生ぐらいの声だろうか。
だが、振り返っても、誰もいない。
「さっき歩いてたらふんじゃったっち。ごめんちね」
どうやら寒さのあまり幻覚が見えているようだ。
「大丈夫っちか。寒そうだっち、ボクっちと一緒にくるっちよ」
まんまるのデカ雪がふたつくっついているモノについて行った。
昔のヨーロッパのような街並みが見えてくると、前を歩いている、というより跳ねながら動いている謎の物体は迷いもなく街並みへと案内してくれる。
「ピクルだっちー、開けてっちーっ」
目の高さほどまで飛びながら中に入れてもらえるように頼むコイツ。
ドアノブが回ると、暖かい空気が流れてくる。俺は顔の筋肉がゆるんだのがわかったが、再び外気と同じ温度に戻った。
オラウータンが、でてきたのである。
「あらピクル、お客様なの」
「雪原で迷ってたみたいだっちから、連れてきたっち」
「あらあら、それは寒かったでしょう。早くお入りなさいな」
しゃべってる、しゃべってるよ。雪ダルマとオラウータンがっ。
「君は早く入ったほうがいいっちよ。見たところ寒いのに強くなさそうだっちから」
まあ、雪ダルマに比べたらそうだろうよ。
って、そういっているほど余裕はない。先程よりも大きくドアの隙間を広げて待っているオラウータンのところに行き、お邪魔させてもらった。
中は壮大な熱帯雨林だった、ってことではなく、人間が暮らせるような造りにになっていた。普段使われているような四つ足の椅子もあれば、三日月状で揺れるのに適したものもある。
壁はレンガでつまれており、昔ながらの暖炉がある。リビングのような部屋は、半袖でも生活できるぐらいの室温だ。子供の落書きらしき絵も、額縁に入れて飾られていた。
先程のオラウータンは肩掛けを持ってきてくれ、暖炉のそばに座っててちょうだい、と話すと、どこかに消えてしまった。ひとり残された俺は、珍しい暖炉の火を見ながら、パチッと響く木の音を聞いている。
体が楽に動くようになると、取っ手付きコップを渡された。手の形が明らかに人間のものではない。
「これ飲むと温まるわよ~」
「ど、どうも」
大丈夫なのか、これ。うまそうだけど。
恐る恐る飲んでいくと、口の中と体の芯はまともになっていく。とはいえ、このままでは意味不明の状態が続くことになる。
ひと息ついたところに、またしてもわけのわからない物体がでてくる。巨大雪ダルマとさっきの雪ダルマが四体、あわせて五体現れたのだ。
どんだけその着ぐるみが好きなんだよ、ここの人たちは。
「お客さん、温まったっちかの」
「は、はあ。おかげさまで」
それはよかったっち、としゃがれ声のじーさんのような音をだす巨大雪ダルマ。家にある冷蔵庫の板を全部外してもはいらないだろうほどの大きさだ。
ちなみに、ほかのはさっき案内してくれた雪ダルマと同じぐらいである。外と違ってマントというか、全身を覆う服というか、ちょっと厚めの布を全員がまとっているが。
小さい雪だるまの一体が、頭から足の先までカバーしている洋服を揺らしながら、
「鏡を渡しておくっち」
「あ、ああ、ありがとう」
雪だるまの前に浮かんでいるスマホを手にすると、普段の重さに戻る携帯。表面は曇っているが、電源はついたので、壊れてはないだろう。
だが、立つはずのモノが立っていない。レンガの中だからだろうか。
「食事を作ってもらっておるっち。その間に話でもしたいっちが、いいっちかの」
「はあ」
ゾロゾロと跳ねながら、自身から見て左側にあるテーブルを囲む雪の群衆。俺も動けるようになったので、そちらのイスに座らせてもらった。
「つかぬ事を聞くが、君は人間だっちね」
「そうですけど」
「ホ、ホンモノのニンゲンだっちかっ」
「サルやオラウータンの突然変異じゃなかったっち」
「ほれ、ワシの言った通りじゃっちよ」
「じいちゃんのボケ発言じゃなかったっちね」
「ケイシャ、初めてニンゲンと話しちゃったっち。感激だっち」
五体がひと言ずつ話していく。誰が誰だかわからないが、ある言葉にひっかかる。微妙に失礼に感じる発言はとりあえず無視だ。
「本物の人間って、どういうことですか」
「言葉通りだっちよ、って、うるさいわっちっ」
周りで走り、もとい、飛び跳ねながら騒ぎまくっている小さい雪ダルマを一喝する、でかい同類。どうも語尾に、ち、をつけるのは口ぐせらしい。
大人しくテーブルの周りに立つようになった彼らを見て、
「まったく、すまんだっちね。まだ子供っちから、許してほしいっち」
「そ、そうですか」
「さて、本題に入ろうっち」
タイミングよく先程の暖かい飲みものが到着。オラウータンに軽く会釈をし、ストレートティー風味の液を体の中に取りこむ。
しゃがれ声の雪ダルマじーさんいわく、この世界には俺のような人間が存在しないという。いるのは昔話や歴史、教科書や図鑑などにでてきそうな動物や妖精が住まう土地なのだとか。
ちなみに、前にいるのは雪ダルマではなく、スノーマン、と呼ばれているそうだ。
着ぐるみではなく、本物の雪でできている、らしい。
「この世界は四つの大陸からできておるっち、ん」
「じいちゃん、放心してるっち」
いや、受けいれろってのが無理がある。つまり、ここは異世界、ってことだろ。スマホの報復にしては度がすぎるんだってば。
「お主、聞いておるかっち。元の世界に戻れる方法はあるっちよ」
俺は目が覚めたように、大きい雪ダルマ、もといスノーマンをガン見する。
「まあ、お主が戸惑うのも仕方がないっち。わしがそっちにいったら同じ状況になるじゃろっちからのう」
それ以前に溶けますが。うちの近くだと。
あ、とりあえずどこかに連行されそうだな。うん。
「簡潔に伝えるっち。お主がいた世界に戻るには、この世界の問題を解決してくれればいいんじゃっち」
俺は、問題、と繰り返した。ことの詳細はこうだ。
この世界は四つの大陸からなっているらしく、それぞれ日本と同じように季節が巡りながら暮らしているという。
だが、ここしばらく、その季節が何らかの原因で巡らなくなってしまい、この大地ではは真冬の状態が続いているのだとか。
この世界に厄災が降りかかったとき生物の頂点にたつモノがやってきて解決してくれると伝説には語り継がれている、らしい。
「それが俺だって言うんですか」
「その通りじゃっち。現代には人間はいないが、はるかな昔はいたという風に聞いているっち」
頭もよく、どの生き物よりも道具をうまく使える生物だったっちかね、と続く。
「歩くのも早かったって聞いてるわよ」
「何で人間がいないんですか」
「それは秘密だっち。全て話したらつまらんっちよ」
面白い面白くないの問題なのか、それ。
冗談じゃないって。ただでさえ個人的な悩みがあるってのに、他人、もとい、他ダルマのことなんて面倒見きれないっつーの。
めでたくない赤いダルマが頭上から落ちてきた感覚になった俺は、テーブルにおでこをつけた体勢で頭を抱えた。
「あらあら、具合悪くなっちゃったのかしら」
「行儀が悪いっちよ。休むならベッドで休むっち」
「ふむ、ここは騒がしいから隣の部屋で話そうっち」
まったくっち、と巨大スノーマンはため息をだしたよう。とりあえず、促されるまま部屋を移動する俺たち。小さな雪ダルマは、人間を見た感激でまだ騒いでいた。
先ほどの部屋よりも静かになったここは、物事を整理するのにうってつけの環境だった。個人的な話になるが、静かな環境のほうが考えをまとめやすいのだ。
「あの、紙とペン貸していただけけませんか」
巨大雪ダルマとオラウータンが目をあわせる。どういう仕組みで前者の首は動いてんだろーか。
「あいにく、そういう道具は聞いたことがないっちのぉ」
この世界には、人間が使う道具は置いていない可能性があるのか。ああ、そういえば、人間がいないんだっけ。
何をするのか書かれ、文字を書きたい、と話す。テーブルに指で何かを書くようなしぐさをした。すると、
「砂ならあるわよ。砂と棒で絵をかくのなら」
「あ、それでいいです。どこにありますか」
「持ってくるわね~」
のんびり口調のオラウータンは、のったりのったり、部屋のかどへ歩いていく。
同じ速度でちょっと不安定ながらも、砂のはいった底の深い額縁と木の棒を持ってきてくれた。
受けとってテーブルの上に置くと、今の状況を砂に写してみる。自分の考えを文字や絵になどにするとまとまりやい、と何かの本で読んだからだ。
スマホのアプリを起動したら、白銀の異世界に移動。元に戻るには、この世界の問題を解決すればよし。
はあ、考えるまでもないな。元の世界に戻らない限り、個人的な悩みも何もないじゃないか。スマホ使えないだろうし。なんでこう面倒なことになっちまったのやら。
「これ、ありがとうございます。ところで、この世界の問題ってどういう風に解決するんですか」
置いといていいわよ、とオラウータンが言ってくれたので、とりあえずそのままにする。
「それがわからんのじゃっち。情報を集めて分析しとるんちが」
おいおい、待て待て待て。
「今わかっとるのは、異常現象が起こってることだっちの」
大陸ごとに症状が違うらしいが、スノーマンや動物たちでは手がだせないでいることばかりらしい。
理由は、この世界の住人は、お互いに足りないところを補って生きているから、とのこと。スノーマンとオラウータンを例にとると、スノーマンは頭を使うのは得意だが細かい作業は苦手だし、遠出も難しい。オラウータンは道具を使うことができるので、彼らのお世話をしているが、寒さに弱いので真冬の時期には外にでれないという。
ちなみにオラウータンの場合、思考をめぐらすのが苦手、という意味ではないが、分析するといった複雑なものは厳しいようだ。
つまり、人間のようにオールマイティにできる者がいない、ということだった。
「人間がどのようにこの世界にくるのかまでは、ワシも知らんっち。ただ、伝承があるっちよ」
そんなおとぎ話のようなことがあるのか、といいたいが、口にできないのは察してもらいたい。
そして、この状況を脱出するには、ひとつしかない。
重すぎる腰をあげ、詳しく話してもらえるように頼む。巨大雪ダルマの目が黄色い雪の結晶が飛び散ったかのように輝きだすと、まずは、と声をだす。
「この大陸の問題を解決してもらいたいっちな。他の大陸のことはその後のほうがいいっちだろう」
そういって、俺たちは先ほどの部屋に戻った。
オラウータン、巨大雪ダルマ、俺の順で移動すると、小さい雪ダルマたちが跳ねながら近づいてくる。俺が手伝うことになったことを伝えると、四体がその場で円を作り、やったっちーっ、といいながら回り始める。大きいほうが咳払いをすると、とたんに音がやみ、横一列に並ぶ。
「お主たち、事はわかっておるっちな。ここにいる、ええっと」
「木村咲哉です」
「キム、ん」
長い名前だっちね、といわれた。
「あ、えっーと。サクヤです。キムラは苗字です」
「ミョージっちか。よくわからんっちが、名前はサクヤかのっち」
あな悲しや、通じてない。そういえば、ピクルっていう名前は西洋っぽいもんな。いや、向こうにも苗字はあるから、この世界では名前しかないのかも。
それはともかく、オレは、そうです、とだけ返事をした。
「サクヤが解決してくれることになったっちから、おぬしたちはサポートするっち」
はいっちーっ、と四体そろってジャンプをする雪ダルマたち。息がピッタリだ。
「ピクル、お主はサクヤのそばでサポートするっち。他はそれぞれの大陸で詳しく調査するっちよ」
「ええーっ、オレっちが一緒に行きたいっち」
水色の瞳をした雪ダルマが抗議する。よく見ると、瞳の色がそれぞれ違っていた。
「何を言っておるかっち。お主がついていったらよけいにややこしくなるっちから駄目だっち」
二つの雪の塊をタイミングをずらしながら上に動かす水色の雪ダルマ。背後に何か見えたような気がしたが、気のせいだろう。
「ヨークがいったらサクヤが困るっちよ」
「そんなことないっちよ。一緒に楽しみながら解決できるっち。ね、サクヤ」
知りません知りません。とりあえず笑っておこう。
「まあまあ、キララにヨーク。落ち着くっちよ。今は季節をまわすことが先決だっちって」
紫色の瞳をした雪ダルマが、ヨークという同じ存在を抑え、さらに仲裁役として赤色の瞳と胴体の部分に同色の羽根をを持ったピクルがはいったようだ。
ん。何だ、あの妖精のような羽根は。
「ええい、うるさいわっち。ヨーク、おぬしは狐の大陸に行くんじゃっちっ」
おしおきするっちよっ、と巨大雪ダルマは青筋がたってしまったらしい。ヨークはしぶしぶ引きさがり、何も発言しなかった雪ダルマが、俺に近づいてきた。
「ごめんちね、サクヤ。ヨークはいたずらっ子で遊ぶのが大好きなんだっち」
本当はケイシャやキララも一緒に行きたいっちけど、一番落ち着いてるピクルが適任だと、ボクっちは思うっち、と緑色の瞳をした雪ダルマ。シルエットは同じだが、目や羽根らしき色と中身は固体ごとにまるっきり違っていた。
「まったくっち。サクヤ、すまんちね。とりあえず、この子たちはきちんとサポートするっち。よろしく頼むっちね」
こうして、訳のわからん冒険が始まった。
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