雪祥(ゆきひろ)が思いついた作戦は、上手くいけば相手の防御網、つまり、あのツタをなくすことができるかもしれない内容だった。
もちろん、一種の賭けでもある。
「ってことだから、そっちは頼んだよ」
「任せろ。お前も気をつけろよ」
「うぃっすッ」
二人は校舎に向かって全力ダッシュ、つまり妖怪子供のほうに戻ってきているのである。
走りながらも涼太は、作戦を成功させる可能性を上げるための仕込みを行う。雪祥(ゆきひろ)にスピードを上げる術をかけ、自身は一度立ち止まる。
手にしたハルバートで蜂たちをひるませると、そのまま相方とは違う方向に走り出す。
一方、姉がいる少年は、蜂の前にいた。
「へへーんだ。捕まえられるものなら捕まえてみなっ」
幼稚園児がするように舌を出して相手を挑発する雪祥(ゆきひろ)。主の子供も彼に的を絞りこちらに連れて来るように命令する。
理由は、姉の楓を引っ張り出すため。この子供も、彼女の不思議な力について知っているのである。
三十秒ほど逃げ回っていると、伽糸粋(カシス)が現れ、蜂たちを闇の彼方へ還す。
「涼太君は」
「大丈夫。ちょいと頼みゴトをしたんだ」
「頼みごとって、もうしつこいわねっ」
薙刀に炎を宿し目の前で扇風機のように回す妖怪長女。突っ込んできた昆虫集団は、焦げ臭さを撒き散らしながら次々へと消えていく。
ひと波が終わると、
「あいつに攻撃しようとすると、ツタが生えてきちゃって」
「そうだったわね。よく考えたものだわ」
さすがというべきかしら、と伽糸粋(カシス)は思った。こちらの利点欠点を理解して攻めてきているからだ。
兄たちに比べると腕力も術も弱い彼女は、力だけでは決して生き残ることができなかった。それ故、他の能力を身につけたのである。
今日では、得意分野においては長男をも凌いでおり、同時に助けにもなっている。
「蜂たちはあたしに任せて。あなたたちには近づけさせないわ」
「うん。ありがと、カシスちゃん。今度何かおごってあげるっ」
「あら。じゃあ雪国だいふくをお願いしようかしら」
「いいよーんっ」
笑顔で走り出したやんちゃ坊主は、子供のところへ突っ込んでいく。再び現れた春の風物詩たちは、おねだりした少女の術に飲まれていく。
疲れることを知らないらしい子供は、右手を上げて再度下僕を召喚。しかし、主の命令は実行されることなく、空間ごと焼き切られてしまった。
その間、雪祥(ゆきひろ)は低姿勢で近づき斬りつけようとする。
しかし、ツタが再度邪魔をし、幼子を保護してしまった。とはいえ、人間の少年も馬鹿ではない。
生えてくる直前に左側によけた彼は、回りこみ、背後から攻撃を仕掛ける。すると、そこまで考えていなかったのだろうか、子供は懐を許してしまった。
「もらったっ」
だが、もう少しで首元に届きそうなところに突然の炎が視界を奪う。次に目を開けると、目の前でツタが地面に潜っているところだった。
何が起こったのかわからず、雪祥(ゆきひろ)は悔しそうな顔をしている子供を見るばかり。立ち上がろうとしたとき、相手の右腕から体のラインにそって、刃物のようなものが見えた。先がとがっており、まるで巨大な針のようである。
「あいつ、体に隠しもってたのか」
「ほかにも仕込んでるわ。むやみに行くのは危険よ」
どのタイミングで出すまでかはわからないけど、と伽糸粋(カシス)。このままではこちら側の攻撃が防がれてしまうだろう。
「それにしてもさ。あの子タフすぎない」
「ええ。何かが力を与えてるまではわかるんだけど」
「正体まではってこと」
うなづく伽糸粋(カシス)。
「そう遠くないはずよ。近くに協力者がいる」
見えざる敵も、故意に隠れているのか、それとも隠されているのかも見当がつかない。とはいうものの、ここにヒントが隠されているのは、二人とも感づいていた。
睨み合う中、伽糸粋(カシス)は、妖怪の子供はクラスでは中ぐらいの強さだと伝える。だが、今はより強い者によって力を与えられており、強化されているという。
「やっぱ、ツタを燃やさせないようにハチが君の動きをふうじてるってこと」
「ええ。逆にあたしが本体を叩こうとしても、雪祥(ゆきひろ)君たちが蜂に襲われる」
「小ずるいなあ。正々堂々と勝負すればいいのに」
「ケンカとは違うから」
まあね、と頭をかく雪祥(ゆきひろ)。彼が視線で合図を送っていると、シビれを切らした子供は、性懲りもなく蜂を呼び出し襲わせた。
対し同じように炎で対抗した一行だが、雪祥(ゆきひろ)に関してはお門違いの方向へと走っていく。
不思議に思った子供は、少年を視線で追うと、その先には何枚もの窓ガラスが並べられていた。
余所見をした子供に追い打ちをかけるため、伽糸粋(カシス)は薙刀で攻撃。慌ててその場から逃げた子供は、蜂を呼び出し、より弱い獲物の元へ急いで移動する。
やってきた相手を見計らった雪祥(ゆきひろ)は、脇差を手に迎え撃つ。敵を十分にひきつけ、少年は物の怪に飛び掛る。
だが、彼の攻撃は三度防がれてしまう。壁と化したツタにぶつかると、何故か急いでその場を後にした。
そして隆起により校庭に設置された何枚ものガラス窓が形成する光の筋が、とある一点に集中する。すると、黒い煙が発生し、地面がより盛り上がったではないか。
ツタの間に入り込んだ岩が邪魔をして元に戻れずにいると、煙はあっという間に仲間を呼んだ。急速に広がっていく火は、障害物を消失させたのである。
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