有田との戦いのあと、のどが渇いたため一階にある自動販売機前まで移動した私たち。炭酸飲料を口にし、ちょっとすっきりすると、思わずふーっと息を吐き出した。
「それにしても、マジで今まで気がつかなかったのかよ」
呆れながら聞いてくるカヌス君。オレだって気づいてたぜ、と言って缶ジュースの中身を飲む。
うるさいうるさい、悪かったわねっ。
彼の足元で体育座りしてしまっている私は、顔を上げることができなかった。理由は察してもらえるとありがたい。
「まあいいんじゃねえの。本人はわかってねえみたいだからよ」
「本人は、って。他に誰がっ」
「少なくとも伽糸粋(カシス)とユキは知ってんじゃねえか」
「ウソでしょ、何でっ」
「何でって、お前なあ」
見てりゃわかるっつーの、と次男坊。ここ一番の疑い顔と言っても過言ではないだろう表情は、彼の心情をありありと示しているようだった。
壁に寄りかかっていたカヌス君は、そっか、と小声で言うと、もう一本ジュースを買う。ガコンとなる自販機は、現実のとまったく同じだった。
「お前、そうやって自分の感情にフタしてるから、力が発揮できねえんだよ」
「え。どういうこと」
カシュ、と、缶が産声を上げる。
「加阿羅(カーラ)が言ってたんだ。お前の場合、自分自身を拒絶してる可能性があるってよ」
今わかった気がする、と続ける。つまり、私が私の感情に気づかないでいることや現状から逃げていること、それによる思考停止状態が原因で今まで力が発揮できなかった、と。
「道具と同じだ。使いかたがわかんなきゃあ、持ち腐れだろ」
「あー、えっと。うん。例えはわかる」
思考停止状態の意味がわからないけど。考えているんだけどなあ。甘いってことなのかな。
一気に飲んだらしいカヌス君は、入れ物を握り上に放る。しかし、重力に逆らい、顔の位置で停止してしまった。
その後、何を思ったのか、リサイクル品をゴミ箱の中に入れる。まるで操られた人形のように、素直に箱の中へと入っていった。
「平和な日常が欲しいんだろ。だったら手に入れるにはどうすればいいのか、どう動けばいいのか考えりゃいい」
お前にしか出来ないんだぜ、それ、と口にする彼。
口を開けてエサを待ってるだけじゃダメ、ってことよね。きっと。
「ところでよ。平和な日常って何なんだ」
「へっ」
「オレからすればよ。今の日本は平和じゃねえか」
認識がズレてるだけだろーけどよ、と話す。言われてみれば、裏で常に戦っている人からすれば、そうなのかもしれない。
「普通の生活、かな。戦いとかがない日々」
「だから、普通って何だよ。怨鬼(おんき)共との戦いがないってことはわかっけどよ」
え。な、何だろう。フツウって、どういう状態なのかな。
はあ、とため息が頭上から聞こえる。さらに、参考になるかわからねえけど、と言うと、
「オレはジジとおっちゃんに勝つのが目的だ。その後はのんびり暮らすつもりでよ」
「おっちゃんって誰」
「まだ会ってねえ要(かなめ)の一人だ。そいつらは異常に強えからよ」
だからまず、そいつらの下にいる加阿羅(カーラ)をぶちのめすことが先だな、と物騒な話を持ち出す。ただ、あくまでケンカ類の挑戦であり、命を狙っているわけではないらしい。純粋に強くなりたい想いが強いだけだとか。
何ておっかない兄弟ゲンカなんだ。私、人間でよかったわ。
「その為には修行が必要で、日々欠かさずにやってる」
「へ、へえ」
「何だその意外そーな反応は」
「だって、いつも授業サボってるじゃない」
「必要ねえことはやらない主義なんだ。時間の無駄だろ」
そ、そういうことなの、ね。
「同じように加阿羅(カーラ)は加阿羅(カーラ)で、伽糸粋(カシス)は伽糸粋(カシス)で持ってるんだぜ、目的」
長年生きているから確固とした意志を持っているのかと思ったけど、そうじゃないのね。
彼は言う。時間の長さは関係ない、要は自分をいかに知るかだ、だと。永久ともいえる存在である妖怪クラスですら、暇をもてあまして何もしない者もいるらしく、その辺りは人間と同じである、とも。
頭をかいたカヌス君は、歩き出すと、
「座ってても何もならないぜ。とっとと連中引き出さねえと」
「敵方の要(かなめ)のことよね。それにしても大胆なことをするわ」
「状況は刻一刻と変わってんだよ。ジジですら見通せないところにいやがるから」
とにかく面倒なことになってるのは間違いなさそうね。
彼らと私の関係性がイマイチ見えてこないけど、よろしくないことが起こるのはほぼ確定なのだろう。
私なりに考えていると、前からクシャ、という紙を出す音を耳にする。
「あれ、何見てるのよ」
「うわっ。なな、何でもねえよっ」
どうして慌ててしまう。まさか、思春期男子が欲しがる、独特のモノじゃないでしょうね。
「まさかエロ写真とかじゃ」
「違えっつうの。女にもなれるのに何でそんなモン持つ必要があんだ」
そーゆーモンですか。
「とにかく校内回るぜ。他の連中もひと通りぶつかったみてえだしな」
敵が本格的に姿を現し始めてるってことね。気を引き締めなきゃ。
「まずは自分のために戦えよ。そうしたら何か浮かぶかもしれないぜ」
「うん、やってみる。ありがとう」
聞いてもらえてスッキリした私は、私で力になれることがあったら言ってね、と伝える。
まあ、必要ないだろうけど、ね。
私たちは休憩をはさみ、再び戦火へと身を投じたのだった。
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