東京異界録 第2章 第21録

 「な、何っ」
 視角が光に包まれた瞬間、私の体は軽くなり、前から来た大きな光弾が放った主へと返っていく。
 自らのジュツでダメージを負ったクサナギは、壁に激突し咳き込んでしまっている。
 「い、今のは完全な反流(はんる)。こんな高度な術を放てるなんて」
 な、何を言ってんの。ハンルなんて言葉、聞いたこともないし。
 中身はともかく、高度な技術が必要とするなら、使えるのはあの人たちしかいない。それにしても、いつとなえたのかしら。
 「やはり一筋縄ではいきませんか。彼らがあなたを守る限り」
 このままでは、と、クサナギ。そうか、だから一気に畳みかけに来なかったのね。
 つまり、私には妖怪兄妹たちの守護がある。理由はともかく、彼はそれを知っているから、本気を出さなかったのだろう。とはいえ、もちろん矛盾もある。
 守られるワケとちぐはぐなのは気になるが、今はそれどころではない。
 「クサナギ、私を信じられなくても、カヌス君はできるでしょ」
 「どういう意味です」
 「まんまだよ。私を殺すことが難しいなら、あの子の身が危ないんじゃない」
 視線を横にそらす彼。やっぱり。
 「私だって死にたくない。でも、助けてあげたいとは思ってる」
 「偽善、で物を言っているようではないみたいですね」
 安心しました、と彼。よかった、ようやく話してくれる気になったみたい。
 しかし、次に待っていたのは、腹部への衝撃だった。
 「術が駄目なら接近戦に持ち込めばいい」
 至近距離なら反応しようがありませんからね、と、続く。
 どうなったのかわからない。ただ、意識が真っ暗になった。
 目が覚めると、闇の中にいた。首を回してみるも、何も見えない。
 手を伸ばして辺りを探ろうとすると、指を固い何かに突き刺したよう。うう、けっこう痛い。
 「誰、そこにいるのは」
 女の子の声がする。もしかして、十二月(じゅうにげつ)の子なのかな。
 「また誰か来たの」
 「最近多いわね。いなくなる人も多いけど」
 あれ、複数の女性の声だ。しかも、音を耳にする限り、私と同じぐらいかそれ以下だろう。
 それにしても、どうして明かりのない部屋に複数の人を閉じ込めているのかしら。
 「あの、電気つけないんですか」
 「つけられねえんだよ。ったく、もっとマトモなところに連れて来いってんだ」
 うわ、口の悪い人がいる。ヤンキーですか。人のこと言えないかもだけど。
 あれ、ちょっと待って。この感じって、ま、まさか。
 どうしよう。確かめたいけど、どこにいるのかわからないし、他の人もいるし。
 そんな中、ガチャ、という音がどこかでする。ドアノブをひねったらしく、部屋の中に長方形に伸びた、照明からもれた黄色が差し込んできた。
 「ようこそ、お嬢さん方。お会いできて嬉しいですよ」
 逆光になっているため顔は見えない。だが、シルエットから男だということと、トーンでクサナギでないことはわかる。
 ってか、超ワザとらしく感じるんだけど。
 「さあ、主人がお待ちです。今回は全員で向かいましょう」
 ざわつく周囲。セリフからうかがうに、今までは少人数だったのかもしれない。
 それにしても、あの女の子。どうして年頃の同性を集めているのかしら。友達作りだったりして。
 それはないか。それなら命を狙う必要はないもの。
 しかし、まったなあ。戦って逃げるにしても、一般人を巻き込むわけにいかないし。
 今ここで暴れても無意味なので、大人しくついていくことに。そして、目が役目を果たし出すと、案の定、妖怪兄妹の次男坊がいた。いや今は、長女、って言えばいいのかしらね。カシスちゃんが次女で。
 そう、女性に化けているのである。女装ではないのであしからず。
 「見惚れてる場合かよ。早く行くぜ」
 誰かこいつを殴ってくんないかしら。
 心強さと呆れが入り混じり、思わずため息がもれた。
 迎えに来た執事のおじさんが、私たちを含めて四人の女性をどこかに連れて行く。くの一の文字を書く性別しかいないってことは、エロオヤジのところに連れて行かれるのかしらね、ったく。
 だが予想は違い、広い会議室のような場所にやってくる。長い机が並べられている先には、初老のじいさんが座っていた。
 「主人、お連れしました」
 「宜しい。下がれ」
 はっ、と、静かにドアを閉める執事。異様に重苦しい空気になると、じいさんはおもむろに立ち上がる。
 「よく来てくれた。さあ一人ずつ、よく顔を見せておくれ」
 そう口にしながら近づいてくる、見た目は紳士のじいさんだけど。
 いかに人生を長く歩いてきたからといって、こんなに息苦しい雰囲気をかもし出せるなんて。
 「そこのお嬢さん、名を何と申す」
 げ、いきなり指名ですか。
 「む、村井です」
 「ほう、そうか。そちらは」
 「川上、です」
 「そちらは」
 「春夏冬(あきなし)」
 ふてぶてしく、腰に手を置きながら答えるカヌス君。思い切りガン飛ばすのやめたほうがいいんじゃないかな。
 「で、最後の方は」
 「あ、あかざ、み、です」
 「あかざ、み? あかざみ、か」
 どのように書くのかな、とじいさん。確かに珍しい苗字だから、わからないわよね。
 目の前に紙とペンを置かれ書くように言われると、お望みどおりに記入する。
 とたん、私の体は動かなくなった。

 

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