やってきた先は、駅から徒歩15分ぐらいのところにある焼肉屋。ちょうど私の家からは正反対にあるこの場所は、大食いなら知らない人間はいないと言われるほどの人気店だった。
当然、食べ盛りの弟、雪祥(ゆきひろ)も知っている。
どうしてこの店に来たかというと、今までのお詫びにと、赤土(あかつち)がおごってくれることになったからだ。
「正直迷ったんだがな。良かったよ」
「何で迷うのさ」
「お前はともかく、姉のほうが嫌がるかもと思って」
「ねーちゃん、焼肉嫌いだったっけ」
「ううん、好きだけど」
たぶん、雰囲気的に迷ったのかもね。一応女ですので。
「あんたも朝昼食べてないんだったらガッツリいきたいでしょ。いいんじゃない、ここおいしいから」
オレよく来るんだよね、とユキ。ま、まあ確かに学ランじゃあマズいかもしれないわね。
ちなみに、赤土、じゃない、須藤君は朝食べられなかった挙句、お弁当を忘れてきたらしい。そりゃお腹もすくわ。
そうそう、彼は須藤涼太という名前なの。店に入ってから、さすがに自己紹介ぐらいはしたから。
ここには、須藤君が私たちに話があるからという理由できたが、とりあえず腹ごしらえした後にゆっくり話すことになった。
ここは個室式なので、周りには誰もいないから安心できるしね。
大柄で無愛想な見た目とは裏腹に、けっこう話す彼は、ユキの話によくついていっている。やっぱり進学校だけあって、頭いいのね。きっと。
「その姿、てっきり借りてるのかと思ったよ」
「何でわざわざそんなことをする必要がある」
「バレないために、とか」
「面倒だろうが」
「まあね~ん」
そんなこんなの会話の中、ひと通りの食事が終わるとお楽しみに。この店はお肉だけじゃなく、デザートも食べ放題という太っ腹なところらしい。
全員のお腹が落ち着いたところで、本題に移る。お詫びにおごる、というだけじゃないのは、学校の前で話したとおり。
「藜御(あかざみ)には言ったが、俺も能力者の1人だ。今まで喧嘩を売ってたのは、お前が強い霊力を持ってたからだ」
「だったら関係者だって言えばよかったじゃない。何でこんな長い間売り続けたのよ」
「雪祥がいたからな」
「え、オレ」
ああ、と須藤君。ふたり一緒だと紛らわしいので、弟は下の名前で、私は苗字に呼ぶことになったのだけど。
それはともかく、彼はユキにレイリョクが感じられなかったため、本当にこちら側の関係者なのかをわかりかねていたらしい。というのも、いわく、レイリョクがあっても普通の生活をしてる人もいるからだ、と話す。
「霊力があるからといって、全員が異界関係者なわけじゃない。が、何故かお前たちのことは式で調べられなかったんだ」
「ふうん、だからオレたちの周りを探ってたってワケか。怨鬼たちが活動するのは夜だから」
「そういうことだ。藜御の霊力を狙って、いずれは奴らが来ると思ったからな」
随分時間がかかったが、と須藤君。あれ、ちょっとおかしいな。
「そういえば、須藤君といたときは怨鬼に襲われなかったわね」
「そーいやあそーだね。偶然なんじゃなくって」
「必然だろう。あの時の2人組が仕組んだんじゃないのか」
2人組、といわれ、私たちは顔を合わせる。一瞬、誰のことだかわからなかったが、すぐに妖怪兄妹の顔が浮かんだ。
もちろん、口外してよい内容じゃない。どうごまかすか。
「首を絞めてしまって悪かったと思う。わざと操られなければお前たちの実力がわからなかったし」
「ちょっと待って、あんた意識あったわけ」
「だから早く退院できたんだろ。竜間はまだ入院中だしな」
信じられない。とり憑かれた人間は、その期間のことを覚えていないし、数ヶ月ぐらいは動けなくなるって聞いていたのに。
そうだわ、今更気がついたけど。能力者だからってそう簡単には回復しないのよね。なのに、須藤君はピンピンしている。
「で? 能力者だから話があるってのはそのことなの」
みけんにシワを寄せながら聞くユキ。それもあるが、と彼は口にすると、どういうわけか黙り込んでしまった。
「あの2人組のことは気になるが、どうせ関わることになるだろうから後にする、として」
「として?」
弟の返しに対し、テーブルに両肘を乗せあごを手につける彼。彼は苦味のある表情をすると、
「本音を言うと、すごく言いづらいことなんだが。命に関わることなんだ」
「ど、どういうことよ」
須藤君は眉の間にある谷間をさらに深くすると、頭を抱えてしまう。そして、ネクタイをはずし、シャツのボタンをはずし始めた。
「ちょ、ちょっと、なにし」
第3ボタンまではずした彼の心臓付近の肌に、見たこともない黒い模様がある。とてもまがまがしく、目にするだけで、とても怖い。
「見えるか、藜御」
「な、なに、それ」
「なになに、何かあんの」
「お前には霊力がないから見えないかもしれないな」
彼は模様のふちを指でなぞり、ここに呪いの黒い文様がある、と言った。
「これがお前たちに付きまとってた理由だ。この呪いを解く手がかりがほしくて、な」
目を見開き、思わず相手の顔を凝視してしまう。どうしよう、口が震えて動かない。
「ね、ねえ。それってどういう効果があるの」
弟のノリが、ナリを潜める。
「生命力をとられる呪いだ。最終的には死ぬことになる」
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