東京異界録 第2章 第5録

 男子のバスケチームが決まってから数日。女子のほうもほとんど決まりかけ、ちょっとした練習をすることになった。
 といっても、軽くルールを教えてもらったり、自主的に練習する人が集まるぐらいだから、大したことはない。
 人数も数人ぐらいしか集まらないしね。
 そして、今日も放課後の校庭で練習することになっている。まあ、その前に掃除しなきゃいけないんだけど。
 「お前らも練習やるんだってな」
 「もってことは、瞬(しゅん)君もやるんだ」
 「オレは参加しねえよ。見てるだけだ」
 ほうきの柄部分にあごをのせながら大きなため息をつく彼。おそらく、翔(しょう)君につき合わされているのだろう。
 「でも、正直意外。翔君があんなにやる気を出すなんて」
 「やる気はないと思うぜ。ただ、あいつはちょっと完璧主義なトコはあるな」
 「そうなんだ」
 そ、と弟君。彼曰く、翔君は携わったものに関して、ある一定以上を極めないと気がすまないらしい。
 「昔からそうなんだ。楽器でも家造りでも、学問に関してもな」
 「へえ~。それで何でもできるんだね」
 「付き合うこっちは大変なんだぞ」
 お、お疲れ様です。
 「嫌なら付き合わなきゃいいじゃない」
 「んー、イヤって意味でもねえ」
 そういうと、彼は何故か笑う。照れ笑いなんて初めて見るが、どうしたんだろう。
 実は翔君、瞬君のお兄ちゃんであると同時に、師匠でもあるそう。目の前にいるセミロングの男の子は、戦術やジュツの使いかた、レイリョクの読みかたなど、妖怪として生き残るための術をその人から学んだという。そして、それは妹も同様なのだとか。
 つまり肉親として好いてもおり、尊敬しているのだ。敬愛、という言葉がぴったりな感じである。
 おそらく、小さな子供のように、好きな人と一緒にいるのが楽しいのだろう。
 そういえば、燈ちゃんが、瞬君は少し子供っぽいところがあると言ってたわね。今はよい意味だけど。
 「あいつは天才肌だからな。何でも吸収しちまうんだよ」
 「ふうん、すごいんだね」
 おうっ、と自慢の兄弟をほめられ、上機嫌の彼。素直に感情が出るわね、まるでウチの弟と同じだわ。
 それに、瞬君からは嫉妬やうらみが見られない。歳の近い肉親に邪心が生まれないところがすごいと思う。
 「ちゃっちゃと終わらせようぜ。翔の奴におごらせてやらねえと」
 そーいやあ、瞬君は押し付けられたんだっけね。脅されて。はあ。
 理由はともかく、私も練習に参加したいので、手早く動くことにした。
 最終下校時刻になると、さすがに練習を切り上げて帰宅準備をする私たち。私は2人よりも着替えるのが遅いため、お先に失礼したのだが。
 翔君、まだシュートの練習やっているみたい。私には音しか聞こえないけど、彼は妖怪だから暗くても見えるのかしらね。
 1人で帰らないように言われているため、校門前で待つことにした私は、数が少ない生徒の中を歩いていた。
 「藜御(あかざみ)」
 呼ばれたのでキョロキョロしたが、知っている人はいなかった。再び歩き出そうとすると、もう一度苗字を耳にする。
 よく見ると、他校の制服を着た男子生徒が、通り過ぎようとした校門前に立っていた。都内では有名な進学校の格好で、背が高いためかとても目立っている。
 っていうか、某有名大学に一番進学している学校に知り合いなんていないんだけど。
 だが、鋭い視線は、確実に私を捉えていて。
 「ど、どちらサマですか」
 ガク、と頭と肩を落とす相手。ため息をつきながら姿勢を戻すと、顔の半分を隠している前髪を左でかき上げる。その顔には、ものすごく見覚えがあった。
 ななな、何であんたがここにいるのよっ。
 「この学校に藜御っていう苗字はお前だけだろう」
 「だと思うけど。それより、何の用」
 「ここじゃ話しづらい。ちょっと付き合ってくれ」
 「ちょ、どこに行くのよ」
 いきなり腕をつかみ移動し始めてしまう男。
 「能力者」
 「え」
 「お前も関係者だろ」
 学校を出た後に聞く言葉。私は体を使って腕を振りほどく。
 「あんた、何者よ」
 「俺はここで話してもいいんだぞ。別に隠す気はないからな」
 至近距離にいるため、会話は他に聞かれていないだろうが、注目されるのはいただけない。
 「わ、わかったわよ」
 しぶしぶ了承すると、ついてくるように言われたので、従った。
 最寄り駅までやってくると、男が途中で話していたとおり、私服に着替えたユキが待っていた。彼は私の顔を見るなり驚き、
 「ねーちゃん、本当に赤土(あかつち)と約束してたんだ」
 「してないわよ。こいつが学校に押しかけてきたのよ」
 「なっ」
 「そうでも言わないとお前は来ないだろう」
 ユキに向かって言い放つと、頭1つ半近くの身長差間で火花を散らす。イラつきながら大きく息を吐いた弟は、何の用なワケ、と口にした。
 相手は変わらずの無愛想で、正体がばれてもいいならここで話すが、と返す。
 いったい何なのよ、こいつは。
 「私たちをどこに連れてく気よ」
 「変なところじゃない。いいからついてこい」
 そういって、体を別の方角へと向ける赤土。私たちは顔を合わせるが、あいつの性格を考えると、きっと話すまで同じことが続くだろうと判断。
 何かあったら逃げればいーよ、というユキに賛同し、私たちは赤土についていった。

 

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