楓が式を使い調べている頃、加阿羅(カーラ)は人気のない屋上へと来ていた。彼は壁に背を預け、眠っているようにも見えるが、顔には影が落ちている。
『加阿羅、何してるの』
『ん、伽糸粋(カシス)か。別に何もしていないよ』
突然妹に、声無き声で話しかけられた長兄。表情はまったく変わらず、普段楓たちと話しているのと同じやり取りをした。彼らは三つ子のような存在なので、意識をつなげやすいのだ。
『しばらく気が乱れてるけど、何か迷いごとでもあるのかしら』
『相変わらず鋭いね。もしかして加濡洲(カヌス)にもバレてる』
『バレバレよ。あんた、態度に出るんだもの』
『おかしいな。楓ちゃんたちには感づかれていないんだけど』
『年季が違うし、あの子達は何も知らないじゃない』
『そうか、そうだな』
春の、優しい風が、緑色の髪をなでる。しかし、気にもとめず身に着けている制服のネクタイを、そっと手に取った。
『この時代に生まれていたら、死なずに済んだだろうに』
『加阿羅(カーラ)、あれはあんたのせいじゃないわ』
『わかっている、誰のせいでもないってことは。ただ、拠り代だっただけで』
人間にとっては遠すぎる彼方の時間で起こった出来事。長く存在していれば、それだけ様々なことを経験する。
それ故に知識や体験なども豊富になるが、悪い意味でも作用してしまうのが、自然の理なのだろう。
今の加阿羅は、まさにその状態になっているのである。
『おかしなものだな。もう、随分と経過しているってのに』
『どうかしらね。あんたは滅多に心を開かないんだもの、忘れるほうが酷だと思うわよ』
『そのままでいい、ってことか』
『無理をしなくていいってことよ。あたしもそう思うし、ジジたちも言ってたじゃない』
『オレもそう思うぜ。お前はあいつと関わってから変わったからな』
『あら加濡洲(カヌス)、今どこにいるのよ』
『楓に捕まって数学の宿題やらされてんだよ。この野郎、うまく逃げやがって』
『そんなつもりはなかったんだけどね。しかし間抜けだなあ』
『ほっとけっ』
伽糸粋(カシス)の笑い声が、思考だけでつながっている兄妹間の雰囲気を明るくする。柔らかい空気が気に入ったのか、すずめが数匹、加阿羅(カーラ)の元にやってくる。
小さな命は、まるで親を慰めるかのように顔へと擦り寄ってきた。
『そうだ伽糸粋(カシス)、十二月の動きはどう』
『睦月、如月、弥生はすでに動いてるわね。あと神無月がこっちの校内にいそうなのよ』
『そっちにいんのかよ。面倒だな』
『ええ。でも、霊力が弱くて特定できないのよ』
『お前でも掴めないのか。それはそれは』
『加阿羅(カーラ)、なに他人事みたいに言ってんだ』
『まだ覚醒しきっていないんじゃないのか。それならしばらく放っておくのも手だろう』
『なるほどな。それにしても、水無月の奴はどこほっつき歩いてんだかな。10年ぐらい前から連絡がつかねえけど』
『奴のことだから消えてはないだろう。反応も無いなら、隠れているんだろ』
『どういう意味よ』
『心当たりがあるってことさ。まあ、時期が来たら、おれが締め上げるって』
『てことは、居場所がわかってるのね。教えてくれればあたしが行くわよ』
『いや、今はいい。それよりも楓ちゃんだ』
彼女と出会ってから7年が経過し、戦いかたや霊力の使いかたなどを教えても、一向に戦う力が上がらない。出来が悪い、という意味ではなく、根本的に何かが霊力を操れなくさせているのは間違いない、と加阿羅は説明する。
弟と妹は心の目を合わせる。兄の言っていることが理解できなかったのだ。
しばらく間があくと、長兄は、口で説明するよりも体感したほうが早いと伝えた。
『うーん、よくわからねえなあ』
『そうねえ』
『仕方がないさ。おれは良くも悪くもお前たちとも違うし』
『そういうモンかよ。まあいいや』
おっちゃんたちもしょうがないって言ってたしな、と加濡洲(カヌス)。
久遠なる時間を存在してきた妖怪たち。その成長速度は限りなく遅く、彼らにとって四千年とはそこまで長くはない。学校以外で楓といるときによく13、4歳の姿をしているのは、一番無理のない姿だからだ。とはいえ、見た目が精神年齢と同等ということでもない。
『おれたちは急ぐ必要はないけれど。人間の寿命を考えたら急いだほうがいいね』
『そうは言っても、どうするの』
『これは楓ちゃん自身に気づいてもらうしかない。どうするかね』
『答えになってねえよ』
『答えだって。あの子は恐れているんだよ』
再び見えない顔を向かい合わせにする次男と長女。一方の長男は、遠い空を見つめているだけだった。
実体のある目を開けた加阿羅の脳裏には、過去の自分が映し出されていた。
『この辺りはおれが何とかする。加濡洲(カヌス)は楓ちゃんの戦闘関係を見てあげてくれ』
『わかった』
『伽糸粋(カシス)は同じ女の子として接してあげてくれ。おれたちには言えないこともあるだろうし』
『わかったわ。じゃあ、雪祥(ゆきひろ)君のことはお願いね』
『ああ。後は十二月の動きに気をつけて』
『了解』
加濡洲(カヌス)と伽糸粋(カシス)が同時に返事をすると、加阿羅(カーラ)は再び独りになる。
ふーっ、と息を吐くと、遠い年月と変わらず流れている白い雲を、ずっと眺めていた。
第2録へ 長編小説TOPへ 第4録へ
Podcastチャンネルへ(動画版)
東京異界録公式ページへ(公式サイトに移動します・別窓表示)
<メルマガ>
最新作速達便
新作品をいち早くお届けします。
<Line@をはじめました!>
望月の創作課程や日常(!?)を配信していきます。
https://line.me/R/ti/p/%40bur6298k
または「@bur6298k」を検索してください。