水晶玉を手にいれトラペッタに戻ってきたエイトたち。トロデが滝の主の情報に憤慨しているのを横目に、持ち主に戻すべく町へと入っていく。
ルイネロは酒場であったときとは打って変わった表情で、ふたりを待っていた。椅子に深く腰をかけ目を閉じている姿は、なかなかの貫禄である。
扉をしまる音が合図だったのか、そろそろ戻ることと思っていたぞ、と、うなるように話しだす。
「どうやら、ユリマに頼まれた品を見つけてきたようだな」
「どうしてそれを」
「くさってもこのルイネロ。この玉がただのガラス玉でも、そのくらいのことはわかるわい」
お主たちもおせっかいだのう、と重い腰を上げ、エイトたちに右手を差しだす。
「その水晶玉をよこせ。この場で砕いてくれる」
「ちょっと待てっておっさん。アッシたちがせっかく」
「ふん、捨ててもまた拾ってくるであろう。わしがその水晶玉をどうしようとあんたらには関係のないことだ」
「僕たちになくてもユリマにはあるでしょう」
ヤンガスが体で水晶玉を渡すまいとしている中、エイトは静かに言い放つ。その言葉はルイネロをとどまらせるのに十分だったらしい。
「よその者の僕たちには、何があったかはわかりません。ですが、ユリマがなぜ水晶玉を」
「黙れ。さあ、とっとと水晶玉をよこすのだ」
「やめてお父さんっ」
もみくちゃになりそうなのを、若い娘の声がとめる。声の主は、依頼主だった。
ユリマはうつむきながら、
「私、もう知ってるから。ずっと前から、私」
水晶玉を捨てた理由を、と、消え入りそうな声で伝える。ルイネロは娘の顔を見つめ、名前を呼んだ。
「じゃあ、本当の親のことを」
「うん。でも、私は、お父さんのせいで両親が死んだなんて思ってないよ」
ルイネロは言葉の意味が理解できなかったらしく、黙りこむ。心内を知ろうと、
「どうしてだ、ユリマ。そこまで知っていながら、どうしてそう思う。わしを恨んでも」
ユリマは首を左右にふった。彼女は目を閉じ、ゆっくりと、
「お父さんはただ、占いをしただけだもん」
彼女によると、本人は知らないがルイネロの占いは百発百中だったらしく、探し物はおろか、人ですらあっさり当ててしまうらしい。
エイトの目には、ルイネロの背中が少し暗くなっているように見えた。
彼は天をあおぎ、
「あの頃は占えないものなどないと思っていた。有頂天じゃったよ」
世界中からやってきた人々を片っぱしから占い、自分のことしか考えていなかった当時。そのために、ひとつの悲劇が起こった。自らまねいた過ちは償いきれるものではなく、今のルイネロを作りあげてしまったのである。
「もういいの、もういいのよ」
ユリマは包みこむように、やわらかい声で、
「お父さんは独りぼっちになった赤ちゃんの私を育ててくれたじゃない」
ユリマは語る。高名で自信に満ちた占い師の父を見てみたい、と。
ルイネロの体が、ヤンガスに近づく。彼は思わず水晶玉をガードしたが、エイトにうながされ、恐る恐る手渡す。元来の位置に戻った占い師の道具は、心地よさそうに淡い光を放っていた。
「今夜はもう遅い。今日はわしのうちの泊まっていくといい」
「ほ、本当かいっ。兄貴、ここはお言葉に甘えやしょうぜ」
ユリマもそうしてほしかったらしく、軽い足どりでエイトたちを2階へと連れていく。彼女は軽い夜食を持ってきて、ゆっくり休んでくださいね、と声をかけて退出した。
招かれたふたりは疲れもあってか、深い眠りへとすぐに落ちていった。
ふと目を覚ますと、大きないびきがエイトの右耳に飛びこんでくる。寝ぼけまなこをこすった彼は、仲間を起こさないようにゆっくりとベッドから身を起こし、荷物を肩にし階段を降りた。
瞑想でもしていたかのように、水晶玉の前に座っていたルイネロが声をかける。
「やっと起きてきたか、もう昼だぞ」
まばたきを数回したエイトに、相当疲れていたのであろう、と続けた。ルイネロは再度、礼を口にし、水晶に両手をかかげた。
久しぶりに帰ってきた我が家でくつろぐように、水晶は淡い輝きを放ち続ける。
「真剣に占うのは何年ぶりかのう。これもお主らのおかげだ」
我慢の限界を超えたのか、水晶玉は八方に光を放ち、新しい光をまとい始める。
「こ、これはどうしたことかっ」
眠気が飛んだエイトが、占い師の様子をうかがう。町の中にはいる門とは異なった木の扉が何者かに破壊されている光景が玉に浮かんでいた。
「道化師のような男が南の関所を破っていったらしい」
さらに、ルイネロは力をこめる。
「間違いない。ヤツこそがマスター・ライラスを手にかけた犯人じゃっ」
眉間にしわを寄せ、相棒に顔を近づける。しばらくすると頭を元の位置に戻し、
「こいつは確か。だいぶ感じが違っているが、昔ライラスの弟子であった」
ド、ドルマゲスッ、と、大声で口にした。
「なんだってっ」
暴れ牛どりのごとく駆けおりてくるヤンガス。名前を聞いたとたん身構えたエイトの前にいき、同じく水晶玉を見つめた。
「あ、兄貴。ドルマゲスっていや兄貴とおっさんが追っていた性悪魔法使いの名前じゃっ」
「うん。南の関所を破ったらしい」
「関所をっ。クソ、何てぇ野郎だ」
詳しいことを聞かせるようにうながしたヤンガスは、占い師を真剣に見入っている。見間違えれば、襲いかかりそうな表情だ。
しばらく黙っていたルイネロだが、何じゃとっ、と口にしながら立ちあがった。
何事かとその場に緊張がはしる。
「あほう、じゃと。誰があほうじゃっ」
いったいどこの誰がこんなことを、と顔を真っ赤にしながら水晶玉を見つめる。表情をくずしたエイトは、占い師の視線を追ってみると、水晶玉に小さな傷があるのが目に入った。彼には確認できないが、何か書いてあったのだろうと推測した。
「ち、違うでがすよ。アッシが詳しくって言うのはそういうことじゃなくって」
どう反応すればよいのか困ったのか、ヤンガスは兄貴分に助けを求める。ほおをかいた本人は、感情が高ぶっているルイネロを声をかけた。長い息を吐きだし元に戻った彼は座りなおし、青年に何か事情があるのか聞いてくる。
エイトは、ドルマゲスによって盗まれてしまったものを取り戻すために追っている、とだけ伝えた。この町にやってきたのは、師であるマスター・ライラスに行方を聞くためだ、と。
「なるほどな。そのライラスは既に亡くなっていた、というわけじゃな」
話し相手がうなずくと、
「自分を知る人物を消したかったのか、他に理由があったのかはわからんが、わしの占いでは奴がマスター・ライラスを手にかけた犯人じゃ」
そのまま関所を破り南にむかったようだ、とルイネロ。南にはリーザスという小さな村がある、という現実的な助言もくれた。
「わしがわかるのはここまでじゃが。とにかくおぬしたちには世話になった」
「いえ。こちらこそありがとうございました」
気をつけて行くのだぞ、と占い師。会釈で返すと、ユリマが声をかけてきた。
「本当に色々とありがとうございました」
「ううん。力になれてよかった」
ユリマは父の瞳の変わりように喜んでいる様子。若い旅人には、心の底からルイネロを父と慕っているように映った。
「きっとあの姿がまだ私がいなかった頃の父なんですね。小さい頃はとても優しい父で、って」
ごめんなさい、私ったらおしゃべりですね、といいながら奥へと姿を消し、すぐ戻ってきた。手には、小さな包みがある。
「もう行くんですよね。お口に合うかわかりませんがお弁当です」
「おおっ。嬢ちゃん、ありがとよ」
いつの間にか隣にいたヤンガスが、手を伸ばして受け取ってしまう。ユリマは笑顔で、
「あの小さい緑色のおじさんにも、本当にありがとうって伝えてください」
「おう。達者でな」
「はい、お気をつけて」
旅を再開するために、彼らはルイネロの家を後にした。
買い物を済ませたあと、主君に合流する。家臣の姿を見るなり、ユリマはどうなったのかを聞いた。
エイトは簡潔にまとめて王に報告した。受けた側は内容に衝撃だったのか、口をへの字にして、
「なんじゃと、マスター・ライラスを手にかけたのがドルマゲスじゃとっ」
トロデは青すじをたて、あやつめ、かつての師匠に何と言うことを、と地面をにらみつけながら吐きすてる。彼は見上げ、
「して、南に向かったというのじゃな」
「そのようです。南の関所を突破したと」
「こうしてはおれぬぞ、エイト」
わしらもすぐにヤツの後を追うのじゃっ、と走りながら命令するトロデ。エイトは、はっ、と返事をし、早足で馬車へ歩いていった。
道なりに進みんでいくと、やがて関所が見えてきた。力づくでとおった、という生ぬるい状況ではない。衛兵はおらず、門の原型すらとどめていなかったのだ。
一行は門の直前で足を止めてしまう。
「こ、これをドルマゲスがやったというのか」
「野郎、えげつねぇことしやがる」
焼け焦げた跡を目にし、エイトは右手にこぶしを作っていた。同時に、不安もかきたてる。
「奴に追いついたところでどうすることができようか」
トロデがエイトの心を代弁するかのようにつぶやく。そして、首を左右にふり、考えを追いだした。弱気になっても仕方がない、ドルマゲスは何としても捕らえなければならないからだ。
「アッシはこういう強引なやり方は好かねぇでげすよ。やっぱり兄貴の敵はアッシの敵でがすね」
今それを確信したでげすよ、と胸を張りながら話すヤンガス。その言葉を耳にしたリーダーは、思わず口元が緩んでしまった。
記憶にある想い出も、よぎらせながら。
エイトはトロデにむかい、
「王、どんなに強くともドルマゲスは必ず捕らえてご覧に入れます」
「うむ」
旅の目的を新たに、三人と二匹は関所を越えた。
地形が変わると魔物の生態系も変わるのは常識。やっかいな攻撃をする相手も増え、慎重に進んでいく。
夕方ごろに何とかリーザス村らしき場所へとたどり着いた。トラペッタと違い、誰でも入りやすいアーチ状のゲートがあるだけだった。外から伺う限りでは、とても平和そうな村である。
「それにしてもずいぶん手薄だね」
「こういうところは腕の立つ守り手がいるもんでがす」
こういうところに盗みに入るとイタイ目に遭うんでげすよ、とヤンガス。今は足を洗ったから堂々としていられるらしい。
ゲートをくぐると、川のせせらぎが聞こえてきて、のどかさを強調させる。入口付近にある防具屋と武器屋もゆったり営業しているようだ。
右手には村人が耕している畑も見える。さらに奥には宿屋の看板があり、入口と真逆には大きな屋敷の屋根らしきものがあった。
パッと見る限り、てだれの誰かはいない。
見渡していたら、二人の少年と目が合あった。銅の剣を持っている少年が駆け寄ってきて、生意気な口調で素性を尋ねる。エイトが答えようとすると、
「いーや、わかってるぞ。こんなときにこの村にくるってことは、お前らも盗賊団の一味だなっ」
指をさしながら決めつけられ、2人は思わず顔を合わせてしまう。少年はもう一人の少年にむかって、
「マルク、こいつらサーベルト兄ちゃんのカタキだ。成敗するぞ」
「がってん、ポルク」
ツノの生えたかぶとをかぶる少年の隣に、頭におなべ、手にひのきの棒を持った少年が並ぶ。若干手ほどきを受けたのだろう構えをした少年たちは、
いざ、じんじょうに勝負っ、と仕掛けてきた。
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