ある一族に、古くから伝わる予言がある。
時は刻一刻とせまっていた。
鷹が気持ちよさそうに飛びかう日中のとある森に、ちょっとした異変が起こった。走り回っていた小さな動物が、魔物と遭遇したのである。
驚いた動物は、愛らしい立ち姿をやめその場を走り去る。長い尾を左右に揺らしながら、いつもいる黄色いポケットの中に入りこんだ。
飼い主である少年は、何が起こったのかと覗いてみたが、飛びこんできたネズミの顔は普段と変わらない。おそらく、一緒にいる誰かにびっくりさせられたのだろう、と思った。
「お~い、エイトの兄貴~」
赤いバンダナした頭が、声をしたほうに動く。視線の先には、とげのついたかぶりものをした、ガラの悪そうな顔をした男と、座り込んでいる緑色の何者かがいた。
声をかけた男の体は、筋肉質な腕とたっぷりな肉で包まれころころしており、愛嬌すら感じる。
「こんなところで油を売ってると、すぐに日が暮れちまうでげす」
早いとこ町に行きましょうや。アッシはパーッと飲みあかしたい気分でがすよ、と口にする男。何かうれしいことでもあったのか、顔が晴れやかだった。
そうだね、と返事をしたエイトは、座っていた切り株から腰をあげ、2人に近づく。
「ホント何度も言うようでがすが、兄貴がこのおかしなおっさんの家来なんてねぇ」
腰に手をあてながら、
「まっ、このアッシ、ヤンガスにしたところで兄貴の子分になったわけっすから人のことは言えんでがすが」
少し怪しげな格好をした男の言葉に、隣に座っていた緑色の魔物が立ちあがり、にらみつける。あるいは、頭ひとつほど違うのでそうなるのだろうか。
「誰がおかしなおっさんじゃっ。まあよいわ、下賎(げせん)の者にはわしの気高さなど到底わからぬということじゃな」
と、旅装束をまとった魔物。まるで猫とイノシシがいかくしあっているようになると、魔物のほうが何かを思いだしたらしい。
「そんなことよりエイト。姫はどうした、姫の姿が見えぬようじゃが」
王様口調の魔物とヤンガスは、エイトのほうを見ると周囲を見渡す。
エイトとヤンガスも辺りに目を配り、姫の姿を探した。
ある川に視線を送ると、草むらがかすかに動く。
姫、と声をかけそうになった魔物に、エイトは、私が見てまいります、と制止をかける。
エイトが歩きだそうとした瞬間、姫君とは似ても似つかない姿が現れた。
青色のゼリー状の体を持つ、スライムだ。
「む、兄貴っ」
こん棒をとりだし、スライムに突進するヤンガス。かけ声とともにエイトも剣を抜き放つ。
3匹のスライムは跳ねながら不規則に動き、こちらに体当たりを仕掛けてくる。だが、ヤンガスの剛腕から繰りだされたこん棒がはじき返し、そのまま1匹の息の根をとめる。
一方のエイトは、スライムの動きをかわし、遠心力を味方につけながら敵を斬りつけた。細身からは想像できない力だったのか、あっけなく倒れるスライム。近くにいた同じモノも、振り下ろされた剣で傷をおわせた。
かろうじて意識がある敵は、そのままエイトに攻撃しようとしたが、飛んできたタルに阻まれそのまま絶命する。
エイトが武器をしまい、ヤンガスは手をはたいていると、魔物が2人の前で、ふむ、ともらす。
「驚かされたが弱っちい奴らでよかったのう。はっ」
そんなことより姫じゃ、わしのかわいいひとり娘のミーティア姫は無事かっ、と走りだす魔物。先ほど戦った場所でとまり頭を動かし目配りしていると、入り口付近から美しいたてがみと毛並みの白い馬がやってきた。馬が視界に入るなり歓喜した魔物は、
「おお、あれにおったか。姫、ミーティア姫っ」
口にしながら駆けよった魔物に、馬は恐れもせず鼻を近づける。その様子を見た2人は安心し、
「さて、馬姫様もお戻りだし、日が暮れぬうちにそろそろ出発したほうがいいでがすよ」
と進言するヤンガス。見上げると、太陽は役目が終わろうとしていた。
休憩していた森から東へと道沿いに進むと、トラペッタの町にたどり着くことになっている。
「しっかしまあ、兄貴もよくあんなゲテモノのおっさんと一緒に旅をする気になりやしたね」
「何じゃと無礼な。お前にゲテモノなど言われたかないわい」
「おまけに性格まで悪いんだから、最悪でげす。本当に王様なんでがすかね」
「おのれ、貴様。ええいエイトよ、切り捨てい」
「トロデ王、落ち着いてください。ヤンガスも抑えて」
2人には気が抜けそうにないな、とエイトはため息をつく。そうこうしているうちに町へと着き、一行は町にある大きな門をあけ、中へと入った。
御者台に冷たい何かを感じながらも、一番広い場所へと移動する。馬が歩く音がとまると、ここで作戦会議とばかりに体をのけぞらせた。
台から降りたトロデは、
「ふむ、着いたようじゃな。わしの記憶に間違いなければ、確かこの町のはずじゃ」
この町に住むマスター・ライラスという人物、と。それを聞いたヤンガスは、
「ちょっと待ってくれよおっさん。アッシらが追っていたのは、ドルマゲスってヤツじゃなかったでがすか」
「そうじゃ、憎きはドルマゲス。わしらをこのような姿に変えたとんでもない性悪魔法使いじゃっ」
いったあ奴めはどこに姿をくらませてしまったのか。一刻も早くあ奴めを探しだし、この忌々しい呪いを解かねばならん、と早口に話すトロデ。
頭をさげ、うなだれると、
「でなければ、あまりにもミーティア姫が不憫(ふびん)じゃ。せっかくサザンビーク国の王子と婚儀も決まったというのに」
ド、ドルマゲスの奴めっ、と再び血圧をあげる。どうやら、口調だけではなく本当にどこかの国の王様らしい。
もう一度息を吐きだすと、エイトに向き直り、
「というわけでエイト。早速じゃがライラスなる人物を探しだしてきてくれぬか」
「かしこまりました」
「おお、エイトはさすがに話が早いのう。では頼んだぞ、わしはここで休んでおるからな」
そういって、魔物は辺りを散歩しはじめる。いきなり話を投げられたヤンガスは、
「まったく、おっさんの言うことは訳がわからんでげすよ。ようするにライラスって奴をさがし出せばいいでがすな」
「うん。マスター・ライラスはドルマゲスに魔法を教えた人らしいんだ」
「そうだったんですかい。で、ドルマゲスとどういう関係があるんでがしょ」
「弟子だから何かしら知ってるんじゃないかな。居場所とか」
「なるほど、さすがは兄貴でがす。じゃあ兄貴、行きますかい」
エイトはうなずき、聞きこみを開始した。
武器屋、防具屋、道具屋、宿屋、教会はもちろん、道行く人たちの話をまとめると、先日火事があってひとりの老人が焼け死んだこと、妙な口癖の道化師がたちよったことなどがわかった。
だが、肝心のマスター・ライラスの居場所がつかめない。門番からもらった地図には、まだ行っていない酒場があった。
ちょっと目が輝いたヤンガスだったが、情報を集めてからね、とエイトに諭されてしまう。仕事後のほうが格別だよ、と続けると、元の元気さを取り戻す。
少し小さめな酒場には、バニーガールがひとりで何とかまわせるほど。右手には少しか高くなっているカウンターバーがあり、立っているバーテンダー、よくしゃべる男がいる。店主の前には、アフロ頭の男が座っていた。
「ルイネロさん、もうやめにしないかい」
悪いけどこっちも商売なんだ、あんたの当たらない占いなんか、1杯の酒代にもなりゃしないよ、とやめさせようとした。だが、顔を真っ赤にした男はグラスの底をテーブルにたたきつけ、
「何だと、わしの占いが当たらないだと、アホウかお前はっ」
目を横にずらし、
「もともと占いなど、当たらなくて当たり前なのだ。もし、もしもだ」
困り顔のバーテンダーに対し、
「わしが先日の火事を占いで予見し止めたとしよう。しかし、それが何になる。そのことが次の災いのタネになるかもしれんのだ」
やれやれ、と首を動かす店主は、
「ルイネロさん、言ってる意味がわからないよ。もし火事がわかっていたら、少なくともマスター・ライラスを救えたんじゃないのかい」
数秒間の沈黙。酔っ払いの男は、ライラスか、とつぶやく。
「あの老人とはよくケンカをしたものだ。まさか死ぬとはな」
「何だってっ。おいおっさん、今、マスター・ライラスが死んだって言わなかったかい」
「なんだ、わしに何か用」
食ってかかるヤンガスを眉間にしわを寄せながらにらむ、アフロ男。後ろで様子をうかがうエイトの顔も見るなり、彼は急に席をたつ。
「んっ、お前さんたち、ちょっと顔を見せてみい。むむ、むむむむ、これは」
エイトたちが驚いて引いていると、酒場のドアが乱暴に開け放たれる。
「た、大変だ。怪物が、町の中に怪物が入りこんでっ」
「何だと」
「とにかく来てくれないか、もう大騒ぎで」
酒場の客は、一部を除き出口に殺到する。
2人は顔を合わせ、
「とりあえず行ってみやしょうぜ、兄貴」
「だね。危険な怪物だったら町の人が危ない」
エイトたちは外にでて、状況を確認することにした。
噴水のある広場のほうへ向かうと、門の前に人だかりができていた。一度立ち止まり、エイトは何が起きているのか見ようとすると、
「こりゃ大変だ。兄貴、走るでげすよっ」
「え」
「兄貴、急ぐでげすよ」
ヤンガスに促されるまま、エイトも騒ぎの中心へ走っていく。
なんておぞましい顔なの、化け物はこの町から出てゆけっ。
見るからに人ではないモノを排除しようと、町の人たちは石やののしりを投げ、攻撃し始める。相手は頭を抱え、身を守ろうと縮こまる。
馬のいななきとともに石がぶつからなくなり、白く美しい馬が異形の者の盾となっていた。
人だかりをかきわけ、エイトとヤンガスがやってくる。エイトは馬を守るように手綱をもち、ヤンガスはトロデ王を抱え町の外へと急ぐ。
背中からは、まだ罵声が続いていた。
町の外にでた一行は、
「やれやれ、ひどい目に遭ったわい」
トロデは地団駄を踏みながら、
「いったいわしを誰だと思っているのじゃっ。人を見た目だけで判断するとは情けないのう。人は外見ではないというのに」
「まったくその通りだっ。うんうん」
外見で苦労をしてきたのか、ヤンガスはかなり同意している。元山賊だったからだろうか。
「ときにエイト、マスター・ライラスは見るけることができたかの」
「いえ。実は、先日の火事で亡くなったそうです」
「何と、既に亡くなっていたじゃとっ」
肩を落とし、数歩ほど2人から離れると、
「ふむ。亡くなってしまったものは、仕方がないの」
マスター・ライラスに聞けば、何かわかるやも知れぬと思ったのじゃがな、と話すトロデ。エイトがうなずく。
「もともと我らが追っていたのはわしと姫をこのような姿に変えた憎きドルマゲスじゃ。こうなった以上、ドルマゲスの行方は自力で探すしかないの」
「そうですね」
「では行くとするか。ライラスがいない今、こんな町に長居は無用じゃ」
すぐに退散しようとした、そのとき。
「お待ちくださいっ」
若い娘の声が、一行の足をとめる。
振り返ると、まるで祈るように手を合わせながらこちらを見つめる年頃の娘が立っていた。
<メルマガ>
最新作速達便
新作品をいち早くお届けします。
<Line@をはじめました!>
望月の創作課程や日常(!?)を配信していきます。
https://line.me/R/ti/p/%40bur6298k
または「@bur6298k」を検索してください。