「止まれ。何者だ」
「ボクたちさっき入った旅団の遅れ組みだよん。きいてない」
「ないな。悪いが今は中には入れんぞ」
「えー、そんな~。のどカラカラなんだ、せめてこの子達だけでも入れてあげてよ」
と、道化師の姿をした男。背中には大剣を担いでいる。
「お前は何だ。護衛か」
「見せかけの、ね。この剣抜けないんだよー、飾りだから」
と、ニコニコしながら憲兵と話す道化師。一緒にいる少女は、疲れた顔をしている。
「ぐぐぐ、確かに偽物のようだな。で、そっちは」
「オレたち三人は姉弟なんだ。親がしんじゃって、ルーマット・トゥタンシ一座にひろわれてさ」
「そそ。姉ちゃんは人見知りなんだよね」
「ほお」
ニタリ、と口元を歪ませる憲兵。少女に近づき、手をあごに添えて顔を上げさせる。
「可愛い顔してんな。歳はいくつだ」
「じゅ、十五になり、ます」
「そうかい。お前はこっちに来い、女憲兵がいるからそこで荷物検査をする」
「えーっ。姉ちゃんがそっちにいくならボクもいくっ」
ぎゅっ、と少女に抱きつく赤髪の少年。見た目から十歳以下だろう。
だが、どういう訳か憲兵の背に怖気が走る。
「おい。こっちに旅団員来てないか」
「あ、ああ。こいつら事か」
「子供三人に、大人一人、間違いないな。どうかしたか」
「い、いや、何でもない」
「そうか。お前達、連れの娘が待っている。こちらに来い」
「ほいほ~い」
四人の団員は、後からやって来た憲兵についていく。その場に残った者は、未だに冷や汗が止まらなかった。
奥に通された一行は、カレンのいる部屋へと連れて来られる。立ち上がって出迎えた彼女だが、きょとんとしてしまった。
「に、人数違うわね」
「あー、わりぃ。ちょっとね」
はあ、とため息をつく仮面をつけている赤髪の少年。ちなみにもう一人は少女にくっついたままである。
「あ、あの」
「ん? なんだ、もうついたのか。ちぇ」
「ちぇじゃないわよ。とりあえずお水どうぞ。憲兵さん、ありがとね」
「いえ。書き直しておきましょう」
「うひょう、助かるぅ。こんな面白そうなコト、参加しないワケにゃいかないだろ」
「一度着てみたかったんだよね~、こういう衣装」
「遊びじゃないんですよ、もう」
と、恥ずかしそうにしている少女。腰につけたパレオに、ずっと手を添えている。
「んじゃ、マジメに。周囲には結界をはったから話しても大丈夫だぞ。こっちは何人いる」
「はっ。我らは三十人です。全体は正規兵百人と民間人三百人程と受けております」
「ふうん。ギル、この人数は妥当なのか」
「この町の護衛には多いねー。完全に小競り合いするためにいそー」
「紛れさせて正解だったな。あっち側のはいるか」
「一人以外はこちら側のみの人員です。彼らは王都の方におります。我々が出立した時にはまだ気づかれていないようでしたが」
「が?」
「カレン殿が言うには、妙なのがこちらに混じっているようです」
「どういうこった」
「上手くいえないんだけど、ラガンダ様と同じような感じがするの。そうね、仮面の子と似てるかも」
ラガンダと言われた子供は、相手に魔法師がいることに気づく。いわく、カレンは魔法は使えないが、生まれつき魔力を魔法師のように外に出すことが出来るという、まれに見る力を持っているらしい。
なお、このことは既にライティア一行に通達済みである。
『お前、魔法感づかれなかったんだよな』
『うん。リューデリアとサイヤのおかげかも』
『わかった。その辺はオレが調べる。アマンダを頼んだぜ』
『りょうかい』
「その辺はオレが何とかするわ。牢と兵の位置関係、共有してくれ」
「はっ」
「んでカレン、これはヘイノからだ」
「あら、ラブレターかしら」
と冗談めいた口調で話す踊り子。視線が上下左右に何度か動くと、すぐに準備すると言って部屋を後に。あまり長居すると怪しまれるので、重要な場所を抑えると、アマンダたちも彼女の後を追った。
「うわ~、思った以上にピリピリしてるねー。いやだいやだ」
「そりゃこんだけ押しこめられたらな。外出禁止令もだしてそーな雰囲気」
建物から注がれる鋭い視線は、がらんとした通りをさらに冷たくしているようだ。
「ところで。ちゃんと芸の練習した?」
「ボールがどっかいっちゃうー」
「しゃ、社交ダンスなら」
「メンドくせぇから魔法でごまかす」
「おい最後、反則だそりゃ。ちょこっとでいいんだって」
「ええ~。バレそうになったらシバき倒せばいいじゃん」
「お前、思考がフィリアに似てきたんじゃね」
「そ、そんなことないってば」
と、明後日の方向を向く仮面の子供。心もどこかに飛ばしている様子だ。
「んま、あくまでキャラ付けだ。アマンダはともかく、お前とギルが問題」
「えー、何でアマンダ様は大丈夫なのー」
「没落貴族って設定だ。それなら踊り子の格好を恥ずかしがっても不思議じゃないだろ」
「なるほどー」
「あ。オレ笛ふけるや」
「仮面どーすんだ。フルにしちまっただろ」
「うう」
「つくまでに考えとけよ。いっとくが、アマンダも自分で考えたんだからな」
「うえ~」
と、ハモる情報屋とギルバート。やるならとことん主義らしい。
「そーゆーあんたはどうなんだよ」
「オレは酒を口に含んで火をふくヤツだな」
「それごまかせるじゃんっ」
「さねぇよ。危ないから絶対マネすんなよ」
「う、うん」
命に関わるからな、マジで、と先頭を歩く赤髪の子供。ダイナミックなパフォーマンスだし、いたいけな子供が身をていした芸を披露するのはウケが良いとのこと。また、彼は本当にこの芸を昔から練習しているそうだ。後半に至ってはただの趣味らしい。
雑談しながら歩いていると、水辺に近いところに風景から浮いている天幕があった。旅団の寝床である。
天幕を素通りし裏に回ると、アマンダより少し上だろう少女が立っていた。
「よぉ、ミズキ。久しぶりだな」
「あ、ラガンダ様っ。話はきいてますよん」
「話? なんのこった」
「砂漠のバラが咲きほこるオアシス」
「そうかい。よろしくな」
「そんなに遠慮しないでくださいよぉ。ここにいるみんな、カレンお姉さまにホレこんでるんだから」
「あっはっは。グループ全員きてんの」
「もっちです。お姉さまは今、交渉に行ってますよ。それで」
「ああわりぃ」
と、各々を紹介する火の魔法師。名前を伝えると、実行隊な、と締めくくる。ミズキは踊り子流の挨拶をすると、天幕の中へと案内するという。
念のため着替えていないかを確認してから入った一行は、ようやくひと息つく。ミズキは飲み物を来訪者に出すと、旅団メンバーを集めた。演奏担当の三人と、メイクと明かりを受け持つ二人、用心棒が三人に会計係のミズキで計九名。用心棒はもう一人おり、カレンに付き添っているという。
ラガンダ側も同様に挨拶し終わると、カレンを待つことになった。彼女の交渉次第で今後の動きが変わるからだ。
軽い軽食を取りながら過ごしていると、当の本人たちが帰ってくる。訪問者に声を掛けると、右手の親指と人差し指でマルを作った。
「さっすがカレン。怪しまれなかった」
「大丈夫よ。生真面目な人だったし。ちょうど兵の不満をどうしようか悩んでたみたいだったから」
「ふうん。叩いてホコリがでてくれたら、ありがてーなぁ」
ニヤリ、とラガンダ。どうやらこの魔法師も相当ないたずら好きらしい。
夜が始まってから数時間が過ぎた頃、町の中にいた民間人は全員オアシスのへと集められた。正規兵を統べるリーダーの計らいの元、娯楽で息抜きしてもらう趣旨だという。
一方この数日間自由に過ごしていた正規兵は、突然の任務に苛立ちを隠せないでいる。王都からやって来た彼らにも祭りが催される予定だが、先を越されたことに腹が立っているようだ。
「民共が楽しんでるってのにオレはこいつらの見張りしなきゃならねえんだ、クソッ」
「だよね。その辺の奴捕まえときゃよかった」
「だな。一人二人いなくなっても気がつかねえだろうし」
と、ひげ面と若い男が酒を飲みながらぐちぐち言い合う。お世辞にも品の良い会話ではなく、捕われている人物の一人が思わず睨んでしまっている程である。
「ったく、こうも変わっちまったとは。すまねえ、兄貴。あんただけなら何とかなったのによ」
「どうだかな。あの人数では厳しいだろう」
「待ってましたとばかりだったもんね。捕まったの久々だよ」
こりゃ年貢の納めどきかな、とイスモ。食事以外は両手両足を縛られており、身動きが取れない状態だ。
「抜けれそうにないか」
「無理。全然ゆるまないよ」
「フツーの縄じゃねえよな、これ。力いれたら逆に食いこむ感じがする」
「だね。いくら付け替えられてるとはいえ、数日いじっても解けないなんてことないし」
「うるせーぞ、てめえらっ。間違ってもオレたちのときに悪巧み考えんじゃねえぞ」
「悪巧み? 何のこと。被害妄想強すぎるんじゃないの」
「ああん、んだとコラッ」
「怒りや酔いに任せて暴力振るうのは感心しないな。我々は人質だろう」
「がっはっはっ、てめえの目は節穴かよ。んなのどうでもいいのさ、じきにアンブロー軍が攻めてきて民共を皆殺しにするからな」
「バカはてめえらだ。旦那や嬢ちゃんがそんな事するわけねえだろ」
「へっ。物資の中に毒が仕込んであるんだってよ。それ食ったら理性なくしちまうんだと」
「らしいね。残念だよ、もしかしたらお祭りに参加できないかもしれない」
「そいつあカンベンだな。ここも野郎ばかりで楽しめねえし」
ぎゃはははは、と男。
「いいこと思いついたぜ。こいつらを自殺に見せかけてやっちまうってのはどうだ。そうしたら俺達自由に動けるだろ」
「それよりこの毒を試してみないか。実はこっそり持ち出して試そうと思っ、てっ」
「なっ」
グサッ、と無造作に注射器が腕に刺さる。中身が注入された番兵はのたのたうち回ると、身を縮こませた。
一瞬静かになったかと思うと突然起き上がり、もう一人の兵士に襲い掛かったではないか。
「へえ、毒素強めると即効性があるのか。ありがとな」
バン、という破裂音とともに狂人化した兵士の頭が吹き飛ぶ。薄暗い廊下を照らすランタンは、若い男の冷え切った目を、うっすらと浮かばせていた。
手にした何かをしまうと、動かなくなった兵の周辺でごそごそと作業をする。終わったのだろうか、今度は鍵を持って牢に近づいてきた。
ガチャリ、と開いた扉から、男は静かに入って来る。
「ああ。君らには何もしないよ。むしろ実験に協力してくれたお礼に縄といてあげる」
「な、何なんだ、あんたは。さっきのは」
「僕はロザっていう薬師のはしくれさ。さっきのは人体実験だよ」
しれっとしながらアードルフの縄をナイフで切る薬師。ヤロ、イスモの順で自由にすると、縄も一緒に回収した。
「確か、近くに武器庫があったと思うよ」
「助かった。礼を言う」
「いえいえ。たまたま潜りこんでただけだから」
「ふうん。ちなみにこの辺りに薬草生えてたっけ」
「草だけじゃなく樹液とか動物とかもあるだろ。まだ勉強中だけど」
「まあね。俺も全部覚えてるわけじゃないから何だけど」
「そうなんだ。また会ったら話したいね。今は急いだほうがいいんじゃないか」
「だな。ロザ、ありがとよ。今度奢るぜ」
「気前いいね、楽しみにしてる。じゃあまた」
「一緒に来ないのか」
「やることがあって。ああ、自衛ぐらいできるから大丈夫、気にしないで」
「そうか。分かった、気をつけてくれ」
と、会釈したアードルフを殿に、夜目が利くイスモが通路を確認する。最後尾は目を合わせたまま後ずさりし、傭兵たちはそのまま曲がり角へと姿を消す。
「ふふ、そりゃ警戒するよね。次は何しようかな」
地下牢ですることがなくなったらしい彼は、死体の服を持ち、一瞬にして姿を消す。次に現れたのは、星空が広がる建物の屋上。視線の先には、人々が催しを楽しんでいた。
「まだまだ楽しめそうじゃないか。この世界は」
と、ロザは双眼鏡で踊りを見つめるのであった。