瞳の先にあるもの 第30話

 兵たちの環境への体慣らしと移動手段確保のため、数週間程留まることになった一行。国境の町セングールは海が近く、数百年前から使われている魔力を原動力とする道具のお陰で水には困らない。
 ちなみに、それは魔道具と呼ばれる。地元にいる人間は道具の中に入り込んだ砂を取り除く位のメンテナンスが出来るが、本格的な修理は不可能であるため、まるで神のように崇められ、大事にされている。
 なお、肝心の魔力注入は、主にラガンダが行っていた。
 「すまぬな。人手が足りぬせいで手伝って貰い」
 「いいんですよ。あ、そろそろ次でしょうか」
 「うむ」
 アマンダは隣にあった石炭っぽい石を取りリューデリアの前に差し出す。彼女の手が赤く淡い光に包まれると、石も同様に輝き出した。数分後光が止むと、先程と同じ動作を繰り返す。
 いくらかたまった石は、今度はサイヤが銀色の器に移し替え水色の弱光を放つ。すると、赤黒い石が徐々に白くなっていった。
 「魔法に耐え切れるのがそなたしかおらなんだのでな」
 「しったときは驚きました。耐性があるなんて」
 「こちらは日常で魔法を使わぬからな。気づかなくても無理はなかろう」
 「ふう。そろそろ休憩しましょ~」
 と、背伸びをするサイヤ。力を抜いたふたりも、立って体を動かす。
 「ふたりとも大丈夫~」
 「うむ。アマンダのお陰で上手く力が抑えられている」
 ほっとしながら話すリューデリア。アマンダには血筋の関係で魔力を抑える力があるという。魔法師のように使うことは出来ないが、代わりに魔法に関する事で身にかかりそうになると、威力が弱まるのだそうだ。
 「ご先祖様がそういう風にしたって伝わってるわ~」
 「うーん。聞いたことあるような、ないような」
 「おそらくぼかしてお伝えしたのではないか? それに、今は何かあったらすぐに四大魔法師、とくにフィリア様が分かるようになっていよう」
 なお、コスティにも同じ力はあったが、フィリアいわく、アマンダのほうが強いとのこと。理由は不明だ。
 魔法師の世界には、流れに身を任せ過ぎたる欲で力を振るってはならないという規律がある。この魔法を血脈にかけた者は、彼ら彼女らの心を守るために、緊急時以外には発動しないようにしてあったようだ。もしそうでないのなら、長子コスティは今も生存していよう。自然を身にまとい使役するのは、あくまで生活に必要な力のみなのである。
 「魔法師の方々が政治に関わらないようにしてる理由、なんとなくわかった気がします」
 「薬も使い方間違えれば毒だもの~。何でも同じよ~、きっと」
 「そうだな」
 「自然の、流れ」
 アマンダの中で、何かが引っかかる。だが、自然からもたらされる現象は、人間にとってとんでもない被害になる場合もあるところから思うに、サイヤの言う通りなのだろう。
 草花も水をあげなければ枯れてしまうし、あげすぎては根が腐ってしまう。種類によっても違うから良く見るように、と、アマンダはエレノオーラから教えてもらったのを思い出す。フィリアと異なりほとんど家にいる彼女は、そういえば魔法に関する事は一切関与していないようにも見えたが。
 というより口にしないだけなのだろう、と令嬢は感じた。
 「おっつかれぇい。差し入れだぞおっ」
 パサ、と出入口に垂れていた布が動く。一同が振り向くと、ラガンダがケーキボックスを手に立っていた。
 「エレンにオネダリしたら作ってくれた」
 「アップルパイッ」
 「さすがアマンダ。美味いよなぁ、エレンのは」
 あご下に左手親指と人差し指を直角にしたジェスチャーをし、テーブルの真ん中に置く。開けた箱からは、甘いリンゴの香りが漂ってくる。ひと仕事終えた彼女たちの気持ちが和らいだようだ。
 感情もわき起こるものよね。かたきをうちたい、けど、何かが引っかかるのはどうしてなのかしら。
 口の中に広がる甘さとは違い、アマンダの心はどういう理由か苦いまま。
 「たまには外にもでかけろよ? ひからびちまう」
 この町も楽しいこといっぱいあんだぜ、とラガンダ。太陽の位置によって風景が変わるのも面白いという。
 「考えてもわからないときゃあ体動かすのが一番さ。情報屋にも声かけておいたから、きたら食わせてやって」
 ラストはヘイノにもってくよ、と火の魔法師。慣れた手つきでパイのひとかけらを小さなケーキボックスにしまい、席を立つ。
 まだもうちょいあるから頼んだよん、と、にこやかに言い残していくと、魔女ふたりはぽかんとしてしまう。
 目を合わせると、
 「王子様がよっぽど危ないのかしらね~。前はもっとゆっくりしてたのに」
 「来たときから緊張した空気が精霊から伝わっていたが、な。ラガンダ様自ら動くなら、余程なのだろう」
 ヘイノいわく、ラヴェラ王子の存命こそが今後の命運を握るという。反王政派が潰されるのはアンブローにも都合が悪いのだ。
 だが、政治系のしがらみよりも自身がどうしたいかを考えるように、と以前から言われてもいる。それはエスコやフィリア、アードルフからも話されているのだが。
 やっぱりすぐには答えなんてでてこないのね。あとでお散歩にいきましょう。
 すっきりしないアマンダは、助言通り動くことにしたようだ。
 とはいうものの、外は真っ昼間だったので断念し、再び作業を開始したのだが。
 夕方頃になると太陽は疲れてきたが、人々は逆にざわつき始める。こちらはアンブローより雨量が少なく、朝晩の冷え込みも季節によってより強いという。
 今時季は外から来た人間にとって過ごしやすいらしいが、その辺りは個人差がある。そのため、今回の遠征にはこの国に慣れている人間を中心にして編成されている。普段とは違う配置に戸惑う者はいるが、上に対して不満を唱える者はいなかった。それにおける、内部で起こる多少の意見衝突は致し方ないだろう。
 「あれ。お嬢様、どこかにお出かけ」
 「ごきげんよう、イスモ。ちょっとお散歩に」
 「一人じゃ危ないってば。ちょっと待って」
 ゆっくりと立ち上がった彼は、建物の中に入る。どうやら、薬作りか道具整備をしていたらしい。
 「おう、嬢ちゃん。どこに出かけるんだ」
 「ごきげんよう、ヤロ。少し歩こうとおもっただけです」
 「どこでもいいのか? なら市場に行くか。ここに着いてから引きこもってたろ」
 体も慣れるぜ、と、ヤロ。考え事をしたかったのだが、ここはライティア領でもアンブロー王国でもない事に今更気がつくアマンダ。正確には治安の認識である。
 「では案内をお願いします」
 「任しときな。お前はどうする」
 「どうしようかな。ちょっとだるいし」
 「具合が悪いのですか」
 「体調というより気候の問題、かな」
 「軟弱なコト言ってんじゃねえよ。だったらおめえも来い」
 ガシ、っと首根っこを掴まれるイスモ。
 「わかった、わかったよ。この脳筋」
 手を払った彼はアマンダにひと言謝り、手早く道具を片づける。
 日陰に移動すると、
 「ヤロはこの国出身でしたね」
 「たぶんな。この国で赤ん坊のとき拾ったって親父に聞いてるぜ」
 「そ、そうでした」
 「気にすんなって。オレも気にしちゃいねえし、今のご時勢、普通だ」
 気ぃ使いすぎだ、と笑い飛ばすヤロ。
 「だから祖国を想う旦那の気持ちはわからねえけどな。んま、あの人や嬢ちゃんなら力貸してもいいかなってよ」
 「ありがとうございます。ヘイノ様もお喜びになりますよ」
 「そうかい。よくわかんねえけど」
 「お待たせ。行こっか」
 「ええ。そういえば、アードルフとギルバートはどうしていますか」
 「兄貴はちょっと前に出かけて行ったよ。ギルは昼からいなかったけど」
 「だな。んま、どっかで休んでんだろ。兄貴は何度か来てるから、慣れるの早えだろうし」
 「そうでもないみたい。想像より遅いって言ってたから」
 数回来ているイスモも、まだ慣れきっていない様子だ。
 「嬢ちゃんは慣れたみてえだな」
 「んー。だるさは感じなくなりましたから、そうなのかも」
 「はや。そういやあ、魔女たちもピンピンしてるよね」
 「部屋が涼しいからでしょうか。冷えた風がいつも吹いてますよ」
 「かあーっ。魔法ってとことん便利だな。羨ましいぜ」
 「こっちの部屋にも置いてほしいよ」
 はあ、とため息をつく傭兵たち。魔法が使えない故に体に悪影響が及ぶ可能性があることを知ってはいるが、ついつい口にしてしまうのであった。
 そんなこんなで到着した市場。彼女たちに用意された日干し煉瓦の家からは、歩いて十五分ほどのところにある。夕日と共に輝いている笑顔は、この国の逞しさの象徴でもあった。
 セングールは他国との玄関口でもあるため、実に様々なものが売られている。国内で生産された織物製品はもちろん、アンブローで見られる食べ物や装飾品、武具もあり、フィランダリア製のもある。
 一番目を引いたのはコラレダ製だった。商品というより場所の問題である。
 「よお、おっさん。随分と配置変わったんだな」
 「久しぶりだな、ヤロ。生きてやがったか」
 「いきなりな挨拶だな、おい」
 わっはっはっ、と笑い合いながら、飲み物三つと銅貨六枚を交換する。ランバルコーヤで取れる果物だが、人の頭程の大きさでてっぺんにはストローがついていた。
 お礼を口にしてから左右に揺らすと、タプンタプンと音がする。
 「まあっ。あまずっぱくておいしい」
 「おや、可愛いお嬢さんじゃないか。お前のコレか」
 「違えよ」
 「何だよしまらねえなあ。こっちの人、は男だね。いやあ綺麗だね、踊り子さんかい」
 「経験者ではあるよ。今は傭兵」
 「そうなのかい、もったいないねえ。人気になりそうなんだが」
 「どうだろうね。適職探してたときだったし」
 今のがそうだとは思いたくもないけどね、と、内心思うイスモ。
 「踊り子ってなんでしょうか」
 「ん? 踊ってお客を楽しませる商売さ。古くからあってね、この国が発祥地なんだよ」
 舞踏会とはちがうのね、とアマンダ。様子を見ていた店主は、声を潜め、
 「ヤロ。ここんところキナ臭え話が良く持ち上がってる。いつもの場所に来な」
 「ありがてえ。実はそれ聞きに来たんだよ」
 「気をつけな。数年前より物騒だぞ」
 頷くヤロ。
 「おっと。時間取らせちまったな。市場は始まったばかりだ、楽しんで来なよ」
 「おうよ。久しぶりに巡ってくるぜ。じゃあな」
 詐欺に気をつけてなあっ、と背中に投げかける店主。お辞儀をしたアマンダは、再びジュースを飲む。
 イスモはヤロに近づき、
 「さっきの話、どういうコト」
 「聞こえてたのかよ。おっさんは前に部屋で話した情報屋のひとりだ」
 「なるほど」
 「今まで軍の手伝いやら何やらで来れなかったからよ。ちょうど良かった」
 二人が話している間、アマンダの目に薄着をした女性が駆け寄って来るのが映る。
 「イッスモーッ、久しぶりっ」
 「うわあっ」
 果物を落としそうになるが、何とかこらえたよう。
 「すごい偶然ね。元気だったっ」
 と、頬にキスをする妖艶な女性。
 「カレン姉っ。久しぶり、また綺麗になって」
 「んま、お上手ね。ヤロも久しぶりっ。この子は?」
 「ご、ごきげんよう。アマンダと申します」
 「あら御機嫌よう。可愛いわね。あなたに恋人ができたなんて嬉しいわ」
 「違うから」
 「どいつもこいつも、ったく」
 大きなため息をつく傭兵たち。
 「南部の人かしら。お人形さんみた、い」
 がばっ、とカレンと呼ばれた女性は、アマンダに食いつく。いきなり両肩を掴まれた令嬢は、ビックリして固まってしまった。
 「何してんのカレン姉」
 「こ、この子から不思議な力を感じるわ」
 「え。あ、あの」
 「まさか、本当に夢のお告げ通りなんて。金の髪、少女、剣士、傭兵たち、間違いないわ」
 「おいおい、カレン。何言ってんだよ」
 「あ、ごめんなさい」
 す、と体の力を抜いて距離をあけるカレン。
 「これから予定ある? お詫びにご馳走するわ」
 「おっ、マジか。プラプラする予定だったが、どうするよ」
 「俺はどっちでも。パシリにされないなら、ね」
 「今はしないわよ。どうかしら、踊りも見ていっていいのよ」
 「後でされるワケね」
 「け、経緯はわかりませんが。よろしければぜひ」
 決まりね、と、カレン。
 踵を返した踊り子は、三人を案内した。

 

 

コメントする

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください