どんちゃん騒ぎが夕方まで続き寝床の確保をしている最中、コラレダ傭兵たちが全員アンブロー側につくとヘイノに伝わる。話を持ってきたのは現在全体統括をしているギルバートである。
「ありがたい話だが。反対はなかったのかね」
「ないみたいだねー。皆、人間扱いしてくれるって感激してたしー」
眉をひそませるヘイノ。
「んま。頭がおかしい王様が治めてるんじゃあ、仕方がないんじゃない」
気をつけろって。相手は大貴族だぞ、と、小声でオルター。だが、ヘイノの耳は意外に良い。
彼は表情を変えることなく、
「助かる。報奨については出来うる限り何とかしよう」
「うんうん。こんな世情だから多少少なくても、変な話大丈夫だと思う。よくないけどねー」
「勿論だ。働いて貰った分はきっちりしなければ、色々な意味で割りに合うまい」
「話が分かるねー。こちらも嬉しいよ」
表情はにこやかに、だが何となく静電気が走っていそうな空気を感じるオルター。
「コラレダ貴族の話は聞いた。恥ずかしい話だが、こちらにもそういう者はいる」
「伝えとくよ。総意は君にあるって、ね。実例もあるしー」
「実例?」
ギルバートは、先の戦いにおける態度と献花のことを話す。後者に至っては、アマンダが行ったという。
「ゾンビ化した傭兵は元より、あのニコデコには花冠をそえたって話題になってるねー」
「あの男に、か」
「何かあったのかねー。せめて最期は、とか言ってたって」
あの場にいた人間しか知らなかろう、ニコデムズの生涯。しかし敵だったとはいえ故人の過去を語るのは忍びない。
「詳しい事は分からないが。彼も被害者のひとりだったのだろう」
「ふうん。まあ、人生いろいろあるよねー」
記憶ないけど、と笑うギルバート。付き添いのオルターは、どうやら頭痛がしてきたらしい。
「問題は住まいだな。木材は何とかなりそうだが」
「あー、それね。一気には無理でしょ。せめて女性だけでも入れないかなー」
首都を取り返したは良いが、現実的な問題を将軍と傭兵長は詰めていく。
一方、魔女三人とアマンダは、城下外壁でゾンビの埋葬を行っていた。フィリアの風で運び出して、ある程度集まったらリューデリアの炎で焼いていく。そして、サイヤとアマンダは、彼らの魂が安らかに眠るよう傍で祈る。昔に行われていた弔いかただという。
「土にすら、かえれないなんて」
「埋めても魔法のせいで夜な夜な蘇るらしいのよ~」
「え。棺おけにはいってるんですよね」
「力がもの凄いから、ぶち破っちゃうんですって~」
記録ではそうなってたわよ~、とサイヤ。彼女たちは一度魔法の国へ戻り聞いた浄化方法と一緒に理由も教えてもらったという。
「いやぁ~、助かったよ。今日中に終わって良かった」
「お力になれて何よりです」
肩を回しながらお礼を言うフィリアに対し、リューデリアは背伸びをしながら返答する。
「お疲れ様です~。これどうぞ~」
「もう聖水が出来たのかい」
「アルタリア様が多めに準備して下さったんですよ~」
「にしても聖杯なしで大したモンだ」
と、うがいをするフィリア。朝方に彼女がアルタリアに事情を話し、清め用の水生成を頼んだのである。
魔女たちが休憩している間、アマンダは遺体が置いてあった場所に水をまいている。その様子を、彼女たちは何とも言えない気持ちで見守っていた。
「あの子の事、頼んだよ。アタシが直接同行出来りゃ良かったんだけど。どうも気負い過ぎちゃっててねえ」
「わかる気がします~。しょうがない気もしますけど~」
「そういう年頃でもあるでしょう。上手く動けぬ事がもどかしいと感じる」
「あ~、成程ね。理想もあるか」
「きっと憧れとかも~」
「ってか、あんたたちもそんな変わらないよね」
「いえ、大分離れておりますが」
「私とは四つも違いますよ~」
「うわ。ジェネレーションギャップってヤツ?」
どうせババアだよ、とけらけら笑う魔女。困った若者は苦笑いしか出来ない。まあ、投げかけた本人は、実はほとんど気にとめていないのだが。
「おお、フィリア様。ここにおられたか」
埋葬したふたりが聖水で露出している部分を清め終わった頃、中年の男性がやって来た。帯剣をしており、高級感あふれる服装をしている。
非常時や魔法が関連しているとき以外に外国でライティア家と無関係な人間を見かけ、リューデリアとサイヤはぎょっとしてしまった。
「おっと。これはタイミングが悪かったですな」
「良く言うよ。どうしたんだい」
「ははは。何、娘の事が気になりましてな」
と、アマンダに視線を送る男性。当人は水をずっと撒いている。
「失礼。わしはセイラック・レインバーグ。また改めて伺うとしよう。御機嫌よう、麗しいご婦人方」
と、男性は一礼をして去って行った。
口元を緩ませながらため息をついたフィリアは、
「あんたたちの顔も見に来たんだろ。アマンダの事は本心だろうけど」
「あ。堂々と会う訳には行かないからですか」
「そういうコト。優しそうなおっさんに見えるけど、名前通り抜け目ないからね」
良い人だけど、とフィリア。公爵家の人間をおっさん呼ばわりする彼女に、年齢も若い魔女たちは驚きもしない。
「アマンダーッ。もう大丈夫だから戻るよっ」
「あ。はーい」
ちょうど水を汲みに行こうとしていた令嬢は、後で訪問者を知る事になる。
ゾンビ襲撃から一ヵ月程。
要望もあり避難場所から住まいに戻って来た王都民は、祖国を守った傭兵たちと共に復興に当たっている。個々の思惑はともかく、民は概ね彼ら彼女らを受け入れていた。
また、国王は改めてヘイノ将軍に軍事全権を任せると国全体に通達。守備はセイラック卿をはじめ、王が信頼している重臣たちによって行われていた。
ヘイノは傭兵を総括しているギルバートや相談役として復帰したエスコと話し合い、前者ふたりは今、三分の一の兵力とともにランバルコーヤに向かう道を歩く。アマンダも彼らに従軍し、国王から傭兵軍統括をするよう、騒動後に勅命を受けたのである。兄コスティからの継承という形で落ち着かせたのだ。
「だんだん熱くなってきてるねー」
「だな。現地はもっと暑くて鎧なんて着てらんねえぞ」
「うええ。想像以上に過酷なんだねえー」
「出身者以外はかなり堪えるって聞いたぜ。水分気をつけろよ」
と、ヤロ。ギルバートと肩を並べている姿は、よく見られるようになっていた。
「しかしラヴェラ王子から要請があったとはな」
「ラガンダ様が直接おいでなったとか」
「ああ。王子をお守りするからとすぐに帰られたが」
「ラヴェラ王子。どのような方なのでしょう」
「かなり前に一度お会いしたが、優しそうなお方だったよ」
と、ヘイノ。八年ぐらい前のことで、ランバルコーヤ国王とふたりの息子が王宮にやって来たという。そこで話し合われた内容は、現状を見れば推し量れるだろう。
だが、将軍からすればむしろ好都合でもある。
口には出せないが、コラレダは確かに強国だが、同時に多くの恨みも買っている。もはや欲だけで支配されてしまった帝国は、ほんの一握りの者しか恩恵を受けていない状態なのだ。
これは見識者から見れば明らかであり、現地で生活している民は肌で感じていることでもある。フィランダリアには難民が流れてきているのも証拠のひとつといえよう。
「君に挨拶出来なくて残念がっていたな」
「まあ。ラヴェラ王子が心配ですね」
「ああ。ラガンダ様がついておられるからお命の問題はないが、な」
ランバルコーヤ王国は王政一派と反王政一派がおり、ラヴェラ王子は後者の代表だ。とはいえ、今は王政一派が席を占めており、反対派の政治力は無いに等しい。
この国は元々君主世襲制だったのだが、歴史によりふたつに割れたのである。
きっかけは二十年程前に当時のコラレダ王国が各国に宣戦布告したときで、ランバルコーヤ王国だけは数年で陥落した。世界有数の産業国家で、かつ、最強の軍隊を持っていたにも関わらず、である。
表面上属国となったランバルコーヤは積極的に武器と兵力をコラレダに貸し出した。魔法と物理の複合部隊に従来の戦法は通用せず、アンブローとフィランダリアは手を組むも十年で崩壊。
この間に集中攻撃を受け食糧不足が深刻になったフィランダリアは、王女をコラレダ王家側室に入れ血縁関係を保ち、以後中立を宣言。すんなりと受け入れられた背後には、アルタリアの力が影響したといわれている。
また、彼と同じ立場であるフィリアは、魔法師が受けた悲劇を繰り返さないために裏で色々と動いていたという。結果、今の状態になったのだ。
「フィリアの性格を思うと、はらわたが煮えてなくなってしまいそうです」
「はは。すぐにでも殴り込みたいといつも話されていたよ」
「やっぱり」
と、苦笑いするアマンダ。気性が荒くも懐が深い風の魔女は、短気なところがある。ふたりはよく知っているのだ。
声を抑え、
「ラヴェラ王子が英断されたということを、世界に示せば問題ないさ」
「そうですね。全力をつくします」
「頼む。だが、無茶はしないように」
頷いたアマンダは、手綱を強く握った。
ランバルコーヤ王国に近づくにつれ、足元の変わっていき、徐々に進軍速度も遅くなっていく。風景も四季折々が特徴のものとは異なり、目の前は肌色にきらめく砂だらけになっていた。
ヘイノは先頭に馬を進めて降りると、敬礼している男性に対し、
「ご苦労。話は聞いているか」
「はっ。この方がご案内するとの事です」
緑色のターバンと風通しのよさそうな服を着たアンブロー憲兵は、白を基調とした服に身を包む、同じく軽装の初老男性が最敬礼の動作をする。
「我が君の願いを聞き届けて下さり、誠にありがとうございます。私はゼンベルトと申します。僭越ながら、殿下より貴方様方をもてなすよう拝命されております」
「貴殿程の方が案内して下さるとは心強い。宜しく頼みます」
「もったいないお言葉。これから嵐が参ります故、まずはゆっくり休まれますよう」
「心得ました。不慣れで至らぬ点が多々あるが、フォローして頂けるとありがたい」
「勿論でございます。移動手段もご用意してございます」
「ありがたいことです。指示を出して来たら詳しく話を聞かせて頂きたい」
「畏まりました」
ヘイノは一礼をし、部下たちに指示を出すために本隊へと合流。ゼンベルトは終わるまで姿勢を崩さずに待ち、戻ってきた将軍にある事を伝えた。
数時間後、ゼンベルトに呼び出されたアマンダとリューデリア、サイヤは、指定された部屋へとやって来る。
「ご足労ありがとうございます」
「いえ。ところで、どうしてわたくしたちを」
「実は、魔法に関する事でございまして」
「いよぉっ。時間ピッタリじゃん」
と、威勢の良い子供の声。三人が振り返ると、情報屋と同じ位の高さを持った者が手を降っていた。
魔女たちは跪き、アマンダは一礼をして挨拶をする。
「ご無沙汰しております、ラガンダ様」
「そうかしこまるなってぇ~。イイ女になってまあ。うっひゃっひゃ」
抱きつこうとしたラガンダを問答無用に張り倒すリューデリア。
「んん。ラガンダ様、時間も押しております故」
「お堅いなあ、もう。んじゃマジメにやるとしますか」
ポンポン、と、寂しく感じる手で頭をラガンダ。見た目は十歳以下である。
アマンダたちだけで呼んだのは、ゼンベルトが話した通り、魔法に関わる事だからだという。本来なら砂漠での移動手段を提供したかったのだが、圧力によって不可能なため、代用品を用意したそうだ。
「エンジンかけるのに魔力がいるんだよ。あとはつけりゃオッケ」
「えんじん?」
「何かを動かす心臓部みたいなものよ~。魔道具を馬につけるんですか~」
「ご名答。そういやあサイヤはそっちにも詳しいんだっけ」
「というより、幼なじみがいじってたのをよく見てただけです~」
その言葉にリューデリアの表情が一瞬曇る。
「そっ、か。予想より早くしこめそうだ。管理はお前に任せるぜ」
「畏まりました」
「おう。んじゃ数を持ってくる。悪いな、大してもてなせなくて」
「とんでもありませんわ」
「へへ。大きくなったな、アマンダも。またな」
といい、ラガンダは一瞬で姿を消したのだった。