悲しみ渦巻く洞窟から外に出た一行は、でも空気を目一杯吸うことなく馬へとまたがり、火の魔女は自力で、水と子供は鳥につかまれ大空に舞っていた。
「疲れたら言うのだぞ」
「あいよ。たぶん平気、力わけてもらったし」
「今度肩当て作ってもらうわね~」
「そーして」
「にしても結構遠そうだね」
「さすがのオレもこっちにゃ来たことねえからなあ」
「わたしもです」
「王族以外行かないからな。地図上の計算があっていればいいが」
「途中敵に遭わなければ大丈夫でしょう」
「だな。んな開けたトコ突っ切るなんざ、気が気じゃねえよ」
「まあね。っつっても道なりに行くほうが危ないから、今は」
南には森以外に、林業の町や港町もあるため、舗装されている道がある。途中までは森と同じ方角に道が伸びているのだが、彼女たちは使わず、向かって直線で南東に走っているのである。
休んでいる暇がないのもあるが、宿場が点在しているため避けたのだ。
「軍の動かしかたは知らないけど、暗殺はやりやすい」
「統率が取れていないのならほぼ動きはないだろう、がな」
「特に命令されてないんなら勝手に動くぜ。金欲しいからよ」
イスモ、エメリーン、ヤロはそれぞれの立場からの意見を伝える。傍で聞いていたアマンダは、少し冷や冷やしていた。幼馴染みが彼らを元コラレダ傭兵だと知っているからだ。
念の為、アマンダは出発前に話をしたのだが。相手はあなたもアードルフ心配しすぎ、と笑って返した辺り問題ないだろうと思ってはいる。
アードルフが弟分に注意していたのも見ているので気負わずとも良さそうだが、やはり貴族にも個性がある。レインバーグ家はライティア家と似たような気質とはいえ、やはり心配なのだろう。よく知っている人でも、だ。
「少し、肩の力を抜いても宜しいかと」
ふ、と意識が戻ったアマンダ。目線はすぐ隣には昔から仕えているアードルフがいた。
「ありがとう」
「空から見ても敵はいないようです。ここは急いだほうが良いでしょう」
「ええ。一刻もはやくアンブローを再建しなければ」
国という壁がなくなった以上、ライティア領地に攻め入られるのは時間の問題。天然要塞に守られているとはいえ、軍事力に関してはコラレダと比べれば皆無に等しい。
色々な思考が入り混じる中、アマンダは先を急ぐ。
このとき、出立前に感じていた恐怖を、すっかり忘れていたのだった。
数日後、ようやく木々の姿が見えてくる。この辺りは陸上からだと正確な距離感が掴めないらしく、情報屋が距離感を測っていた。
「ずっと変わってねえぞ。進んでんのにな」
「心配すんなって。ちゃんと近づいてる」
「幻術の一種がかかってるんでしょうね~」
ここまでくれば魔法を用いる以外の追撃はないらしい。使うには精神力も必要なため、今は代わる代わる休みながら常歩していた。
「おわ、あんま動くなって」
「慣れねぇんだって」
「だったら今のうちに慣らしとけ」
「わぁってるよっ」
ヤロと情報屋は、何だかんだで仲が良いようである。
「離宮に一番近いのはどのあたりかしら」
「どうだろう。地図では真ん中にあるわよ」
「外で野営してるならもっと海側だろうね。見つかりにくいし」
「ストップ。お迎えのようだぞ」
と、リューデリア。ゆっくり降りて来た魔女は、構えることなく着地した。
「着いたのか」
「ああ。今解いて下さると」
「フィリアから連絡があったのね」
一気に血の気がなくなるアマンダ。表情を見たリューデリアは、クスリと笑う。
「怒ってはいないようだぞ。すぐ中に入るようにと」
「馬から下りたほうが良いか」
「うむ。入口からヘイノのいる場所へ飛ぶそうだ」
言われた通りにした一行は、目の前に注目した。相変わらず遠くにある木々が一気に色づくと、一部が渦状に歪み、一頭と一人が通れるぐらいの穴らしきものが現れた。
先の風景は、鮮やかな葉色とたくましい幹が見える。
周囲を警戒したのち駆け足で全員がくぐると、風景は通常に戻る。だが、一点だけ異なっていた。
「遠路はるばるご苦労さん」
「あんたはあの時の」
「ん? ああ、ミルディアで会ったね」
覚えてくれてたとは嬉しいね、とフィリア。先に移動したいようで、動くことにした一行。あらかじめ用意されていた魔法陣は乗るとすぐに発動し、目の前にアンブロー近衛兵がまとう制服を身につけた人間たちがいる場所が映し出される。
突然現れた存在に驚き構える近衛兵たちだが、フィリアの姿を認めると、謝罪しながら武器を下ろした。
「ヘイノはどこだい」
「狩りに出られておられます」
「またか。安静にしてろつってんのに」
ったく、と風の魔女。縛り付けてやろうかね、と要人に対して随分な態度をとる。
「ああ。感づいてるだろうがこの子達は味方だ。あんたたちも安心して過ごすといい」
「恐れ入ります」
受け答えをした近衛兵を初め、彼らの目線は下になっており、表情も乏しい。
気持ちは分かるんだけど、と口にしながら、フィリアは皆を中心地に連れて行く。
「アマンダ。あんたアイリに手紙書いてないだろ」
「うっ。そ、それは」
「ったく。おかげでやつれちまってるよ」
と口にし、チラッとアードルフを見る。その瞳は、子供のようであった。
数分で大きめなテントが現れ、中は事務仕事がすぐに出来そうな机と椅子、ポールハンガーに寝床と、至ってシンプルな構造である。
「アタシはお茶も取って来るから、セッティング頼んだよ」
「はぁ~い」
了承したサイヤは、リューデリアと手分けしてソファーとテーブル、食器を出現させる。情報屋はおずおずと近づき、ゆっくりと準備しだした。
「す、すごいな」
「魔法で移動したり収納できるんですって」
呆気にとられているエメリーン。魔法は本来、自国民以外の人がいるところでは使われない。強いてなら、ライティア家の館と周辺か魔女たちが移動に使う祠のみなのだ。
アルタリアと同じ立場であるフィリアが許可したのは、それだけの情勢だからなのだろう。
なお、立場に関してはあくまで体裁上、である。
先に座っておこうとした矢先、大きな爆発音が響き渡る。若干地面が揺れたが、魔法師以外はすぐに表へ駆けていく。
「あ~ぁ。やられちまったか」
「死ななければ問題なかろう」
「あら~、準備しとくわね~」
異国の者たちは、のんびりとお茶と参加者を待つようである。
変わって外では音に驚いた人間が集まっており、中心に砂埃をまといながら立っているフィリアの姿が。手には誰かを引きずっており、動く気配がない。
「ああ、ちょいとシメただけだから」
笑顔で手を振りながら話す風の魔女。アマンダ以外の頭上には見えない縦線の集まりと背中の冷や汗を感じ、開いた口が塞がらなかった。
およそ三十分後。
「恥ずかしいところを見せて。エスコが一命を取り留めたのは嬉しいよ」
バツの悪い顔をしながら両手でカップを持つ大将軍。両腕両手には、立派な包帯が巻かれていた。
「ちょっと小突いただけなのに」
「貴女の少しは大木が倒れるだろう」
と、アードルフ。横にいた義弟たちは紅茶を噴出しそうになる。
「そりゃ魔法を使った時さ。人相手に使わないって」
さすがにエレノオーラにしばかれる、と、けらけら笑う魔女。そうだったのか、と返すアードルフを見た情報屋は、意外にそまってんな、と思った。
「ヘイノ様のお体もあります。アマンダ」
頷いた令嬢は先日話した内容を繰り返す。兵力を補いながら首都ノアゼニアを奪還するというものだ。
「成程。それでアードルフに決闘させる、と」
「いえ、決闘はわたくしが行います」
他の人にやらせては意味がありません、とアマンダ。視線を集めるには十分だったようだ。
「嬢ちゃん。相手はすげえ強え奴なんだぜ。最悪ケガじゃすまねえぞ」
「ええ、承知しています。でも、わたくし本人がでる、とはいっていませんわ」
令嬢はフィリアを見る。既に気がついていたのか、彼女は動じない。
「フィリア、契機をお願いします」
「あんたはまだ十四歳だ。今じゃなくてもいいじゃないか」
「これ以外方法がないのです。何としてでも打ち破らなければ、ライティア領も危険にさらされます」
「はあ、やる気ないんだけど。ヘイノ、この状況をあんたらだけで何とかしな」
「うーん」
「ってか兄貴が決闘すれば終わりでしょ。何も無理してお嬢様がやらなくても」
「お飾りの将では誰もついて行かないから、だろう。アマンダ」
呼ばれた者は、眉をひそめながら頷く。
「んま~、傭兵の野郎共は特にそうだね」
あんたたちも初めは疑ってたんじゃないのかい、とフィリア。彼女は顔を合わせたイスモとヤロに向かって、責めちゃいないよ、と伝えた。
数秒の沈黙後、
「アマンダ。君がアンブローの為に考え、動いてくれたことに感謝する」
と、笑顔でヘイノ。だがすぐに表情が変わる。
「ニコデムスという男を知っているかな」
「有名なクソ野郎だ。女子供も平気で殺る」
「悪い傭兵の模範ってカンジ」
ヤロとイスモはいらだちやため息交じりで話す。一方、アードルフは険しい顔をしていた。
「おそらくこの男が主犯だろう。情報屋、どうかな」
クッキーをつまみながら聞いていたらしく、むせる子供。
「げふげふ。あ、うん、そう。げほ。金で取引したみたいだぜ」
「ふふ、聞いていてくれて安心した」
力至上主義であり生き残ることが何より尊いとされている傭兵の世界は、騎士と違って秩序や正義はない。それはあくまで個人的な範囲であって、しきたりはないのだ。
強いていうなら、戦場から生還することが正義なのである。助かる為の道筋に関しては、各々の価値観になるため、ある意味派閥が形成されるのも致し方ないだろう。
「時間があれば決闘まで持って行きたかったが。そうもいくまい」
こうしている間にも、おそらくコラレダから使者が送られてきているはず。着く前に拠点を取り返し次に進まなければないと続けた。
「幸いにも東から攻められる事はない。北に注意を払いつつ、ランバルコーヤを落とす」
「ヘイノ様。南には中立の貿易都市がありますが」
「既に使者を出したが。まだ返答がない」
「ついでにコラレダにはつかないぜ。領主が使者にいってた」
「やはりか。コラレダには何度も侵攻されているし」
「可能性あんじゃね?」
「コラレダよりはな。まずは足元を固めなければ」
将軍はコラレダ傭兵がどの辺りにいるのかを情報屋に聞く。ちょっと見てくる、といって本人は立ち上がり、天幕を出た。大まかにならすぐに分かるという。
「アマンダ達は平原を真っ直ぐ来たのか」
「はい」
「そうか。さすがにすぐには近づいて来なかったようだな」
「連中けっこー移動してやがったぜ」
と情報屋。アンブロー領地の地図を上にかぶせると、ペンを取り出し、楕円を描いた。その上に大きさの違う円をいくつかつける。
目立つ円は三つあり、首都ノアゼニアが一番大きく、南に向かうたびに小さくなっていっていく。
「ノアゼニアとその他、ちょうど半分ぐらいっぽい。ざっくりだけど」
「ここらには宿場があったな。野蛮な事を」
だが円は、薄い点線をまたいではいない。直前のところまで来ているが、拒まれたように離宮側へ流れてきているようだ。
「半分、ということは約三千とプラスアルファか」
眉間にしわを寄せるヘイノ。
数十秒間の沈黙から、フィリアは、
「相手は傭兵なんだ。別に一対一にこだわる必要ないんじゃないのかい」
「そうだ。剣闘士は団体戦でやるときもあるじゃねえか」
思わず表情を明るくさせた将軍の口元は、怪しく笑う。
「決まったな。急いで出立の準備を。詳細は移動しながら話そう」
光明が見えた一行は、アマンダを除いて天幕の外に出る。風の魔女の視線が気になった令嬢は、足が止まってしまったのだ。
「何でもかんでも背負い込む必要はないのさ。ライティアはアタシとエレノオーラがいるから、焦らずにやんな」
「わかりました。最悪の事態にならないように動いていきます」
にこ、と微笑んだアマンダは、お母様にも手紙を書きますね、と言い残す。
本来魔法師たちは、外国の戦いに首を突っこまない主義で、戦うことを一部を除いて禁じられているし、そう望んでいる。アマンダも良く理解している。
それでも戦わなければならないのなら戦うしかない。
フィリアは改めて、己の立場と誓いを天に掲げたのであった。