東京異界録 第3章 第31録

 私が目を覚ますと、よい香りが出迎えてくれる。どうやら、誰かが食事を用意してくれているようだ。
 「おや、起きたのかい」
 聞き慣れない男の人の声がする。二、三回まばたきをし、ようやく理解が出来た。あの戦いの後、疲れて爆睡してしまったのだ。
 慌てて布団をはね飛ばそうとするが、
 「無理はしなくていい。疲れているだろうからね」
 「は、はあ」
 ところでこの人、誰なんだろ。
 ありきたりな疑問を持つと、足音が聞こえてきて、すぐさまふすまが開かれる。
 「あれ、ねーちゃん。起きてたんだ」
 いつの間にか、そして何故か和服に着替えているユキ。身につけているものは借りたという。
 「マーラさん、どう」
 「大分落ち着いてきているよ。もう少しで体も動かせるようになる」
 「そっかぁ。もう少しでごはんできるんだけど」
 「それまでには治るだろう。間に合わなかったら先に食べてても構わないからね」
 「はぁい。またねーっ」
 どうやら元気いっぱいのようである。
 ひと安心すると、今度は目の前にいる妖怪さんのことが気になり始める。名前は、マーラ、というらしいが。
 目が合うと、にっこりと微笑まれた。
 「色々と知りたいことがあるだろうが、今は治療に専念しようか」
 「は、はい」
 後でちゃんと皆の前で話すからね、と男性。顔の前に置かれた大きな両手から発せられた淡い光は、白色からゆっくりと水色に変わり、やがて緑色になる。
 光から帯が伸びると、私の体を包み込んだ。まるで温泉につかっているような心地よさになっていき、体が軽くなっていく。
 うとうととし始めると、とたん冷たい空気がほおをなでた。きっとジュツをかけ終えたのだろう。
 「どうかな」
 ぱちぱち、と反射的にまばたきをすると、背伸びをしたり、腕を回したりと体を動かしてみるが、とくに違和感はない。
 「大丈夫そうなら行こうか。大勢で食べたほうがおいしいからね」
 と、手を出される。数秒間見ていると、お手をどうぞ、と口にされた。
 え、あ、そーゆーことだったんだ。
 気恥ずかしさもあり下を向きながら言われたとおりにすると、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。今気づいたが、私の服も変わっているではないか。
 「ああ。着替えさせたのは女性だから安心したまえ」
 この人、他人の心が読めるのかしら。
 少し不思議に思いながらも後をついていくと、しばらく昔ながらの廊下を歩き、あるふすまの前に止まる。そのまま中に入ると、カーペットの敷かれた、現代と同じような形式の部屋だった。
 入ってみると、みんなはアンティーク調のテーブルに次々と食事を運んでいた。
 「あら楓、もう大丈夫なの」
 「うん、手伝うよ」
 「いいからいいから。明日香ちゃんもいるから座ってて」
 と、カシスちゃん。どうやらほとんど無事だったみたい。よかった。
 私は明日香ちゃんの側に行き、隣に座る。まだ慣れていないせいか、彼女は頭の上に大量の汗を出しながら話していた。
 まあ、話すのが苦手な人って、伝えることに一生懸命になってしまうところがあると思う。私もそうだったから、何となく気持ちがわかる気がするわ。
 「ほ、本当に、無事でよかった、です」
 「ありがとう。明日香ちゃんも怪我はないみたいね」
 「は、はい。疲れただけだったので、大丈夫です」
 「ところで、カーラ君とカヌス君は」
 きょとん、とする明日香ちゃん。緑の人ですか、と聞かれたので、うん、と返した。
 「ここには、きてないです」
 「二人ならまだ休んでるそうだ」
 消耗が激しいらしいぞ、と如月君。あれ、顔色がよくないように見えるけど。
 「そうなんだ。如月君も無事でよかったよ」
 「お互い様だな。雪祥(ゆきひろ)と伽糸粋(カシス)のおかげだ」
 「おおっ、涼ちんにほめられたよ」
 「人を何だと思ってるんだ、お前は」
 えっへへ~、とご機嫌なユキ。きっと安心して軽口が促進されてるのね。ごめん、如月君。
 はあ、とため息をするが、小皿が運ばれてきたので人数分を配ろうとする。イスの前でいいかな、と思った矢先、
 「おっと、レディは座っていてくれて構わないよ」
 「ちょっとぉ。魔羅(マーラ)ちゃん、どういうことかしら」
 聞き捨てならないわねえ、とプリム。おやおや、と笑顔になると、君と伽糸粋(カシス)は住人だろう、と返した。
 色々と突っ込みどころがあるが、ややこしくなりそうなので言葉をしまっておくことに。
 最後にカシスちゃんとクサナギが料理を持ってきてくれ、配膳は完了したよう。まるでバイキングのように、左右対称に食べ物が並んでいた。
 「これは加具那(カグナ)からの労いだから、遠慮しないで食べておくれ」
 「いっただきまーす。やっばい、ご馳走だよ」
 我がチームの大食い大将は、嬉々として食事をとりわけ始める。隣に座る如月君やクサナギにも分け、私たちも同じように全員で回していく。
 楽しい時間が終わってジュツでカシスちゃんが片付けると、今度はデザートに突入。結構な量で、お腹も気持ちもいっぱいだ。
 「さて。ひと段楽したところで、話し始めても構わないかな」
 と、マーラさん。カーラ君に顔も名前も似ている彼は、一体何者なのだろうか。
 「まずは自己紹介からだね」
 「その前に。ちゃんと真実を話して下さいね。加具那(カグナ)と加阿羅(カーラ)から見張るように言われてますので」
 ピシッ、と動きを止める男性。見た目年齢はほぼ同じのクサナギは、にこにこしながら口にした。
 「まったく酷い扱いだね。まあいい」
 ふう、と息を吐き出した彼は、気を取り直して、
 「要(かなめ)が一、金(ごん)の魔羅(マーラ)だ。よろしく」
 と、話し始めた。

 

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