私が目を覚ますと、よい香りが出迎えてくれる。どうやら、誰かが食事を用意してくれているようだ。
「おや、起きたのかい」
聞き慣れない男の人の声がする。二、三回まばたきをし、ようやく理解が出来た。あの戦いの後、疲れて爆睡してしまったのだ。
慌てて布団をはね飛ばそうとするが、
「無理はしなくていい。疲れているだろうからね」
「は、はあ」
ところでこの人、誰なんだろ。
ありきたりな疑問を持つと、足音が聞こえてきて、すぐさまふすまが開かれる。
「あれ、ねーちゃん。起きてたんだ」
いつの間にか、そして何故か和服に着替えているユキ。身につけているものは借りたという。
「マーラさん、どう」
「大分落ち着いてきているよ。もう少しで体も動かせるようになる」
「そっかぁ。もう少しでごはんできるんだけど」
「それまでには治るだろう。間に合わなかったら先に食べてても構わないからね」
「はぁい。またねーっ」
どうやら元気いっぱいのようである。
ひと安心すると、今度は目の前にいる妖怪さんのことが気になり始める。名前は、マーラ、というらしいが。
目が合うと、にっこりと微笑まれた。
「色々と知りたいことがあるだろうが、今は治療に専念しようか」
「は、はい」
後でちゃんと皆の前で話すからね、と男性。顔の前に置かれた大きな両手から発せられた淡い光は、白色からゆっくりと水色に変わり、やがて緑色になる。
光から帯が伸びると、私の体を包み込んだ。まるで温泉につかっているような心地よさになっていき、体が軽くなっていく。
うとうととし始めると、とたん冷たい空気がほおをなでた。きっとジュツをかけ終えたのだろう。
「どうかな」
ぱちぱち、と反射的にまばたきをすると、背伸びをしたり、腕を回したりと体を動かしてみるが、とくに違和感はない。
「大丈夫そうなら行こうか。大勢で食べたほうがおいしいからね」
と、手を出される。数秒間見ていると、お手をどうぞ、と口にされた。
え、あ、そーゆーことだったんだ。
気恥ずかしさもあり下を向きながら言われたとおりにすると、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。今気づいたが、私の服も変わっているではないか。
「ああ。着替えさせたのは女性だから安心したまえ」
この人、他人の心が読めるのかしら。
少し不思議に思いながらも後をついていくと、しばらく昔ながらの廊下を歩き、あるふすまの前に止まる。そのまま中に入ると、カーペットの敷かれた、現代と同じような形式の部屋だった。
入ってみると、みんなはアンティーク調のテーブルに次々と食事を運んでいた。
「あら楓、もう大丈夫なの」
「うん、手伝うよ」
「いいからいいから。明日香ちゃんもいるから座ってて」
と、カシスちゃん。どうやらほとんど無事だったみたい。よかった。
私は明日香ちゃんの側に行き、隣に座る。まだ慣れていないせいか、彼女は頭の上に大量の汗を出しながら話していた。
まあ、話すのが苦手な人って、伝えることに一生懸命になってしまうところがあると思う。私もそうだったから、何となく気持ちがわかる気がするわ。
「ほ、本当に、無事でよかった、です」
「ありがとう。明日香ちゃんも怪我はないみたいね」
「は、はい。疲れただけだったので、大丈夫です」
「ところで、カーラ君とカヌス君は」
きょとん、とする明日香ちゃん。緑の人ですか、と聞かれたので、うん、と返した。
「ここには、きてないです」
「二人ならまだ休んでるそうだ」
消耗が激しいらしいぞ、と如月君。あれ、顔色がよくないように見えるけど。
「そうなんだ。如月君も無事でよかったよ」
「お互い様だな。雪祥(ゆきひろ)と伽糸粋(カシス)のおかげだ」
「おおっ、涼ちんにほめられたよ」
「人を何だと思ってるんだ、お前は」
えっへへ~、とご機嫌なユキ。きっと安心して軽口が促進されてるのね。ごめん、如月君。
はあ、とため息をするが、小皿が運ばれてきたので人数分を配ろうとする。イスの前でいいかな、と思った矢先、
「おっと、レディは座っていてくれて構わないよ」
「ちょっとぉ。魔羅(マーラ)ちゃん、どういうことかしら」
聞き捨てならないわねえ、とプリム。おやおや、と笑顔になると、君と伽糸粋(カシス)は住人だろう、と返した。
色々と突っ込みどころがあるが、ややこしくなりそうなので言葉をしまっておくことに。
最後にカシスちゃんとクサナギが料理を持ってきてくれ、配膳は完了したよう。まるでバイキングのように、左右対称に食べ物が並んでいた。
「これは加具那(カグナ)からの労いだから、遠慮しないで食べておくれ」
「いっただきまーす。やっばい、ご馳走だよ」
我がチームの大食い大将は、嬉々として食事をとりわけ始める。隣に座る如月君やクサナギにも分け、私たちも同じように全員で回していく。
楽しい時間が終わってジュツでカシスちゃんが片付けると、今度はデザートに突入。結構な量で、お腹も気持ちもいっぱいだ。
「さて。ひと段楽したところで、話し始めても構わないかな」
と、マーラさん。カーラ君に顔も名前も似ている彼は、一体何者なのだろうか。
「まずは自己紹介からだね」
「その前に。ちゃんと真実を話して下さいね。加具那(カグナ)と加阿羅(カーラ)から見張るように言われてますので」
ピシッ、と動きを止める男性。見た目年齢はほぼ同じのクサナギは、にこにこしながら口にした。
「まったく酷い扱いだね。まあいい」
ふう、と息を吐き出した彼は、気を取り直して、
「要(かなめ)が一、金(ごん)の魔羅(マーラ)だ。よろしく」
と、話し始めた。
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