「一体何が起こったのじゃ」
剣士像の洞窟から少し離れたところから駆けよってくるトロデ王。たちつくしている家臣たちと炎の壁を見、そして、肝心の人物がいないところから何者かをひきつけているのだろうかと察知。
だが、念のために、
「エイトは何をしておる」
「この中だ。あいつ、オレたちを逃がすために」
「な、何じゃとっ」
まさか炎の中にいるとは思っていなかった君主は、ククールが抱えている荷物を見つめ、肩をおとした。
一方、炎の内側は酸素もなくなってきており、高温もあいまって戦うには最悪の状況となっていた。
『返せぇ~、ビーナスのぉ~』
「悪いが返せない。姫を、ミーティア姫を助けなきゃいけないんだ」
普段と変わりない様子で話すエイト。だが、追った傷口からは、徐々に赤いシミが広がっていた。
『ウグオオオオッ』
元近衛兵の返事に逆上したのか、トラップボックスは熱さなどものともしない勢いで突進していく。
しかし、重傷を負ったはずのエイトは、それ以上の動きで敵の攻撃をかわす。さらにはがねの剣をうならせ、相手の左腕を切り落とす。しかも一撃で、だ。
不思議だ、とても体が軽い。さっきまですごく重くてだるかったのに。
エイトは不思議な高揚と身軽さに驚くが、それどころではない。仲間たちを守るためには、敵を倒すか宝石を渡すかどちらかしかないからだ。
再び剣をかまえたエイトは、気合とともに攻撃にてんじる。トラップボックスは残った右腕でエイトを潰そうとするが、こともあろうにたかが1本の剣で防がれてしまった。
徐々に、魔物の動きが鈍くなっていく。攻撃があたらず、自らの体を傷つけられていくあげく、エイトの鬼気に押されているのだ。
まるで、天敵を目の前にしている動物のようになっていっているのである。
その隙がエイトにチャンスを与えた。彼は業火の炎を呼びよせ、敵の周りをさらに激しく攻めたてたのだ。
さすがに耐えきれなかったトラップボックスは雄たけびをあげ、地面に全身をこすりあわせて鎮火させようとする。のた打ち回るたびに大地がゆれるが、なぜかエイトは揺れることなく見下ろしている。
「これで終わりだ」
エイトは剣をしまい、右手を天にあずける。すると、空が光り、苦手な者が聞いたら逃げだしたくなるような音が天に響いた。
「ライデインッ」
主に命令された稲妻は標的を抱擁し、轟音をとどろかせる。
周囲に舞った土ほこりがやむと、無残な姿になった魔物の姿があった。もはや原型すら残っておらず、焦げているただの廃品になってしまったのである。
さすがにこれで、もう動けないだろう。
確信したエイトは、きびすを返し、仲間たちと合流しようと振りかえる。
しかし、彼の意識はそこで途絶えてしまった。
それから、どれぐらいの時間がたったのかはわからない。だが、エイトは、ふ、と目を開けた。
「エイト、しっかり。しっかりしてっ」
女性の声が頭上に響く。ほかにも、複数の声が聞こえてきた。
だが、それはあまり気にとめていなかった。なぜなら、彼は目の前の人物に釘づけになっていたからだ。
「ひ、め」
「え」
「姫、ご無事だった、のですね。もと、に、戻れた、のですね」
「な、何言ってるのよ」
疲れているのか、エイトにはあまり声が聞こえなかった。許されるはずがないと知りながらも、泣いているらしい彼女の目に触れる。
「ど、どう、されたの、ですか」
「あ、あんたが、無茶するっ、からっ」
エイトにはなぜミーティア姫が泣いているのか理解できなかった。せっかく呪いがとけたというのに、どうして悲しんでいるのか。
ああ、もしかしたらトロデーンを離れたくないのかもしれない。姫は国をとても大事にしていたから。
エイトは口にしたかった。本当はどこにも行かないで欲しい、と。でも、一介の兵士が、しかも身よりがないどこの馬の骨とも知らない人間が言ってよいことでもない。
これはミーティア姫が生まれる前から決められていたことであり、本人も理解している。それに、大国の王子なら、きっと素晴らしい人格の持ち主で、姫を大事にしてくれるだろう。それに、地位も名誉もある人だ。
なら、自分ができることは、何なのだろうか。そう、彼女の幸せを祈り、願うことだけ。
どういうわけか重い右腕を動かし、彼女のほおを包み、
「ひめ、ど、か、しあわ、せ、に」
それだけいうと、エイトの腕がおろされる。とっさにつかんだ姫だった令嬢は、それが何を意味してたのかがわかった。
「いやあぁぁっ。エイト目を開けてっ。ねえ、ねえってばっ」
「あ、兄貴っ。そんな、そんな。そんなハズはねえっ」
「な、何という事じゃ」
ククールは無言。ありったけのMPで回復し続けての結果だったからだ。
だが、彼の感情は、左手の握りこぶしの震えが代弁していた。
「ククール、てめえ僧侶なんだろ。何とかしやがれっ」
「無茶を、言うなよ。炎が消えたときには、もう」
「うるせえっ。オレも手伝う、なんだったらこの命くれてやるっ」
「そうじゃ、それじゃっ」
トロデ王は妙案を思いついたらしく、ククールにむきあう。
「蘇生呪文じゃ。確かいのりの指輪があったはず、それを使って唱えるのじゃ」
「ば、馬鹿言わないでくれ。あんな高度な呪文、オレには無理だ」
相手のことなどお構いなしにトロデ王は、
「お主しかおらんのじゃ。このような事になったと姫が知ったら、どんなに嘆き悲しむか」
頼む、エイトを助けてくれっ、と、続ける。一国の主が、普段から横柄な態度をとるあのトロデ王が、頼むなどと口にすることなど滅多にないだろう。王族ふたりにとって、エイトは家臣以上の存在なのかもしれない。
異常な冷静さを保っていた、いや、おそらく感情の限界をこえてマヒしてしまったのだろうククールには、そのことに気づかない。ただ、目の前の現実から逃避するために、何もしないことを選択しているのだろう。
だが、ヤンガスが彼の体をゆすり、兄貴を助けてくれ、と何度もいい、気の強いゼシカですら、涙を流しながら力をこうていた。
そして、脳裏にはもはや、見れるはずのない屈託のない笑顔の、年下の青年が浮かぶ。ずいぶんとおせっかいな、お人好しの顔だ。
ククール、ありがとう。君のおかげだ。
あー、そういやあ、ああいう風に人から礼を言われたのって、いつのことだっけ。
ククールの意識はようやく体に宿り、エイトの道具袋からいのりの指輪をとりだす。指にはめ、MPを回復させると、顔を両手で勢いよくはさんだ。
「お前らの力、オレに貸してくれ」
「ククールッ」
「おうよ、もちろんだ」
僧侶はエイトの横に座る。わずかに震える両手を見つめ、空にむかって、神よ、ご加護をっ、と叫ぶ。
十字をなぞり呪文の詠唱にはいるククール。エイトの周りに白い光りがあふれ、さらに彼の体をおおう巨大な十字架が出現。
「ザオラルッ」
呪文を口にすると、十字架が受け手の体の中に消え、白い光が一層強まる。
「今だ、お前らのMPをエイトに集めてくれ」
うなずくより早く両手をエイトに伸ばし、己が力を分け与えるヤンガスとゼシカ。しかし、彼に反応はなく、目を閉じたまま。
ククールは焦りはじめた。まったく動かないエイトを見て、さらに集中したが、変わららない。しかも白い光すら弱くなってきていた。
失敗する、そうよぎり思わず眼を閉じた瞬間、騎士の隣に白い手がのびてきた。
すると光が勢いをとりもどし、エイトに力が注がれていくのを感じたククールは、まぶたを上げ、いつの間にか隣にいた若い女性を見る。
茶色の髪をし見た、こともない服に身を包む女性。耳がいささかとがっているように見えるのは気のせいか。
時間にして数秒だったろう間、誰かがリーダーの名前を呼んだ。はっとしたククールはエイトがほんの少し動いたことを確認すると、慌てて集中する。
そして、光が消えると、謎の女性も消える。恐る恐るトロデ王がエイトの脈をはかると、ぱあっと顔に明るさがはじけとんだ。
「良くやった、成功じゃぞっ」
「やったあっ。エイト、わかる。私よ、ゼシカよ」
「うっ」
「ああ、兄貴。ご無事でがすか。痛いところはありやせんでげすか」
「うう、う」
「これお前達、ゆするでない。さすがにまだ意識は戻っておらんなんだ、まずはエイトをパルミドに連れて行くのじゃ」
「そうね。姫様には悪いけど、エイトを先に休ませてあげましょう」
ククール手伝って、とゼシカ。だが、放心している彼からの返事はない。
首をかしげた彼女は、聖堂騎士の前にいき、ククールに話しかける。
「エイトを運ぶから手伝ってよ」
「あ、ああ」
けだるい体をおし、エイトをおぶるククール。小さな息づかいが、彼の耳に聞こえてきた。その瞬間、不思議と軽く感じたのは、気のせいではないだろう。
「よし、キメラのつばさを使うぜ。寄った寄った」
パルミドにつくまでの数分、ククールは、どうしても謎の女性が頭から離れなかった。
町につくと、ヤンガスが事情を話し、部屋を確保する。そして、次はミーティア姫を救出するために、彼を残してゲルダの家へとむかう。
「まったく、一時はどうなることかと思ったわ」
「だな。まさか兄貴があんな無茶をするお方だとは思わなかったぜ」
「無茶、ね」
「どうしたのよ」
ゼシカの問いかけにも答えなかったククールだが、改めて思うと不思議なことが数多くある。謎の女性といい、エイトの力といい。
とくに、後者にいたっては完全に理解ができない。いくら何でも男ひとりを、しかも片手で放り投げるなんてヤンガスでもできないことだ。
そして、あの炎。たしかにエイトはギラ系呪文を使える。だが、ゼシカには及ばない威力だ。
それにも関わらず、あのときは魔法使いの力ですらはじき返した。いったいどうなっているのか。死を覚悟したからできたことなのか。
「ちょっと、ククールってば」
「わかったわかった。姫様を取り返したらすぐに薬草を買って戻ればいいんだろ」
「何だ、ちゃんと聞いてたのね」
聞かなくてもこのあとどうするかぐらい予測はつくが、と彼は思ったが、口にださないでおいた。
エイトが起きたら、不思議なレディについて聞いてみよう。彼の頭には、それしかなかったのだった。
彼らがとおりを歩いていると、目の前が騒がしくなる。何と、全身をマントで隠した何者かが建物を乗りこえたらしく、着地していたのだ。
「そこは通っていませんから、お金を払う必要はないですよね」
そう口にした、声的に女性だろう人物は、ヤンガスたちの横を会釈しながらとおりすぎる。
「あ、あれを飛び越えたっていうの。すごいジャンプ力ね」
「相当な美女と見た。どれ、顔を」
「あんたねえ、姫様のほうが先でしょ」
「わわ、わかったって。怒るなよ」
「早く行くでがすよ。おっさんが待ちくたびれちまわあ」
ヤンガスたちは改めて、ミーティア姫を迎えにいくのだった。
ところ変わって、宿屋には先程の女性が訪れており、休むために部屋を予約していた。
指定された部屋にいき、荷物をおくと、すぐさま退出する。フードつきの白いマントをゆらしながら、隣の部屋の前にたつ。
そっと手をかけ鍵がかかっている音を確認すると、周囲をうかがい、両手をかざす。
すると淡い光がもれ、カチリ、と情けない音がした。
忍びこむようにはいっていくと、女性はエイトがすやすやと眠っているのを目にする。静かに扉をしめると、足音を殺して近づいた。
当然、エイトは気づかない。よい夢を見ているのか、表情だけは穏やかだった。
「まったく、何て無茶をするのです」
はあ、とため息をつきながら、女性はベッドに座り、血の気のない顔色をなぐさめるように触れる。
「困った子ですね。何があったのかはわかりませんが」
彼からでている命と力の波動を感じとれるらしい彼女は、エイトの身に起こったことを推測したのだろう。再びため息をつくと、力を手に集めだした。
すると、ザオラルの数10倍は薄い生命の光がエイトを包みこみ、顔色がだんだんとよくなっていく。
光が消失すると、ちょっと具合が悪くて寝こんでいるかのような状態になった。
「栄養のあるものを食べて下さいね。さすがに血までは戻せませんから」
そういうと、連れがまだ戻ってこないことを窓からうかがい、再びエイトの近くに座る。まるで肉親でも見ているかのように、女性のまなざしは優しいものだった。
だが、すぐに表情が曇る。
先程の雷雲は、間違いなくこの子が呼んだもの。やはり、エイトには選ばれし者の力が宿っているのだろうか。
旅人は声にださないが、このように考える。トロデーン城の状態で無事でいられたことといい、遠目とはいえ、間違いなく強い力を感じとった先ほどのことといい。
火事場の馬鹿力だけでは説明できないことが多いが、あくまでそれは一般論であり、彼女にとっては大したことではない。
問題は、彼が自分の正体を知ったとき。そのときに、ちゃんとこの子は自分の足でたてるのだろうか。そして、一緒にいる仲間とはどういう風になるのか。
こればかりは誰にもわからない。そして、今まで見守っていたのだろう、この女性も例外ではなかった。
もうしばらく様子を見ることにした女性は、エイトの頭に触れ、なでる。
「さて。名残惜しいですが、そろそろ行かないと」
あの子を待たすのもかわいそうですしね、と自分にいい聞かせるようにつぶやく女性。
静かに退出すると、自分の部屋へと戻り、自身の用事をすませるのであった。
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