光がやむと、一行の前には見知らぬ場所が開けていた。
「これ、現実? 私たち、夢を見ているの?」
何だか絵本みたいな感じで、すごい、わ、とゼシカ。
一方、まばたきしかできないエイトとヤンガス。対して、ククールは、
「修道院も追い出されてみるもんだね。おかげで珍しいものが見れた」
ロケーションもバッチリ。人気もない、うん、と彼。
「ククール、どうしたの」
「ん、ああ、独り言さ。何でもない、何でもない」
繰り返しているあたり怪しいが、エイト自身はよくわからなかったので、そう、とだけ返す。
「わけのわからねえ事は見てみぬフリをする。それがアッシの生き方でがす」
さあ、兄貴も知らんぷり、知らんぷりでげすよっ、と弟分。力んでいうことでもないような気がしたが、苦笑いという返事をした。
突ったっていても仕方がないので、エイトたちはゆっくりと、奥へと進む。屋根の上で月の満ち欠けごとに円状で並んでいたり、周囲には滝が流れていたり。はたまた、足元には澄んだ湖があり、その上部に小さな部屋らしき建物がある。
「エイト、足っ」
「え」
ゼシカが声を荒げると、本人は無意識に歩きだしていたようで、右足に視線を落とす。令嬢が注意しようとした理由は、エイトが何もないところに踏みこもうとしたからだった。
しばらく動きをとめた後、
「だ、大丈夫。何かの力が働いて、落ちないようになってる、みたい」
あはは、と乾いた笑い。あやうく得体の知れない水の中に落ちるところであったが。
外と同じように魔物の気配はまったくない空間を、気を取りなおして進むエイトたち。従来の水の流れに逆らった方向で流れているような家の壁は、もはや人間が作りだせるものではないだろう。
扉は彼らが知っている方法で開き、中にはいると、ハープの音が響き渡る。
「私はイシュマウリ。月の光の下に生きる者」
私の世界へようこそ、と、一礼をしながら話す謎の人物。耳は長く、服装も様式が異なっていた。
部屋の中心に設置されている大きなステージ、とでも表現すればよいのだろうか。一段と高くなっている場所にイシュマウリはたっており、周りでは、楽器が勝手にそれぞれの働きをしている。
時間があれば探索したい気持ちになるが、もちろん今はそれどころではない。
「ここに人間が来るのは、随分久しぶりだ。月の世界にようこそ、お客人」
「あ、あの。ここでどんな願いもかなえられるって聞いたのですが」
「いかにも。だからこそ月影の窓が開いたのだ」
「つきかげの、まど」
月の世界という言葉といい、聞きなれない単語は一行の顔を見合わせるのに十分すぎた。
「さて、いかなる願いが窓を開いたのか。君たちの靴に聞いてみよう」
イシュマウリは再びハープを奏でると、エイトの足元だけが光りだす。一同は突然起きた出来事に、心の浮かんだ感情どうりの反応をした。
「アスカンタの王が、生きながら死者に会いたいと願っている、と。ふむ」
言葉を聞いたとたん、一行は、前で風船が破裂したかのような表情になる。
しかし、発した本人は、いたって普通に、
「おや、驚いた顔をしている。ああ、説明していなかったね」
不思議な人物は問う。記憶は人だけのものとお思いか、と。
エイトたちは顔を見合わせる。全員が考えたことがなかったからだろう。
客人の態度を見て判断した月の住人は、身にまとっている服も家々も家具も、空も大地もみな、過ぎゆく日々を覚えている、と説明。
「物言わぬ彼等は、じっと抱えた思い出を夢見ながら、まどろんでいるのだ」
そして、それらが持つ夢や記憶を、月の光は形にすることができるという。
「死んだ人間を生き返らせることはできないが、君たちの力になれるだろう」
「ほ、本当ですか」
「もちろんだ、昼の光の下に生きる子よ。さあ、私を城へ。嘆く王の元へ連れて行っておくれ」
「ありがとうございます」
エイトは頭をさげ、他の仲間たちも笑顔でうなずきあう。
善は急げ、といわれるとおり、軽やかな足取りで部屋をでる一同。外にでればルーラで戻ることができるとはいえ、だいぶ時間もたってしまっているだろうと考えたリーダーは、月影の窓を開けながら呪文をとなえる準備をする。
だが、彼らが見たものは土の香りがする土地ではなかった。どこかで見たような噴水が、目の前にあったのである。
「さあ私を、嘆く王の元へ連れて行っておくれ」
と、イシュマウリ。
「あ、あれ。ここは、アスカンタ城、だよね」
「そ、そうでがす。たぶん」
「これもあの人の力なの。みんな眠ってるわ」
「道理で静か過ぎるわけだ。何かとてつもない事が起きてるみたいだな」
ま、あの手の顔は信用できるから安心しようぜ、と、エイトに耳打ちするククール。うん、と返事をすると、眠りを覚まさないよう、ゆっくりと王の間へ。
たどり着いた謁見の場には、変わらずアスカンタ王が泣き崩れていた。
イシュマウリは一歩前にでてハープを奏でる。すると、今まで無反応だった王が、初めてこちらに視線をむけたではないか。
「嘆きに沈む者よ。かつてこの部屋に刻まれた面影を、月の光の下、再び蘇らせよう」
演奏が始まると、旅人たちが見たこともない女性が、半透明の状態で現れては消えていく。その姿のひとつひとつは、とても楽しそうな表情をしており、踊ったり柱から隠れて顔をだしたりしていた。
幻を追い、アスカンタ王は、玉座と反対方向へ。部屋の記憶がひとつの場所にとまると、
「これは? 夢、幻。いや、違う、違う。覚えている、これは、君は」
触れようとすると、実体なき高貴なドレスを着た女性は消える。代わりに、声がしてきた。
『どうしたの、あなた』
アスカンタ王は振り返り、シセル、と叫ぶ。
「会いたかった。あれから2年、ずっと君の事ばかり考えていたんだ。君が死んでから」
『まだ今朝の御触れを気にしているの? 大丈夫、あなたの判断は正しいわ』
シセル王妃はドレスの裾をもちながら、アスカンタ王とは逆の方向にむく。
『あなたは優しすぎるのね。でも、時には厳しい決断も必要。王様なんですもの、ね』
皆、あなたを信じてる。あなたがしゃんとしなくちゃ。アスカンタはパヴァン、あなたの国ですもの、と続き、再び王の周りには誰もいなくなる。
『ねえねえ、聞いてっ。宿屋の犬に子犬が生まれたのよ。わたしたちに名前をつけて欲しいって』
玉座に体を回転させたパヴァン王は、思わずあごに手をあてる。
「あれは、僕? そうだ、覚えてる。一昨年の春だ。では、これは、過去の記憶?」
喪服を着ていないほうのパヴァン王が、
『宿屋に子犬が。君は? 何かいい名前を考えてるんじゃないかい』
『わたしのは、秘密』
『どうして。君が考えついたのなら、その名前がいいよ。教えてくれ』
『あなただって、ちゃんと思いついたんでしょ? 子犬の名前』
『でも、それじゃ君が』
シセル王妃は、両手で愛する人の顔を包む。
『馬鹿ね、パヴァン。あなたが決めた名前が、世界中で一番いいに決まってるわ』
シセル王妃の瞳は、かけがえのない人をいっぱいにいれ、
『わたしの王様。自分の思う通りにしていいのよ。あなたは賢くて、優しい人』
私が考えてたのは、あなたが決めた名前にしようって、それだけよ、とシセル王妃。エイトたちが見た幻の王は、今のアスカンタ王では想像もできないぐらい穏やかで優しい表情をしていた。
現実に戻ったパヴァン王は、玉座に座ると、手で顔をおおう。
「そうだ。彼女は、いつだってああして、僕を励ましていてくれた」
答えを求めるように天井を仰ぐと、どうして君は、そんなに強いのか、とたずねる。
そして、他の誰でもない、シセル王妃が、お母様がいるからよ、と回答した。
記憶の中のパヴァン王は、
『母上? だって君の母上は随分前に亡くなったと』
恥ずかしいのか、夫に背中を見せながら、
『わたしも本当は弱虫でだめな子だったの。いつもお母様に、励まされてた』
支えの母が亡くなって、悲しくて寂しくて仕方がなかったとき、このように考えたそうだ。
『わたしが弱虫に戻ったら、お母様は本当にいなくなってしまう。お母様が最初からいなかったのと同じことになってしまうわ、って』
励まされた言葉、お母様が教えてくれたこと、その示す通りに頑張ろうって、と続く。
『そうすれば、わたしの中に、お母様はいつまでも生きてるの。ずっと』
「シセル。僕は、僕も、君のように」
妻の姿が消えると、今度は、夫の部屋に続く階段の踊り場に現れる。パヴァン王のほうにむき、
『ねえ、テラスへ出ない? 今日はいい天気ですもの。きっと風が気持ちいいわ。ね』
過去と現在が一致すると、シセル王妃に差し伸べられた手をとるパヴァン王。ふたりを見守るため、一行とイシュマウリもついていく。
既に夜が明けかけており、朝日に包まれたアスカンタの大地は、王が来るのを待っていたかのように輝いている。
『ほら、あなたの国がすっかり見渡せるわ。パヴァン、アスカンタは美しい国ね』
「ああ。そう、だね、シセル。そうだね」
ようやく笑みを見せるパヴァン王。この2年間、上がることのなかった口角が、ようやく息を吹きかえす。
『わたしの王様。皆が笑って暮らせるように、あなたが』
とうとう月の魔法が解けてしまう時間がやってくる。シセル王妃は、光となって淡くなっていく。
その姿をもう一度抱きしめようとするが、初めのときと同じように、触れることはかなわなかった。
そして自らを抱きしめ、ひざを崩してしまう。
うつむいたパヴァン王は、
「覚えてるよ。君が教えてくれたこと、全て、僕の胸の中に生きてる」
すまない、シセル。やっと目が覚めた。ずっと、心配をかけてごめん、とつぶやいた。
音楽がやむと、パヴァン王は、ゆっくりと立ちあがる。そして、晴れ渡った空に自らの心情を重ねたのか、大きく深呼吸をする。
アスカンタ王は赤い目をしながら、旅人たちに近づく。
「旅の方々、ありがとう。僕はようやく長い長い悪夢から、目が覚めることができた」
あなた方のおかげだ、と、エイト、ヤンガス、ククール、ゼシカの順に、丁寧に両手で握手をする。
「今日はアスカンタの新たな門出を迎えられました。ぜひあなた方も参加していただきたい」
「参加、ですか」
「ええ。今まで支えてくれた民や家臣たちをねぎらいたいのです」
彼のいうねぎらいは、暗く沈んでしまった国を明るくさせるために宴をもよおす、という意味だった。パヴァン王はさっそく準備をするように指示し、黒い垂れ幕をさげ、元に戻すよう命じた。
当然のこと大臣の目は輝き、作業に携わった者たちの表情は活き活きとしている。
テラスから放たれた赤く華やかな王家の垂れ幕は、2年間の喪の終えんであることを伝えるのに十分だったよう。民は急いで服を引っ張りだし、さんさんと輝く太陽の光の下に勢いよく飛びだした。
子供たちは走りまわり、店主は商品や看板などを掃除し、主婦は井戸端会議、犬もゆったりと体を伸ばしている。
城の中はご馳走やお酒、歌や踊りなど、今までとは無縁だった日常に感謝をし、笑顔があふれかえっていた。
主賓として招かれたエイトたちは、パヴァン王と食事をともにしていた。
「シセルが僕に教えてくれたこと。もう二度と忘れはしまい。夢のような出来事だが、僕は信じます」
ありがとう、と何度も伝えるアスカンタ王。
「皆さんとキラのおかげで僕はようやく長い悪夢から覚めた。これからは王の務めに励みます」
黒い服を着ていたときとは比べ物にならない覇気で話すパヴァン王。
「本当にありがとう。もしこの先、何か困ったことがあったら、いつでも言って下さい」
その時は必ず、僕があなた方の力になります、と一国の主。必ず役に立つことを約束してくれ、エイトたちは国という大きな協力者を得ることになった。
その後も食事をしながら快談し、一時的な安らぎを得る一行。だが、彼らがアスカンタにとどまっていられる時間は、もうわずかしかなかった。
そして結局、この国ではドルマゲスのことはわからずじまいで終わる。
ところ変わり、彼らがパヴァン王と一緒にいる間、町の中でもお祭り騒ぎになっていた。
そんな中、旅人の格好をした人物がアスカンタへとやってくる。
「おや、旅の人かい。今日はめでたい日だからね、安くしとくよ」
「ありがとうございます。一体何があったのですか」
嬉しそうに今朝のことを語る女主人。内容を聞いて、成程、と女性は思った。
「噂ではシセル王妃の亡霊が出てお叱りになられたとか。さすがはシセル王妃、頼りになりますよ」
近くにいたおばあちゃんも会話に加わり、話がはずむ。その様子を見た旅人は、内心驚きを隠せなかった。
というのも、確かに自分がきたときは、シセル王妃はご存命だったからだ。彼女の死がきっかけとなりアスカンタは沈んでいたのだ、ということを、今知ったからである。
出来事ひとつで、国という大きなものですら繁栄したり滅んだりする。しかも、そのきっかけは内部からとは限らず、外部からもたらされる災厄の可能性もあるのだ、と。
女性はアスカンタ城を見ながら、再度そのように感じとった。
「薬草をいただけますか」
「はいよ、いくつ必要だい」
必要な数を伝え、レンネットの粉もあることに気づいた女性は、それも追加で購入する。お礼を伝えると、彼女はアスカンタ城を名残惜しそうに見ながら後にする。
そして、運命はエイトたちをも巻きこみ、さらなる場所へと旅立たせるのであった。
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