スノーマン 朱夏の大陸 後編

 「モグリン、落ち着くっちよ」
 ピクルが跳ねながら間にはいってくれるが、いつの間にきていた同じ姿のモグラが、彼らの頭一個分ぐらい大きい同種を抑えにかかっているほうが説得力があった。暴力をふるった張本人は、完全に頭が沸騰しているよう。
 「命がかかってるってのに落ちついてられっか。離せバカども、喝いれてやるっ」
 「と、頭領。どうどう。相手はニンゲンで、伝説だと体力がないんすから」
 「そうでっせ、ちょっとは合わせてやんないと」
 「サクヤは頭脳派だっちよ。体動かすのはニガテなんだっち」
 頭脳派でもないんだけど。後者はあってるな。
 フォローをしてもらえるのはありがたいが、何だが切ない。でも、まいっているのは本当のことなので、とりあえず水を飲んで休むことになった。
 ぼーっとしているとピクルが、
 「大丈夫っちか、サクヤ」
 「えー、あー。うん、へいき」
 「じゃないっちね」
 器用にも壁に寄りかかる雪ダルマ。ホントにどういう構造なんだか。
 「サクヤはこの世界に慣れてないっちから、無理はよくないっちよ。ゆっくり行こうっち」
 「ありがと、気を使ってくれて」
 「そんなことないっちよ。サクヤにはやることがあるんちから」
 つぶらなおめめをキラキラさせ、頭を九十度横に回すピクル。いやや、人によるだろうが、本当に怖いんだけど。
 だが、心から心配してくれているのがわかる。眩しいぐらい、彼はまっすぐで純粋だから。
 「元の世界に帰るには、問題を解決するしかないっちからね」
 そうだよ、元の世界に帰んなきゃっ。すっかり忘れてた、目の前のことで一杯一杯だったからなあ。俺としたことが。
 座っていられなくなった俺は、まるでお尻にとがった針が刺さったような勢いで立ち上がる。
 「外に行くんだったよな。こっちだっけ」
 「逆っち」
 「おうおう、何だ。どうした」
 ピクルに指摘された方角に体をむけ、歩き始める。そうだ、スマホがある世界に帰るんだ。
 「いきなり元気になりやがって。何を言ったんだ」
 「さあっち。よくわからないっちよ」
 動物と妖精は、どういうわけか目をあわしていた。
 入り口へ歩いていると、一匹の小さい鳥が飛んでくる。
 「やあモグラ、すぐに会えて良かったよ」
 「何でえ、どうしたんだ」
 「実はね、スノーマンが大陸の真ん中にいるみたいんだんだよ」
 仲間が騒いでいてね、と小鳥。お腹以外の全身が青く、聞いていて癒される美声だ。
 小鳥いわく、今の時期だからまとめ役のモグラさんに伝えにきたのだとか。
 マジかよ、いろんな意味で。
 「きっとキララっち。モグリン、きっと何かあるに違いないっちよ」
 「だな。おう、ありがとな」
 「どういたしまして。じゃあ、私はこれで」
 パタタ、と、音をたてながら飛び去っていく。こちらを向いて頭を動かしたように見えたが、たぶん会釈したのだろう。
 「大陸の中央って」
 「さっきちらっと話したがな、大陸で一番の大穴だ。地上からも繋がっててな。底なしっていわれてて誰も近づかねえんだよ」
 とモグラさん。グラサン動かしながらいうことじゃないっすよ。
 ってか、そんなところにいるのか。落ちたら大変じゃないか。早く行かないとっ。
 俺たちはうなずきあうと、現場へと急行した。
 ペースの緩急はあったが、スノーマンがいると教えてもらった場所へとやってきた。洞窟から抜けた先は、モグラさんの言っていたとおりだった。今いるところは螺旋空洞、とて表現すればよいだろうか。
 真ん中がぽっかりと開いており、その周囲にバリケードのない歩行者通路があるのだ。もちろん、穴と一番外側の壁への幅は、片側一車線道路ほどの広さはあるけれど。
 そおっと覗いてみるが、見事に闇である。
 「キララ、いないっちね」
 「どの辺りをうろついてんだかな」
 「何か特徴のあるものとかないんですか」
 「うーん、めったに来ねえからなあ」
 あごと思われる場所にてをあてるモグラさん。地元に住まう動物でさえ知らないなんて。よっぽど恐ろしいところなのだろう。
 「そうだな、あるとしたらこっちの方角の土がより熱いってことだな」
 「たぶんそこですよ。異常を調べてるんだと思います」
 「そ、そうかよ。じゃあ案内するぜ」
 異常あるところに雪ダルマあり。この世界の格言だと思うんだけど、ね。
 モグラさんが連れて行ってくれた場所は、確かに今までよりも空気が生暖かい。湿気じみていて、まるで梅雨の入りはじめのような感じだ。
 大穴から先は、本当に通路しかない。通ってきた道には、休憩がとれる小さな家や、道具置き場のような小屋がけっこうな頻度で並んでいたのに。
 それだけ誰も足を運ばないところだってことだ。たまにある小さな空間はちょっと寂しげな雰囲気すらある。
 そして、小休止をしていると、奥から音が近づいてきた。なにやら定期的に、ボス、ボス、というふうに。
 えーっと、どこかで聞き覚えのある音のような気が。案の定、雪ダルマ用の宇宙服がでてきたのである。うわ~。
 「キララっちかーっ」
 「そうだっちよー。寒いっちよー」
 ああ、ここでそんな格好してたらさむ寒い、じゃない、暑いよな。
 それにしても二体で踊ってるし。ちょうど追いつかない追いかけっこしてるみたいだなあ。
 「おうおう、無事でよかったじゃねえか」
 こっちはこっちで涙と鼻水の嵐かい。手下のモグラがハンカチ持ってるけど、どーやって鼻かむんだろ。
 感動の再会踊りと表情筋戻し時間が終わり、俺たちは問題解決へととりかかる。キララが調べてくれたところ、土の温度だけではなく、湖の水温も上昇しているらしい。
 「魚たちの動きがおかしかったっちから、調べてみたんだっちー」
 「そっちのほうから来てやがったのか。オレ様たちは冬にならねえと行かねえからな」
 あれ、モグラって魚食べたっけ。
 「あと、穴の底で何かが動いてるのを見たっちよー」
 「そりゃきっと、昔から住んでる大ミミズだろうな」
 モグラさんいわく、彼らよりも地中深くに住んでいる大ミミズは、この大陸の本来の統括者だったのだが、あまりに深くに住んでいるため、地上付近にでてくるのが難しいそうだ。
 そのため、同じ土の中に住むモグラさんたちにバトンタッチしたとか。どんだけでかいのかは知らないけど、顔だすのが大変ならしょうがないよな。
 だが、普段はここの高さまではやってこないという。やはり、その辺りに何かがあるのに違いない。
 俺は湖のことを薄紫色の瞳と羽根をもつキララに聞こうとする。
 だが、声をかけようとしたとたん地鳴りが鳴り響いたのだ。
 「な、何だっちー」
 「今まで地面が鳴くなんざ聞いたこともねえっ」
 「大変だっち、大変だっち」
 「おお、落ち着けって」
 と、驚きながらも慌てふためく彼らをクールダウンさせる。
 すぐに止まった土の叫びだが、数十秒後にまた同じぐらいのものが発生。体感的には同じ強さのようだが。
 「ビックリしたっちー。キララ、はじめての経験だっちー」
 マジで驚いているのか疑問だが。それはともかく、細切れに天井から砂が落ちてくるが、今まで経験したことのないことだ。入り口付近なら風のせいだと思うが、ここは表の空気が吹くことはないだろう。
 それに、あの危険な大穴からくるにしても、今の場所からだと遠いしね。
 「と、頭領ーっ」
 「何だ、うるせえぞ」
 「たたた、大変なんでさあっ」
 掘りながら叫んだようで、地面が盛りあがりながらこちらにむかってくる。ポンッ、と土から生まれたモグラが、大きいモグラさんに報告した。何と、大ミミズがあの大穴から現れた、というのだ。
 「すぐ頭領に会わせてくれって」
 「何だって。おっしゃ、すぐ行くぜ」
 巨大恐竜の次は大ミミズか。
 少しげんなりしながらむかう俺。そして、本当に超でかいミミズが、首から上を出していた。この際ツッコミはなしだ。
 ちなみにどれぐらいかっていうと、見えるだけでもビル十階分ぐらいだろう。
 「煩くしてしまって申し訳ないですね。移動したものなので、許して下さい」
 「そりゃ構いませんが。どうしたってんです」
 敬語のモグラさんに驚きながらも、見た目とは裏腹な腰の低さで説明し始める。
 ミミズが住んでいるのはここからさらに深い場所だが、そこでも地熱の温度が上がっているので、困っているという。彼が調べたところ、湖に原因があるらしい。キララが調べた場所と同じだろう。
 「ですが、問題の場所には大地から行くことができません」
 「あのあたりは固い岩盤があるからな。オレ様たちでも無理だぜ」
 「ミミズさんじゃダメっちかー」
 「私の力では、近くの山を壊してしまうかもしれませんから」
 統括者じゃなくて、覇者でもとおりそう。
 「おそらく、元凶は水の奥深くだと思います。魚たちが妙に熱い場所があると教えてくれました」
 なら、泳いでいくのも不可能だろう。息が続かないし、手のない魚たちじゃあ作業をすることもできない。
 ちくしょう、ここまできて行き詰るなんて。どうすりゃいいんだ。
 「そういえばスノーマン、あの秘薬はまだあるのですか」
 「ヒヤクって何だっち」
 「昔の話ですが」
 長老雪ダルマが今のピクルたちぐらいだった頃、イタズラ好きで発明好きなじいさんは、色々なものをつくっては動物たちに試していたらしい。
 その中には当然ガラクタもあるが、役に立つものもあったという。
 「水の中でも息ができる空気を作ったとか言っていませんでしたっけ」
 「それっちー。ミミズさん、キララたちを大陸に送ってほしいっちー」
 「構いませんよ」
 「いいんちか。ありがとうっち」
 待て、どういう意味だ。
 「いやあ、あの伝説の大ミミズに乗れるたあ、感激だぜ」
 涙してないで教えてもらえませんかね。
 「少し息苦しいですが、我慢してくださいね」
 と話すと、巨大ミミズは一度体を引っこめ、頭部だけだした状態で地面に横たわる。そして、口を、ガパァッ、と開けたではないか。
 「行くっちよ、サクヤ」
 「行くってどこに」
 「口の中っちよ。大ミミズさんは、世界中を移動できるっていう伝説なんだっち」
 口の中に入るんかいっ。
 「なにビビってやがんだ。大丈夫だって、溶けやしねえよ」
 大昔はよく使われてたんだぜ、と、モグラさん。いややや、カンベンして。怖い、怖すぎる。
 「早くするっちよー、もー」
 ボンッ、と背中にとんでもない衝撃が。ミミズの舌がクッション代わりになってくれたけど。うへぇっ。
 ってか、キララ。お前、体当たりしやがったな。
 「では行きますよ」
 真っ暗になると、モグラさんがつけてるチョウチンランプだけが淡く光っていた。
 思考停止状態になっていると、いつの間にかついたのか、髪がぬれていたらカチコチになりそうな風が吹いてきた。
 「待っててっち。ボクたちが上着もってくるっちから」
 「た、頼む。うおー、寒いぜこいつあ」
 俺はもはや寒すぎてもはや声にならない。防寒のために、スノーマンたちが降りた後、ミミズが口を閉じて土にもぐることに。
 何やかんやで長老雪ダルマの家にやってきた俺たちは、ことの経緯を話す。すると、確かに水の中で息ができる食べ物を発明したそうだ。
 「どこにしまったかのう。少し待っててほしいっちな」
 「じいちゃん、モノが多すぎるんだっちー」
 「片付けるっちよ、もう」
 小姑か、あんたらは。
 「そのうちやるわっち。サクヤ、モグラ、少し休んでくっちぞ」
 絶対やらないパターンだな、と思いつつ、温かい飲み物をいただきながら待つことしばらく。体も温まりすぐに動ける状態になっていると、長老雪ダルマとオラウータンが入ってくる。
 女口調のオラウータンは、古びた小さな箱を持っていた。
 「ここに入ってたわよ」
 開けてくれた箱の中には、水色のグミらしきもモノが入っていた。ひとつつまんで触ってみると、やっぱりプニプニしている。
 「それを食べると、水中で息ができるようになるのだっちよ」
 何てファンタスティックなっ。
 「じいちゃん、本当に発明と旅をしてたんちね」
 「ただの寝言だと思ってたっちー」
 キ、キララって意外にキツい性格だな。
 それはともかく、
 「呼吸のことは解決したとして。誰がもぐるんですか」
 「お主に決まっておろうっち」
 やっぱり、とガックリする俺であった。
 図々しいところもあるしゃがれ声雪ダルマにお礼を言って夏大陸へと戻ってくる俺たち。
羨ましがるデカい雪ダルマは、本当に子供のような心の持ち主だったようだ。
 それはともかく、ミミズは問題の湖の近くまで俺たちを運んでくれた。お礼をいって降ろしてもらい、この辺りには木々が生い茂っているのもあり、日差しにやらずにんだ。
 そして、おそらく小一時間ほど歩くと、問題の湖へと到着。事前に連絡を受けていたのか、モグラと様々な魚たちが嬉々として待っていた。
 「おかえりなせえ。どうでした」
 「おう、あとはサクヤに任せるさ」
 バシ、っと爪で背中をたたくモグラさん。きっと赤くなっていそうだが、それよりも重大なことに気づいた。
 水着がない、のである。
 「どうしたんだっち」
 「い、いやあ、この服のままで入ると動きにくそうだなって」
 「お前さんは布が多いからなあ。裸で入っちまえばいいだろ」
 「カンベンして下さいよ、変態でしょうがっ」
 なに怒ってやがんだよ、とモグラさん。公然わいせつ罪で捕まりたくないのだが、ここは異界の地。そういう犯罪は、そもそもないのかもしれない。
 考えてみれば、みんなほとんど裸だしね。
 だが、やはりプライドがあるので素っ裸になるのは本当にご免こうむる。どうしたものか。
 「サクヤ、服がほしいんちかー」
 「そ。水の中でも動きやすいヤツ」
 「そういえばこれ、じいちゃんから預かったんだっちがー」
 忘れてたっちー、とキララ。お腹に巻きつけてあるバックを許可を得て開けてみると。
 なぜかダイビングで使う服らしきモノが入っていた。も~、何かをいう気にもなれないんだけど。
 海にもぐったりしないのでダイビングのことはわからないんだけど。ちゃんと着れるのかな。
 いや、んなことで悩んでる場合じゃない。
 「着替えてくるよ」
 俺はそういって、木々の中に身を隠す。急かされながらも、やっとこさ身に着けられたウェットスーツは体にぴったり。あとは謎のプニプニ物体を口にして、準備完了である。
 ちなみにこれ、ちゃんとこっちに来る前に雪ダルマたちの家で効果を試したから問題ない。箱ごと持っていくので、息が続かなくなることもない。
 口の中に広がるさわやかさをかみしめながら、グルグルと肩や腰をまわし、足首手首も同じように動かす。学校でやってた水泳の授業が役に立つなんて思ってもみなかったよ。
 準備運動を終わらせると、よし、と体に力を入れ、湖にむかう。すると、水面で待っていた魚がビチビチと水面で動き、案内するよ、といってくれた。
 何の魚かな。たぶんコイだと思うんだけど。
 気合を入れつつも、足からゆっくりと入ろうとする。が、浅いところがなかったらしく、尻もちをつきながら思いっきりドボンと入水。
 うう、冷たくなくてよかった。
 「大丈夫かい。案内するからついてくるんだよ」
 と、コイいうと、ゆっくりと進行方向に体をむけ、泳ぎはじめる。あまり得意じゃない平泳ぎで追いつくと、以降はなるべく離れないように動いてくれた。
 しかし、湖はだんだんと俺を受け入れてくれなくなっていく。自然の法則に従い、視界が悪くなっていっているのだ。
 計りなんてないところだから、水深なんてわからない。不思議と体が入った直後と同じように動くのは、きっとあのプニプニのおかげだろう。
 声がでることに気づいた俺は、
 「悪い、体がほとんど見えないんだけど」
 「おっとっと、そうだね。そこでちょっと待っててね」
 と、男なのか女なのかわからない口調とトーンでを残して去っていくコイ。休みがてら暗闇にいると、ぼんやりと小さな光が近づいてくる。
 光はこちらにむかってくるに連れて大きくなり、俺の前になると、持ち主の顔と自身の存在をアピールした。
 「これで大丈夫かな。ほら、君の分だよ」
 「あ、ありがとう」
 口にくわえられた、アンコウのちょうちんらしきもの。モグラさんの頭につけられたのと同じものだろう。
 視覚を復活させた俺は、お礼をいうと、探索を再開。だが、十分後ぐらいになると、魚はこちらのほうに振りむいた。
 「私が案内できるのはここまで。この先は体が大きいせいで入れなくてね」
 と、顔を進行方向にむけながら話すコイ。この先をくぐると上に上がれるようになっているらしく、陸地に繋がっているという。彼よりも小さい魚から聞いたようだ。
 「助かったよ」
 「いやいや、私の体が一番目立つし。後は頼んだよ、英雄さん」
 体をひと回転させると、来た道を引き返していった。
 意を決して教えてもらったとおりに泳いでいく。案内コイだと確かにとおると体を傷つけてしまうだろうほどの細い道は、岩場をつかみながら前に進むほかなかった。
 そして抜けるたあとは頭を上側に持っていき、そのままカエル泳ぎをする。久しぶりに水から解放された顔は、無意識に息を大きく吸いこんでいた。
 プランプランと、夏祭りに小さな女の子がつけるような飾りは、周囲を寂しく映しだす。考えてみれば、この世界にきてから独りで行動するのははじめてである。
 手から伝わってくる壁の冷たさと薄暗い青色は、空気も同様の色をしているのだろう。ゆっくりと踏みしめる俺の足音をよく響かせた。
 目が闇に慣れてくると少し探索のペースを上げることができた。転ばないように気をつけながらも前に進んでいく。
 どれぐらいたったかはわからないが、けっこう奥まできたのだろう。前方に淡く緑色に光る場所を発見する。心が和むと、より一層、足の回転が早まった。
 どうやら、この辺りは意図的に作られた空間のようであった。床には横になれるように敷いてあるのか、むしろと何らかの道具がある。
 そして何より意味不明だったのは、緑色をした炎に包まれている本の存在。前に見た三冊と同じく、途中から破れているものだ。
 間違いなく元凶だ。どうにかして取りださないと。
 だが、水をぶっかけようにもバケツがないし、つついてだそうにも棒もない。どうするか。
 周りをうろうろしてみるも、とくにこれといったものはない。何周かして逆周りもしながら何とか解決策を見つけようとする。
 しかし、何も浮かばないのだ。火に手を突っこむわけにもいかないし。
 俺は一度、はあ、と息をはきだし、むしろにゴロンと横になる。ひんやりとした背中からは、汗が引いていくようだった。
 寝返りを打つと、腕に砂がついてしまう。気持ち悪かったのではたいて落とそうとした、そのとき。
 「そうだ、これだっ」
 どういう構成になっているのかは知らないが、この壁はとても冷えているので、これを炎にかければ消えるかもしれない。
 さっそく俺はその辺にある道具をあさり、金づちとでかい杭を手に壁を打ちはじめる。慣れないことだから、何度か左手を叩いてしまったけど。
 ある程度たまったら両手ですくい、緑色の炎へ投げつける。すると、思ったより手応えがあるようで、いくらか小さくなった。
 ジュ、っとなったあたり、水が含まれているのかもしれない。
 細かいことはともかく、突破口を見つけた俺は同じ作業を繰り返す。十回、二十回と続けていくと、だんだんとペースが落ちていった。それに引き換え、相手はあまりくたびれていない様子。
 手からは、擦り切れて血がでていた。
 いったい、いつになったら終わるのだろうか。このままやっても無駄なんじゃないのか。
 そういう考えがよぎるたびに手が止まり、むしろのお世話になる。あの火から本をださないと、元の世界に帰れないのは、わかっているのに。
 悔しくて涙がでてくるよ。俺って、本当に何もできないんだなって。
 でも、そんな俺を信じて一緒に旅をしてくれたピクルと、スノーマンたち。ぬいぐるみたちや犬と猫、キツネ、バードマンに恐竜。
 モグラさんやコイに大ミミズ。みんな、こんな俺を手伝ってくれた。人間は、この世界じゃあ英雄だからだろう。
 もちろん、先人のおかげだってわかってる。俺はしがないヤツで、顔も成績も運動神経も学生時は真ん中ぐらいの、超平均だっだ。背も、そこまで高くない。
 凡人代表の人間でも、できることやしてあげられることっていっぱいある。この世界は、それを教えてくれたんだ。今更になって気づくなんて。
 脳裏に、ある言葉と表情が浮かんだ。
 ボクは幸せ者だっち。君の助けができるなんて光栄すぎてとけちゃうっちよ、と。
 割れてない腹筋に力をいれ起き上がると、再び工具を持って叩き始める。ばんそうこうの代わりにその辺にあった布を巻きつけ、もう十回、二十回、三十回と続けた。
 いよいよもって形勢逆転してきた。本を包んでいる炎が、消えかかってきてきていたのだ。
 もはや感覚のない手だが、動かすことはできる。あとで薬をもらってゆっくり休めばよい。
 気合を入れて、もう十回、十回、と細かい石を集めてはふっかけていく。もう、どれだけ壁を削ったのだろうか。きっとひと数人ぐらいははまるのでは、と思うぐらいえぐれてしまっていた。
 しかし、それでも俺は構わず小石をつくっていく。
 そして、とうとう、火が消えて本がバサッ、と床に落ちた。敵が負けを認めた瞬間だ。
 「よっしゃあっ」
 ガッツポーズをし勇み足で本に近づく。
 だが、頭が重くなったと思ったら、意識を失っていた。

 

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