最後の大陸である、夏の大陸。止まっている季節の名を借りてそう呼ぶとして、スノーマンにとってもっとも過酷な場所といえるだろう。
「これは思った以上に寒いっちね。着こんでよかったっちよ」
こちとらTシャツにハーフパンツという格好なんだっつーの。ま、前の大陸のときと同じように、感覚が真逆なのだから仕方がないとして。
丸い宇宙服のような格好をしているピクルだが、いったいどうやって呼吸をしているんだろうか。いや、考えちゃいけないってわかっているんだけどね。
どちらにしても、この暑さには二人ともこたえるので、地図を頼りにとっとと目的地を探すことに。瞬間移動してきた建物からは近いはずだが、こうも暑くては体力配分も考えなきゃいけない。ましてや、ピクルにとっては最悪な場所のはずだからね。
不思議と力がでてくる水の入れ物を片手に、俺たちは歩いていく。この大陸は日の光が強いため、外に家を作る習慣がないらしく、洞窟の中で暮らしているとか。元の世界でいうと、季節のある熱帯地方、という表現がぴったりだろうか。
「ここにはキララっていうスノーマンがきてるっち。一番物知りで頼りになるっちよ」
「へえ。性格はどうなの」
「のんびり屋っちねえ。マイペースだっちよ」
頼りになるのか、その雪ダルマは。
きっと頭がよい分、自分のペースを保つタイプなのかもしれないな。それならこの気候でもコケたりしないで調べてくれるかもしれない。
「この暑さだからな。早く合流したほうがいいよな」
「そうっちね。大丈夫だと思うっちが、ものすごく寒いから体調が心配だっち」
我慢だ我慢。かみ合わないのは感覚が違うからなんだぞ、木村咲哉よ。
自分が意外にツッコミ体質なのに驚きながらも、俺たちは確実に行き先へと向かっているのがわかる。方向感覚は間違いないピクルがいうには、この大陸の空間は普段どおりになっているとのことだからだ。
つまり、地図どおりに歩いていれば、ちゃんと目指している場所につくってことだ。何事もなければ、の話だけど。
んま、この世界で何もない、というのは無理だけどね。
お互いの体調を気にしながらも、ゆっくりと、しかし確実に洞窟に歩いている俺たち。
春の大陸とは違って、背丈が人間の足首ぐらいまでしかない草が生えそろっており日本の梅雨時期と違ってジメジメはしていない。カラッとした暑さだが、日照りがものすごく強いので、色白の人がいたら即黒コゲになりそうな感じだ。
途中、バッタに話しかけられたり、道にでっぱりがあってつまづいたり。はたまた、蛇がナメクジを食っているところを見たり、足を胴体でからまれたりもした。
そんなこんなの中、元の世界ならこんなに水を飲んでいないだろうぐらい口にしたとき、ふとひんやりとする風を感じる。一瞬、幻覚かと思ったが、ピクルも同様だったらしい。
「たぶん洞窟からふいてくる風だっち。入り口の近くはけっこう強いって聞いたっちから」
よっしゃあ、ようやく日照り地獄から解放されるぞっ。
はやる気持ちを抑え、ペースを崩さないように足を動かしていく。近いとはいえ、どれぐらいの距離があるかわからないからだ。
で、案の定、思ったよりも歩いたりするし。
だが、心の距離はそうじゃなかったらしく、体が若干軽くなっている気がする。
そして、とうとうぽっかりと暗い口を開けた土の丘を発見。
まあ、丘、といっても、そこまででかいわけじゃなく、たぶん入り口の大きさは二メートルぐらいで、一番上のところは三十センチほど土が盛られている程度だ。
俺たちは早速中に入り、休憩することに。
俺は水を飲みながら、ピクルは湧きでた水を凍らせる装置を使って氷を精製しながら休んでいる。
もちろん、できた氷は俺が突っこんでいるけどね。
体力が戻ってきたところを見計らって、洞窟の奥へ。ピクルの体の大きさを見れば、そのあたりのタイミングはすぐにわかる。
そして、あのしゃがれ声雪ダルマがいっていたように、徐々に寒くなっていく。先のほうで発生している水の冷たさが風に乗ってきているらしい。
助言に従ってはおりものを持っていてよかったよ。
とりあえず話は聞くもんだと感じながらバッグに入っていた上着を、中のTシャツを替えてから着る。ピクルは逆に着ていた服を脱いだが、もはや気にしない。
ちなみに、彼の着替えも手伝ったよ。ちゃんとね。
不思議と明かりが灯された洞窟は、雰囲気は違えど、確かに生活観があった。異なるのは、説明するまでもないだろう。
探索を再開してからおそらく三十分ぐらい。目の前の土が突然動きだし、こちらに向かってくる。まるで大地の怒りがとがった岩となり、俺たちに向かってきているようだ。
うわ、なんだなんだっ。
「大丈夫っちよ、サクヤ」
「だだ、大丈夫って。現にこっちに向かっ、わわっ」
ボゴッ、といきなり地面から何かがでてくる。恐竜に比べれば怖くないかもしれないが、この世界だから何が出るのかわかったモンじゃない。
しかし、大きさは俺のひざ程度、隣にいるスノーマンの胴体と同じぐらいの大きさのモグラだ、が。
何故かグラサンをしていて、何となくガラが悪そーな感じだ。
「誰だてめえは」
うわ、ガチでガラ悪っ。
「モグリン、久しぶりだっち」
「オレ様をふざけたあだ名で呼ぶたあ、おめえスノーマンだな」
「そうだっち。ピクルだっちよ」
モグリンと呼ばれたマッチョモグラの回りをビョンビョンと飛び回るピクル。本当に怖いもの知らずである。
モグリンは一度姿を消すと、再び顔をだした。頭にはアンコウのちょうちんみたいなのがぶら下がっている。
あれ、モグラって視力がほとんどないんじゃなかったっけ。
「てめえ、嗅いだことのないにおいをしてるな。ピクルといるってこたあ、噂のニンゲンだな。これでオレ様がここにいるのがわかるだろ」
「あ、ありがとうございます」
き、気を使っていただいたようで。
でも、ちっこいクセにめちゃくちゃ怖い。逆らえない雰囲気は、スノーマンとはまったく逆の性質だ。ガテン系兄ちゃん、っていえばよいのだろうか。
「時にてめえ、名前は」
「き、サクヤ、です」
「キサクヤ? 珍しい名前だな」
「サクヤっちよ。緊張してるみたいっちね」
モグリン怖いっちからしょうがないっち、とピクル。バババ、バカタレッ。
「だっはっはっ。相変わらず素直でかわいい奴じゃねえか。おう、サクヤ、よろしくな」
「よ、よろしくおねがいします」
きっと慣れるよね、うん。
口調は激悪だが、根は単純なのかも。手の爪と思われるところで足を軽く叩くあたり、体育会系だと判断。モグラさんは誰かがここにきたことを察知して、迎えに来てくれた模様。この先は複雑になっているため、この地に住まう住民が案内する決まりになっているらしい。
「まあよ、とりあえず休めや。ついてきな」
よっと、と穴からでてきたモグラさん。モグラにしては巨大で、二本足でたつと俺の腰ぐらいになる。
つーか待て。モグラって人間みたいに歩かないだろーが。ああもう。
いちいち気にしないことにしているとはいえ、どうしても考えてしまう。なので、思考を強制転換させるため、モグラさんのデベソを思い浮かべながら会話を聞くことに。いや、本当にでてたんだよ。面白いぐらいに。
「さすがは世界一頭のいいスノーマンだぜ。ホントいいときに来てくれた」
「そんなことないっちよ。困ったときはお互い様だっち」
少し疑問に感じたところがあるが、とりあえず。
「原因はつかめそうっちか」
「いやまったく。連中と一緒に大陸全土をみたんだがよ」
「うーん、土の中じゃないっちか」
「たぶんな。今度は交代で水を探してみるってことになってよ」
動物と雪ダルマの話からは、やはりこの大陸にも問題が起きているのは間違いない。今つかめている状況は、土の温度が少しずつ上がっている、とのことだった。
もし、元の世界で地面の温度が上昇していくとしたら、どうなるんだろう。気温も上がってくるのではないだろうか。
「ここ最近暑くってたまんねえんだよ。かといって地上にずっといるわけにもいかねえしな」
「そうっちね。ここも寒いっちが、外はもっと寒いっちもんね」
「ああ。木の下に家を作ってもしのぎきれねえだろ、きっと」
「そうそう、食料は大丈夫っちか」
「今のところ、何とかな」
低いトーンと高いトーンがおりなす掛けあいは、音は楽しめるが内容は真逆。まるで熱湯と冷水が同じ容器に入っているかのような感じだ。
「キツネとバードマンから聞いたがよ、あっちは解決したんだろ」
「そうっち。サクヤのおかげっちよ」
「へええ~」
思いっきり疑っておりますね、アナタ。
まあ仕方がないだろう。自分でいうのもなんだが、本当に何もしていないしね。
「ピクルたちが助けてくれたおかげさ」
「おおっと、疑ったわけじゃねえんだ。目つきが悪いだけだから、気にすんな」
さ、左様でございますか。グラサン越しなので、そこまではわかりませんでしたが。
「俺のことはともかく、早く解決しないとまずいんじゃないですか」
「そう慌てなさんなって。お前もスノーマンも体力消耗してんだろ。少しぐらい休んだってバチは当たらねえさ」
肝がすわっているのか、それとも、のんびりしているのか。
どちらかはぼんやりした頭ではわかりかねる。彼のいうとおり、ここは休憩を入れたほうがよいだろう。
俺はモグラさんに返事をすると、そのままついていく。歩いてからおそらく十五分ぐらいのところに、地下なのにも関わらず家が建っていた。
しかも、ちゃんと生活感があるではないか。
そういえば、入り口からずっと明かりが灯されているし、道を知っている人間なら誰でも歩けるようになっている。ちょうど、安全な夜道、という風な感じで。
また、道は多少デコボコしているが、裸足でなければ歩けるぐらい整えられている。
冬の大陸は雪が降っていたから仕方がないとしても、他の大陸でも同じように、けもの道ではなく、ちゃんと歩きやすいようになっていた。
おそらく、前にきた人間が提案したのだろう。ところどころに文明のかけらが埋まっているみたいだ。
「どうしたっち、サクヤ。早くはいろうっち」
「ああ、ごめんごめんお邪魔します」
「おう、遠慮すんな」
家の前で突っ立ってしまうなんて。頭を軽くさげると、ドアノブをひねり、中へと入る。間取りは違えど、やぱりピクルの家と似たようなレンガ造りだった。左手奥には、動いていない暖炉もある。
んで、おなじみのオラウータンもいた。
準備していてくれたのか、俺たちが動きやすい格好になるやいなや、テーブルの上にフルーツっぽい何かが置かれる。見たところ、ヤシの実っぽいのだが。
「やっぱ暑いときはこれだよな」
「さっぱりしてておいしいっちよね」
モグラさんがアイスピックを器用に持ち、思いっきり上からドスッと差しこむ。実が割れるんじゃないかというぐらいの音がしたが、相手はそれほど効いていなかったよう。そのままグリグリと大きく回し、穴を広げていく。
ストローが通るほど貫通すると、どこにあったのか長細い棒をさし、ピクルの前に置いた。
「ありがとうっち、いただきますっち」
うまそうに飲んで、まあ。
「ほれ、おめえの分だ。足らなかったらいいな。まだあるからよ」
実も食うんだぞ、と、彼。差しだされた真っ白な実は、見た目どおりさっぱりしていそうだ。
「ピクル、どこの大陸もそうだけど、人間が住んでもおかしくないような家があるよな」
「それはっちね、前にきたニンゲンが教えてくれたんだそうっち。光がないと目が見えない生き物や、暑さと寒さと風をふせぐ方法とかっちね」
「へええ。すごい人だったんだな、前にきた人って」
「そうっちね。伝説だとサクヤと同じぐらいのコだったっぽいっち。それに、サクヤもすごいっちよ」
「あ、ありがとう」
ものすごく目をキラキラさせながら言われてしまった。でも、どんな人だったんだろうな。
そして、やっぱりその人物が提案したんだな、と改めて感心した。動物たちのために何枚も脱いだ、器の大きい人なのだろう、きっと。
旅の疲れをいやしたあと、俺たちは問題になっている地熱上昇について考えてみることに。
「モグリン、そういえばキララを見なかったっちか」
「あん? お前さん以外、オレ様は見てねえな」
「キララのことっちから大丈夫だと思うっちが。心配っちね」
「だな。仲間に探させるから、そっちは任しときな。オレ様たちは問題解決といこうや」
「そうっちね。そうするっち」
「ピクル。本当に大丈夫なのか、スノーマンなんだろ」
いかにしっかりしているとはいえ、雪であることは変わりない。万が一のことがあっては取り返しがつかないだろう。
「サクヤ、キララのことはオレ様たちに任せな。表にゃでてねえはずだからよ。すぐに見つかるって」
「わかりました」
俺はうなずき、改めて出発することになった。
モグラさんが説明するには、この大陸は色々なところが洞窟の空洞によって繋がっているという。つまり、日差しの一番強い今の季節でも、土の中なら快適にすごせる、ということだ。まさしく動物の感覚と人間の知恵があわさった結果だろう。
今まで生きてきた分をたしても足らないんじゃないか、っていうぐらい長く、長く歩く。足の裏はヒリヒリしていたのが消え、痛みを感じるほど。
もちろん、途中で休みを入れているとはいえ、俺の足はすでに悲鳴をあげていた。
大陸が繋がっている、つまり、歩きだけで大陸一周ができるってことに、何で気づかなかったんだろ。上のことはともかく、動物たちをつうじて大陸の様子がわかるなら、そりゃ歩くしかない。ネットなんて存在しない世界なんだから。
「サクヤ、大丈夫っちか」
「あ、ああ。と、とりあえず、休憩しない」
「さっきしたばっかじゃねえか」
「あ、足が痛い。普段、こんなに歩かないから」
少し間が空き、
「しょうがねえな」
舌打ちされたような感じだが、ひざがガクガクしててそれどころじゃない。程よく冷たい地面に足をのばして、いつの間にか前屈をしていた。
「モグリン、土の中じゃあ、やっぱりわからなかったっちね」
「そうだな。やっぱり地上にあるのかもしれねえ」
げ、冗談じゃないって。もう動けないんだけど。服の汗で小さいペットボトルが作れそうなんだけど。
「ほ、ほかに、行ってないところって、ないんですか」
「ひとつだけあるがよ。そこは危険だぜ、誰も近づかねえ」
うう、そんなところに行きたくないし。も~面倒くさい、動きたくない。もう嫌だ。
俺はつい、大きなため息をついてしまう。
すると、頭にとんでもない衝撃が走った。モグラさんのスコップが頭を直撃したのだ。
「いったたたた。何するんだよっ」
「てめえ、存亡の危機だってのに何だその態度は。この大陸を救いにきたんじゃねえのかよっ」
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