男性の世界、というのは、女性の感覚では理解出来ないのだろう。逆も然りで、そればかりは仕方がなく、自然、いや宇宙の法則ともいえるのかもしれない。
「役割というか文化というか。言葉では表現しかねるがな」
「丸く収まったみたいだし、いいんじゃない~」
「ええ、まあ。少なくともあのままではふびんすぎますもの」
はあ、と大きなため息をつくアマンダ。死して誇りを貫く、という姿勢に、貴族令嬢は疑問を持ったのである。全ては命あってこその物種ではないか、と。
「動植物もオスとメスで役割が決まってるものね~。人間の場合、より複雑なんじゃないかしら~」
「かもしれんな。違う生き物故、理解するのは無理というもの」
「う、うーん」
「まあまあ、そんなに難しく考えなくても~。ってか考えてわかるモノじゃないと思うわよ~」
とりあえず話を聞くっていうのがいいわね~、とサイヤ。自然には自然の摂理があるという。要は、人間一人単位はもちろん、生まれ育った環境により変わる、だからこそ対話が必要なのだ、とのことだ。
「郷に入っては郷に従え、でしたっけ。むずかしいものです」
「私達も未だに今の環境には慣れておらぬ。事によろうが、ゆっくりで良かろう」
「そうそうっ。忘れて出かけようとしちゃったりとかね~」
「まあ」
「あ、先人の判断が間違ってるなんて思ってないわよ~。一族のことを思ってのことだもの~」
「うむ。好奇心を抑えるのは確かに大変だがな。歴史を繰り返す訳にもいかぬ」
「そうよね~。ラガンダ様も気にしてらしたけど。この前の踊り、素敵だったわ~」
その場では見ていないが、実はラガンダが事前にカレンたちに許可を取り、魔法で遠方から見れるように調整したのである。もちろん、上手いこと伝えて彼女たちの存在は隠していたのだが。
「しかし魔法師を恐れぬ者もいるとは思わなかった。残念だったが」
「ね~。もう数百年前のことだから、気にしてない人が多いのかもね~」
「そうだな。ヤロとイスモも事前情報がなければ普通の人にしか感じなかったそうだし」
「でも傭兵独特の感覚で、初対面のとき若干警戒してたって聞いたときは笑ったわ~」
「何が違うのかさっぱりだがな。マントか?」
「マント、は違う気がします」
「騎士さんたちも身に着けてるじゃないの~」
「そ、そうだな」
「ま~、素材は全然違うけどね~。魔法師独特のだし」
この様に何気ない会話だが、魔法師たちが安心して外と関われる世界を創っていきたい、と話す度に感じるアマンダであった。
ゼンベルトが決闘を申し込んでから数日。参加者全員と一部のアンブロー関係者、ラヴェラ派の兵士が場に残り、他の兵はヒエカプンキに向かった。
なお、アンブロー側でいるのは、魔法師に対する世間の誤解を持たない者たちである。
「お嬢様も残ってよかったの」
「ええ。飾りとはいえ指揮官クラスの人間が見とどけたという説得力がつきますもの」
「オカザリっていうお飾りじゃないと思うけどね」
「まあ、ありがとうございます。アードルフは大丈夫なのかしら」
「だてに場数は踏んでないから。兄貴はよく対複数戦やってたし」
それこそ心配ないんだけど、と思ったイスモ。まあ、兄貴の本性を知らないみたいだし、とも感じた。
「一体何が始まるのだ」
「生き残り戦、っていうのかな。ほら、この前仕込んでもらった線があるでしょ」
彼が指をさした先には、ゼンベルトの造った日干し煉瓦が積み上げられた柱状のものとうっすらと見える線が二本。線が柱同士を繋いでおり、角度を変えれば、もう三つ同じ形をしたものがあるという。
近づいてみると、線は小指ほどの太さで、パチパチと音が鳴っている。遠くからだと日の光に当たっていたら余りよく見えない。
「この囲まれた中で戦って、最後まで立っていた人が勝ちってルールみたい」
「え~。それって人数多いほうが有利じゃないの~」
「まあね。あとはココの使いよう、かな」
自分のこめかみを指しながらウィンクする傭兵は、いたずらっぽく笑っていた。
リューデリアは線を木の棒で突いて、雷が出るかを確認。すると、すぐに先端が焦げてポロリと落ちてしまう。
「あ、あの。人が触っても大丈夫なのですか」
「この程度なら問題ない。魔力を持たぬ者だと、暫く痺れて動けぬだろうな」
「うわ。提案しといて何だけど、参加しなくてよかった」
と、腹の底から息を吐き出すイスモ。実は、グラニータッヒ側の兵士を降伏させる良い方法がないかとアマンダから相談を受け、彼の発案とゼンベルト、ラヴェラ派のリーダー、レコの意見を絡めて今回の決闘に至ったのだ。決闘、と言っても、どちらかというとただの喧嘩であり、貴族たちの耳に良く聞こえるように単語を持ち出したに過ぎない。
ちなみに、リューデリアたちには効果がないらしく、触っても何ともないため木で突っついたという。
「なんか大変ね~。魔法でドーンってやっちゃったほうが早いわ~」
「そうだな。使えれば」
男性は小声で、
「魔法師って脳筋集団なの」
「そんなことはない、と、おもいます。たぶん」
ライティア家に住まう魔女たちを思い出しながら、そう思いたいアマンダであった。
最終確認が終わると、ゼンベルトは参加者に声を掛ける。彼らは説明を受けると雷の通った線を飛び越え、四角く囲ってある奇妙な砂地へと降り立つ。
全員いることを執事は審判者に視線を送る。イスモはため息をつくと、参加者と同じく軽々と着地し、始めるよ、と口にした。
「ね、いや兄ちゃんは参加しないのか」
「冗談。圧勝したらあんたらがカワイソウでしょ」
「てめえ」
「どこまでもナメくさりやがって。次はてめえをジャムにてやっからな」
へへへ、と血の気の多い男たち。外に女がいると分かると、たちまちやる気を出したようだ。
ここの連中は馬鹿ばっかか、と思いながらも、イスモは右腕を上げ、始めっ、と叫んだ。
合図と共に雄たけびを上げながら得意な獲物を手にアードルフとゼンベルトに襲い掛かる男たち。しかし、一方の彼らは剣さえ抜いていなかった。
左右に分かれたアンブロー組は、兵士らの動きを見ながら回り込む。
ちなみに審判は、その場から飛び柱の一つの上に降り立っていた。
「何じゃ。作戦ぐらい考えてきたのかと思ったが。拍子抜けだな」
「てめえら、やる気あんのかっ。とっとと構えやがれっ」
「分からんか。二人なら剣を抜く必要すらないわ」
「んの野郎っ」
侮辱しているゼンベルトを視界に入れるアマンダは、正直、快く思っていなかった。だが、これはあくまで作戦のひとつでもあり、たまにラガンダと共にライティア家に遊びに来た姿もあいまってより複雑な気持ちになっている。
約八割がゼンベルト側に行くと、彼は雷線近くまで走って行き、腕を伸ばせば届くぐらいのところでジャンプをする。すると勢いあまった先頭集団が線へと突っ込み、電撃を浴びて倒れてしまう。
一方、アードルフも同じく雷線近くで攻撃をよけ続け、相手に足払いを掛けたり背中を蹴り飛ばしたりしてシビレダウンさせていた。
「説明したが、死にはせん。ただし一度気絶したら退場扱いになる。考えるのだな」
「ぐっ」
ピクリとも動かない仲間を見た兵士たちは、想像以上の雷に戸惑いを隠せない。手足に拘束具を付けている審判の手際は良く、ズルを練っていた一部は、改めなければ勝てないことを悟る。
同時に、ゼンベルトの実力が決して法螺(ほら)ではないことも。
雷線近くの攻防に数時間。徐々に数を減らしていくグラニータッヒ兵は、もはや十人にも満たない。
アンブロー側とにらみ合いが続くと、舌打ちをした兵士の一人が、相手と真逆の方向へ走っていく。先にある雷線を飛び越えると、アマンダたちに突撃していく。
だが、まるで予測したが如くの反応をした令嬢は、傍にいた魔法師たちを手で制するとあろう事か剣を抜かずに向かって行く。
両手を上から覆い被せる様に振るわれた太い腕は空を切り、男は体のバランスを崩す。気がつけば夕日が見えており、首筋に冷たい何かを感じる。
残念です、と口にした女指揮官は、静脈を切ってその場を去った。代わりにランバルコーヤ王国では見慣れない杖を持った女が近くに座り込み、様子を見ている。
「た、助けてくれ」
「ん~。治したら襲ってくるでしょ~」
「し、しない。た、たのむ、たすけてくれ」
男は首から命の源を失わないように手で押さえるが、焼け石に水らしい。徐々に意識が朦朧としてきたことを確認したサイヤは、ようやく治療を始めた。
一方、リューデリアは雷線の傍に近づき、手から人間の頭を飲み込めそうな程の火球を出した。
「妙なマネをせぬ事だ。炭になりたくなければ、な」
「こ、この女、魔法師か。ラガンダと同じ」
「その通り。あのお方とは立場も威力も全く異なるが、貴様らには脅威であろう。試してみるか」
「人型の炭ができてしまいますわ。おやめになったほうが」
「そう願おう」
グラニータッヒ兵はようやく気づいた。自分たちは勝ち目の無い戦いを強要されたことを。
「分かったようだな。だがお前達は運が良いぞ」
「どういうことだ」
「降伏するなら命だけは助かる。しばらくは捕虜としてラヴェラ王子の下に送られるが」
「ふざけんじゃねえぞっ」
「ふざけているのはその方らだ。この勝負に勝ったのは我々だぞ。敗者が何を言う」
男たちは全身に力を入れるも、ゼンベルトの言葉の威力が勝っていたらしい。いつの間にかいたアードルフも、近くにいた兵士たちを倒していたようだ。
「さすがはアードルフ・シスカ殿。ランバルコーヤの兵をも軽くのすとは」
「バラバラで対処しやすかっただけです。まとまって来られたら厄介でした」
「な、シスカって。あのケリラッカ・シスカの息子なのか」
「その通り。そして彼が全身全霊で仕えている御方がアマンダ・ライティア様。私が何を言いたいか分かるな」
男たちは顔を見合わせる。そして、ゼンベルトの言葉を受け入れ、ついに投降した。
翌日になり、手足を縛られ大人しく夜を過ごしていたグラニータッヒ兵たち。あまりに静かで、同じ出身であるラヴェラ兵士が不穏に感じる程だった。
しかし、静かなのは当然であった。彼らは、見張り兵の目を盗みながら、舌を噛み切っていたのである。
「アマンダ様、申し訳ございません。まさかここまでするとは」
あぐらをかきながら硬直してしまったグラニータッヒ兵を見つめるアマンダ。その場にへたり込んでしまい、四つん這いでようやく彼らの傍に近づいていく。
「わ、わたしが、間違っていたのですか。どうして。力がないから、なのですか」
一人だけ倒れていた兵士の頬に手を添える令嬢。当然ながら返事は無い。
「これが現王の教育なのです。王の為に生き、王の為に死ね、と。兵士は彼にとって理想実現の道具でしかない」
「そ、そんな」
「確かに王は圧倒的な戦闘力をお持ちです。もしかしたら、全盛期のゼンベルトより強いかもしれません」
アマンダの前に、ハンカチが差し出される。
「女性にこの様な現場を見せてしまうなど、私の力不足にも程がある」
彼女の目の前には、見たこともない男性の、日焼けした悲しい顔があった。
「あ、あなたは」
「私はラヴェラ・ランバルコーヤと申します。つい先程合流した次第です」
「ご無事だったのですね」
「はい。ラガンダがここまで飛ばしてくれましたので」
「そう、ですか」
「何の騒ぎだ」
「将軍殿。実は」
イスモがヘイノに説明をしている間、アードルフとラヴェラに支えられ立ち上がったアマンダの瞳は、自決した兵士たちから離れることが出来ないでいた。流れる涙は、ラヴェラによって取り除かれている。
「ラヴェラ王子、ご無事で良かった。アマンダ、君は奥で休め」
ラヴェラはアードルフにハンカチを渡し、従者は頷く。ゆっくりと歩き出した女指揮官の表情は硬く、頭が追いついていない様子である。
どうして自ら命をたったの。死んでしまっては、なにもならないのに。
少女は、自身の中で何度も自問自答していた。