瞳の先にあるもの 第33話

 ヘイノに頼まれた仕事をこなした情報屋は、一度離れ、ヒエカプンキを訪れる。ヒエカプンキとはランバルコーヤの首都であり、通称、砂の都と言われている。現王政派が支配している場所だ。
 だが、人が出歩く時間帯にも関わらず、女子供の姿が全くない。いるのはチンピラ風か屈強そうな男のみである。
 ランバルコーヤは基本、力仕事や政治など対人や対国の秩序を守るのは男性が、家事や育児など健康に関わる仕事は女性が担うことが圧倒的に多い。そのため、女性や小さな子の姿は他国に比べるとあまり見られないのだが。
 「くるたびにへってんな、人」
 情報屋は思わず、口にした。
 宮殿の裏口へとやって来た子供は、衛兵の前で止まる。怪訝そうな視線を無視し、道具入れから何かを取り出した。金で出来たブローチだ。
 「おお、これは失礼致しました。今人を呼びますので」
 初めて見るひげ面の男の目は、良い感じはとてもしない。殴り倒したい衝動に駆られた情報屋だが何とかこらえた。おそらく、コラレダ帝都と同じような対応だからだろう。
 中から王付きの執事がやって来ると、情報屋に深く一礼し、王宮内へと案内される。通された王の間の周りには、上半身をあらわにした女性が三人、目と口を半開きにさせながら王に擦り寄っていた。
 「おお、来たか。さすがに目の毒かの」
 「気にしないでいいぜ。次の仕事があるから要件だけな」
 甘く気持ち悪いにおいが情報屋の鼻をくすぐる。これは初見から焚かれている香で、子供はこのにおいを嫌っている。以前ラガンダから正体を教えてもらった日に、即行でフィリアに会いに行った程だ。ランバルコーヤ国王の機嫌が損なわれないのは、顔の筋肉の動きは目深いフードが上手く誤魔化してくれているからである。
 「物資はアンブロー側が手に入れたけど、中にはいれてない。オレに探ってくるよう依頼してきたぞ」
 「ぐっふっふ、狙い通りだな。こんな簡単な罠に引っかかるとは。で、貴様は何と」
 「ありのままを伝えてきた。物資のコトは何もいってねぇよ」
 「ふん、それで良い。これから宴があるが貴様もどうだ、そろそろ遊びを教えてやろう」
 「要件だけっていっただろ。んじゃ、これで」
 「待て」
 サーベルを逆手に持った用心棒が五、六人、出入口を塞いでいる。
 「前々から話しておるが、そろそろどうだ。タトゥ王も痺れを切らすかもしれんぞ」
 「なにをだよ。オレはどこにも属さないって返したはずだぜ」
 「生意気な。まあ良い、そういう威勢が良いのもまたたまらん」
 がっはっはっ、と大口を開けて笑うランバルコーヤ国王。品定めするように情報屋を見回し、最近歯向かう鼠がいなくてのぉ、と続ける。
 「へえ~。ラヴェラはグラニータッヒにとってネズミすらないんだ」
 「既に死んでいるも同然。ラガンダも愚かな事だ。正当な血を引いているのは、わしとエリグリッセだというのに」
 「ラヴェラも貴族のハラからうまれたのにか」
 「ふん。わしの敷く政治に異を唱えるからな。何が民を大事にだ、この国で生きてるだけありがたかろうに」
 「いってることがムジュンしてんじゃん」
 と情報屋。このにおいに思考が奪われないのは風魔法で遮っているからではない。実は幼いが故なのだ。
 しかし、本人はそのことに気がついていない。しっかりしているとはいえやはり子供、知らないことが多いのである。
 ただ、最近やたらと遊びに誘うことが多くなったのは気づいている。初めは本当に立て込んでいたため断っていたが、今はただの常套句がほとんど。初めから嫌な予感が拭えなかったため、色々調べたり聞いたりした結果の行動である。
 余談だが、コラレダ帝国王もこのにおいを好んでよく使うという。
 「人によるわ。タトゥ王は世の中の真理を良く存じておられる、我が友に相応しいお人よ。力こそ正義、力があれば何でも思うがままだ」
 愚かな父王やアンブローを率いる若造とは器が違う、と絶賛するグラニータッヒ王。とある人物に処世術を習っていなければ、情報屋は大技をぶちかましていたところだ。
 ローブに隠された左手拳からは、うっすらと血がにじんでいた。
 「話しもどすけど。オレがそっち側についたってアンブロー関係者にバレたら、情報が手にはいらなくなるじゃねぇか。お互い困るだろ」
 「ふむ、一理ある。タトゥ王にもそう伝えておこう」
 「頼んだぜ。大口相手へるのはヤなんでね」
 「がっはっはっ、可愛い事を。金は用意しておいた、餞別もやろう」
 ス、と右手を上げると、控えていた執事が銀トレイを情報屋の前に持ってくる。中央には、宝石が散りばめられた腕輪がのっていた。
 「中々のモノだろう。知っておるかもしれんが、我が国では友好の証に装飾品を送るしきたりがあるでな」
 「へぇ、そりゃどーも。ありがたくもらっておくぜ」
 執事が情報屋が取りやすいように銀トレイを下げる。そして、視線を合わせた。
 『魔法が掛かっている。身につけるなよ。触る位なら大丈夫だ』
 『やっぱりな。サンキュ、あんたも気をつけて』
 無言のやり取りの後、子供は手に取り上に持っていくと、くるくると見回す。
 「さすがランバルコーヤ産の腕輪じゃん。ありがとな。砂でよごしたくないから袋くれる」
 「畏まりました」
 と、執事はトレイを脇で挟み、懐から所望品を出した。情報屋がその中に入れると、カサリ、という音がなる。
 「んじゃ、今度こそ。また耳寄りなノがはいったら邪魔する」
 「うむ。いつでも歓迎しよう」
 執事から袋を受け取り、用心棒とともに王座の間を後にする。入ったときと同じ通路を辿り裏口から抜け出した情報屋は、移転魔法で王宮を離れる。
 マーキングしていた小さなオアシス町へとやって来た子供は、使っている宿の部屋に入るなり、ベッドに大の字になった。
 「あーったく、あのクソ野郎っ」
 凝り固まった体をほぐすようにバタバタと手足を動かす情報屋。ちょっと疲れたのか動きが止まった後、うつ伏せになる。
 執事から貰った袋を開けると、底にある紙を取り出した。内容を見るなり、表情が硬くなる。
 グラニータッヒはタトゥと違ってバカじゃない。無類の戦いと女好きで名がしられてるのは、ダテじゃないってコトか。
 殴り書きされた文字周辺にはインクが飛び散っており、先頭の字はやたらとインクが多い。情報屋はあごに手をのせ状況を整理しながら荷物を隠すために施した魔法を解く。物理的な監視は出来ても、魔法に関してはほとんどないようだ。
 念の為に荒らされていないかを確認すると、建物の外から人の気配を感じた。風から運ばれてくる、独特な感覚とでも表現しておこう。
 偽魔法師の中には結構な腕前の者もいるらしく、純粋な魔法師が苦手とする分野とその者が同分野を得意としている場合、ぶつかったら勝てるのではと推測されている程だ。なお、この予測は、子供が伝えた情報を元に四大魔法師が行ったものである。フィリアがこっそりと使い手を見に行ったこともあるため、全くの見当違いではないだろう。
 近くにいるのは数人、か。はなれたところはわかんないけど。
 気がついていないフリをしながら、脱出する方法を考える情報屋。当然、相手の所属を確かめる必要はない。
 君の情報力は誰もが欲しがるはずだ。手に入らないのなら敵国に渡らないようにする為に始末しようとするかもしれない。気をつけるといい。
 まあ余計なお世話か、とヘイノの声と油断のない笑顔が頭に浮かぶ情報屋。言われたのは彼が将軍に就任してから数ヶ月だったから、今から数年前に聞いた話になる。
 「へっ。実はそんときゃそうおもってなかったんだよな。大人ってヤだね」
 さすがにもう慣れているが、あまり気持ちの良いものではない。しかし、そういう世情なのだからどうしようもないのは確かだ。
 荷物をまとめ次の行動を決めた情報屋は、とりあえず表へと出る。いつでも攻撃魔法を発動可能状態にしていたが、意味がなかった。
 町の外れにあるオアシスへと向かい水を購入し、再び街中に戻って買い物するものの、特に何もない。
 今度は預かり所を訪ね荷物を渡して手数料を払い終えると、さすがにやることがなくなってしまった情報屋。外出してから数時間は経過している。
 だが、数人の気配は決して消えなかった。
 うっとうしい、と思いながらも、情報屋は町の出入口にある検問所へ歩いていく。金のブローチを見せて素通り同然で出て行きしばらく歩くと、空に向かって口笛を吹いた。
 すると空から大型の鳥がやってくる。胴体だけで人の頭、広げた翼はゆうに一メートルは超えているだろう、いつも子供の傍にいる、尾が異様に長いあの鳥である。
 肩を掴まれた情報屋は宙を舞い、そのまま南の方向へ飛ぶように指示。下を見ると、ガラの悪い男たちが驚いた様子で見上げている。
 ちゃんと調べろバーカ、と思いながらも、情報屋は第二拠点へと向かった。
 小一時間で到着した情報屋は、鳥を肩に乗せながら、まずブローチを見せて中に入り、宿に到着する。道中がらんとしたオアシスには、見張りの兵しかいないようだった。
 「あら坊や、いらっしゃい。久しぶりじゃない」
 「女将さん、こんちは。人全然いないけど、なんかあったの」
 「南のオアシスで戦いが起こるってんで、戦えない人は避難したんだよ。ラヴェラ様のほうにね」
 「へぇ~。戦える人はもってかれちゃったのか」
 「ああ。商売人以外はね。いい迷惑だよ、ったくもう」
 ガタ、とT字をした棒を物置から取り出す女将。何度か利用しているうちに覚えられたらしい。
 「他国に押し入って戦いしかけるなんざ、よっぽどヒマなのかねえ。坊やも巻き込まれないように気をつけるんだよ」
 「うん。気ままに旅したいし」
 「ははは。見識広げるために旅してるんだったね。ちっちゃいのに大したモンだ」
 「ちっちゃいはヨケーでしょっ」
 「何言ってんだい。あんまり背が変わってないじゃないか」
 「ちょ、ちょっとはのびたし」
 はっはっは、と気の良い笑い声が響き渡る。客人を部屋に案内し手にした棒をベッドの隣に差し込むと、ゆっくりしていきなよ、と言い後にする。
 中間地点に腰を据えた情報屋は、羊紙とペンとインクを机に置き、執事から貰ったメモを二枚書き写す。もう一文書いてインクを乾かしている間、道具入れから真っ赤なランプを手にして窓際へ移動し、日に当てる。元に戻るとまた道具入れから何かを取り出した。今度は砂時計である。
 情報屋はインクが垂れないのを確認し、紙をパタパタと振っていると、ランプと砂時計から淡い光があふれ出す。手にしたものをランプの傍に持っていくと、突然羊紙が燃え出したではないか。
 だが全く気にとめず、今度はもう一枚を砂時計の上に持っていく。すると今度は小さな竜巻が発生して紙を切り刻み、吸い取ってしまった。
 これは特定の人物に直接手紙を送ることが出来る魔道具で、宛先はラガンダとフィリアである。なお、アルタリアとエレノオーラのも所持している。
 元来、魔法師の手紙のやり取りは、風使いの中でも移動系が得意な者に頼むのが一般的。今回のは特殊な加工をされたもので、いわゆる直通便である。間に人を介さない分、漏洩することはほぼない。作成者の魔力と備品構築を分析する挙句、使用者にも気づかれずに情報を抜き取らなければならないのは至難の業だからだ。
 「さてっと。ちょっと休んだらラヴェラのほうにいこーかな」
 神託が機能しない以上、未来はどの様に転ぶかは分からない。アンブローがランバルコーヤを打ち負かせれば、逆転は十分可能だろう。
 しばらく無言で天井を見つめていると、ある情景が浮かぶ。
 「それも、いいかもしれないな」
 ぽつり、とつぶやく情報屋。
 自ら望む未来のために動いていたはずが、最近どうも違和感を感じ始めた子供。
 お主は何を望むのだ。
 近頃、リューデリアに問われたことが頭をよぎることが多くなった情報屋は、大きなため息をついたのであった。

 

 

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