紙上での視覚と何より地元人の案内が功を制し、ミーティア姫を買い取った女盗賊、ゲルダの元にすんなりとやってこれた一行。
とはいうものの、あくまで足の話であって、精神的には一部を除き後ろむき。
「はあ。出来ることなら二度と来たくなかったでげす」
これも運命と思って諦めるでがすよ、とヤンガス。パルミドをでてからずっとこの調子で落ちこんでいる彼。どうやらよほど因縁深い関係のようだ。
顔を両手で挟むように叩くと、目の前にある橋に越えるために動きだすエイトたち。人がよくとおっているらしい道を歩いていくと、まるで別荘のような一軒家が飛びこんでくる。むかって右手には、物置小屋のような建物すらあった。
「ここがゲルダって人の家なの。けっこういい所に住んでるのね」
フーン、とゼシカ。想像していたのより違っていたらしく、こういう場所なら住んでみたいわ、といった。
「女盗賊ゲルダは、あのキントとかいう馬ドロボウとは格が違うみたいだな」
ククールも感心したように見回し、こんな所に堂々と一軒家をかまえてるなんてただ者じゃない、と続ける。
「ああっ、ついに来ちまったなあ」
覚悟はしてきたと思われるが、体が警戒体勢をとこうとしない様子。どうやら緊張しているようだ。
魔物にでも立ちむかうように体にカツをいれたヤンガスは、奥のほうに歩いていき、家の前に立っている筋肉質の大男に声をかけた。
「ゲルダのヤツに話があるんだ。通らせてもらうぜ」
「てめえはヤンガスっ。ゲルダ様がてめえなんかに会うもんか」
帰れ帰れっ、と手下。門前払いさててもびくともせず、
「ガキの使いじゃねえんだ。帰れと言われて素直に帰れるかよ」
いいから三下は引っ込んでなっ、と応酬する元山賊。受けた本人は、自分の立場を気にしていたのか、体を震わせる。
「だ、誰が三下だとおっ」
「さっきから騒々しいね。部屋の中まで声が丸聞こえだよ」
気の強そうな、そしてよくとおる女の声が響く。
「す、すみません、ゲルダ様。礼儀知らずの客が押しかけてきまして」
すぐに追い返しますんで、と男。対して家主は、
「ヤンガスのヤツなんだろ? もういいから通しちまいな。あたしが直接話をしてやるよ」
とのこと。どうやら第一関門は突破できるらしい。
手下は見えなくさせていた扉を、体を動かすことでお披露目する。
「ゲルダ様がそう言うんじゃ、仕方ねえな」
ほらよ、通りな、と、道をゆずる。
中に入ると広々としたリビングが飛びこんでくる。大型動物の毛皮が敷かれており、ひとり暮らしには十分すぎるほどだ。
勝手知ったるヤンガスは、持ち主がいるだろう場所まで歩いていく。その先には、ゆりかごのように左右に動くイスに座った女性がいた。
盗賊らしい気の強い顔つきをした美女は、腕を組みながら、
「あんたがあたしの所にくるなんて、珍しいこともあるもんだ」
で、話ってのは何だい、と続ける。何となくバツが悪そうにしながら、
「ゲルダ。お前さんが闇商人の店でかった馬のことさ。あの馬を譲ってくれねえかい」
ヤンガスは事情を話した。元々は仲間の持ち物だったが、盗まれて店に並んでいたことを。
「金額についてはお前の言い値で構わねえぜ。正直きついが、何とか用意してみせる」
「相変わらず率直な物言いだね。あんたのそういうとこ、キライじゃないよ」
エイトの脳裏に、ようやく安心感が芽生えた矢先、
「でも、あの馬は売らないよ。毛並みといい従順そうな性格といい、実にいい馬じゃないか」
女盗賊は、本当にいいモノは手元においておきたくなる性格らしく、どんな大金をつんでも揺るぎそうにない。
相手の性格がわかっているのだろうヤンガスは、腕に力をいれながら、
「どうしてもダメか。仲間の為なんだ、オレにできることなら何だってするぜ」
ゲルダは、切れ長の目を少し見開くと、へえ、ともらす。
「あんたのクチからそんな言葉が聞けるなんて驚いた。よっぽど大切なお仲間らしいね」
彼の言葉に動かされたのか、ゲルダはイスから降りて、条件をだす。
「ここから北にある洞窟のこと、まさか忘れちゃいないだろ」
そこにはビーナスの涙というものが眠っているらしく、その宝石をとってくる、というものだった。
だが、話を聞いたヤンガスは身をひきながら拒否の悲鳴をあげる。
「お前、未だにアレを? だけどよう。あの洞窟は、昔オレが」
言葉を耳にしたゲルダは、ムッとし、勢いよく右人差し指を発した相手の胸元をグリグリと突きさしながら、
「あんた今何でもやるって言ったばかりじゃないかっ。男が一度言ったことを翻すのかい」
いい負かされてタジタジになっているヤンガスにむかって、とにかくビーナスの涙を持ってこい、と放つ。
「ビーナスの涙を持ってきたら、あの馬のことも考えてやろうじゃないか」
「うう。わ、わかった」
がっくりと肩を落としながら、ヤンガスはエイトたちと顔をあわせる。洞窟の場所を伝えると、ゲルダ家をあとに。
「ビーナスの涙か。アイツ、もしかしてまだ」
いや、そんなわけねえでがすっ、と、ひとりで叫ぶ。
「アイツは昔っから、狙ったエモノは逃がさない、蛇のように執念深い性格だったでげす」
「そ、そうなんだ」
「それにしても、ゲルダさんておっかないわね。さすがに私もあの人に逆らおうなんて思わないわ」
「はあ。素直に返してくれるわけねえとは思っていたが」
とんだ無理難題をふっかけられたでがす、と、さすがにボヤキがとまらないヤンガス。
湖の外にでる途中にある小屋から、エイトには馬のいななきが聞こえた。何となく体が動くと、やはりミーティア姫が鎖につながれていたではないか。
家臣は姫に近づき、近くにいるゲルダの手下に聞かれないよう、事情を説明する。
「姫、必ずお助け致します。今しばらくのご辛抱を」
美しくすんだ瞳をした白い馬は、声の主に顔をこすりつけた。
「トロデ王をここに連れてこなかったのは正解だったぜ」
あのおっさんが姫の姿を見たら、無理にでも連れ出そうとして、また面倒が起こるにちがいねえもんな、とため息まじりでいうククール。一緒に旅をし始めてから日は浅いが、すっかりトロデ王の性格を把握していた。
外で待っていた父王と合流し、ことの事情を説明。しかし、身分の高い者は、
「やっと姫を見つけたというのに、何で洞くつなんぞ行かねばならんのじゃ。納得いかんぞっ」
「落ち着いてくれよ。おっさんの言うことも最もだが、ここはひとつ堪えてくれ」
「ええい、こうなったらわしが話をつけてやる。ゲルダとやらに会わせろっ」
トロデ王以外の顔がひきつる。
「ま、まあまあ。姫様は必ず私たちが取り戻すから、トロデ王はドッシリ構えててよ」
「むう。まあ、ゼシカがそう言うなら、ここはお前さんたちに任せても良いが」
しぶしぶ了承したトロデ王を見ながら、ククールはエイトにボソッと、
「トロデ王と女盗賊ゲルダ。ワガママ王とワガママ女王をあわせなかったのは正解だったな」
ふたりが激突するところを想像すると、背筋が凍るぜ、と着ている服とは違う感情を話す聖堂騎士団員。対し、元兵士は、同意の深いため息で返事をした。
大きな不満を抱えながらも、ゲルダの家から北側に足をはこぶ一行。
「ううっ、馬車なしで外を旅するのはしんどいのう。足が痛くなってきたわい」
いやいやそんなことより、姫の身が心配じゃ、と父親。
「いっそ無理にでも姫様を連れ出しちゃったほうがよかったかしら」
「色々とマズいことになるよ」
「そうよね。あの馬ドロボウと同じになっちゃうわね」
「それにしても、ゲルダはたしかに美人だが、ちょっとトゲがありすぎるのが玉にキズだな」
そっちか、と危うく口にだしかけたエイト。とにかく、今はミーティア姫のために、ビーナスの涙を手にいれることに注力しようとする。
「ヤンガス。ゲルダさんとの話じゃあ、前にも行ったことがあるみたいだね」
「へえ。ですがアッシひとりではどうすることも出来なかったでがす」
「どういうことなの」
「面倒な仕掛けがたくさんあるんでげすよ」
それで諦めたでがす、と元山賊。荒っぽいことに慣れているにも関わらず突破できなかったということは。
それだけ危険、ということか、と考えるエイト。薬草などの必需品を再確認しながら進んでいくと、やがて草木のない荒れた土がむき出しになっている場所にでる。その先には、石で造られた建物がたっていた。
左側には剣士の像があるためか、剣士像の洞窟と呼ばれているとか。
「ここにビーナスの涙が眠ってるってえウワサでがすよ」
下へとおりる一行は、一歩一歩、緊張感を高めていく。扉にむこうから、魔物の気配がしたためだ。
潜入してからすぐのところがふた又に分かれているが、はるか視線の先には、大きな宝箱があった。
ヤンガスは指をさしながら、
「あれを見るでがす。あの宝箱にビーナスの涙って宝石が隠されてるって話でがす」
過去苦い経験がある弟分だが、気持ちは前むきになっているらしく、拳をつくりながら、
「今度こそは、何としてでもあそこまでたどり着いて、ビーナスの涙を手に入れるでがすっ」
同じく右手に力をいれ、うなずくエイト。一行は探索を開始。入口からむかって右側の道にいき扉を開けると、円形状の石碑があった。
そこには、この迷宮は秘法ビーナスの涙を守るために造られたものである。知恵とチカラを兼ね備えし者のみが真の栄光を手にするであろう、と記されている。
「やれやれ面倒そうだな。何でこんな洞窟に入るハメになったんだかなあ」
ドルマゲス探しはどうなったんだ、とククール。確かに、本筋からずれている気がするのは、エイトも感じていた。
だが、彼にとっては大切な主君であり、同様の方。姫と出会えたからこそ、エイトが生きていられるのが事実。
もちろんこれは、エイト本人に限ってのことである。
「ドルマゲス探しはきちんとやるよ。ただ、その前に僕は姫や王を守らなければならない」
その割にはこんなザマだけどね、とリーダー。トロデーンの兵士だったことを聞いていたククールは、はあ、と息を吐きだす。
「ま。エイトいわく姫様は美人らしいし? しょうがねえから、ここはお前の顔でも立ててやるよ」
そう口にすると、彼は部屋を退出。ぽかん、してしまったエイトだが、ヤンガスに促され、一番最後についていく。
反対側へと壁沿いに回りこんでいくと、下り階段を発見。文字通りの行動をし、しばらく一方通行の道を歩いていく。
しばらくすると十字路にさしかかり、ヤンガスの記憶を頼りに一番直線の長い右へと曲がる。
「思ったより簡単に手に入りそうね」
「うん。魔物は手強いけど、罠はないみたいだし」
「いやいや、ここからが本番でがすよ」
「ヤンガス、昔ここのお宝を諦めたって言ってたが」
地図さえありゃ楽勝なんじゃないのか、とククール。正直なところ、エイトもそう考えていた。伺うに、ゼシカもそのようだ。
「この洞窟の恐ろしさはこんなもんじゃないでがす。まったくもって甘ちゃんでげす。毒の水溜りはあるし」
目の前にある扉を開けようとしながら話すヤンガス。
「ちょっと待って。その扉何だかおかしいわよ、ちょうつが」
ゼシカが注意しようとした、そのとき。
扉はありえない動きをしてヤンガスに体当たりをした。ビックリ箱のように飛びだしたドアは、先頭ふたりを後ろにあった穴へと突き飛ばしたのだ。
後衛にいたゼシカとククールは、反射的によけて助かった模様。しかし、ヤンガスは下の階に落ちてしまい、エイトは体を回転させて、穴にしがみついた状態だ。
「ヤンガス、大丈夫かっ」
「あいてててて。へ、へえ、何とか。だからこの洞窟は油断ならねえんでがすよ」
仲間の無事を確認できたエイトは、ほっと息をはきだす。連れたちも問題なさそうなので、彼は弟分と合流することにした。
いくら腕っぷしが強くても回復魔法がホイミだけでは厳しいと判断したためだ。
「僕は下に行ってここに戻ってくる。ふたりはここにいてくれ」
「危ないんじゃない。それなら私たちも一緒に行くわよ」
「いや、下には毒の水があるから。すぐに追いつく。ククール、ゼシカを頼んだよ」
「ああ、言われなくても」
「ちょっと、エイトッ」
リーダーは腕を穴のほうへ動かし、支えをなくす。着地したところには問題の水分はなかったため、体にかかることはなかった。
「兄貴、こんなところに地図があったでがすよ」
先ほどのことはケロッと忘れたのか、何事もなかったかのように古い紙を持ちながら話しかけるヤンガス。ちゃっかり宝箱を見つけている辺り、怪我もしていないのだろう。
「これでここを攻略しやすくなったね」
「でがすな。でもここは大昔の好事家が自慢のお宝、ビーナスの涙を安置するために作ったんだそうでがす」
まだまだ色々な仕掛けが邪魔してくるでげす、とヤンガス。だから彼ひとりではたどり着けず、諦めてしまったのだという。
「それにしても扉にあんな仕掛けが隠されてるとは。うかつに開けられないでがす」
「そうだね、地図もあることだし、怪しいところは触らないようにしよう」
危険極まりない紫色の水をダッシュで走りぬけ、迂回をして上の階へと急ぐ。無事合流できると、辺りには魔物の死骸があった。
「死霊系が多くて厄介だな。面倒くせえ」
「そういやあ、ここには踊る宝石もでるでがす。ぶんどっちまいましょうぜ」
「それって追いはぎなんじゃないの」
「相手は魔物だ、問題ねえって」
「あ、いや。早く奥に進もう。一刻も早くビーナスの涙を手に入れないと」
個性豊かな仲間たちは、剣士像の洞窟内でそれぞれの性格をかもしだしているのであった。
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