存在自体を忘れたい相手である目の前の奴は、何故か学校の体操着を着ており、カチューシャをしていた。
思いっきり校則違反ですけど。
「た、竜間(たつま)。何であんたがここに」
「何でって。オレはここの生徒だぜ」
ウソでしょっ。同じ学校だったなんて。
「つーか、あんた学校に通えてたんだ」
「まあな。意外に頭いいぞ」
本人は一位と言っているが、本当かどうか。
「そういやあ仲のいい男たちがいるな。誰だ」
「誰だっていいじゃないの」
「冷てぇな。そうそうお前、赤土(あかつち)とデキて」
ダンッ、と、床を踏みつける。
「それらの名前、出さないでもらえる」
「へえ~、学校ではイイコちゃんぶってるワケか」
「そうじゃないわよ。ただ平穏に暮らしたいだけ」
こいつと話してると、私が獅子の紅葉だってことがバレちゃうかもしれない。このふたつ名は不良の間では有名で、喧嘩で負けなしとされているのだ。
確かに負けた覚えはないけれど。しかも、どういうわけか、一般生徒も知っているのである。
当然のこと、後者間では様々なウワサがある。
怪しい笑みを浮かべながら、奴はお茶らけた様子で両手を広げる。
「黒髪も似合ってるじゃねぇか。まあ、オレもここでは問題起こす気ねぇよ」
じゃあな、と竜間(たつま)。本名なのかわからないので、呼び止めることはできない。
最悪だわ。よりにもよって性悪のアイツが一緒の学校だったなんて。身バレするのも時間の問題かもしれない。
「楓、そろそろ試合だぞ」
どうしたんだ、突っ立って、と聞き覚えのある声で、私の意識がはっきりする。
「しゅ、瞬(しゅん)君」
「顔が真っ青じゃねえか」
「た、たつま、が」
「は? さつまあげ?」
そんなこと言ってませんっ。
「何だよ、具合悪いなら保健室行くか」
「だ、大丈夫。精神的にキタだけ」
ええもう色々と来ました。
「後で話すわ。試合だったよね」
「ああ。そういやあ誰かと話してたか」
「誰って。さっき竜間(たつま)とすれ違わなかった」
「誰ともすれ違ってねえけど」
おかしいわね。体育館からの出入り口は二ヶ所。しかもここに来るには前にあるドアを通るか、反対側から回り込まないとだめなのに。
竜間(たつま)はさっき、目の前の扉を通ったはず。あ、でもそのまま体育館に行くとも限らないか。手前には校舎に行くための廊下もあるし。
「まあいい、翔(しょう)と手分けして色んなトコから見るようにしとくからよ」
「ありがとう。助かるわ」
お礼を言って、私はクラスメイトと合流しようとする。
「うだ」
「え、何」
頭をかきながら瞬(しゅん)君は、はあ、とため息をつく。数秒間、間が空くと、
「礼を言うのは、オレのほうだ」
「へ、何で」
バツが悪そうに再度頭をかきながら、
「お前があのガキ、明日香を助けたいって言わなかったらクサナギは消されてただろうからな」
「そ、そんな事はないでしょ。昔からの知り合いなんだから」
言葉を受けた彼は、静かに首を横に振る。
「お前に害するなら関係ねえよ。ジジや翔(しょう)がそう判断したらどうしようもない」
抗議はするけどな、と彼。肉親が薄情、という意味ではなく、リスクを回避するためなのだとか。
要領を得ないが、私が口にした言葉で翔(しょう)君の考えが変わったらしい。
「明日香がこっちに来ればクサナギが敵対する理由がなくなるだろ」
そういうことか。クサナギは明日香ちゃんを守るためなら、本来は遠慮しないのだろう。おそらく、瞬(しゅん)君の正体が生みの親だとわかったから、私への攻撃も戸惑ったのかもしれない。
「あんましわからないけど、助けになれたのならうれしいわ。いつも助けてもらってるから」
じゃあ、と伝え、私は足を向けた。
試合開始の合図が響くも、竜間(たつま)のことが頭をよぎり、私は集中できないでいた。
「あかちゃん、危ないっ」
返事をする前に振り返ろうとすると、何故か体が重く感じ動きづらくなる。
そして、上のほうに衝撃が走った。
ふ、と目を開けると、体が浮いていることに気づく。どうしてフワフワしているのか確かめてみると、視線の先に緑色の髪の毛が映った。
持ち主は視線を落とすとにっこりと微笑む。
「暴れないでね~。もう少しで保健室~」
反射的に動こうとすると、頭が痛くなってしまう。
抱えている本人が言ったとおり、すぐに保健室に着くと、ベッドに座らせてくれた。不意に体が軽く感じ顔を上げるが、思わず体を倒してしまう。
「おや、どうしましたか」
「こっちのセリフよ。何であんたがここにいんのよ」
ああ、似合いますかね、とお門違いのことをぬかす男。白衣のことなんか聞いてないつーの。
「サポートに呼んだんだよね~。伽糸粋(カシス)たちもそろそろ来る頃だよ~」
「ちょっと、その名前を出すのは」
「ところで、体はどうです」
「あれ、そういえば軽くなったような」
違う意味で再度グッタリしたが、今は何ともない。たぶんコートでボールがぶつかったのだろう痛みもなくなっていた。
「よし、じゃあこれからゲームの説明をするから、ね~」
と、翔(しょう)君は、背筋に冷たい針が刺さるような雰囲気で言い放った。
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