東京異界録 第2章 第25録

 「ジジイだけを攻撃すればいいんだね」
 「ええ。老人が核になってるの、そこを破壊すればいいのよ」
 しかし、相手はクソ野郎でも人間は人間。破壊する、ということは、殺す、ということだ。
 「楓、アレはもう人間じゃないわ。化け物なのよ」
 「ほっほっほ、違うなお嬢さん。わしは人間を超越した、特別な存在なのだよ」
 「あら。紛い物がよくいうわ」
 「おやおや、お嬢さんの目は節穴のようだ。この力、とくと見るがよい」
 ジジイの腕が勢いよく前に出ると、無数の黒い触手がこちらにやってくる。私はよけながら爪で触手を攻撃し、数を減らそうとするが。
 どうやら、トカゲの尻尾のような存在らしい。落としても新しいのが急速に生えてくるのだ。
 一方のカシスちゃんは、炎で焼いたり薙刀で斬り落としており、口が笑っている。
 「な、何故、再生せん」
 「だから紛い物っていったでしょ。たかだか数百年で力をつけた気になってるなんて」
 バカみたい、と妖怪兄妹の長女。かなり辛らつになっている辺り、はらわたが煮えくり返っているのだろう。
 「お、おのれ。よくもこのわしを侮辱しおって。明日香、何をしておるっ」
 こやつらを殺せっ、とジジイ。
 はあ、見苦しいことこの上ない。子供かっての。
 「あの子はもう動けないよ。覚悟しな」
 「くそ、あの役立たずめが」
 こうしてくれるわ、と、懐にあったペンダントを取り出し、天井に放り投げる。
 「何すんのよ、やめなさいっ」
 ジャンプして手にしようとしたが、触手のほうが早く、装飾品は破壊されてしまう。
 その瞬間、男性の苦しむ声がした。足をつけて振り返ると、クサナギが胸を抑えてうずくまっているではないか。
 「クゥちゃん。しっかりして、クゥちゃんっ」
 「おいどうした、しっかりしろ」
 「あ、あの赤い水晶、は、私の心臓のよう、なもの、でして、ね」
 な、何ですって。
 「貴様たちの力をよこせっ」
 ジジイの触手は、彼らに向かって行く。しかし、緑色の壁が闇の手を阻み、はじき返した。
 「気配を消していたとはいえ、姿は見せていたんだが」
 五流にも程があるな、と腕を組みながら言い放つカーラ君。一緒にいたユキと如月君は、クサナギたちの元に行き、何とかしようとしていた。
 長男が右手を上げると、空気の流れが変わり、ジジイの方向へと流れていく。そして、目に映る緑色の風は、ジジイ全体を縛り付けた。
 「これで動きは封じた。後は楓ちゃん、君が決めるといい」
 「き、決めるって」
 「覚悟だよ。奴を倒してあの子を守るかどうかの、ね」
 もう逃げられないとわかっているはずだ、とカーラ君。
 「事の詳細は後で詳しく話すとして。口だけじゃなく、君の覚悟を見せて欲しい」
 ああいう輩になりたくなければね、と彼はジジイを目で指した。
 そうだ。プリムたちとの戦いで、事件の元凶を倒すことが、私の平穏な日常を取り戻すのに必要だと教えてもらった。たとえ人の形を模していても殺人にはならない、とも。
 それに、クサナギも言っていた。力なき想いなど所詮はうわ言だって。
 体の震えが止まらない。でも、ここを乗り越えなければ何もできないのはわかる。
 ジイイの雄たけびで意識が現実に戻った私は、
 「カシスちゃん、ジイイのどこを攻撃すればいいのっ」
 「心臓部よ。人間と同じ」
 お礼を伝え、もがいている相手に対してジュツをとなえる。
 雷は私の目の前で仲間を集めていき、ひとつの鋭利な直線へと変化していく。まるで超巨大な針のようになったレイリョクは、主がボールを投げつける動作をすることで飛んでいった。
 「うぎゃぁぁぁっ。ば、馬鹿な、こんな、こ、小娘、に」
 「さっさと閻魔のおっさんのとこに逝くんだな」
 と、いるはずのない人の声が響く。ジジイの体は、貫かれた部分からヒビが走っており、その足元から色白な腕が伸びる。
 何と、色素の薄い肌と髪色をした男の子が顔を出し、ガラスを割るようにしてジジイから生まれたではないか。
 彼の姿が頭の先から足まで見えるようになると、ジジイの姿は、跡形もなく消え去った。
 「よくやったな、楓」
 「え、あ、カヌス君、だよね」
 「ああ。オレがホンモノだ」
 思わず次男と長女を交互に見る。何がおかしいのか、カシスちゃんは笑っていた。
 「全然わかんなかった」
 「本当は加濡洲に化けたくないのよね。ガラが悪くなりそうで」
 「加阿羅が嫌がるんだから仕方がねえだろ」
 「女の姿になんてなりたくない」
 うわ、何てワガママな。って、普通はそうよね。男だし。
 「そんなことより、上手くいったのか」
 「ったりめーだろ。あっちもオレの管轄なんだぜ」
 と、近づいてくるカーラ君に赤黒い玉を見せた。そして、その左手には先程のネックレスもあり、半分ぐらい欠けている。
 「これ、お前が創っただろ」
 「ああ」
 「ヘタクソ」
 「うるさい」
 あーあ、という顔のカシスちゃん。頭を抱えているあたり、言わないようにしてたのに、という感じなのだろう。
 クゥちゃん、クゥちゃんっ」
 「だ、大丈夫ですよ、主人(マスター)。完全に、破壊された、わけではありません、から」
 息絶え絶えになっているクサナギに近づくカシスちゃんは、巾着から何かを取りだす。
 それは、ジジイが脅しに使っていたものと、よく似ているものだった。

 

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