瞳の先にあるもの 第21話

 面会が終わったアマンダたちは、二手に別れることになった。アマンダと情報屋、リューデリアはテントで情報整理を、アードルフは弟分たちの手伝いをすることになったのである。
 「セイリっつっても、集合場所の確認だけどな」
 おっさんにも聞いてほしかったんだけど、と情報屋。天幕を出てから会った執事に、アマンダは被害の規模を聞いたのだ。
 夫人との会合中に用意された簡易テントに入ると、情報屋は机の上に地図を広げる。
 「今いるのがこのあたり、目的地はここ」
 アンブロー領地の真ん中付近の平野部を指で丸く囲んだあと、南東へと指を動かす。そこには、広大な森が広がっていた。
 「あんたならしってるだろうけど、王族所有地のトコさ」
 「逃げるにはうってつけ、ですね」
 「何かあるのか」
 「この森は王族のみはいれる場所です。風のご加護があるみたいで、許可なきものがはいったら迷ってしまうってききました」
 「きりの森だよ、ここ」
 「成程。なら私たちも入れまい」
 と、断言するリューデリア。一本一本に魔法が掛かっており、動いたり根を伸ばしたりと、まるで動物のごとく動くことが出来るという。魔女たちの住まう国でも同じような森があるらしく、とんでもなく厄介なのだとか。
 「お伽話のようだが、実際は性質の悪い魔法を使った妖精の悪戯らしい」
 「まあ。でも中に入る方法があるのね?」
 「ねえって。だからヘイノたちは外で待っててもらう」
 つうか中はいってんの国王と魔女と側近だけだぜ、と子供。ヘイノを含んだ近衛兵は周辺で野営をしており、万が一のことがあったら逃げ込むようにしているという。
 本来ならば王族以外の侵入者は生きて帰れないと言われているが、今は緊急時なので特別に魔女に魔法を掛けてもらい、浅いところなら入れるようになっているそうだ。
 「本当に妖精っているのね。会ってみたいわ」
 「やめといたほうがいいとおもうけど」
 「ふふ。困ったものだぞ」
 慣れると可愛いかも知れぬがな、というリューデリアに、はあ、とため息をつく情報屋。風の魔女がアンブロー王国に召し抱えられていなかったら、この森は使われなかっただろうことを伝えた。
 目をまん丸くしたアマンダだが、地図に目を戻す。周囲には町もなければ宿場もなく、紙面上でも記載されていない。
 しかもこの森はアンブロー王国の首都ノアゼニアの近くである。
 「どうやって行くのですか。馬でいくのは自殺行為です」
 「へぇ~。ずいぶんシッカリしてきたじゃん」
 ニヤッと笑う子供に思わず眉をひそめる令嬢。
 「実はノアゼニアに攻めてきた連中、ようへいたちなんだよ。正規兵じゃなくって、さ」
 「本当なのですか。どうして」
 「みてきたから間違いないねぇよ」
 「そうではありません。いかによう兵の力が強いとはいえ、体裁上は王国兵だと思うのですが」
 机から離れた情報屋の手は、ひらを上に向け、持ち主の肩と一緒に動く。
 「あのコラレダ王サマの考えることなんてわかんないって。バカなんじゃない」
 噂に聞く性格は、間違っても褒められたものではないことは知っているアマンダだが、今はそんな事よりもある単語に引っかかっていた。
 表情が変わる彼女が面白いのか、情報屋はずっと様子を伺っている。
 「リューデリア、サイヤの様子はどうでしょうか」
 「様子? ふむ」
 手の平に水晶玉を出現させると、魔力を送り込むリューデリア。数十秒後、少し円形に広がった姿のサイヤが返事をした。
 「そちらはどうだ」
 「大方終わったわ~。三人とも手際よくて助かった~」
 「ヤロも手当てできんだ。いっがい」
 「このクソガキ、その場にいねえからって」
 ちょうど隣にいた本人が文句をクチにしようとしたところ、呆気に取られる表情に変わる。情報屋が通信者に後頭部をはたかれたからだ。
 「お疲れさまです。大丈夫そうならみんなでテントにきてほしいのですが」
 「わかったわ~。伝えとくわね~」
 手を振るサイヤの姿を最後に、水晶玉から光が消えた。
 「ありがとうリューデリア」
 「いや。それでどうするつもりなのだ」
 「相手がよう兵なら何とかなるかもしれません」
 その前にちょっと休憩しましょ、と、力のない笑みをしながら外に出るアマンダ。
 「貴族も、大変なのだな」
 「キグローたえないんじゃないの」
 オレたち平民と違ってさ、と子供。妙に声が落ちついているこの子に対し、魔女は複雑な想いを抱く。様子から以前とまったく変わっていないと感じたからだ。
 身内のみで話したのは昨日なので仕方がないといえばそうなのだが。これから成長期に向かう子供は、経験によっては成長する速度がもの凄いということを親から聞いていたリューデリアは、それに期待し心変わりを望んでいるのかもしれない。
 「無理をするでないぞ」
 「え。う、うん」
 フードに隠れた情報屋の表情は、声と同様きょとんとしていたに違いない。
 数分後、エメリーンと執事が共にやってくると、アマンダはお茶の用意をし始める。彼女はふたりに座って休むようにと伝えると、手際よく進めた。
 「本来ならお菓子もお出したいのですが、申し訳ございません」
 「とんでもありません。十分です」
 リューデリアと執事のやり取りをぼんやりと見ている情報屋。しかし、感覚はそうではないよう。
 「エメリーン、どうしたの」
 「いや」
 幼馴染みが対象から視線をそらす。だが、アマンダにはその意味が分からなかった。
 八個のティーカップセットが並ぶと同時に、他の出席者もテントの中に入ってくる。一人を除く初顔同士が簡単に自己紹介しあうと、出席者は席に着いた。
 情報屋は先程アマンダに伝えたのと同じ内容を合流した者たちに聞かせる。
 「んな遠くまでゴクローなこったな」
 「本当に正規兵がひとりもいないわけ」
 「マジでいなかったぜ。なに考えてんだかしらねーけど」
 「随分となめられたものだな」
 エメリーンの右手とあごに力がこもる。
 「情報屋さん。アンブローにいるよう兵さんたちはどこにいらっしゃるの」
 令嬢は思わず、睨んでしまっている。だがその視線が嬉しかったのか、本人は怪しく笑う。
 「いたのはアンブローに雇われた連中さ」
 「やっぱり、そうなのね」
 「よくわかったな」
 「あまりにも時間が短すぎるもの。そんな大軍が移動してきたならすぐに気づくわ」
 「へぇ~」
 「成程、そういう事か」
 エメリーンは当時のことをこう語る。
 カンダル砦に援軍を向かわせてから数日後、所属不明の一団が西側の門を強行突破し、城へと攻め込んだという。人数は数百と見られていたが、みるみるうちに数が増えていったらしい。
 彼女はちょうど軍議中であったためその場で応戦したが、勢いに押し切られたという。
 「細かい経緯はわからないが。城下もひどい有様だった。生き残った民を連れ出すので精一杯で」
 この洞窟にいるのは城下民とレインバーグ領などから逃げ延びられた者たち。非常事態用の食料はあるが、先の見えない不安な時間を送っていたのだ。
 「アイリ様のお気遣いで、食料や水を調達して下さっている」
 入口は魔法で守られていると聞いているが、敵にも使う者がいる以上、下手に外には出られない。安易に開けるわけにもいかないからだ。
 「遮ってすまない。アマンダ、どうするつもりだったの」
 「よう兵たちを再びアンブロー軍に従事させようと」
 「は、マジでいってんの」
 思っても見なかった答えだったのか、情報屋は驚きを隠せない様子。しかし、周囲も同じであった。
 「民を不安にさせるわけにもいきませんし、戦力も手にはいるでしょう」
 「確かに一石二鳥だが。相手の戦力もわからないのよ」
 「情報屋さんがしってるわ」
 「あのさあ、一度裏切ったヤツらがしたがうワケ」
 「従わせます。力で」
 アマンダはアードルフを見る。そして従者は主の意図に気づく。
 「全体を相手にしてしまったら私たちに勝ち目はありません。なら、一対一でやればいいのです」
 「兄貴の、アードルフの名前を使って、か。いいかもね」
 今でも響く奴には響くし、とイスモ。
 「ヤロとイスモも協力してくれますね」
 「拒否権ねえだろ。何すりゃいいんだ」
 「パイプ役をお願しますわ」
 「あん?」
 「顔知ってるのがいるだろうから繋げってこと」
 頭を抱える元コラレダの傭兵。隣にいるヤロはいまいちなようだ。
 一方、目を見開いたエメリーンは、様変わりした幼馴染みに向かって、
 「いい案だ。相手が乗ってくれそうな餌があれば確実ね」
 「ありがとう。つたないし独断は危険だから、ヘイノ様にご相談しようと」
 「ちょうどいいわね」
 笑いあう少女たち。次に進むに必要なことを、足元から確認しあう。
 結果、エメリーンの隊はこの場に残り、アマンダたちは南の森に赴くことになった。出入口に施されている魔法は、特定の人物でないと開けられないことを知ったからである。
 ちなみに、フィランダリア王の側近、アルタリアは自由に移動出来るそう。
 「あの兄ちゃんはどうすんだい」
 「あのお方ならそのまま国へ帰られるだろう。心配はない」
 「地理よりも別の気がかりがあるんだけど」
 と、傭兵組。イスモの言いたいことが理解出来たのか、リューデリアは少し困った表情になってしまう。
 「のんびりされてるけど、大丈夫よ~」
 顔を見合わせたふたりだが、アードルフは静かに目を閉じていた。
 「んまあ、あの人はいいとして。馬よういできる」
 魔法を使える者以外の人数分を要求する情報屋。出来るだけ早くヘイノたちと合流したいという。
 最もな意見に賛成したエメリーンは、確認してくると天幕を後にする。その背中になる早でな、と情報屋は声をかけた。
 「アマンダを早く連れてかないと、オレがどやされる」
 「何をしたのだ」
 「してないしてないっ。万が一戻ってきたら首にナワつけてでもつれてこいっていわれてたの」
 「心配なのだろう。昔から面倒見が良いからな」
 「兄貴、風の魔女を知ってるんだ」
 「ああ。日頃から良くしてもらってい、る」
 「勘違いしないでって。いた部隊が部隊だから、ちょっとした裏事情を知ってるだけ」
 「今は調べたりしておらぬのだな」
 「まあね。必要ないし」
 「イスモ。しってると思うけど、魔法師の方々は秘密主義です。必要以上の詮索はしないように」
 顔を青くしていたアマンダが警告をする。ぱちくりと反応した彼は、幼くも真剣なまなざしに負け、もちろん、と返す。
 「悪くおもわないで。悲劇をくりかえさないためなの」
 「人それぞれ考えってモンがあんだ。いいんじゃねえのか」
 よくわかんねえけどな、とヤロ。
 「酒があれば仲良くできんだろ。だっはっはっ」
 「はあ。俺もお前みたいに単純になりたいよ」
 「情報屋。明日の朝までに準備できそうだぞ」
 喧嘩に発展しそうなう雰囲気を消したエメリーン。異様な空気は、彼女に星を出させるのに十分であった。
 翌朝、洞窟の入口までやってきた一行は、アルタリアの帰りを待っていた。
 だが、周りの下見をしてくると言って、三十分以上経過している。
 「遅いわねぇ~。薬草摘んでるのかしら~」
 「さすがにないと思うが」
 「マイペースだし、ありえるかも」
 はあ、と情報屋。どうやら、子供の頭の中には、焦りがあるようだ。
 シュン、と音がなると、待ちわびた人物が姿を現す。手には、花が握られていた。
 「すまない。フィリアと連絡、取っていた」
 「お、怒ってないっ」
 「ん、別に。普通だった」
 ほっとした情報屋に対し、アマンダは表情をこわばらせる。
 「結界を張って、私は戻る。気をつけて」
 花を水で濡らし、松明付近の壁に埋めこむアルタリア。全員が魔法陣から外に出たことを確認すると、再び周囲は沈黙に包まれ、誰もいなくなった。
 アマンダたちは馬にまたがり、魔法師たちは宙を飛んで南へと向かう。
 「死んだらホネひろってよ」
 「そこまでの事はなかろうに」
 「わからないわよぉ~、オイタが過ぎてたら。うふふ」
 「リューデリア、わたしもお願いします……」
 余所見を注意されているアマンダの目は涙で一杯に。
 ありえないがありえそうだと、アードルフはため息をついたのだった。