とある人物、いや、人とは呼べぬ存在は少し先を見据えている。何故か最近おぼろげになるのだが、ある人物が離れているとくっきり見えるようだ。
変わってここは王家の別宮殿と名高く、王族が休息する際に利用されると一般的に言われている古き建物。とはいえ、森に覆われているためか、一般人は滅多に近づかない。入ったら一生出て来れないともっぱらの噂で、風か森の声を聞かない限りとても歩けないというのだ。
「事実は違うんだが。んま、都合がいいからかまやしないけどさ」
長く艶やかな黒髪に、黒を基調とした服。足元もシンプルで全体的に動きやすい服装が特徴の女剣士。
だが、プランジング・ネックに施された情熱の赤は、本人の性質を現しているかのよう。
爽やかな風が彼女を包むと、一部分が歪む。しずく型をしたそれに、女剣士は話しかけた。
「どうしたんだい、アルタリア」
「やあフィリア。アマンダたちが、そちらに行くよ」
「はい? 何でさ」
「ヘイノに、会いに行くって」
「あんたらに止めといてくれって頼んだのに。んも~」
「アイリに似てる。しょうがない」
「ああ、まあね」
はあ、と頭を抱える女性。常に柄へ手を置いているのは、癖なのだろう。
「細かいことは後で聞く。結界の鍵は必要かい」
「うん。私が、細工しておく」
「頼んだ。ちょいと離れられなくてね」
「大丈夫?」
「全員無事さ。問題はここから先だね」
「それは、うん。何かが動いてる」
「アタシも聞いたよ。こりゃ大事になりそうだ」
「どうする」
「今までと変わらないさ。ただ、今回ばかりはイレギュラーが多発しそうだけど」
「うん。様子見る」
「イザとなったら力使いな。どうしようもないバカは叩きのめすしかない」
「う、うん」
「仕方ないのさ。ハーウェルの件もあるだろ」
「そうだね」
「んま、フィランダリアはしばらく大丈夫だろうさ。ゼノスが上手くやるだろ」
「国は、平気だと思う。心配なのは、子供達」
「だね。でも必要以上に表に出るワケにも行かないのがもどかしい」
パシッと右手の拳と左掌を合わせるフィリア。
「何かあったら、伝える。鍵お願い」
「ああ。生成するからちょいと待っとくれ」
「うん。じゃあまた」
歪んだ形が消えると、再びひとりになるフィリア。
「これ以上魔法を悪用されるのも癪だ。どうしたモンかね」
ふう、と空に吐き出した息は、空気にとけてしまった。