瞳の先にあるもの 第34話

 アンブロー軍が第一拠点のオアシスに到着してから数日。彼らは未だに町の中に入ることが出来ず、外で野営をしている状況だ。本来なら町の中で調達し終え、既に第二拠点へ出発しているはずであった。
 「対応が早いと言えばそれまでだが。予期して準備していたのだろう」
 『だね。こっちも圧力かけてるけど。援軍がくる気配ないって』
 「砦は全て取り返したんだったな」
 『ああ。オーグリックがこちら側に守備隊を派遣してくれたから』
 と、水晶を挟んで話すヘイノとエスコ。車椅子に座っている後者の右側には、彼の父セイラックがいる。
 『先発隊の報告だと完全に捨てたような感じらしい。妙に引っかかってさ』
 「確かに。ヒエカプンキに向かっているのでもないようだし。やはり時間稼ぎか」
 グラニータッヒ王は血の気が多い。若い頃から自ら軍を率いて様々な戦地に赴き勝利に導いたと言われている。ランバルコーヤ兵が崩れにくい理由のひとつだという。
 「コラレダに動きはない、か。不気味すぎる」
 『本来なら援軍を送るべきなんだけど。それを見越して待ち伏せしてるかもしれないからなぁ』
 「そうだな。フィランダリア王国に変化はないのか」
 『軍編成してるって報告があったよ。対アンブロー警戒だって、表向きはね』
 「成程。どうするか」
 情報屋がランバルコーヤの動きを知った内容は、フィリアを介してヘイノの耳にも入って来ている。かといって民間人と戦うわけにはいかず、今の状態になっている。
 『ヘイノ殿。物資があればラヴェラ王子の下へ向かえそうかの』
 「可能でしょう。兵達の負担もそこまで酷くないようです」
 『しかし、それでは挟み撃ちにされてしまいます』
 『そのまま行けばな。そもそも相手兵に戦う気力があるのかが気になるがの』
 拠点にいるのは傭兵と民間人の混成部隊。割合も後者のほうが高いと聞く。
 そのことに再度思い至り、はっ、とヘイノの目が見開いた。
 『どうかした』
 「可能性の話だが。まずいな」
 水晶の向こうで顔を合わせる二人。理由を聞くと、みるみるうちに表情が曇っていく。
 『後方支援は僕らに任せて。アマンダたちのこと頼んだよ』
 「ああ。君も無理はしないでくれ。失礼する」
 一礼をして水晶の動力源を切ったヘイノは、すぐさまアマンダの元へと足を運ぶ。
 数分後、
 「よお、ヘイノ。ちょうどよかった、あんたを呼びにいこうとしててさ」
 「数日ぶりだな。歩きで来るなんて珍しい」
 「さっきまで違う部屋にいたから。もしかしてアマンダのトコにいく途中だった」
 相変わらずの鋭さに、思わずため息が出るヘイノ。
 「道中聞かせてくれ」
 「いいぜ」
 話をしながら到着した目的地には、将軍が想像していた通り、緊張が走っている。入口近くにいたリューデリアは彼らに気づき、挨拶をしながら招き入れる。
 「早かったな」
 「途中であってさ。話といたよ」
 「そうか。アマンダとギルバートは裏側にいる」
 「了解した。何かあったら教えて欲しい」
 「うむ」
 失礼、と魔女たちに一礼をしたヘイノは、そのまま壁を沿って奥の部屋へ進む。入口と同じように挨拶を済ませると、状況確認に入った。
 「今、ギルバートが詳細を確認しにいっています」
 「そうか。一晩経って何もない、か」
 眉をひそませるヘイノ。
 実は第一拠点到着してから数日間、オアシス側から何の要求や交渉も来なかった。こちら側は初日から何度も使者を送り話の場を持とうとしたのだが、警戒されたのか拒否され続けたのである。
 このままだと無為に時間が過ぎるだけだと判断したヘイノは、相談の末ヤロのつてを頼りに中を探ることにした。
 だがそれが仇となり、今に至っている。そう、イスモの懸念が現実になってしまったのである。
 「ヘイノ様、なにかの間違いにきまっていますわ。彼らが裏切るなんて」
 「私もそう思っているよ。嵌められたんだ、話し合いの場を持たなかった理由だだろう」
 はっ、とした表情になるアマンダ。
 「申し訳ありません。配慮がたらず」
 「君のせいじゃない。気にしなくても大丈夫だ、彼らの気持ちは君と共にある」
 私の判断ミスだ、とヘイノは続ける。
 「強行突破は避けたい。情報屋、何か知らないか」
 「しらねぇ。昨日も中に入れなかったんだもん」
 「完全封鎖している訳だな」
 「あぁ。ただ魔法を使うヤツはいねぇな。相棒たちははいれてるから」
 シュン、と両手で持つ程の水晶玉を出す子供。魔力を通すと、日干し煉瓦で出来た家々の屋根が映し出される。いわく、魔法で姿を消しているそうだ。
 「気づいていないフリもなさそうか」
 「ねぇよ。リューデリアとサイヤに協力してもらったし」
 「そうか」
 「戻ったよー」
 と、陽気な声が響き渡る。だが、表情は硬い。
 「三人とも無事だって。条件は国王に掛け合ってるから数週間待てだってさー」
 「らしい言い訳を。ラヴェラ王子と合流させない為なのが見え見えだ」
 「あと単純に戦いたいだけなのかもねー。目がヤバかったよー」
 早く帰りたくってさー、と傭兵は、平和に行きたいねー、と続ける。
 一瞬の沈黙後、失礼します、という男性の声がした。現地人は、やはり人が入るのは厳しそうですな、と話す。土魔法を使い調べたという。
 「情報屋の予想通り、フェネックギツネがうろついておりました。特殊な訓練を受けている護衛用のものです」
 「相棒は万が一みつかっても、かなりデカいから襲われないだろーしな」
 「良いご判断です。さすがですなあ」
 「おだちん」
 ペシッ、と手を軽くはたかれる情報屋。
 「冗談はともかく、このままでは身動きとれませ」
 「おわっ」
 話を遮った発声者に視線が集まる。素直に謝罪した情報屋は、突然現れた女性の顔に驚いたらしい。
 『不思議な鳥ね。はじめて見たわ』
 「カ、カレンッ」
 「しりあい」
 「ええ」
 アマンダはルーマット・トゥタンシ一座のことを情報屋に話す。聞きながら様子を見ていた情報屋は、違和感を覚えたらしくもう一匹の視点に変えた。水晶には、飛んでいる鳥と一人の女性が距離をあけて映っている。
 「なんだこの人、どうしてみえてんの」
 『何でかしらね。はじめまして』
 「げっ」
 『まあ、ご挨拶。ここなら誰もいないわ、どなたかしら』
 水晶玉の周りに人が集まる。再度着地した鳥の視点を戻すと、向こう側は首をかしげていた。
 「オレの声、きこえるんだ。驚いたよ」
 『あら、やっぱり鳥が話してるわけじゃないのね。だあれ』
 「情報屋ってよんでくれ。あんたは」
 「カレン・デュランダル。見ての通り踊り子よ」
 声を潜めた彼女は、
 『所属はどこかしら』
 「どこにも属してないけど。そっちの情報ほしくって」
 『身元不明な子とは取引できないわよ』
 「だよな。金はいくらでもあるんだけど」
 『まあっ。将来有望じゃない、うふふ』
 にっこりと笑ったカレンは、少し離れると、踊り出した。距離感を掴めているらしく、全身が鳥の目を経由して一行の目を釘付けにする。
 しかし、背後から数人の男たちがやって来る。
 『おい。こんな外れで何してるんだ』
 『踊りの練習よ。邪魔しないでちょうだい』
 『へっへっへ、気の強い女だ』
 『この女、昨日来た旅団の主演じゃねえか』
 『そりゃあぜひ楽しませてもらいてぇよな』
 『あら。あたしは高いわよ。払えるのかしら』
 『お高くとまってんじゃねぇぞ、このアマッ』
 と、ひとりの男がカレンの手首を掴む。思わず情報屋が鳥を介して魔法を放とうとするが、不発に終わった。カレンがどこからかナイフを取り出し、男ののどに突きつけたからである。
 『あたしはラガンダ様のお気に入りなのよ、いいのかしら。カゴってものももらってるのよ』
 『わ、悪かった。ほんの冗談だって』
 『笑えないわね。エスコートぐらい勉強しなさいな。あっち行ってちょうだい』
 『ちっ』
 忌々しそうに吐き捨てた男たちは、町の中へと戻っていく。
 「大したウデじゃん」
 『んま、助けてくれないのね』
 「しようとしたらあんたが動いてたんだって」
 『うふふ、冗談よ。護身術は身につけてるけど、ね。ああいうのが増えて不安でしょうがないわ』
 「オレと取引してくれたら、なんとかなるかもよ? おねーさん」
 『口だけなら何とでもいえるわ』
 「そっちに捕まったよう兵三人組がいるだろ。しりあいなんだよね」
 ピク、とカレンの表情が動く。
 「取引先にアンブロー関係者もいるんだけど、な~」
 『証拠は? どこにも属してないんでしょ』
 「ちょっと待ってくれる」
 と、情報屋。ゼンベルトを見ると、執事は子供の許可を得て水晶を持つ。
 「ご無沙汰しております、カレン殿。いつ見てもお美しい」
 『まあ、ゼンベルトさんじゃない。ありがと』
 「我が主がお世話になっておりますな。先程は冷や冷や致しました」
 『ラガンダ様、様々よ。助かってるわ。この国ならこれで大体カタがつくもの』
 ふたりが世間話をしている間、情報屋は魔女たちに連絡を取り部屋に来てもらっていた。顛末を伝えると、アマンダに探知可能になる魔法を掛ける。
 「ヘイノ、アマンダかりるぜ」
 「ああ、頼む」
 将軍は令嬢に目配りをし、彼女は頷く。
 情報屋はゼンベルトと替わり、
 「おまたせ。許可とってきたから紹介するよ」
 「ごきげんよう、カレン。先日はありがとうございました」
 『まあっ、アマンダ様じゃないの。御機嫌よう。本当にアンブロー軍とつながりがあるのね』
 「この子には日頃からお世話になってますの。ところで、アードルフたちは」
 後ろで何やら言いたそうにしている情報屋を見るカレン。周囲を見渡した後、水を飲み、
 『無事よ。捕まって牢屋に入れられてるだけみたい』
 「そうですか、安心しました。中はどうなってるのですか」
 『妙にピリピリしてるわ。明らかに住民より多い人が民家や宿場に押しこめられてて、正規兵が監視してるのよ』
 感じ悪いわ、と踊り子。彼女は旅芸人だから入れたと話す。王都に行きたくなかったため、義理母に同じ考えの仲間と共にこちらで興行させて欲しいと願い出た結果らしい。
 『これもお導きかしら。お願い、兄さんたちを助けて。このままじゃ殺されちゃうかもしれない』
 「もちろんですわ。あなたの力が必要です、力を貸してください」
 『わかったわ。でもこれは個人的なお話、一座は関係ないから』
 「ええ」
 「そろそろ時間ヤバイかもしれねぇからいったん切る。相棒を近くに待機させるから、つれてってくれる」
 『それは構わないけど。中はダメよ』
 「足場があればそとでも平気だ。つかまりやすくしてやって」
 飯もいらない、と情報屋。大きさの割りに少食らしく、問題ないらしい。
 カレンは誤魔化しも兼ねてもうひと踊りしてから戻ると言い、水晶から姿を消した。
 「良くやってくれた。これで希望が見えたな」
 「いえ。これからどうなさいますか。どちらにしても中にはいれなければ」
 「あ~、それについてはいい考えがあるぜっ」
 待ってましたとばかりの情報屋。まるで悪戯っ子のような面持ちだ。
 子供はゼンベルトの裾を引っ張って耳打する。
 「ま、まあ、準備は可能でしょうが」
 「これしかないじゃん。オレも行くから」
 「ふむ。ではラガンダ様に連絡を取りましょう」
 と口にすると、執事は部屋を後にする。ヘイノが内容を確認すると、情報屋は同じような行動をした。
 「そ、それはちょっと」
 「ほかに方法あんのかよ」
 「確かにそうなのだが」
 「だろ」
 「だったら適任者を選ぶ。少し待ってくれるか」
 「時間ねぇんだろ。シノゴいってる場合かよ」
 「うぐ」
 正論を言う情報屋に、将軍は突破口を見出せないよう。
 「そなた、碌でもない事を考えておるまいな」
 「んなコトないって。まっとうなコトだってば」
 「怪しいわねぇ~」
 「ひっど。ちゃんとコーケンしてんのに」
 「昔からイタズラ好きだもの~。しょうがないんじゃな~い」
 「いいじゃん。役にたってるんだから」
 「物は捉え様、か」
 はあ、とため息をつく同郷者。情報屋は何故か、満面の笑みであった。

 

 

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