行動に移した俺は、まず入り口とは正反対にあるとびらへと歩きだす。大きなドアのそばにいた人に開門を願い、出口は真ん中から開き始め自分の使命をまっとうする。それは、先ほどより軽めな音を響かせながら俺がとおるのを待ってくれた。
とりでを抜けると、目の前には、はんらん寸前までに水位が上がった川が姿を現す。水の流れは、幼い子が遊べるような速さでは到底ない。
「大雨が降ったならまだ納得できるけど。やっぱヘンだな」
思わずひとりでくちびるを動かしたあと、俺は巻き込まれないように岸へと近づく。もう五メートルほど行けば危ないところまで歩き、そこから水に向かって両手をかざした。
――イ。コ―――ナニ――ウ……ニ……ル。
やはり、何かが精霊たちを怖がらせているようだ。こま切れにしか聞こえなくとも、彼らの感情はきちんと伝わるので理解しやすい。
ちなみに今の声は水の精霊のそれであって、人が発する音ではない。ヴァラとの話でも述べたが、それぞれの属性に属する神官やその家系にしか耳に入れられないのだ。
どういうことかというと、この世界には水を始めとした土、火、風、それに雲や星、太陽や木といった自然には、すべて精霊が宿っているという信仰がある。実際にいるいないの個々に関わる思考は省いたとして、そのように信じられているのである。
もちろん俺はいるに決まってると思うよ。だってちゃんと聞こえてるんだから。
それはそうとして、だ。実をいうと、神官の言葉はここからきていたりする。
つまり、その立場の人間は、精霊の声を聞き一般の人々に伝えるという職業ってこと。別に難しいことはなく、誰かの伝言をほかの誰かに回す、と考えてもらえればわかりやすいだろう。
しかし、問題は原因だ。精霊たちの言葉をつなげて考えてみると、どこかに怖いと感じる何かがいるはずなのだが。
今いる場所の川は、上流のほうだ。奥には山が存在しており、そこからしたたりでる水が川の源流となっている。ちなみに、ここと中流の間には滝が存在していて。
ふと、空を見上げる。もっと上の部分と思われるところに、やたらと雲が固まっていた。まるで積乱雲のような形をしたその中心は、丸く白い玉が四方八方に動いている。
もちろん、普通の人々には見えない動きだろう。
雲の導きに従い、俺の行動範囲が決まっていく。
上へと行くにつれて、歩きづらい道や大きな石が邪魔をするが、これは自然の原理なので仕方がない。
しかし、精霊たちが示した場所へと赴くと、川の流れがますますおかしなことになっていた。どうたとえればよいのか少し困るが、強いて言うなら水が共食いしあっている、と表現しようか。
絵的に表すならば、波状になっている水同士がぶつかりあっている感じだろう。
まあ、どうにしても不気味な現象以外なんでもない。
雲がたちこめている下にやってくると、案の上の結果になっていた。というのも、天然の貯水湖の真ん中には、毒々しさを感じる赤紫色をしたシャボン玉の化け物がいたのだ。
しかもだ。あいつらは仲がよいようで、ブドウのように集まっているではないか。
「何者ダ」
「俺かい。俺は誰かさんだよ」
「何ダ、ト」
あー、別にふざけているわけじゃないぞ。こういった輩に、素直に名乗るのは危険だと判断したんだ。もしこいつから個人情報が外にもれたら、今後の生活を脅かしかねないからな。
「俺の名前なんてどうでもいいさ。肝心なのは、この増水がお前の仕業だってことだ」
「ダッタラドウスルノダ、私ヲ止メラレルトデモ」
「お前、頭悪いな。何で俺がここまでこれたのか考えれば答えは簡単だろ」
「フフフ、頭ガ悪イノハオ前ダ。タトエ水ノ精霊ニ力ヲ借リタトシテモ、オ前ニ私ハ倒セナイ」
どうやらこいつ、いらん知恵をつけてしまっているようだ。
簡単にいうと、同じ属性を持つ相手には通用しにくいという法則がある、ということだ。奴が言ったとおり俺のもっとも得意とする属性は水で、方法は魔法。敵である奴には効きづらい。
だがそれは、ある意味間違っている。それは、対峙しているのが俺、だから。俺は普通の神官候補ではないのだ。
とはいうものの、格別な内容でもない。そう、ただ単に純血な水の神官じゃない、ってだけだ。
つまり、俺には水の神官とは違う血筋もはいっているということ。もうひとつの血は、雲をつかさどるもの。だから俺には雲の異変も感じとれたのである。
そして、そんな俺には不思議な体質も身につけている。双方の加護を受けるのかどうだかはわからないが、雨が降ると己が持つ力が強化されるのだ。
確実にしとめるには、この場合力を上げたほうが手っ取り早い。だが、考えなしに使うわけにもいかないのが神官の弱点だろう。ほかの魔道士たちと違って直接精霊に語りかけて力を借りるので、必要以上に引き出してしまうのだ。
もしそんなことになってしまったら、自然の摂理が破壊されてしまい、最悪生き物が住めなくなる。
あいつはたぶん、そういったことをふまえて倒せないと言っているのだろう。
気色悪いシャボン玉は、辺りに水で作った玉状のものを浮かばせながらこちらをうかがっていた。
「やってみなきゃわからないだろ。モノは使いようってゆーじゃん」
まるで悪あがきするかのような口調でいいきり、敵の持つ属性に合わせた対抗策を作りあげる。この場合は、同じ性質である水ではなく、雲のそれを集め攻撃体勢にはいる。
手に集まった雲属性の魔法は、そのままブーメランの形に変化。まるで霧で生成されたかのように透きとおっている武器は、文字のごとくのはたらきをしてくれるものだ。
向かいあっているものの力量を測るためにひとまず攻撃。三日月の動きをした俺の得物は相手の真ん中辺りを切りつけ、手元に戻ってきた。しかし、ダメージを受けわれてしまった部分を、同じように存在している周囲の仲間が分裂し傷を復元してしまったではないか。
「ククク、今、何カシタカ」
いったいどこから発しているのかわからないが、勝ち誇ったようにしゃべるシャボン玉。妙にしゃくにさわるのは俺だけか。
そんなイラつきを抑えながら、次の作戦を考える。あいにく俺は、このふたつ以外の属性は使えないのだ。
しかし、物理攻撃が不得意な俺にとってはほかに方法など存在しない。
仕方がないので、雨乞いの魔法を使うことにした。この魔法は、水や雲の神官が雨を降らせてもらうよう神に祈る魔法だ。本来ならばひどい干ばつのときに用いるものだが、俺の場合、生まれ持った体質のため、特別に今のような状況でも使うことを許されている。
先ほども言ったことだが、雨が降れば俺の力は上がる。上昇したことによって、与えられるダメージも増えるのだ。
時間が惜しいのでさっそく雨乞いにとりかかる。やりかたは簡単で、水と雲の精霊にお願いし、それぞれ必要なものを運んできてもらうだけ。あとは待つだけだ。
とはいえ、ただつったっているわけにもいかない。向こうは新たに行動を起こした俺を邪魔しようと、自分の体を投げつけたり発生させた水の玉を放ったりしてくる。魔法をとなえながらかわしているので時間がかかり、体力勝負に持ちこまれてしまう。
だが、勝敗は決した。無事に魔法が完成し、雨が降りだしたのである。
天からの恵みを受け、俺はもう一度雲属性のブーメランを作り出す。先ほどよりもふた回り以上大きいそれを、力いっぱい投げつけた。
威力も遠心力も高まった武器は敵の頭部と思われるふさの部分を断ちきる。どこからともなく苦痛の叫びが耳を直撃したが気を取られはしない。目の前には、バラバラになった『奴ら』がいたからだ。
今度は数に任せて体当たりを仕かけてくるが、先ほどの攻撃が効いているようで動きが鈍っていた。完璧にかわせるほどに落ち込んだスピードでは、この俺サマを捕らえるなんて不可能。持ち前の瞬発力を生かしてひと粒ひと粒つぶし、不気味なシャボン玉はオリジナルと同じ末路をたどった。
増水の元凶を倒してから、川の流れは徐々に落ち着きを取り戻していく。荒波は消え、水辺は穏やかな風に身をゆだねながら輝いている。
本来のすがすがしさだろうその姿に、俺は深呼吸と背伸び、最後は笑顔で表した。視線の先には、平和になった貯水湖に住む精霊たちが楽しそうにたわむれていから。
事をすませた俺は、自らの目的を達成させるために急いで戻る。近づいてきた関所からは、ごった返しているらしい声が聞こえてきた。おそらく、川が静まったのを見て役人が開放したのだろう。
一般の人とは逆の方向からやってくると、出口付近でヴァラと初対面の男が待っていた。とはいっても、制服の型が他の役人と同じで色違いなだけだったので、ここを取り仕切る長だというのはすぐにわかった。
「スクータ様、よくご無事で」
「大げさだって。まあ、ずぶ濡れになっちまったけどな」
「この度はお手をわずらわせてしまい、申し訳ありませんでした。通行書はすでに発行しておりますゆえ、こちらでゆっくりと」
「いや、服を着替えたらすぐ町へ向かうよ。気持ちだけもらっとくから」
「し、しかし」
「いいんだって、本人がそう言ってんだから。俺としても、早くコイツを届けなきゃなんないしさ」
そう話すと、関守長殿は説得が無理だと判断したのか、わかりました、とだけ告げる。
彼のため息に感謝と申し訳なさをまぜつつも、奥の部屋で着替えをすませにいった。
素早く終わらせた俺は、用意してくれた書類を受けとり、普通の人とは違う通路をとおった。別に特別専門の道とかいうのではなく、役人たちが使っている裏口のような場所を通過しただけにすぎない。そのほうが時間短縮できるからね。
狭い出入り口を守る番人に通行書と身分を説明し通過。ヴァラの口ぞえとマーキュリーの玉のおかげで、ここも問題なく通りこした。
関所の先には、豊か溢れる水源とみなもに輝く太陽の光が出迎えてくれ、軽い足取りでラフィラーズの町へとむかう。
やっとのことでたどり着いたときは、すでに夕日の出番が終わりを告げていた。
「スクータ様、長旅でお疲れでございましょう。宿を予約してありますので、今日はこちらでお休みください」
「ありがとう。明日の朝から行動すれば洞窟にすぐ行けるかな」
「はい。この町の中にございますので」
「わかった。じゃ、お休み」
一礼した彼を見送ったあと、目の前にある大きな宿屋に床をめざした。
日が変わり、ヴァラは宿のカウンターで待っていてくれた。
「おはようございます。夕べはよくお休みになられましたか」
「ああ、おかげさまでぐっすりだ。んじゃ、案内してもらえるかい」
「かしこまりました」
まるで本物の主人と従者のような会話の中、俺たちはフリッグの玉を収める場所である雲の洞窟へと足を運ぶ。
少々曲がりくねった街路を歩いていくと、一軒の屋敷にたどり着く。視界に入れたときは首をかしげてしまったが、雲の洞窟に関してはたしか、町をとりしきる人物が住む建物の裏あるということを思いだす。
なるほど、どうりででっかい家なわけだ。
大きな門をくぐり中へと案内されると、外とは違った内装やヘンな格好をした男がいた。よい年しているだろうおっさんをひと言でいうと、変人、である。
「あらぁっ、カワイイ子だ・こ・と。もしかして次の神官候補ちゃんかしら」
ひぃっ。ななな、何だこの口調はっ。
「怖がらないでもいいのよぉん。とって食べようなんしなから。ふふ、ホントはそうしちゃいたいんだけど、ねっ」
と言いながら、ウィンクをひとつ。ヤバイ、ヤバイぞ、こいつ相当な危険人物だ。とっとと終わらせて帰ろう。
「お、お初にお目にかかります。早速ですが、フリッグの玉をお持ちしましたので奉納しますね」
「いやだわ、そんなもの明日でもいいじゃないの。それより、アタシとどこかでお茶しましょうよぉ」
「けけ、けっこうですっ。お、俺、次の用件が待ってますからっ。ヴァラ、場所知ってるんだったら教えてくれっ」
「わかりました。ではヒランツ様、御前を失礼致します」
このおっさんがヒランツだったのかよぉぉっ。 世の中どうなってやがんだ、おかしいだろーがっ。
俺はたじたじになりながらも、ヴァラのおかげで何とか恐怖の館から脱出に成功。彼の案内の元猛ダッシュで洞窟へと行き役目を果たした。
その帰り、ヴァラは言う。
確かにオカマ志向があるが、とても親切で気前のよい主だ、と。
な、なんつーのかな。他人の好みだからつべこべいう資格はないんだろうけどよー。
だったら始めっから説明してくれればよかったのに。ばあちゃんも父さんもひでぇや。あ、考えてみれば母さんもグルっぽいな。あーもう。
そんなこんなでひとつの旅は終わった。ここで学んだことは、世界は広い、ということだろう。
うん、世の中いろんなモンがあり、そしている。
それが面白くもつまらなくもしている要因なのかもしれない。
ではでは~☆★
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