名もない道のほとりに同じような存在の木々が並んでいる。街路樹と呼べるほどそれが立っているわけではないが、不思議なことにそういった微妙な空間が人々の憩いの場となっているらしい。
そんな穏やかな雰囲気の中、俺もひと休みしていた。ここから目的地まではまだまだ遠いからだ。
しかし、そんな幸福な時間を邪魔する輩が現れる。
「やっと追いついたぞ。 さあ、てめぇの持ってるお宝をよこしな」
「やだ。つーかくつろいでんだから帰ってもらえる」
「な、何だと」
何だと、じゃねぇんだよ。脅せばビビるとでも思ってんのかこのタコ。
「ふ、ふん。可愛がりのある奴だ。ちょっくら痛い目に遭わないとわからないようじゃねぇか、お嬢ちゃ」
得意の顔面蹴りっ。
「ああヘッドッ」
「このアマ、ヘッドに蹴りかますたぁどういう了見だっ」
「うるせぇ。問答無用だ、ぶっ飛ばす」
無礼者をはっ倒した結果、水びたしになったざっと十数人の小山ができあがったのである。
それから数時間後、俺の後ろには縄につながれた盗賊どもの姿がざっと二十数人ぐらいの列を作っていた。まるで偉い身分のつき人みたいに見えるが、もちろんまったくもって違う。こいつらは不届き者である。
まあ、中にはそうと知らないただの物盗りもいるけどな。
おっと、失礼。俺の名はスクータといって、歳は十五の元気な少年さ。実は今ちょいとしたお使いを頼まれてな。それをこなしている最中なんだよ。
ああ、言っておくが、隣町までチーズを買いにきたみたいな類じゃないぞ。
「ちゃーっす。ここが賊の取引所」
「いや、賊の取引所じゃないんだが。まあ警備管かつはここだよ。誰に頼まれたんだい」
「えーっと、ヒランツっていう人」
「あ、ああ、ヒランツさんね。じゃあこれ、ご苦労さま」
妙に引きつった表情をされながら、金貨の入った小袋を受け取る。何であんな顔するんだろうか。
まあ、俺はその人に会ったことないから知らないのだが。ならどうしてその人の名前を口にしたかというと、ばあちゃんにそう言われたから。途中まではもらった路銀で食いつないでいけるが、なくなったら自分で仕事探して稼げ、とのことだった。
手っ取り早いのは、アリのように群がってくる連中をぶちのめして先ほどの名前で取引所に行く方法だ、と父さんが教えてくれたのでやっていたわけである。
報酬を受け取っている間に、この集落の宿屋で飯がうまいところを教えてもらったので、今日はそこに泊まることにする。目的地には、あと一日あればたどり着くだろう。
少し早いが、本日の旅はここで終わりとし、明日に備えることにした。
太陽に挨拶をされるころ。あっちも機嫌がよいようでさんさんと光り輝いている。この地に住まう人々もさわやかな朝を迎えられたようだ。
身軽になった俺は、名称はフリッグの玉というアイテムを割らないように荷物で固定し出発した。
そうそう、このフリッグの玉というのはこの世界でも貴重品中の貴重品で、この世に二つしかないものだ。これは、雲をつかさどる神の力が宿っているとされ、反対側の地域にも雲の力が伝わるように奉納されるものなのである。
ついでにいうと、今いる場所は雲の神様を奉っている雲の神殿から逆の方向だ。目標の地があるラフィラーズの町にむかっていて、フリッグの玉を無事届けるのが俺の役目。そう、現在遂行中の任務だ。
とはいえ、足をむける先にはいくつかの関門がある。ひとつはすでにでてきた犯罪人たちだが、奴らのほかに魔物も出没する。魔物、とは文字通りの連中で、姿形も人間とことなることが多い。やっかいなことに、人より力が強く乱暴者だ。まあ、幸いなことに頭はあまりよくないので、その点を突けば一般人でも対処できるだろう。
んまー、種類によってピンキリ、だけど。
ふたつめは関所だ。ここは武力を使うところではないが、書類という邪魔モノがいる。いうなればとおるための手続きのことだが、金払わなきゃならないし、身分も証明しなきゃならない。性格によっては、こちらのほうが面倒という人もいるだろう。
まあ、それもその人が持つ思考の違いゆえ一概には言いきれないが。
時刻はそろそろ昼どき。だいたいの人間の腹がなるころかという時間帯に、ようやく関所の建物が見えた。だが、中に入れないのか、道という道が人の頭で埋めつくされている。キロ数で表すと、十はいきそうだ。
どうなっているのか知りたいので、ちょうど隣にいた行商人の格好をしているおっちゃんに声をかける。
「おっちゃん。今日は何か祭りでもあんのかい」
「いや、そういう意味じゃないさ。何だか知らないが関所の中に入れないらしい」
「へっ、何で」
「さぁ。前からの情報だと川が増水して渡れないとか言ってるが」
「増水~っ、こっちはここ数日の間に降り続いたっけ」
「降ってないさ。わしゃここに五日前からいるが、な」
どうもおかしな話だ。現在の天気は晴天、気持ちのよい雲は流れているが雨を降らすようなそれではない。
「そっか。おっちゃん、ありがとな。それとそのリンゴいくらだい?」
「おお、悪いな坊主。六個で銅貨四枚だ、まけてやるよ」
「さんきゅーっ、んじゃこれで」
さすがは商売人だ、気前がよくて助かる。ちなみに自分の地元では銅貨がもう二枚必要だから、それに比べると安いってことで。
事情を話してくれたおっちゃんに礼を言いながら、俺は蛇の頭を目指す。
それから人をかきわけ続けて三十分が経過した。ようやっとの思いで先頭にたどり着いた俺の耳に届いたものは、その場を守っている役人の怒声。彼らは、声のごとくに槍を振り回しながら周囲を相手にしていた。
関守は、関所の入り口から見て半円状の空間を作り出し、それ以上踏みこめない状況を作っている。
とはいうものの、これではラチがあかないので一番近くにいた役人の懐へと移動した。
「なー。何で川渡れないんだよ。雨なんて降ってないんだろ」
「うわっ。何だこのガキは。どっから入った」
「どこからって。その辺の人ごみからに決まってるじゃないか。それよりどうし」
「ええい、原因は今調査中だっ。わかったならお前も戻って報告を待ってろ」
「五日以上調べてんじゃないのか、だったらどうしてわからねぇんだよ」
「なっ、そ、それは」
おー、とても素直な反応で助かる。やっぱり手を焼いているようだ。
普通の増水ならば、おそらく身近に原因があると思われる。例をだすなら、さっきの質問内容と同じ雨が上げられるかと。
だが、根元がわからなければ元の子もないのではないだろうか。それがもし『普通の人間』ではわからないことだとしたら。
この場合は急速かつ堅実にこなしたほうが得策だろう。
「仕方ないな。俺が力を貸すよ。通れないなんて困りすぎだ」
「なっ、これは我々の問題だ。お前のようなガキが首を突っ込むところではない!」
「何言ってんだよ、一週間近くもまごまごしてるくせに。それに、あんたらじゃ荷が重すぎると思うぜ」
「き、貴様」
「だってそうじゃん。今だって水と雲の精霊が警告だしてんのに気ぃついてないのはどこの誰だよ」
このような言葉のやりとりをしているうちに、お互いの視線も鋭くなっていく。しかし、そんな緊迫感を取り除いたのは一枚の分厚いとびらだった。
関所の入り口を守るそれは、重いうなり声を上げながら徐々に開かれていく。とびらの向こう側には、見知らぬ白ヒゲのおっちゃんが立っていた。
「やめないか。その方は未来の神官様、無礼を働くことは許さぬ」
「こ、これはヴァラステス殿。お見苦しいところを」
「スクータ様。この者たちの非礼、代わってお詫び申し上げます」
「あ、ああ、どうも。それよりさ、中に入れてもらえる」
「もちろんでございます。さあ、お入りくださいませ」
ヴァラステスという名を持つ男が現れた途端、態度を一転させた役人たちは道をあけてくれた。中には俺の正体に納得がいかない様子もうかがえたが、どのように思われようがどうしようもない真実だ。にらまれようが陰口を叩かれようが変えようのないこと。
俺は、気を改めて案内されるがままについていった。
用意された椅子に座ると、さっそく、
「それでさ。どういうことなのか説明してもらえるかい、ヴァラステスさん」
「かしこまりました」
という返事を受け取ったあと、彼はそのまま話を始めた。
目的の町であるラフィラーズとこの関所の間には、シャベットという名称の川が流れている。この川の流れは穏やかで、暑い季節には子供たちがよく水浴びをしているらしい。
しかし、七日前から状態が急変してしまい、水量が増加。そのせいで橋をかけることができないでいるとのことだ。
もちろん、この場に常置している役人たちが走り回って情報を集めたり調べたりしているが、いっこうに糸口が見つからず今に至っている。
「なるほど。ってことは原因もわかっていないんだ」
「情けないことにそのとおりでございます。我々では手も足も出ませぬ」
「だろうね。ところでヴァラステスさん」
「スクータ様、わしのことはどうかヴァラとお呼びください。あなた様にそのように呼ばれるのはどうも」
「あ、そう。んじゃ、そう呼ばせてもらうよ。ところでさ、話飛んじゃうけどヴァラは俺のこと知ってんの」
「もちろんでございます。最後にお会いしたのは、そう、確かおばあさまの後ろをついて歩いているときでございましたな」
そ、それってもう十年以上前のことなんじゃないのか。
「もう御年十五になられましたか。いやぁ、時がたつのも早いものです」
いやさ、そこでしみじみ浸ってる場合じゃないと思うんだけど。
「と、とにかくさ。このままじゃどうしようもないだろ。ちょっくら俺が調べてくるからこことおしてよ」
「い、いけませんっ、御身に何かあったら」
「何言ってんのさ。ここの入り口にきて気づいたことだけど、水と雲が警戒だしてんだって。ほかの奴が調べたってわかるわけないじゃん」
「そ、それは」
「だろ。彼らの声はそれぞれの神官やその血筋にしか聞こえないんだ。ばあちゃんや父さんたちのようにちゃんと聞きとれるわけじゃないけど、はるかにマシだろ」
「た、確かにそうですが」
「んじゃ決まりだ。今は緊急時ってことで書類はあとで書くから。今後の対処は頼むよ」
そう口にし強引に会話を断ち切る。じゃないと、いつまでたっても終わらないからね。
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