フィラは呼吸を整えながら、今度は西に設置されている水のスタンプを目指す。事前に用意していた地図で位置を確認しながら進むと、前方に何かで反射している光が無数に散らばっていた。
おそらく目的地だろうと思ったフィラは、広げたものをしまい、両手で筆を持ちながら速度を落とす。視点を集めると、湖と間違えそうな大きさの{杯|さかずき}に水がはいっているようだった。
とはいえ、ここからだと監視員のいる場所がわかりにくい。フィラはゆっくりと下降していき、森に囲まれている周囲をみわたした。
低空飛行で進んでいるうちに、前から鳥がやってくる。目当ては彼女だったのか、本人の体を軸に円を描いて筆の先に止まる。よく見ると、足に手紙が巻きつけられていた。
伝書鳩が自分あてだとわかったので、慎重に糸をほどき、中身を確認する。すると、杯の下に試験場入り口あり、と書かれてあったので、もしかしたらアニマリティ教員の協力の元、鳩を放ったのかもしれない。
点が見つかったことで、ようやく線を引くことができたフィラ。鳥にありがとうといい、そのまま中間地点へとむかう。
まるで夜のようになっているその場には、見分けがつきにくい色のローブを着ている監視員がいた。
「よかったよかった、ここがわかってくれて。それじゃあ、私についてきてください」
そう思うならもう少しわかりやすくつくってよ、と頭に浮かんだがフィラだが、もちろん言葉を飲みこんだ。
やってきた先には誰もいない個室。途中には水の中を歩いているような錯覚をする通路があった。
「材質上壊れる心配はないので安心してください。では、説明します」
そう話しながら双方は用意してあるイスとテーブルにつく。その上には、杯の図形を書かれた羊皮紙と文字だらけの紙がある。
「この杯の中で試験を行ないます。見たとおり様々な種類の魚がいますが、人食いはもちろん入っていません」
どうにも少しずれているらしい監視員の説明によると、この中にいる数匹は紺色の玉を持った魚がいるという。つまり、水の中で魚を捕まえ今いる部屋に持ってくる、というのが試験内容である。
「万が一のことを考えて、黒いローブの監視員も中にいます。しかし、休憩はこの部屋で行なってください。息つぎに関してはここでも水面に顔を出してもかまいません」
「わかりました」
「魔法は何使ってもかまいません。では、がんばってくださいね」
そう話し歩いてきた道を引きかえしていく。部屋には、やわらかい孤独が満ちていった。
フィラは、軽く息をはき首が回る範囲で目を散らすと、先ほど説明された状況と同じ立場だろう人たちが泳いでいる。
魚たちの身のこなしは彼らより速く、風の試験場とは違った塩水を流しているようだ。
「うーん、スピード・アップで上げても無理そう。どうしようかな」
上げようと思えばいくらでも上げられる速度だが、中だと水圧もあればバランス感覚も必要とされる。何より、呼吸がもたない。
フィラはポシェットを広げ、よい考えが浮かぶきっかけがないかと探しはじめる。今日のために用意したものは四つあり、地図に食料と水、それに魔法一覧表だ。これらは持ち歩き可能なので反則にはならない。筆は魔法を使う人間には必需品なので、数にいれないことになっているのは了解の上である。
そのうちのひとつ、手作りの一覧表を手にしたフィラは、まず水に関するところを見る。
「攻撃に、補助。どれも使えなそうだし。う~ん」
次のことを考えて、魔法を連発するのは得策じゃない。どうしたもんか。
こう考えていると、フィラの瞳に外に設置されている水草が新入してきた。何となく気になったので、近くにいってみると。
光をかき集めて必死に泡をだしている姿があった。
「そっか、呼吸できてタイミングが合えば必要以上に力を使わずにすむかも」
ヒントをくれた水草に手をふりながらお礼をし、入り口とは反対側にある受験者専用出口へとむかう。
フィラは一枚目のドアを開け、自分の使う魔法の図柄を思いだしながら二枚目に手をかける。
すると先には水の中に移動するための正三角形を組み合わせてつくられた星、ヘキサグラムがしかれていて、中央には木製の杖が立っている。どうやら、杖の頭部を叩くと杯の中にいく仕組みになっているようだ。
ヘキサグラムに足を進めたフィラは、見上げてしばらく様子をうかがう。視線から、狙う魚を探しているらしい。
しばらくたつと、彼女は筆で小さなうずまきの上に二本の棒で作った十字架を重ねる。これはウィンド・バリアと呼ばれる風属性の威力を弱める魔法だ。
しかし、これはとなえた人、あるいはかけられた人の回りを風で包むもの。
つまり、ウィンド・バリアで体をおおうことで空気を確保したのである。
時間制限もあるためすぐさま行動するフィラは、杖の丸い部分を指で叩き起動。淡い紫色が魔法陣を外から内へと染めていき、彼女の全体を包む。光が消えたとき、杯の中心に浮かんでいた。
そこには虫取り網が置いてあり、手に持った瞬間狙った魚が通りすぎる。筆にマジック・パワーをこめて大きくし魚を追いかけていく。
得物となってしまった魚は必死に逃げるが、玉が重いのか似たような形のそれより遅い。捕まえやすいように隣に並び、あまり見ていられない手つきで網を振るう。
すると、他の魚と共に目当てのものも中で踊っていた。
「やったっ、ってよろこんでる場合じゃないや。とっとと戻らないと」
フィラは上をしぼめて逃げられないようにすると、元の位置に戻る。再びライトパープルが青色の一部を削りとり、彼女は部屋に足をつけていた。
フィラはそのまま部屋をつき抜け外にでる。すると、こちらに視線を送った監視員のひとりがやってきた。
「おっ、とってきたのかな。じゃあ、ちょっと見せてもらえる」
言われたとおりに渡すと、深めにかぶったローブが上下に動く。
「うん、確認できた。おめでとう、スタンプとふきものはあっちだよ」
このように話しながら網を返し、指のでないローブの左側がとある方向をさす。フィラは、ありがとうございます、と口にし、示されたとおりに歩きだす。
風のときと同じような白く四角いテーブルの上は、設置されているスタンプの象徴物が散乱していた。
「おめでとう。台紙もらえるかな。あ、それとこれね」
「はい、ありがとうございます」
手荷物を指定された場所におき、必要な道具を差しだす。
まるでマークの下から魚が飛びだしてきたかのような水色のスタンプは、フィラの手の平と同じぐらいの大きさである。
ようやく半分まできたフィラは、もう一度頭を下げてその場を去ることにする。
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