東京異界録 第2章 第3録

 楓が式を使い調べている頃、加阿羅(カーラ)は人気のない屋上へと来ていた。彼は壁に背を預け、眠っているようにも見えるが、顔には影が落ちている。
 『加阿羅、何してるの』
 『ん、伽糸粋(カシス)か。別に何もしていないよ』
 突然妹に、声無き声で話しかけられた長兄。表情はまったく変わらず、普段楓たちと話しているのと同じやり取りをした。彼らは三つ子のような存在なので、意識をつなげやすいのだ。
 『しばらく気が乱れてるけど、何か迷いごとでもあるのかしら』
 『相変わらず鋭いね。もしかして加濡洲(カヌス)にもバレてる』
 『バレバレよ。あんた、態度に出るんだもの』
 『おかしいな。楓ちゃんたちには感づかれていないんだけど』
 『年季が違うし、あの子達は何も知らないじゃない』
 『そうか、そうだな』
 春の、優しい風が、緑色の髪をなでる。しかし、気にもとめず身に着けている制服のネクタイを、そっと手に取った。
 『この時代に生まれていたら、死なずに済んだだろうに』
 『加阿羅(カーラ)、あれはあんたのせいじゃないわ』
 『わかっている、誰のせいでもないってことは。ただ、拠り代だっただけで』
 人間にとっては遠すぎる彼方の時間で起こった出来事。長く存在していれば、それだけ様々なことを経験する。
 それ故に知識や体験なども豊富になるが、悪い意味でも作用してしまうのが、自然の理なのだろう。
 今の加阿羅は、まさにその状態になっているのである。
 『おかしなものだな。もう、随分と経過しているってのに』
 『どうかしらね。あんたは滅多に心を開かないんだもの、忘れるほうが酷だと思うわよ』
 『そのままでいい、ってことか』
 『無理をしなくていいってことよ。あたしもそう思うし、ジジたちも言ってたじゃない』
 『オレもそう思うぜ。お前はあいつと関わってから変わったからな』
 『あら加濡洲(カヌス)、今どこにいるのよ』
 『楓に捕まって数学の宿題やらされてんだよ。この野郎、うまく逃げやがって』
 『そんなつもりはなかったんだけどね。しかし間抜けだなあ』
 『ほっとけっ』
 伽糸粋(カシス)の笑い声が、思考だけでつながっている兄妹間の雰囲気を明るくする。柔らかい空気が気に入ったのか、すずめが数匹、加阿羅(カーラ)の元にやってくる。
 小さな命は、まるで親を慰めるかのように顔へと擦り寄ってきた。
 『そうだ伽糸粋(カシス)、十二月の動きはどう』
 『睦月、如月、弥生はすでに動いてるわね。あと神無月がこっちの校内にいそうなのよ』
 『そっちにいんのかよ。面倒だな』
 『ええ。でも、霊力が弱くて特定できないのよ』
 『お前でも掴めないのか。それはそれは』
 『加阿羅(カーラ)、なに他人事みたいに言ってんだ』
 『まだ覚醒しきっていないんじゃないのか。それならしばらく放っておくのも手だろう』
 『なるほどな。それにしても、水無月の奴はどこほっつき歩いてんだかな。10年ぐらい前から連絡がつかねえけど』
 『奴のことだから消えてはないだろう。反応も無いなら、隠れているんだろ』
 『どういう意味よ』
 『心当たりがあるってことさ。まあ、時期が来たら、おれが締め上げるって』
 『てことは、居場所がわかってるのね。教えてくれればあたしが行くわよ』
 『いや、今はいい。それよりも楓ちゃんだ』
 彼女と出会ってから7年が経過し、戦いかたや霊力の使いかたなどを教えても、一向に戦う力が上がらない。出来が悪い、という意味ではなく、根本的に何かが霊力を操れなくさせているのは間違いない、と加阿羅は説明する。
 弟と妹は心の目を合わせる。兄の言っていることが理解できなかったのだ。
 しばらく間があくと、長兄は、口で説明するよりも体感したほうが早いと伝えた。
 『うーん、よくわからねえなあ』
 『そうねえ』
 『仕方がないさ。おれは良くも悪くもお前たちとも違うし』
 『そういうモンかよ。まあいいや』
 おっちゃんたちもしょうがないって言ってたしな、と加濡洲(カヌス)。
 久遠なる時間を存在してきた妖怪たち。その成長速度は限りなく遅く、彼らにとって四千年とはそこまで長くはない。学校以外で楓といるときによく13、4歳の姿をしているのは、一番無理のない姿だからだ。とはいえ、見た目が精神年齢と同等ということでもない。
 『おれたちは急ぐ必要はないけれど。人間の寿命を考えたら急いだほうがいいね』
 『そうは言っても、どうするの』
 『これは楓ちゃん自身に気づいてもらうしかない。どうするかね』
 『答えになってねえよ』
 『答えだって。あの子は恐れているんだよ』
 再び見えない顔を向かい合わせにする次男と長女。一方の長男は、遠い空を見つめているだけだった。
 実体のある目を開けた加阿羅の脳裏には、過去の自分が映し出されていた。
 『この辺りはおれが何とかする。加濡洲(カヌス)は楓ちゃんの戦闘関係を見てあげてくれ』
 『わかった』
 『伽糸粋(カシス)は同じ女の子として接してあげてくれ。おれたちには言えないこともあるだろうし』
 『わかったわ。じゃあ、雪祥(ゆきひろ)君のことはお願いね』
 『ああ。後は十二月の動きに気をつけて』
 『了解』
 加濡洲(カヌス)と伽糸粋(カシス)が同時に返事をすると、加阿羅(カーラ)は再び独りになる。
 ふーっ、と息を吐くと、遠い年月と変わらず流れている白い雲を、ずっと眺めていた。

 

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